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2008年3月17日 (月)

お茶席の掛け軸

お茶のお稽古で、毎回、掛け軸がかかっていますが、季節ごとにすばらしい書や絵が書かれています。が、すぐ忘れてしまいますので、これも備忘録として記します。

先日3月の第二週に掛かっていたのが、「春風満四澤」でした。先生のお部屋の掛け軸では春風でしたが、ネットで調べると春水となっています。春風が吹くようになり、氷が解けて四方八方の澤は水で満ちているといった情景を読んだ詩です。いかにも、春になり、水ぬるむというか、きらきらと春の光を輝かせながらたっぷりと水が流れる澤の様子が目に浮かびます。

自然が暮らしの中になくなり、ビルやコンクリートだけの生活のなかで育った人には、この5つの文字でこうした情景を浮かべることができるのでしょうか。

昔、蒲田で育った20代の男性と東村山の日産工場に見学に行ったことがあります。私が生まれ育った西武線で東村山に向かう途中、彼は、住宅地に緑が多いのに驚いていました。一般的には、緑が多い=田舎と蔑視する時代でしたが、彼の驚きは素直なものでした。

ちなみに、この掛け軸は、陶淵明の四時という詩で、春夏秋冬を歌ったものの一節のようです。

なお、昨日3月の第三週には、はみださんばかりの虎の絵でした。虎は、子、丑、虎と春の干支とのことで、春が力強くなってきたことを表現しているとのことでした。

私は、画面いっぱい、むしろはみ出すほどに書かれた絵というのは実は大好きな構図です。

昔、オノ・ヨーコのアフロヘアーを画面いっぱいに書いた絵を竹内さんの取締役就任祝いにお贈りしたのですが、奥様に、こんな怖い絵を飾ってと言われたというので、外して、好意を無にされたと、悔し涙を流しながら、女子の着替えをするロッカーで切り刻んだ覚えがあります。もっとも、ろくに習っていない自己流の下手な絵でしたし、奥様は絵画を習っておられるし、役員さんの部屋には、高価な絵画も購入して飾るのが普通でしょうから、常識を知らない行為だったと今となっては思いますが。

陶淵明       四時  

春水滿四澤,

夏雲多奇峰。

秋月揚明輝,

冬嶺秀孤松。

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