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2008年6月 2日 (月)

野口コラムで考える

95年に出された本では、提言がいまひとつピンと来ないので、彼のブログ(コラム)を使って、考えてみよう。

1.ディトレーダーの件に関連して:株主の判断に基づく売買は、企業のこれまでの業績や今後への対応を株価で判断しており、一つの指標。企業を「資本の影響から隔離し、国家のために運営されなければならない」としたのは、岸商工大臣ら「革新(アカ:社会主義的)官僚」による産業の国家統制的な考え方で、これを可能にしたのが、間接金融であり、株式の持合であり(物言わぬ株主)、内部昇進による経営者で、資本の圧力を排除してきた。先のブルドックソースの外資ファンド買収に対抗するための措置への最高裁の判決もこの流れ。→本来の自由主義制度にならないと、日本は世界の流れに乗り遅れる、産業構造も転換しない。

中国の太陽電池メーカー(サンテックパワー:尚徳太陽能電力)が創業間もないのに、株式公開して大きな資金を得て、材料となるシリコン購入を10年契約し、大規模工場を建て、日本企業(MKS)を買収し、さらに、技術革新によってより効率の良い仕組みを開発したという。この創業者は、太陽光発電の研究者でもあるという。→これは、まさに、野口氏が言うところの自由主義的な仕組みを活用したベンチャーの登場である。ものづくりにも精通しているが、拡張のタイミングを株式公開で資金を得ることによって可能にするなど、経営にも精通している。おそらく、生産規模拡大するにあたっての組織拡大への対応も、営業力強化もきちんとやられているに違いない。

ところで、確か、ホンダも、株式公開で資金調達したり、販路拡大のために本社を浜松から東京に移したり、アメリカに進出したり、国際レースに出るなど、まだヨチヨチしていて危なっかしい頃にタイミングよく手を打っている。

「政府の介入を嫌う、自由主義的思想」を持つ経営者・・う~ん、このロールモデルが無いことがまずいのだろう。今日の学生は、ホンダに興味を持たず、まして、本田宗一郎を知らない。

ヒルズ族(ITとファイナンス)がロールモデルになってくれるはずだったのに、金の亡者みたいに見えて若者から毛嫌いされてしまったのは残念だ。彼らに、志のようなものが見えると良かったのだけれど(社会を変えるとか人のためになるといったほど大層なものでなくても、F1レースで一位になるぞ程度でも。グーグルのように、世界中の情報を集めるでもよいし、アップルのように、権力が持っている大型で高いコンピュータではなく、自分たちが使える安いパソコンが欲しいでも良いのだが)。

内部昇進ではなく、優れた力量で企業価値を高めてくれる経営者を連れてくる。資金調達は必要とするプロジェクトの評価を得て調達する。企業価値が下れば、資本も退いてしまう、この圧力を常に感じながら事業を行う。日産やソニーは、すでに経営者は外国人であり、三菱商事がグローバル化に向けて人事制度を大きく変革しつつある。

会社共同体で育った私は、共同体のぬくもりのなかでちょっとした反発やはみ出て満足してきたのだけれど、50年の企業文化を変えることができるものだろうか。新生銀行のように、国有化、売却、経営陣や上司が全て外国人という敗戦を目の当たりにすれば、企業文化は変えることが出来たであろうが。エリート意識の高い大手銀行が合併してできた日の丸大銀行の内部は、今どうなっているのだろう。

はげたかファンドが日本企業を買収し、不採算部門を切り捨てて、企業を再生、高く売却することによって、確かに、日本企業のだらしなくなった身体つきをスリムな筋肉質に変えた事例もある。

時間がかかるかもしれないが(時間をかけてもいられないのだろうが)、日本企業は、早晩、こうしたグローバルスタンダードの企業経営をせざるをえないだろう。クラークとして一生を終えたくなければ、MBAを取って、経営者になるためのキャリアパス(コンサルやVCなど)を経て力をつけていくしかないだろう。

一方、クラークであると割り切れば、現在のパートや派遣のように、精神的には、楽かもしれない。もちろん、クラークなりの知識を磨く、技を磨くことは必要であろうが。

つまり、会社共同体文化に慣れ親しんだ人には辛いかもしれないが、新たな労働者としての若者には、これからの働き方のロールモデルを示せば、彼らは、好きな方を選ぶことになるだろう。日本企業の多くが、そういう対応(その仕事は何を要求されているか、要求に応えているかといった人事評価)が出来ていないと思えば、彼らは、海外でそういうことが出来ている企業で働けばよいのである。

グローバルスタンダードに乗り切れず、国の統制を望む企業は、国際競争から脱落してしまう。国に頼らず(必要なことは国の尻をたたくとしても)、自らの経営判断でタイミングを外さず、適切な手を打ち、必要な人材を選別して得る(会社共同体で安住している社員は切り捨てる)企業が生き残る。

経営者は、外資による株式の買収、物言う株主に対応することを通して、いち早くグローバルスタンダードに乗れるよう、これを良いチャンスと捉えるくらいの気持ちが欲しいということになる。太陽電池関連メーカーであるMKSの社長は、偉いというべきなのだろう。

既存の日本企業の3分の1くらいが、資本が外国で、社長が外国人であるようになる状況が良いのかもしれない。もちろん、製造業でも、若い経営者によるベンチャーが生まれて欲しい。

シャープでも、京セラでもない日本の無名の誰かがサンテックのように、世界の石油燃料からの脱皮の潮流を察知し、株式公開によって資金調達し、大規模工場を建てたってよかったはずだ。確かに中国は、土地も人件費も安いけれども、別の優位性を見つけ出すことは可能だったのではないか。特区で税金を安くするとか、そこには外国人を働かせるとか・・。工場は中国だってよいかもしれない(優秀な中国人パートナーを得て)。

太陽電池は、もう大手がやっていると思ってしまうところが残念なところだ。

では、敗戦後の制度改革(新しい制度)提案としては、どんなことが言えるのだろうか。

おそらく(要チェック)、制度的には資本自由化は終了しているので(日産やソニーがやれているのだから)、既存企業については、経営者または資本家の判断ということになるのだろう。妙な行政指導(外資排除)をしない。企業をグローバルな競争に晒し、競争に負けて路頭に迷うことがあったら、生活保護などのセーフティネットで保障する。これから労働市場に入る人は、グローバル企業で戦えるためのタフさ、知恵、履歴を作るようにする。・・・こんなところだろうか。

バブル崩壊後には、金融部門で、グローバルな競争に裸で晒されたものの、新生銀行を除くと、日本の金融機関同士での大型合併で終わってしまった。大きくなった日本の銀行は、情報力を含め、本当に競争力を高めたのだろうか、これは疑問だ。新生銀行事件の顛末は、なんだか、国際詐欺にあったみたいで、日本の富を上手く騙し取られたようにしかみえないが、これによって、新生銀行が国際競争力を持ったのであれば、日本の金融としは良かったといえるだろうが。

郵政民営化でゆうちょ銀行の競争力が高まる方向になるなら良いが。株式公開にあたって、情報戦や政治圧力で株価を下げて外資が大量に購入し、切った貼ったをして、売り逃げするということにならないように。

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