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2008年6月 6日 (金)

日本の農業

日経BPの山崎さんが「農業を日本の先端産業にする」という前回の続きのコラムを書かれているので、これを紹介する。彼の提言は次の通り。

1.日本の農地ができるだけ使われるようにする

農業土木にお金を使わず、農業をやりたい人にお金を出す。フランスでは、農業所得の8割がアメリカでは3割が補助金という。

*前ブログでも識者が皆農家に直接生活保障をするというので、私もそうかなぁと思ったのだが、所得の8割も保障されて、働く気になるものだろうか。モラルハザードって起きないのだろうか。

2.日本の農産物の値段を下げ、品質をあげる

値段が下れば、消費者は国産品を購入するようになり、輸入穀物が高まれば、米でパンを作る工夫などをするようになる。

3.日本の農家の担い手を増やす

農業をやりたい若者が農業に従事できるように、農業経営教育機関を作る。後述するフランチャイズ方式を導入し、資金や経験がなくても参加できるようにする。農業法人で勤めるなども可能に。

4.食の産業に学ぶ

自由競争の下、消費者ニーズを把握し、商品開発に切磋琢磨する。

5.グルメ型農業のすすめ

日本はすでに高級食材を作っているので、それを海外へ。他産業では当たり前、欧州農業では当たり前のマーケティングや消費者ニーズ調査を行う。生産から消費までのバリューチェーンを構築する。

6.フランチャイズ型農業のすすめ

農業の担い手の事情はさまざまなので、あるものは、商品開発とマーケティングや販売、あるものは、農地提供、あるものは農地と労働提供、あるものは、労働を委託するといったように、いろいろな形で参加できるようにする。

*コンビニのように、本部があって、農家がフランチャイジーになるのは、一つのやり方として評価できる。本来は、農協がこのフランチャイザーのような役割を果たすはずであった。あるいは、エンデバー(ハンズオン型のVC)のような組織がやる気のある農家の経営を支援し、組み合わせやマーケティングなどの手伝いをするやり方もあるだろう。

*山崎さんが以下に事例としてあげている新福さんは、そういった(フランチャイズの本部の)やり方のようだ。

7.たたきあげ農業経営者のすすめ

すでに、農家、農協、農業生産法人、株式会社などで優れた農業経営者が生まれている。こうした人を中心的に増やしていくイメージ。(都城市の間さん:養豚、新福さん:数百の農家を組織化)。

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一方で、社団法人農山漁村文化協会では、月刊現代農業を出しており、そこの記事(北林寿信さん)では、「貿易自由化は穀物不足をさらに悪化させる」という主張を掲載している。その根拠として使われているのが、UNDP(国連開発プログラム)がまとめたレポート「2006年アジア太平洋人間開発報告」の第三章「MAKING AGRICULTURAL TRADE WORK FOR THE POOR」である。

このレポートでは、自由貿易は、低所得の消費者に安い食糧を提供してくれる一方で、零細な農家や漁家の生存を脅かすとしており、政策決定者は、人間開発を促進する方向で農業貿易のバランスを考える必要があると主張している。

1.輸入国(先進国)の保護主義政策で途上国は輸出伸ばせない。

2.輸出国が換金作物(コーヒーやお茶など)に集中すると、その価格が下り、輸出から得られる利益が減少する。他の作物に転換するだけの能力がない。

3.原材料的な輸出(コーヒー、お茶、タバコ、ココア、砂糖、綿など)の価格は、先進国の輸出品(園芸、牛肉、酪農品)よりも価格が大幅に低下した。

4.先進国は、農業に補助金を与えているので、ダンピング輸出となっている。これにより、アメリカは、コーンや大豆の輸出で高い地位を得ている。

5.途上国は、食糧輸入国となっている。

6.スーパーなどの多国籍企業は、大規模農家と契約するので、灌漑、温室、トラック、冷蔵設備などに投資できない零細農家は取り残されている。

7.種子ビジネスなど多国籍企業に支払い、農家には、儲けが回ってこない。

このため、UNDPは、農業政策について7つのポイントを提言している。

1.農業に関心を持つこと

2.途上国が団結すること

3.途上国間の異なり国益を調整すること

4.貧しい国の利益を促進すること

5.地理的な指標と知財を活用すること

6.国の漁場を改良すること

7.地域開発に投資すること

上記4では、関税や弱いグループへの支援が必要としている。

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つまり、農文協は、貿易自由化を進めると、UNDPのレポートで示されているように、零細農家の生存が脅かされると主張している。その際、内閣府の経済財政諮問会議の報告書が自由化を主張しているレポートを槍玉に挙げている。

しかし、UNDPが記しているのは、途上国のなかでも貧しい国の話である。農業への政策支援が乏しいなかで、貿易を自由化した場合の問題を述べている。

一方、日本の場合には、戦後60年以上にわたって、さまざまな保護政策を実施し、灌漑など土地改良や水利などの投資をさんざんしてきたにも係わらず、むしろそのお陰で国際競争力を得られていない話である。

前ブログに記したように、山崎さんが提案したようなフランチャイズ制度や、生産から販売までのバリューチェーンを構築できていないうちに、一気に自由化した場合の衝撃が大きく、立ち直れないほどになってしまうかもしれない。しかし、方向としては、生産性を高める(大規模化とは限らない、補完方式、高付加価値化など戦略はいろいろ)、高めやすい環境を整えることが必要なはずだ。

