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2007年2月10日 (土)

都市とカミサマ

前記事に書いたように、私は久しぶりに故郷に戻って暮らしてみて、子供の頃に生活の合間合間に見えていた富士が見当たらないために、なんとも座標軸のない不安定な気持ちでした。

このため、お天気だと、ウロウロと富士山を探して歩き回るので、家族は馬鹿みたいだと思っていたようです。

自分でも、少々恥ずかしいとは思っていましたが、止められませんでした。

そうしたら、たまたま購入した上田篤『都市と日本人-「カミサマ」を旅する-』に、私の気持ちとぴったりの内容が書かれていました。

欧米の都市では、ニュータウンであっても、中心に教会があったり、ロンドンでは、ニュータウンからでも旧市街地の大聖堂が見えるよう、建物規制がある。本来、都市には、カミサマが居なければならないのではないか。日本の都市にも昔はカミサマが居たのだが、今は雑雑しくなってしまった。それを取り戻すには、都市から山が見えるようにすると良いのではないか。日本人にとって、山はカミサマなのではないか。だから、都市の見晴らしの良い場所からは、山が見えるように設計しなおすと落ち着きを取り戻すのではないか。

というようなことが書かれていました。上田氏は、これを「山見の聖軸」としています。

まだ、この本のはじめにとむすびしか読んでいないのですが、ここに書かれていることは、私の心根とぴったり合います。

北海道に行ったときに、日常的に山が見えるので嬉しいと言いましたら、地元の方が、東京などの出張から戻ってきて、山が見えると、あぁ帰ってきたなとホッとすると言われていました。こういう気持ちは、日本人の誰彼も持っているのではないでしょうか。

もしかしたら、最近の子供たちが殺伐としているのは、山を見て育っていないからかもしれません。あるいは、山を見て育った世代でも、現在の都市からは、山が見えないからかもしれません。

江戸の町には、いたるところに富士見坂がありました。江戸の町が200年もの長い間都市として栄えていられたのも、どこからでも富士が見えるというのが住んでいる人々に一体感を持たせていたのかもしれません。

日本の将来ビジョンを考えるうえで、出生率や経済成長率などの統計だけでなく、別の切り口が欲しかったのですが、これは、私が心身で納得した考え方なので、キーワードのひとつとして暖めて行きたいと思います。

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