国の底力と創造都市
藤原さんは、「国の底力」というようなことを言っています。日本が明治維新に成功したのは、底力があったからだ。識字率が高く、本を読み、数学を考え、花を改良し、金儲けとは直接関係のないことに国民は楽しみを見出していた。これが天才を生む土壌である。GDPが何パーセント伸びたというのでは推し量れないといっています。
これは、言い換えると文化です。
先日、大阪市立大学主催の創造都市の国際シンポジウムに参加してきました。内容については、姉妹ブログの「論文」に記しました。
創造都市の定義は、佐々木先生は、確かハイテクも含めていますが、参加されていたロンドンのプラット教授は、カルチュラルシティと言って、主に文化的なものを指していました。
創造都市を言っている人たちは、要は、文化がまちを活性化させる、産業を考えるうえで、創造階級の占める比率が高まっている・・というようなことを研究しているのです。それに対応し、地方自治体がビジョンとして創造都市を掲げるのが流行りのようになっています。
このことは、藤原さんが言っていることとあい通じるところがあるように思います。
日本では、西洋文化が入ってきてから、文化というとなんだか空々しく、きちんとした格好をして分からない音楽を眠いのを我慢して聞き、どこで拍手するのだろうと辺りをうかがったりするイメージがあります。しかし、そうした外来のものだけでなく、私たちの琴線に触れるような文化空間をつくることが必要と思われます。
前にバイオリンマイスターの杉山さんが言っていましたが、そうかといって、私たちは、もう長唄よりも、モーツアルトの方に親しみを感じると言います。それはそれで良いのだろうと思います。感性の自由度を発揮できる環境であれば、私たちはモーツアルトも吸収して日本のものにしてしまうはずなので。
文化的な暮らし・空間のなかで人間形成をすることが、素晴らしい出発点を持つ子供達を育て、そこから、創造性が発揮され、日本が世界からも尊敬されることになると期待されます。
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