もちろん、国内の革新度合いを見ながら、関税引き下げの度合いを斟酌したり、自給率を高めるために担い手の所得を補助することも必要である(出し方を直接にするなど方法は検討する必要があるが)が、基本的に農家が主体性を持って需給を判断して農業を営める環境づくりが不可欠だろう。

農家・農村・都会の農業地、観光と農業、環境と農業・・・地域イノベーションにとって、これはキーワードの一つであるはずだ。

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2008年6月 4日 (水)

食糧自給率アップ

食糧サミットもあって、食糧問題がニュースを賑わしている。

牛乳が余って、廃棄したばかりなのに、バターが不足しているなどという。バイオ燃料への転換が叫ばれたかと思ったら、食糧逼迫に拍車をかけていると非難されている。米が余っているので減反政策を取ってきたのに、米価格が高騰しているので減反を止めようといっている。

食糧問題は、同時に農山漁村の問題であり、地域問題を考えるうえでも避けて通れない。自由競争に任せておいた場合、一次産業の生産性が相対的に低いため、自動車などの生産性の高い産業に引っ張られて円高基調になると、国際競争力が低下し、輸入が増え、一次産業は、生きていけない。このため、欧米でも農業を保護するための施策を講じているし、日本でも長い間保護政策を実施してきた。

にも係わらず、日本の食糧自給率は低下を続けている。そして、若者は一次産業から離れ、農山漁村は高齢者ばかりとなり、限界集落が増え、耕作放棄地も増えている。一方で、中国製餃子に代表されるように、食の安全、安心が懸念され、国産食材、出自のはっきりした食材へのニーズは高まっている。また、都市近郊では、相続税を支払うために、高齢者が亡くなると、土地を切り売りしており、都市近郊の緑(本当の自然ではないが)は無くなり、農地が点在するようになっている。

ここでは、とりあえず、農業を中心に勉強しておこう。

まず、食糧自給率を高めるという観点から日本の農業政策を検討する。

これについては、ちょうど、日経BPの山崎養世さんのコラムで食糧問題が取り上げられている。また、前ブログで紹介したように、野口さんは、40年体制からの脱却のなかで、農業の保護政策を取り上げている(低生産性部門への税金投入)。

日本は、ずいぶんと農業政策にお金を投じてきたように認識している(票田でもあり)のだが、山崎さんは、ヨーロッパに比べて税金投入が少ないという。

そこで、まず、山崎さんのコラムの要点から;

1.欧州は、農業を守るために税金の過半を使っている(補助金)。農業生産を守ることと同時に田園風景を守るなど環境政策としても。

2.欧州では田園産業(ワイン、ウィスキー、チーズ、生ハム、トリフなどの高級食材)が発達している。マーケティング、ブランディングによって、高級食材として世界中から需要があり、田園地帯のレストランやオルベージュ(地元で取れる食材を使う)には、世界中からお客が来ている。

トスカーナやプロバンスのヴィラは、高額で取引されている。これを経営しているのは、農家や組合。

美しい田園風景を求めて、IT技術者なども都会から移り住んでいる(あるいはここから都会に通っている)。こうした人が農業のマーケティングをしている。

3.これに対し、日本の農家も農村も疲弊している。農業の担い手は高齢者で後継者がいない。耕作放棄地が増えている。2000もの限界集落がある。

4.日本でも農業に資金を投入してきたが、減反政策や農業土木であった。

5.戦後の農地改革は、不在地主を作らず、農地を所有するのは自作農とした。このため、高齢化すると耕作放棄地が増えている。農地の賃貸借を促進する必要があるが、進んでいない。農家のなかには、農業法人を設けて、経営効率化を図ったり、最近では、株式会社の農業参入も認められたが、賃貸借農地は、条件の悪い耕作地に限られており、株式会社に農地所有は認められていないなど、使い勝手が悪い。

戦後の農地解放により、小作人→小さな自作農が増えた。これを組合員として農協ができた。食糧を増産するため、食管制度(米の価格と流通を国が管理)を設け、全国一律の規格で農業試験場で開発した品種を全国一斉に作り、農協を通して販売する、少品種大量生産体制を確立。これにより、全国各地の多様な作物の多くが失われた。

全国で、水資源開発、農地改良、農地整備、機械化と農薬や化学肥料の使用が進んだ。農協の事業は、農業生産と流通だけでなく、農機具や生活用品の販売、貯金、貸付、保険まで広がった。

こうして日本の農業生産は成長し、1960年には、米100%自給を達成した。終戦直後に大量餓死の恐怖におびえていたのが嘘のように、日本人のほとんどが銀シャリを食べられるようになった。これは、大きな成功であった。

戦後の経済成長、工業化、都市化につれて、農村から若者が都会に流出した。しかし、農家は農地を手放さなかった。このため、小規模農業が残った。農家は経済的に豊かであった。これは、農家が農協を通じて政治団体化したことにもよる。高い生産者米価での買い取りが実現した。消費者米価との価格差は、政府が補填した。

生産能力が高まり、米が余り始めると、需給調整(減反政策とその見返りの補助金)が始まった。

公共事業も農家向けの政治の道具となった。道路建設のための農地の買い上げは、農家の大きな収入源となった。大都市近郊では、土地の用途指定を変更し、宅地や商業地に転用すれば、売却益を得られた。

区画整理や農地改良、治水、林道整備にも莫大な予算が使われた。工事の受け皿である土木会社を農家が始めた。農業の裏作は土建業。農地は、土地課税や相続税で優遇を受けられた。農業が不動産管理業となった。

