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2008年6月 4日 (水)

食糧自給率アップ

食糧サミットもあって、食糧問題がニュースを賑わしている。

牛乳が余って、廃棄したばかりなのに、バターが不足しているなどという。バイオ燃料への転換が叫ばれたかと思ったら、食糧逼迫に拍車をかけていると非難されている。米が余っているので減反政策を取ってきたのに、米価格が高騰しているので減反を止めようといっている。

食糧問題は、同時に農山漁村の問題であり、地域問題を考えるうえでも避けて通れない。自由競争に任せておいた場合、一次産業の生産性が相対的に低いため、自動車などの生産性の高い産業に引っ張られて円高基調になると、国際競争力が低下し、輸入が増え、一次産業は、生きていけない。このため、欧米でも農業を保護するための施策を講じているし、日本でも長い間保護政策を実施してきた。

にも係わらず、日本の食糧自給率は低下を続けている。そして、若者は一次産業から離れ、農山漁村は高齢者ばかりとなり、限界集落が増え、耕作放棄地も増えている。一方で、中国製餃子に代表されるように、食の安全、安心が懸念され、国産食材、出自のはっきりした食材へのニーズは高まっている。また、都市近郊では、相続税を支払うために、高齢者が亡くなると、土地を切り売りしており、都市近郊の緑(本当の自然ではないが)は無くなり、農地が点在するようになっている。

ここでは、とりあえず、農業を中心に勉強しておこう。

まず、食糧自給率を高めるという観点から日本の農業政策を検討する。

これについては、ちょうど、日経BPの山崎養世さんのコラムで食糧問題が取り上げられている。また、前ブログで紹介したように、野口さんは、40年体制からの脱却のなかで、農業の保護政策を取り上げている(低生産性部門への税金投入)。

日本は、ずいぶんと農業政策にお金を投じてきたように認識している(票田でもあり)のだが、山崎さんは、ヨーロッパに比べて税金投入が少ないという。

そこで、まず、山崎さんのコラムの要点から;

1.欧州は、農業を守るために税金の過半を使っている(補助金)。農業生産を守ることと同時に田園風景を守るなど環境政策としても。

2.欧州では田園産業(ワイン、ウィスキー、チーズ、生ハム、トリフなどの高級食材)が発達している。マーケティング、ブランディングによって、高級食材として世界中から需要があり、田園地帯のレストランやオルベージュ(地元で取れる食材を使う)には、世界中からお客が来ている。

トスカーナやプロバンスのヴィラは、高額で取引されている。これを経営しているのは、農家や組合。

美しい田園風景を求めて、IT技術者なども都会から移り住んでいる(あるいはここから都会に通っている)。こうした人が農業のマーケティングをしている。

3.これに対し、日本の農家も農村も疲弊している。農業の担い手は高齢者で後継者がいない。耕作放棄地が増えている。2000もの限界集落がある。

4.日本でも農業に資金を投入してきたが、減反政策や農業土木であった。

5.戦後の農地改革は、不在地主を作らず、農地を所有するのは自作農とした。このため、高齢化すると耕作放棄地が増えている。農地の賃貸借を促進する必要があるが、進んでいない。農家のなかには、農業法人を設けて、経営効率化を図ったり、最近では、株式会社の農業参入も認められたが、賃貸借農地は、条件の悪い耕作地に限られており、株式会社に農地所有は認められていないなど、使い勝手が悪い。

戦後の農地解放により、小作人→小さな自作農が増えた。これを組合員として農協ができた。食糧を増産するため、食管制度(米の価格と流通を国が管理)を設け、全国一律の規格で農業試験場で開発した品種を全国一斉に作り、農協を通して販売する、少品種大量生産体制を確立。これにより、全国各地の多様な作物の多くが失われた。

全国で、水資源開発、農地改良、農地整備、機械化と農薬や化学肥料の使用が進んだ。農協の事業は、農業生産と流通だけでなく、農機具や生活用品の販売、貯金、貸付、保険まで広がった。

こうして日本の農業生産は成長し、1960年には、米100%自給を達成した。終戦直後に大量餓死の恐怖におびえていたのが嘘のように、日本人のほとんどが銀シャリを食べられるようになった。これは、大きな成功であった。

戦後の経済成長、工業化、都市化につれて、農村から若者が都会に流出した。しかし、農家は農地を手放さなかった。このため、小規模農業が残った。農家は経済的に豊かであった。これは、農家が農協を通じて政治団体化したことにもよる。高い生産者米価での買い取りが実現した。消費者米価との価格差は、政府が補填した。

