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2007年5月31日 (木)

峻峭

Sara 電気通信事業紛争処理委員会委員長の香城敏麿先生が3月22日に亡くなられた。享年71歳とお若い逝去であった。

大変お世話になったので、失礼かと思ったが、奥様にお手紙を差し上げた。昨日、賀状欠礼と死亡通知のはがきが届いた。

そこには、先生のこれまでのお仕事や論文執筆への熱意が簡潔に綴られ、「清く正しく峻峭な七一歳六ヶ月の生涯でございました」とあった。

峻峭:(しゅんしょう) 山などが高くけわしいさま。「―な鋭峰」 きびしいさま。また、けだかくすぐれているさま。

短いお付き合いであったが、まさに、言葉通りの方であった。

短いなかに、先生への愛情と奥様のすがすがしい知性が感じられる文面で、お似合いのご夫婦だったのだろうなぁと想像される。

先生が家内は和服が好きなので、他ではムリをさせてきているので、これだけは希望を適えてあげるのだというようなことを言われていたが・・・きっと、和服の似合う方なのだろうと思う。

こんな短い文面で、その人の人柄や知性が分かってしまうなんて、凄いし、怖い。

自分が出した拙い手紙が凄く恥ずかしい・・。マイッタ!

また、「先生」「師」ってこういうもんなんだろうと思う。

こういうもん・・というのは、ほんのわずか空間をご一緒しただけなのに、生き方や考え方について刺激を与える力があるということ。

実は、私は、先生とほんのわずかご一緒だっただけだから高潔な方に見えただけで、もっと一緒に暮らしたら、嫌なところ、だらしないところなどあるんだろうなぁと思っていたのだ。残念ながら、私がこれまでお付き合いした「先生」「師」は、そういう人が多かったのだ。人間的と言えばそうなのだけれど。

ところが、日々ご一緒の奥様が「清く正しく峻峭な」と言われるのだから、おそらく、日々の生活の姿勢も高潔な方だったのだろうと思う。・・マイッタ!

ご冥福をお祈りするとともに、時折思い出して鏡にしたい。

(写真は姫沙羅)

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2007年5月22日 (火)

還暦

Konomisan_001 少し前になりますが、4月30日が誕生日で還暦を迎えました。

昔の友達が六本木ミッドタウンのレストランでお祝い会をしてくれました。

恥ずかしかったですが、レストランでお祝いのプレートを出してくれ、良い祈念となりました!200704291546

とても良いお天気で芝生が綺麗でした。連休中話題のスポットということもあり、人が大勢いました。はじめてケータイカメラで撮った写真です。もっと画像をおおきく撮れるらしいのですが、それはまたの機会に挑戦です。

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収入のない暮らし

収入のない暮らしは、なんとなく心細い。毎月、ほぼ25万円くらいが消えていく。

Cimg0350 年金の手続用書類は、国家公務員の時の証明書がまだ届かないため、書類を出しにいかれない。今月末まで待って、来なかったら電話してみよう。

それにしても、年金暮らしでも、心細い。

テレビで、石油値上がり、バイオマス燃料への転換で農作物値上がり、ユーロ高で欧州からの輸入品が値上がりなどと報じていると、ハラハラしてしまう。

しかし、やっぱり、倹約生活はできなくて、ジャムも美味しいものを購入してしまうし、駅の向こうのスーパーまで行くのが面倒だと、割高だけれども、コンビニに購入してしまう。

入院していたとき、新聞チラシを丹念にみて、安売りを探している主婦の人をみて、私もやってみようと思っていたけれど、なかなか面倒でできない。というか、それに時間を費やすのがもったいないようなきがしてしまう。

これは、まだ、本当に窮していないからだろう。

しかし、大きなお金が出ることに対しては(友達との会食、学会費、同窓会費など)は、けちってしまう。

そうかといって、たまに、都心に出たり、サラリーマンをみると、もうああいう生活はしたくないと思う。会社の都合や価値観でしばられて、きりきり舞いさせられる・・なんだか、すごく人間的でないような気がしてしまう。

そのなかに居る人は、生きがいも感じているのだろうし、同僚や他社との競争に勝てるのは嬉しいだろうし、そういう切羽詰った仕事を通して知識も深まるのだろうけど。

これは、歳をとったからなのか、怠け癖が付いてしまったのか、私の日常的な生活の方が人間的だからなのか分からない。

競争の渦から逃げていると、責任も負わされなくてよいが、それだけ情報も入ってこないし、活躍の舞台もやってこない。

それはそれでよくないような気もするし、さびしい気もするが、いづれにしても、もう戻れない。

ゆったりしたこの時間でゆったりした観点で、世の中や物事を見られるようになると、それはそれで良いのにと思っているのだが、まだこちらも中途半端だ。

体力が弱まり、動作がのろくなっている母親との生活のリズムについイライラし、少し仕事が立て込んだりすると、時間がもったいなくて、邪険にしてしまう。しかし、これではいけない。おそらく、ゆったりした命を大切に思う日々を大切に過ごすことを普通の状態にしなければだめだ。

「ゆったり」という尺度をせっかく体験できるチャンスなのだから。

ところで、緑がすっかり濃くなった。Cimg0369_edited

庭のすずらん、小手鞠、君子蘭は終わり、バラが盛りだ。

今日、姫沙羅の花が咲いた。目立たないが、山法師の白い花も咲いている。

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