米作は、かつては、田植えや稲刈りを手作業で行っていたが、これが機械化された。週末だけ手入れしても、米を収穫できるようになった。このため、サラリーマンをやりながらの兼業が増えた。→農協も、農業指導よりも、保険や貯金の勧誘、旅行や洋服の販売に力を入れるようになった。

消費者も変化した。自宅で料理をせずに、コンビニやファーストフードで済ますようになる。ご飯ではなく、パスタやパンを食べるようになった。かつては、日本の田園で取れていたものが、近所の八百屋に並び、家庭で調理されていたのだが、今では、スーパーは、世界中からの食材を並べている。外食産業や食品工業でも、安いため、海外から仕入れるようになった。

グルメの時代となり、テレビでは食べ歩き番組が流れている。本来であれば、日本の農業の復活のチャンスなのだが、日本の食材を使った料理が世界中から注目されるはずであったが、そうはならなかった。

まとめると、日本の食管制度に基づいた農協というピラミッド組織は、消費者がだまって与えられたものを選ぶ時代には適していたが、消費者のニーズが多様化した時代に、ニーズを把握して、優れた食材に誘導するという創造性を発揮するには適していない。農家も兼業が多く、革新する力は弱い。

次に野口さんが農業について言っていること

山崎さんと同じように、

1.輸入規制によって国内生産(特に米作)が保護された。

2.農地の売買規制や株式会社の参入規制により、大規模・高生産性農業に転換する道が閉ざされた。

3.食管制度によって、生産者米価が財政資金で支持され、農家所得が保障された。

これにより「片手間、兼業、三ちゃん農協(農業では?)」が一般化したとしている。

野口さんは、農業を批判しているのではなく、低生産性を問題にしており、世界を見渡して国際競争力を高めるべきであり、補助金づけなどが農家の創造性を失わせていることを問題としている。

そして前ブログにも記したが、農業に税金を投入するにあたっても、生活者としての農家にセーフティネットを提供するほうが害は少なく、農業を保護するために、農業や農業土木に税金をつぎ込むことが、無駄なものを作ってしまったり、やる気を失わせていることを問題にしている。

高度経済成長期に、農業が取り残され、農家の所得が都市生活者の所得を下回った時に、米の輸入を禁止し、米作に補助金を与え、米作農家の所得を保障しようとした。その結果、零細米作農業が残存し、農業が衰退した。

米作を保護する代わりに、農家に直接給付金を与えて所得を保障し、米の輸入をしていれば、農業に投入された資源、労働力、土地などがもっと生産的な用途に充てられたはずだ。そして、日本の農業は、零細l米作農業から脱し、高生産性農業に脱皮していたはずだ。

このやり方(農家の所得保障)の問題点としては、歯止めをどうするかということと、直接の給付に対する対面上の問題。これらは、政治的な判断や方法を考えることで可能としている。

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両者が言っているのは、農業を世界や消費者ニーズなどを見ながら、国際競争力のある農業へ転換できるようにということであり、ここまでは賛成だ。

山崎さん言うように、日本の農業も、プロバンスのような風景と地元食材でもてなすレストランやトリフが世界中で高値で取引されるようになって欲しいものだ。そのためには、

1.農業事業者の起業家精神が求められる

2.時代に不適合な制度(高関税と高価格買取制度、減反による需給調整:補助金)は改革していく

3.グローバル経済の下で、農業の生産性では、どうしてもムリなところは、起業家精神をそがない方向で補助金を投じる   べきなのだろう。

経済産業研究所の山下さん(元農水省の人らしい)の論文は、野口さんと同様、直接支払い方式にして、農産物価格を引き下げ(関税や高価格買取制度を廃止し)、内外需要を開拓すれば、消費者は助かるし、自給率は高まるし、国際競争力に耐えられる農家が生まれるはずとしている。直接支払いで所得を保障しても、その金額のほうが、現在の制度を続ける金額よりも安くすむなど、分かりやすく書いてある。

ただ、少し気になるのは、農産物価格を引き下げたとして、内外需要がそれに対応して増えてくれるかどうかである。これまで、外食産業やスーパーや食品メーカーは、大量の食材を商社などを経由して海外から仕入れており、国内でも農協のような量販システムに支えられてきた。したがって、同じ規格の商品を大量に求める仕組みになっている。日本の零細農家がどうやって、こうした大量流通に乗ることができるのか。この間をきちんと埋める見通しがないと、一気に価格を引き下げては大変なことになる。

福岡のグラノ24Kのように、その時採れた食材でメニューを考えるビュッフェレストラン方式や農家に集荷に回るといった試み、大山町のように農家の方が直売やレストランへ進出するといった試みのような、地産地消の流通が本格化しないと難しいだろう。あるいは、カゴメやカルビーのように、自ら野菜工場を持ったり、契約栽培をするなど。もっとも、この頃は、外食チェーンなどでも、安全な食材ということを売りにしており、国内の契約栽培を増やす傾向にあるようだが。

もう一つ気になるのは、EUのように、田園風景を維持することに対し、どのような法制度にするのだろうかということ。アメリカの中小都市の本に出ていたデービスやボルダーでは、グリーンの空間を維持するために、都市住民が税金を支払う意思決定をしたはず。日本の農家は、相続税で優遇されていると聞いたが、それでも、相続税を支払うために、近郊からどんどん宅地が切り売りされ、住宅に変わっている。これも要チェック。