生産能力が高まり、米が余り始めると、需給調整(減反政策とその見返りの補助金)が始まった。

公共事業も農家向けの政治の道具となった。道路建設のための農地の買い上げは、農家の大きな収入源となった。大都市近郊では、土地の用途指定を変更し、宅地や商業地に転用すれば、売却益を得られた。

区画整理や農地改良、治水、林道整備にも莫大な予算が使われた。工事の受け皿である土木会社を農家が始めた。農業の裏作は土建業。農地は、土地課税や相続税で優遇を受けられた。農業が不動産管理業となった。

米作は、かつては、田植えや稲刈りを手作業で行っていたが、これが機械化された。週末だけ手入れしても、米を収穫できるようになった。このため、サラリーマンをやりながらの兼業が増えた。→農協も、農業指導よりも、保険や貯金の勧誘、旅行や洋服の販売に力を入れるようになった。

消費者も変化した。自宅で料理をせずに、コンビニやファーストフードで済ますようになる。ご飯ではなく、パスタやパンを食べるようになった。かつては、日本の田園で取れていたものが、近所の八百屋に並び、家庭で調理されていたのだが、今では、スーパーは、世界中からの食材を並べている。外食産業や食品工業でも、安いため、海外から仕入れるようになった。

グルメの時代となり、テレビでは食べ歩き番組が流れている。本来であれば、日本の農業の復活のチャンスなのだが、日本の食材を使った料理が世界中から注目されるはずであったが、そうはならなかった。

まとめると、日本の食管制度に基づいた農協というピラミッド組織は、消費者がだまって与えられたものを選ぶ時代には適していたが、消費者のニーズが多様化した時代に、ニーズを把握して、優れた食材に誘導するという創造性を発揮するには適していない。農家も兼業が多く、革新する力は弱い。

次に野口さんが農業について言っていること

山崎さんと同じように、

1.輸入規制によって国内生産(特に米作)が保護された。

2.農地の売買規制や株式会社の参入規制により、大規模・高生産性農業に転換する道が閉ざされた。

3.食管制度によって、生産者米価が財政資金で支持され、農家所得が保障された。

これにより「片手間、兼業、三ちゃん農協(農業では?)」が一般化したとしている。

野口さんは、農業を批判しているのではなく、低生産性を問題にしており、世界を見渡して国際競争力を高めるべきであり、補助金づけなどが農家の創造性を失わせていることを問題としている。

そして前ブログにも記したが、農業に税金を投入するにあたっても、生活者としての農家にセーフティネットを提供するほうが害は少なく、農業を保護するために、農業や農業土木に税金をつぎ込むことが、無駄なものを作ってしまったり、やる気を失わせていることを問題にしている。

高度経済成長期に、農業が取り残され、農家の所得が都市生活者の所得を下回った時に、米の輸入を禁止し、米作に補助金を与え、米作農家の所得を保障しようとした。その結果、零細米作農業が残存し、農業が衰退した。

米作を保護する代わりに、農家に直接給付金を与えて所得を保障し、米の輸入をしていれば、農業に投入された資源、労働力、土地などがもっと生産的な用途に充てられたはずだ。そして、日本の農業は、零細l米作農業から脱し、高生産性農業に脱皮していたはずだ。

このやり方(農家の所得保障)の問題点としては、歯止めをどうするかということと、直接の給付に対する対面上の問題。これらは、政治的な判断や方法を考えることで可能としている。

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両者が言っているのは、農業を世界や消費者ニーズなどを見ながら、国際競争力のある農業へ転換できるようにということであり、ここまでは賛成だ。

山崎さん言うように、日本の農業も、プロバンスのような風景と地元食材でもてなすレストランやトリフが世界中で高値で取引されるようになって欲しいものだ。そのためには、

1.農業事業者の起業家精神が求められる

2.時代に不適合な制度(高関税と高価格買取制度、減反による需給調整:補助金)は改革していく

3.グローバル経済の下で、農業の生産性では、どうしてもムリなところは、起業家精神をそがない方向で補助金を投じる   べきなのだろう。

経済産業研究所の山下さん(元農水省の人らしい)の論文は、野口さんと同様、直接支払い方式にして、農産物価格を引き下げ(関税や高価格買取制度を廃止し)、内外需要を開拓すれば、消費者は助かるし、自給率は高まるし、国際競争力に耐えられる農家が生まれるはずとしている。直接支払いで所得を保障しても、その金額のほうが、現在の制度を続ける金額よりも安くすむなど、分かりやすく書いてある。

