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2009年5月27日 (水)

グーグルのデジタル化

PHPより手紙が来て、PHPが現在販売していない本についてグーグルがデジタル化するのに賛成したとあり、反対の場合には、意思表示をするようにということだった。

そこで、グーグルのデジタル化計画を垣間見てみた。現在は、アメリカの大学図書館などの蔵書がデジタル化されている。

漢字で私の名前を検索したり、英文名で検索してみた。苗字の「沢」がZ読みだったりS読みであったり、名前が「実」だったり「實」だったりするので、いろいろやってみた。

いずれにしても、アメリカの一部の図書館や先生が持っている資料がデジタル化されているので、私の論文が引用されていたり、雑誌記事のどこかに名前が載っていたりするものが上位に出てきたりする。

もともと、銀行調査部で、数年置きに担当産業が変わることもあり、繊維、自動車、通信などなど、いろいろな文書が出てくる。それに、他人が引用していたり、当人が思わぬ(忘れているような)文書が出てきたりする。順位づけなく、ざらざらと出てくるので、当人が自分なりに思っている全体像とは全く異なる。

誰も、私という人物を検索しようとは思わないだろうけれど、仮に外国人が私という人物像を描こうとしたら、分裂者のように思えるだろう。

私は、現在、遠くへ外出することができないためと手軽なこともあり、ネット検索で情報を得ている。かなりの情報量があり、読み込み力があれば、ある程度のことは分かる。

しかし、おそらく、ネットに乗っかっている情報は、偏っているのだろう。群盲象を撫ぜるになりかねない。発掘調査で分かることも歪んでいるのかもしれない。

もっとも、デジタル化が本当に全て完了すれば、全体像はより見えやすくなるのだろう。

あるいは、現在だって、ある程度意図された情報で分かったような気がしているだけだ。私が、私らしいと思っている像だって、私の意図なのだろう。それは、他人から見たら、違うのかもしれない。

デジタル化が全て完了しても、分からないことは分からないだろうし、あるいは、全て見えることで、たとえば当人が思っている自分ではない自分があぶりだされるのかもしれない。

いずれにしても、グーグルは、神でもないのに、すごいことに挑戦するものだ。

サーバーがいくらあっても足りないだろうに。圧縮技術や検索技術がどんどん進歩し、グーグルは他より数段優れているのだろうか。

ちなみに、総務省の報道資料は3年までしか見られなくなった。通信自由化前後の報道資料などは、価値があると思うのに。役所には残るのだろうか。グーグルに頼ることになるのだろうか。

そういえば、かつて総務省の図書館に行ったが、私がいた頃(20年前)の報告書も刊行した本も(研究会)蔵書されていなかった。省庁再編でずいぶん廃棄されたのだろうが、どこにも痕跡は無くなってしまうのだろうか。

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