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ちなみに、EUの農業政策についてのHPはこちら

概要だし、翻訳なので、分かりにくいが、どうやら、EUの農業政策も変遷があったようだ。当初は、各国の自給を目指していたが、これにより基幹商品が生産過剰になったことや、それを輸出すると貿易を歪曲するという批判があったことなどから、農業生産に対する補助金を止めて、農民への直接支払いになっているとのこと。

昔は、共通農業政策がEU予算総額の7割を占めていたが、今日では5割程度になっている。農業予算が支払われる対象が広がり、農村開発や環境が含まれるようになった。アジェンダ2000として、農作に加え、農村開発が2本目の柱として正式に位置づけられた。

狂牛病や牛乳のダイオキシン汚染、牛肉の残留ホルモン剤など食品による健康への害は農業や家畜管理の集約化が原因ではないかという懸念を認識しており、最重要項目として、①環境に健全な生産方法、②高水準の動物福祉、③食品の安全と質が挙げられている。

ワインについては新興生産国の台頭、ワイン離れ、生産過剰などの問題があり、これに対し、ワイン生産に対するさまざまな補助金を撤廃し、EU加盟国以外への輸出促進を図ることと、栽培制限を続けて競争力のない生産者は、十分な資金を得て撤退しやすくするとしている。そして、2014年からは、栽培制限を撤廃し、希望があれば増産したり、新規参入も認めるとしている。

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日本でも、新しい農業政策が導入され、株式会社の参入も認められ、専業農家でやる気のあるところを中心に支援する政策に転換したはずではなかったのか。私は、ようやく、農業政策が競争力強化の方向に転換されたとこれを評価した記憶がある。(この間の選挙で、民主党が票欲しさに、新しい農業政策は、零細農家を見殺しにするといったようなことを言って、選挙で負けた自民党がまた補助金ばら撒きのような方向に少し軸を戻したと記憶するけれども。)

しかし、新しい農業基本法も、中途半端で、山崎さんが言うように、やる気のある株式会社や農業法人が参入したり、規模を拡大したくても、賃貸借しか認められていないし、それも条件の悪いところしか賃貸借できないのだろうか。

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なお、牛乳については、もともと、北海道は、大都市に供給するには距離の問題があるので、乳製品加工が中心で、生乳は、都市近郊が中心とのことで、夏場のように需要が増えるが牛の乳が出にくい場合のみ、北海道から生乳も供給されるとネットには書いてある。

しかし、現在のように、ロングライフ牛乳が中心なら、北海道から輸送しても良さそうだし(もっとも輸送コストが合わないのかも)、タンカーで茨城まで輸出するという話を聞いたような気がするが、これも大都市への限界的な供給なのかもしれない。

そして、牛乳が余った(2006年:豆乳やお茶など他飲料にシフトし需要減少)のは、大都市近郊での問題であるとのこと。

一方、バター不足は、2007年末~:前年に生乳があまったため、非北海道における生乳生産量減少、EUの乳製品需給バランス正常化による輸出減少、ロシアやアジアの乳製品輸入増によるとのこと。

しかし、これも市場と乳業農家との間が乖離していて(農協などが入り)、情報が上手く伝わっていないことによるのかもしれない。今後とも要チェック。

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2008年6月 3日 (火)

敗戦後の戦略

頭の体操。

野口さんの40年体制からの脱却を借りると、(バブル崩壊)敗戦後の日本の戦略として、経済については、真の自由主義体制の構築を掲げ、ロンドンのウインブルドン現象を日本にも起こすことなのかもしれない。

小泉-竹中ラインの骨太の改革は、アメリカによる市場開放圧力への対応であった(要チェック)けれど、そうではなく、自ら、ロンドン化を選び取る。そのための「抵抗勢力」を排する。そのために生じる摩擦(失業)などへのセーフティネットを用意する。

ロンドンの投資銀行は、イギリス資本ではなく、すでに、アメリカなどの資本によって買収されてしまっているらしい。イギリスは、シティという場だけ貸している。野口さんが説明している場の魅力というのも、今ひとつ分からないのだけれど。

ロンドン化すると、東京の市場で世界の企業が上場するようになり、ロシアや中国やインドなどの投資が日本で起こり、おそらく、日本企業の3分の1くらいが外資となり、海外からの観光客がやってきたり、外資で働く人や観光客のために、ロシア料理や、中国料理や、インド料理やなどがたくさんできたり、ロシア街やインド街なども出来、小中学校にも外国人が増え(あるいは○○人学校が出来)、大学にも留学生が集まる。

江戸時代の江戸の町に全国の田舎者が集まったようになる。甲州商人、松坂商人、近江商人などが店を構えて競争する。それと同じことだ。町の行政としては、田舎者や異国人通しが喧嘩をしないよう、ルールを作ったり、夜の安全を守ったり、祭りをすることでうっぷん晴らしが出来るようにする。異文化がぶつかり合うことで、芸術性が高まり、娯楽が高度化する。

おっかなびっくりの開放策ではなく(福祉部門にのみ看護士資格のあるフィリピン人を導入するなど)、開放政策を「骨太」の方針として、打ち出す。

サッカーのチームの多くを外国資本が買収し、冷徹に選手を選別し(金に任せて強い選手を連れてくる)、常勝チームにして、テレビ放映権やキャラクターグッズで利益を上げ、さらにこれをもっと金持ちに売却する。こうしたことが、日本のサッカーチームやプロ野球にも起こる。

