ポップ
最近、「ポップ」というのが好きらしいことが分かった。
何気なく見た、「タイガー&ドラゴン」(これはスペシャルだったらしい)を面白いと思い、それが連続ドラマになっているのを知って金曜夜10時に嵌っている。この脚本が宮藤官九郎(通称クドカン)と言う人で、若者の間で人気らしいことも最近知った。
「タイガー&ドラゴン」では、現実と落語の話が重なりあい、現代と落語の世界の画面がパカパカ切り替わりながら展開する:ウソのような話の展開のなかに、泣ける話や真実を突いた話が挿入されている。
そもそも、落語自体、首を左右に振るだけで、女になったり男になったりするし、烏カァで夜が明けてしまうなど、時間や場面の切り替えが速い。このテンポの速さが話しを面白くもし、どんどん惹きこまれるわけだが、「タイガー&ドラゴン」では、それがさらに現代劇と時代劇とが切り替わる。番組は、まるでディスコでフラッシュライトが当たっているような感じでパッパッと画面が切り替わる。
テレビの二時間ドラマをよく見るのだが、ストーリーがず~うっとベタに流れる。極論すると、ドラマの時間と現実の時間が同じくらいのテンポで流れているような感じだ(そんな訳はないが)。
これに対し、「タイガー&ドラゴン」では、過去に行ったり、現実に戻ったり、浅草かと思うと原宿だったり、一人の人間がやくざかと思うと落語家の弟子だったりと、5分の間に、時間も、場所も、人格も切り替わる。
私は、どうやら、こういうのが好きらしい。
これを「ポップ」といってよいのかどうか正確には知らないが、ナルミヤインターナショナルの成宮社長のインタビュー記事に、次のようなことが書かれていた。
ちなみに、ナルミヤインターナショナルというのは、小中学生(ジュニア)向けアパレル市場を開拓して成長している企業だ。同社のブランドは、それぞれ異なるキャラクターの世界があって、そこには友達だの家族だのが生息している(HPのRainbow Parkをクリックするとキャラクター紹介あり)。
成宮社長は、キャラクターを展開するうえで重要なのは、送り手ががちがちにストーリーを描くのではなく、受け手が入り込めるようにすることだという。受け手がどんどん話を展開することによって、キャラクターは自然に成長する。
そして、すべてのブランドの底には、「ポップ」というのが流れているという。なぜ「ポップ」なのかというと、「例えば羊が空を飛ぼうが飛行機を操縦しようが、まったく問題ない。あらゆることが可能になるんです。ユーザーみんなが自由に想像力を膨らませることができる。」
アメリカのキャラクターをライセンス生産したこともあったが、その場合、キャラクターを自由に展開することができないので、消費者が飽きてしまうとのことである。
「ポップ」というのは、英語でポンとはじけるといった意味。ポップコーンのポップである。今、日本のサブカルチャーが世界から注目されているというが、「羊が空を飛んでしまう」という自由な発想は、マンガもそうだが、日本人に馴染みやすいのではないか。北斎の浮世絵の構図も、現実離れしているが、返って印象深い。
理詰め、根拠を求める・・といった西欧の文化では、羊は空を飛べないし、富士を飲み込むような大波も描けないのではないだろうか。E・Tでは、自転車が空を飛ぶけれど、これは日本のマンガが大好きなスピルバーグだから・・。舞台について詳しくないけど、歌舞伎のはや変わりとか・・西欧の舞台にもあるのだろうか。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント