一品生産
Once upon a time;正確な日付は忘れてしまったが、たぶん1990年頃、横浜で、あるイベントが行われた。
パリに居るデザイナーの田山淳朗さんがTVの向こうからデザインした数点の服を見せる。横浜会場のお客さんが気に入ったデザインを選ぶ。観客が約30分ほどトークショウを楽しんでいる間に、舞台の上で、島精機の編機、セーレンのインクジェットプリンター、アイシン精機のミシンを使って、特注のセーターや水着などが出来上がるというものである。
コンピュータや通信が発達すると、パリのデザイナーがデザインしたあなただけの衣服があっと言う間に出来上がる。それも絵空事や遠い将来のことではなく、そうしたことがもう可能になりつつある。・・ということを身体で理解してもらおうという試みであった。
イベントなので、少しインチキをしたが(たとえば、デザイン画をコンピュータのソフトに変換するには時間が掛かるので、もともと作成しておいたとか、30分ではさすがに無理など)、多くの人々にコンピュータや通信が自分達の身近な世界を大きく変えるらしいということを印象づけることができた。
これまでは、ニット生地を編み立て、衣服の部品をカットして縫い合わせていたが、島精機の編機では、コンピュータでスタイルや絵柄を決めると、その通りに一品づつ編み立ててくれる。カットするとその分ムダが出るが、この方式だと糸をムダにしない。
セーレンのインクジェットプリンターも、コンピュータで色柄を決めるとそれが布地に染色される。それまでの染色方法に比べほとんど水を使わずに済む。
アイシン精機は、トヨタグループのミシンメーカーで、縫製工場にJITの指導をしてきた。従来の縫製工場では、大きなロットで部品ごとに生産していたため、在庫が多く、市場動向に対応しにくかったが、JITを導入し、一品流しをするので、在庫が少なく、市場にクイックレスポンスできる。
当時は、島精機の編機もまだ身頃や袖など部品ごとに編み立て、その後縫製していたが、昨今では、ホールガーメントと言ってまったく縫わずに一品生産できるまでになっている。また、インクジェットで布地を染色するのはセーレンぐらいだったが、今日では、インクジェットはかなり一般化してきた。これらは、糸のムダを省いたり、水を大量に使わないという点で、環境問題の観点からみても、望ましい方向の技術である。
このイベントをやった当時、一品生産には多くの人がまだ首をかしげていた。設備を使うので、量を捌かなかったらコスト的に成り立たないからだ。また、インクジェットでは深みが出ない、ホールガーメントではシルエットにしまりが無いなどなど質的な問題も指摘されていた。
しかし、それから10数年経って、今日、繊維産業が向っている方向は「オーダー」だらけである。オーダーカーテン、オーダー靴下、オーダー布団、オーダーユニフォームなどなど。夢物語ではなく、技術の方向性がかなり明確になってからでも、本格的な普及までには、こんなに時間が掛かるものなのだナァと感慨深い。
インターネットの普及で中間流通なしにダイレクトに消費者と結びつくことが一般化したこと、多くの機械がコンピュータ化され多様な色柄型を相対的に変化させやすくなったことが基盤にある。
また、安い中国製品が市場を席巻した今日、日本のメーカーが生きるには、消費者に直接結びついて、対話しながら、個人対応するしかなくなったという切羽詰まった状況が背景にある。
しかしながら、以前懸念されていたこと、つまり一品生産で採算に乗せるにはどうしたらよいか、ということは以前として課題だ。
従来は、大量生産していたものの、結局、未引取りや返品が生じていたので、結果として儲かっていなかった。おまけに中国製品との競争で単価も低下していた。オーダーならば、ムダな生産もなくなるし、在庫負担も少なくてすむ。また、個別対応ということで付加価値を高めることができるし、中間流通を省く分、メーカーの利幅が大きくなる。
現在、インターネットで「オーダー」と言っているのは、せいぜい靴下のロゴを変えたり、サッカーユニフォームの色柄を変えるくらいだが、なかには、医療用の靴下(専門医と協力し、病状に合わせて靴下の設計・着圧を変化させる)や体型に合わせた敷布団(大学の眠りについての研究成果を活用)など本格的なオーダーに取り組んでいるケースもある。
これらは、いちはやくこの分野で技術を確立し、業界スタンダードになることを目指している。個別対応のデータをどこよりも早く蓄積すれば、個別対応のトップ市場だけでなく、成果をある程度取り入れた標準品を開発してブランド化し、ある程度のマス市場を狙える可能性もあるからだ。
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