巨人が高額なギャラで選手を集めているのに勝てないなどといわれるが、ロシアの石油王やインドのIT王者がソフトバンクや広島を買収し、世界的な選手を連れてきてプレーする。インドや中国などにも野球チームが出来て、アジアカップが行われ、アメリカの野球中継よりも、こっちのほうが面白いということになるかもしれない。

開放戦略が進み、グローバル企業で働いて、世界中を飛び回ったり、世界の企業を渡り歩く人材は、老後の年金をどうするのだろうか。外国人で、日本で生まれた子供が、ずっと日本に居るようになった場合、老後の年金はどうするのだろうか。医療は?教育は?子育ては?・・など、経済がグローバル化した場合には、国内問題であった年金や福祉制度も考え直す必要があるのではないか。国籍をとるかどうかだけで割り切れるのか。

日本が世界の雄として生き残るとするなら、軍事防衛の自立の前に、国内のさまざまな制度を開かれたものとして再検討する必要があるのかもしれない(要チェック)。

逆にこれができれば、人口減少、高齢化といったうら寂しい日本の将来像を変えることができるのかもしれない。外国人であれ、日本で働く人も年金制度に入れれば、高齢者を支える分母が増える→そうしながら、制度を自分が掛けたものを自分が得られるように変換していけば(普通の保険制度のように)良いのではないだろうか。

上記については、分かっていないことが多いのだが、とりあえず、頭の体操として記しておきます。

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2008年6月 2日 (月)

野口コラムで考える

95年に出された本では、提言がいまひとつピンと来ないので、彼のブログ(コラム)を使って、考えてみよう。

1.ディトレーダーの件に関連して:株主の判断に基づく売買は、企業のこれまでの業績や今後への対応を株価で判断しており、一つの指標。企業を「資本の影響から隔離し、国家のために運営されなければならない」としたのは、岸商工大臣ら「革新(アカ:社会主義的)官僚」による産業の国家統制的な考え方で、これを可能にしたのが、間接金融であり、株式の持合であり(物言わぬ株主)、内部昇進による経営者で、資本の圧力を排除してきた。先のブルドックソースの外資ファンド買収に対抗するための措置への最高裁の判決もこの流れ。→本来の自由主義制度にならないと、日本は世界の流れに乗り遅れる、産業構造も転換しない。

中国の太陽電池メーカー(サンテックパワー:尚徳太陽能電力)が創業間もないのに、株式公開して大きな資金を得て、材料となるシリコン購入を10年契約し、大規模工場を建て、日本企業(MKS)を買収し、さらに、技術革新によってより効率の良い仕組みを開発したという。この創業者は、太陽光発電の研究者でもあるという。→これは、まさに、野口氏が言うところの自由主義的な仕組みを活用したベンチャーの登場である。ものづくりにも精通しているが、拡張のタイミングを株式公開で資金を得ることによって可能にするなど、経営にも精通している。おそらく、生産規模拡大するにあたっての組織拡大への対応も、営業力強化もきちんとやられているに違いない。

ところで、確か、ホンダも、株式公開で資金調達したり、販路拡大のために本社を浜松から東京に移したり、アメリカに進出したり、国際レースに出るなど、まだヨチヨチしていて危なっかしい頃にタイミングよく手を打っている。

「政府の介入を嫌う、自由主義的思想」を持つ経営者・・う~ん、このロールモデルが無いことがまずいのだろう。今日の学生は、ホンダに興味を持たず、まして、本田宗一郎を知らない。

ヒルズ族(ITとファイナンス)がロールモデルになってくれるはずだったのに、金の亡者みたいに見えて若者から毛嫌いされてしまったのは残念だ。彼らに、志のようなものが見えると良かったのだけれど(社会を変えるとか人のためになるといったほど大層なものでなくても、F1レースで一位になるぞ程度でも。グーグルのように、世界中の情報を集めるでもよいし、アップルのように、権力が持っている大型で高いコンピュータではなく、自分たちが使える安いパソコンが欲しいでも良いのだが)。

内部昇進ではなく、優れた力量で企業価値を高めてくれる経営者を連れてくる。資金調達は必要とするプロジェクトの評価を得て調達する。企業価値が下れば、資本も退いてしまう、この圧力を常に感じながら事業を行う。日産やソニーは、すでに経営者は外国人であり、三菱商事がグローバル化に向けて人事制度を大きく変革しつつある。

会社共同体で育った私は、共同体のぬくもりのなかでちょっとした反発やはみ出て満足してきたのだけれど、50年の企業文化を変えることができるものだろうか。新生銀行のように、国有化、売却、経営陣や上司が全て外国人という敗戦を目の当たりにすれば、企業文化は変えることが出来たであろうが。エリート意識の高い大手銀行が合併してできた日の丸大銀行の内部は、今どうなっているのだろう。

はげたかファンドが日本企業を買収し、不採算部門を切り捨てて、企業を再生、高く売却することによって、確かに、日本企業のだらしなくなった身体つきをスリムな筋肉質に変えた事例もある。

時間がかかるかもしれないが(時間をかけてもいられないのだろうが)、日本企業は、早晩、こうしたグローバルスタンダードの企業経営をせざるをえないだろう。クラークとして一生を終えたくなければ、MBAを取って、経営者になるためのキャリアパス(コンサルやVCなど)を経て力をつけていくしかないだろう。