ただ、少し気になるのは、農産物価格を引き下げたとして、内外需要がそれに対応して増えてくれるかどうかである。これまで、外食産業やスーパーや食品メーカーは、大量の食材を商社などを経由して海外から仕入れており、国内でも農協のような量販システムに支えられてきた。したがって、同じ規格の商品を大量に求める仕組みになっている。日本の零細農家がどうやって、こうした大量流通に乗ることができるのか。この間をきちんと埋める見通しがないと、一気に価格を引き下げては大変なことになる。

福岡のグラノ24Kのように、その時採れた食材でメニューを考えるビュッフェレストラン方式や農家に集荷に回るといった試み、大山町のように農家の方が直売やレストランへ進出するといった試みのような、地産地消の流通が本格化しないと難しいだろう。あるいは、カゴメやカルビーのように、自ら野菜工場を持ったり、契約栽培をするなど。もっとも、この頃は、外食チェーンなどでも、安全な食材ということを売りにしており、国内の契約栽培を増やす傾向にあるようだが。

もう一つ気になるのは、EUのように、田園風景を維持することに対し、どのような法制度にするのだろうかということ。アメリカの中小都市の本に出ていたデービスやボルダーでは、グリーンの空間を維持するために、都市住民が税金を支払う意思決定をしたはず。日本の農家は、相続税で優遇されていると聞いたが、それでも、相続税を支払うために、近郊からどんどん宅地が切り売りされ、住宅に変わっている。これも要チェック。

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ちなみに、EUの農業政策についてのHPはこちら

概要だし、翻訳なので、分かりにくいが、どうやら、EUの農業政策も変遷があったようだ。当初は、各国の自給を目指していたが、これにより基幹商品が生産過剰になったことや、それを輸出すると貿易を歪曲するという批判があったことなどから、農業生産に対する補助金を止めて、農民への直接支払いになっているとのこと。

昔は、共通農業政策がEU予算総額の7割を占めていたが、今日では5割程度になっている。農業予算が支払われる対象が広がり、農村開発や環境が含まれるようになった。アジェンダ2000として、農作に加え、農村開発が2本目の柱として正式に位置づけられた。

狂牛病や牛乳のダイオキシン汚染、牛肉の残留ホルモン剤など食品による健康への害は農業や家畜管理の集約化が原因ではないかという懸念を認識しており、最重要項目として、①環境に健全な生産方法、②高水準の動物福祉、③食品の安全と質が挙げられている。

ワインについては新興生産国の台頭、ワイン離れ、生産過剰などの問題があり、これに対し、ワイン生産に対するさまざまな補助金を撤廃し、EU加盟国以外への輸出促進を図ることと、栽培制限を続けて競争力のない生産者は、十分な資金を得て撤退しやすくするとしている。そして、2014年からは、栽培制限を撤廃し、希望があれば増産したり、新規参入も認めるとしている。

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日本でも、新しい農業政策が導入され、株式会社の参入も認められ、専業農家でやる気のあるところを中心に支援する政策に転換したはずではなかったのか。私は、ようやく、農業政策が競争力強化の方向に転換されたとこれを評価した記憶がある。(この間の選挙で、民主党が票欲しさに、新しい農業政策は、零細農家を見殺しにするといったようなことを言って、選挙で負けた自民党がまた補助金ばら撒きのような方向に少し軸を戻したと記憶するけれども。)

しかし、新しい農業基本法も、中途半端で、山崎さんが言うように、やる気のある株式会社や農業法人が参入したり、規模を拡大したくても、賃貸借しか認められていないし、それも条件の悪いところしか賃貸借できないのだろうか。

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なお、牛乳については、もともと、北海道は、大都市に供給するには距離の問題があるので、乳製品加工が中心で、生乳は、都市近郊が中心とのことで、夏場のように需要が増えるが牛の乳が出にくい場合のみ、北海道から生乳も供給されるとネットには書いてある。

しかし、現在のように、ロングライフ牛乳が中心なら、北海道から輸送しても良さそうだし(もっとも輸送コストが合わないのかも)、タンカーで茨城まで輸出するという話を聞いたような気がするが、これも大都市への限界的な供給なのかもしれない。

そして、牛乳が余った(2006年:豆乳やお茶など他飲料にシフトし需要減少)のは、大都市近郊での問題であるとのこと。

一方、バター不足は、2007年末~:前年に生乳があまったため、非北海道における生乳生産量減少、EUの乳製品需給バランス正常化による輸出減少、ロシアやアジアの乳製品輸入増によるとのこと。

しかし、これも市場と乳業農家との間が乖離していて(農協などが入り)、情報が上手く伝わっていないことによるのかもしれない。今後とも要チェック。

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