一方、クラークであると割り切れば、現在のパートや派遣のように、精神的には、楽かもしれない。もちろん、クラークなりの知識を磨く、技を磨くことは必要であろうが。

つまり、会社共同体文化に慣れ親しんだ人には辛いかもしれないが、新たな労働者としての若者には、これからの働き方のロールモデルを示せば、彼らは、好きな方を選ぶことになるだろう。日本企業の多くが、そういう対応(その仕事は何を要求されているか、要求に応えているかといった人事評価)が出来ていないと思えば、彼らは、海外でそういうことが出来ている企業で働けばよいのである。

グローバルスタンダードに乗り切れず、国の統制を望む企業は、国際競争から脱落してしまう。国に頼らず(必要なことは国の尻をたたくとしても)、自らの経営判断でタイミングを外さず、適切な手を打ち、必要な人材を選別して得る(会社共同体で安住している社員は切り捨てる)企業が生き残る。

経営者は、外資による株式の買収、物言う株主に対応することを通して、いち早くグローバルスタンダードに乗れるよう、これを良いチャンスと捉えるくらいの気持ちが欲しいということになる。太陽電池関連メーカーであるMKSの社長は、偉いというべきなのだろう。

既存の日本企業の3分の1くらいが、資本が外国で、社長が外国人であるようになる状況が良いのかもしれない。もちろん、製造業でも、若い経営者によるベンチャーが生まれて欲しい。

シャープでも、京セラでもない日本の無名の誰かがサンテックのように、世界の石油燃料からの脱皮の潮流を察知し、株式公開によって資金調達し、大規模工場を建てたってよかったはずだ。確かに中国は、土地も人件費も安いけれども、別の優位性を見つけ出すことは可能だったのではないか。特区で税金を安くするとか、そこには外国人を働かせるとか・・。工場は中国だってよいかもしれない(優秀な中国人パートナーを得て)。

太陽電池は、もう大手がやっていると思ってしまうところが残念なところだ。

では、敗戦後の制度改革(新しい制度)提案としては、どんなことが言えるのだろうか。

おそらく(要チェック)、制度的には資本自由化は終了しているので(日産やソニーがやれているのだから)、既存企業については、経営者または資本家の判断ということになるのだろう。妙な行政指導(外資排除)をしない。企業をグローバルな競争に晒し、競争に負けて路頭に迷うことがあったら、生活保護などのセーフティネットで保障する。これから労働市場に入る人は、グローバル企業で戦えるためのタフさ、知恵、履歴を作るようにする。・・・こんなところだろうか。

バブル崩壊後には、金融部門で、グローバルな競争に裸で晒されたものの、新生銀行を除くと、日本の金融機関同士での大型合併で終わってしまった。大きくなった日本の銀行は、情報力を含め、本当に競争力を高めたのだろうか、これは疑問だ。新生銀行事件の顛末は、なんだか、国際詐欺にあったみたいで、日本の富を上手く騙し取られたようにしかみえないが、これによって、新生銀行が国際競争力を持ったのであれば、日本の金融としは良かったといえるだろうが。

郵政民営化でゆうちょ銀行の競争力が高まる方向になるなら良いが。株式公開にあたって、情報戦や政治圧力で株価を下げて外資が大量に購入し、切った貼ったをして、売り逃げするということにならないように。

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敗戦から20年後

今日、12チャンネルで久米宏が新にっぽん人を探るという番組をやっていた。現在の20代の価値観が、それまでの若者と違っているという内容だ。彼らは、バブル崩壊時期に生まれたので、日本の将来も自分の将来も不安なので、むやみに消費したいと思わず、若い頃から貯蓄をしていること、高級外車や海外旅行をしたくてお金を稼ぐのではなく、たんたんと稼いでいるが、いつ自分がどうなるか分からないと思っている。一方で、海外ボランティアなどにお金を払っても参加して、自分がどのように社会に役立つのかを知りたいとも思っている。

若者をこんなに萎縮させてしまっているのは、政治の問題だと思う(年金制度、何かあった時のセーフティネットへの不安感)。また、自分が何をしたら良いのか、社会に役立ちたいのだけれど、仮に就職していたとしても、実感として分からないというのも、政治の責任なのだろうと思う。

10年後、50年後の日本社会(そこで暮らす自分たち)の姿が描けない、国がセーフティネットを示せていないので、若者が安心して仕事をしたり、家庭を持ったり、ましてや消費をすることができない(今を充実して生きられない)。

また、産業構造の転換についてのイメージが描けないので、キャリアパスをどうしたらよいのかが分からない。とりあえず、親が心配しないように、自分も不安なので、就職しているとしても。もっと素直な場合は、ニートになっている。

青年は、素直に社会の役に立ちたいと思っている(おそらく、どんな時代も)。ある時代には、大切な人を守るために戦地に飛び立つ、ある時代には、企業の業績を上げることが、社会に役立っているし、それが大切な人を養うためでもあると思って、24時間戦う。これが、現在見えない。

アメリカの優秀な学生や若者が社会起業家になる気持ちは良く分かる。10年くらい前から、日本でも、学生達の関心は、社会起業家であった(IT経営者が寵児であった頃すでに)。すでに、NPOに身を投じた人もいれば、海外のNGOで働く人も増えている。

ロールモデルとして日本の社会では、まだそれほど見えていないが、学生達のなかでは、社会起業家はロールモデルとなっている。問題は、日本のなかで、まだ本格的なNPOなり、社会起業家のロールモデルが居ないことや、これについての一般的な議論がようやく出てきた程度であることだ(地上波のテレビで取り扱われるようになった)。

アフリカの子供達を助けるとか、世界的な地球環境問題に取り組むといった世界的な活動では、既存の国際的なNPOの活動があり、そこに参加している若者もいる。しかし、国内問題についても、敗戦からの脱出にあたって、社会起業家は、ひとつの新産業であり、バイオやナノのような先端技術産業とは別に、もう一つの産業構造転換であると思われる。

この成長を加速させ、ロールモデルを見せることは、若者達に行くべき方向性を示すことになるはずだ。そのためには、日本の社会問題を解決するための新しい枠組み(イノベーション)を提示し、それを大きなうねりにするだけの加速器が必要となる。ベンチャーズ・インフラと同様、社会起業家インフラの整備である(一部重なる)。

寄付やもう一つの金融の仕組み、エンデバーのようなハンズオン型の支援組織が加速器の役割を果たす。現在のNPOのように目の前の課題に単に取り組むものから、ビジョンとその事業を持続性のあるものにしていくものに成長・発展させられるだけの仕組みが必要だ。

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2008年6月 1日 (日)

野口提案の検討

95年に出版された野口さんが40年体制を変換すべきと言っている項目を検討しておこう。

1.東アジア発展のインパクトと産業構造転換

東アジアの発展と企業の海外投資→グローバル企業への脱皮は、かなり進みつつある。問題は、産業構造転換、なかでも空洞化した地方における経済を牽引する産業が育っていないことである。

例の知的クラスター創生事業は、おそらく、いずれもたいした成果を挙げていないはずである。ニセコのような観光産業の国際化を日本が主導してやれていないことが問題だろう。

一方で、ITやバイオなどの新しい先端産業では、日本は世界のなかで競争力を持ちえていない。金融もしかりである。マンガとアニメのみ話題になっているものの。

2.生活関連社会資本の不足(生産優先主義が勝っている)

これはどうなんだろう。住宅が劣悪、公園がない、道路が不足、通勤ラッシュ、下水道が整備されていない・・公共投資の比率が下っていることを問題にしているが。地方では、下水道が普及していない問題があるのかもしれないが(讃岐うどんの流す水が富裕化した問題をあつかったうどんという映画)。

むしろ、現在だと、病院や保育園などの福祉を含めた生活社会資本の不足が問題となっている。

別のところで、野口さんは、大学施設の充実や通信インフラなども挙げている。理系などでは、こうしたことは言えるのかもしれない。

また、よくわからないのだが、野口さんは、日本は、財政再建が市場目的とされ、消極的であったとしている。対外経常収支が黒字であるなら、公債の増発によって公共投資を増加させれば、日本経済の資源配分を海外投資から国内の社会資本形成に振り向けることができたのにとしている(資本移動が自由で為替レートが変動する場合には、本来、内需拡大が資本流入を招き、円高を導く、これによって経常収支黒字が縮小する)。

今日公共投資をしすぎて(最も景気刺激策としての低生産性部門への投資で、ほとんど意味がなかったのではないかと私は思うけど)、財政悪化になる前のことなのかもしれない。要チェック!

3.低生産性部門保護のための見えない税金

農業・中小商店などの保護が見えない税金投入となっている。円高なら消費者は得をするはずなのに、農業保護で高い食料を食べているとある。

しかし、今日では、食の安全・安定供給などを考えると、食管法のやり方を変える必要はあるが、国内自給率を高める必要が生じている。

また、中心市街地活性化など、競争力のない、やる気のない商店を残そうとしており、これは確かに良くないが、コンパクトシティなどの別の観点からの検討も必要である。どうやって大型店と競争できる地元商店を生み出すかが課題ではある。

私も、円高=悪というのは、反対だ。企業だって、円高なら原材料が安くなるし、多国籍化した企業は、上手に為替レートを見ながら、仕入れ販売を行うはずだ。消費者にとっては、海外旅行、輸入製品安で嬉しいはずだ。

問題は、今日でも、輸出産業が日本経済を牽引しているので、円高だと、日本の株価が下ることではないのか。しかし、前述のように、グローバル化している日本企業は、必ずしも日本からの輸出だけではなく、為替レートは原材料の輸入や海外生産車の輸入などで多面的に効いて来るはずである。

良く分からないが、円高で得をする産業(小売業などの輸入の多い産業)が日本経済の大きな地位を占めれば、円高による株価下落は相殺されるのではないのか。

野口さんの指摘でなるほどと思うのは、低生産性部門の産業・事業者の保護政策をするのではなく、競争で敗れる個人に一般的な社会保障(セーフティネット)をすべきだということである。雇用を守るために低生産性部門の企業を保護すると、無駄なことをやってしまうので、潰れたら、失業手当や生活保護で対処するのが経済的には正しいという指摘だ。

1.閉鎖企業への限界

終身雇用が前提であったため、早くに会社を退職すると、損をする給与・退職金体系になっていたが、確か、これは変更されたのではなかったか(要チェック)。

2.間接金融が阻む新産業の誕生

これも、今日では、ずいぶんと変わった。ベンチャーのためのインフラ(法制度)は、ずいぶんと整備された。問題は、種が居ないこと、種を育てるだけのソフトが不足していることかもしれない。

低生産性部門を保護政策で守るのは限界だが、農業などは、食の安全保障という意味でも重要な産業であり、緑を守るなどでも重要なので、競争を導入しながらも、創意工夫をして競争力のある産業に生まれ変わらせるか、生活空間として、納得のうえでの税金・寄付対策をきちんと検討する必要がある。これは、地域ごとかもしれない。アメリカの中小都市やEUの政策のように。

3.進まない都市開発

ここでは、貯蓄率の高さを前提とした議論がなされているが、確か、日本の貯蓄率は、今日大幅に下ったはず(要チェック)。

土地税制、借地法・借家法を要チェック。野口さんは、都市開発を進めるよう、土地を借りてでも活用するようにとの意見のようだ。

しかし、緑を残すという観点から、相続税で都会の緑が無くなることも要チェック!

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戦後

第二次世界大戦で敗れた日本は、今思うと玉音放送で涙したものの、なんだか明るかったような気がする。暗くて息を詰めていた戦時体制が終了し、負けたものの、焼け野原の上に広がる青空の下、顔は輝いていたように思えるのは、後から文献や映像でそういう絵を見ているからなのだろうか。少なくとも、生きていくエネルギーに満ちていたように思える。

服飾史を勉強していたときに、戦後すぐに女性がスカートと半そでの洋装になり、二の腕がまぶしかったと書いてあったように記憶する。女性たちが自由・平等・民主主義などをどこまで理解していたかは分からないが、戦時体制からの解放と、全ての秩序が崩壊したことによる桎梏からの解放が虚無につながるのではなく、自由を楽しむ前向きな姿勢につながっていたようだ。

これに対し、今回の敗戦では、全ての秩序が崩壊したことが虚無につながり、途方に暮れているように思えるのは何故だろうか。

あまりにも、第二次大戦後の成功が国民の多くに安泰と幸せを感じさせてしまったが故に、その崩壊に呆然としてしまっているのだろうか。第二次大戦では、文字通り国敗れて山河ありだったのに、皆が明るかったのは、その前の戦時体制が余りにも国民にとって辛く、厳しいものだったからなのだろうか。

明治の無血革命のときはどうだったのだろうか。京都の人たちは、天皇が東京に行ってしまった喪失感から、逆に産業振興や教育振興に力を入れた。江戸の人たちは、野暮な田舎者が政治を牛耳るのを馬鹿にしながらも、新しい時代の文化を面白がって吸収し、自分のものにしていった。諸外国で起きた産業革命を起業家は、積極的に日本に取り入れていった。

明治まで入れるとさらに分からなくなるので、とりあえず、この間の第二次大戦での敗戦から復興にかけて(45年-65年)とバブル崩壊(90年-2010年)からの復興にかけてを考えてみよう。当時生まれた子供が20歳になるまで、10歳の子供が30歳になるまで、20歳の子供が40歳になるまでだ。

・女性は、それまでの家と結婚するから、個人の結婚となりマイホーム。農家の大家族の嫁から都会のサラリーマンの妻へ。当時はキャリアウーマンは少ないが、勉強して良い大学・就職先に入れば、良い伴侶を見つけられる。自分で働いたお金で、洋服など好きなものを買える。アメリカの映画に出てくる庭付き一戸建ての家で、テレビ、洗濯機などが揃った夢のような暮らし。

・男性は、長男は田舎に残るも、東京に集団就職、一生懸命働いて、マイホームを持つ。あるいは、勉強をして良い大学に行き、大企業に勤めて、これまで経験したことも無い仕事をし、都会のきれいな女性と知り合い、夜の街で遊ぶ。一生懸命仕事をすると、会社のなかで出世をし、給与も地位も仕事の面白さも高まる。

・古い田舎のしがらみが無くなる一方、勉強したり、一生懸命働くと目に見えて生活が良くなり、夢のマイホームが手に入る。危険なことはすっかり無くなり、自分の生活も、日本の社会も一直線に右上がりに上昇していった。

・これを可能にしたのが、野口悠紀雄さんが分析した「40年体制」(日本的経営、間接金融、官僚制度、生産優先主義、競争否定の共存政策、財政、土地制度・・)なのだろう。野口さんによれば、戦時体制下でこそできた緊急の中央集権的な仕組みが戦後も生き延び、これが高度成長期に適合したという。

戦後も生き延びたことにも興味があるが、野口さんは、環境が変わったので、この戦時体制とは決別すべきである(この体制の欠陥を指摘)ことをこの本では述べている。95年に出されており、バブル(敗戦)後のあるべき政策提言をしている。

読み直してみないと分からないが、おそらく、95年当時に野口さんが感じていた以上にグローバルな環境変化は進んでおり、無策も続いているので、彼は敗戦とは言っていないが、敗戦の後遺症は大きくなっているはずである。

・彼の指摘した政策提言の精査と、あるべき政策を実現するための方策の検討をする必要がある。

・政策が上手く変換した場合、人々は、どのような夢を描き、そのためにどのような努力をしたらよいのかを示唆する必要がある。

焼け跡から這い上がるうえで、人々の強い意志があったからこそ、40年体制は上手く機能した。政策が正しい方向に変わったとしても、人々が生き抜くための強い意志を持てるようにしないと、魂が入らない。以前のような単線右上がりの姿は描けないにしても、何をしたら、尊敬されるのか、何をしたら、食べていけるのか、何をしたら、心が豊かになるのかのイメージを描けるようにすることが必要だ。これは、国が決めるのではないかもしれない。智恵者が方向づけるのかもしれないが政策の方向性は出せるはずだ。

これなしでは、教育再生もムリだし、若者がニートから脱するのも、子供を生むようにするのもムリである。

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