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2010年4月 8日 (木)

ハイちゃん昏睡状態続く

昭男さんにメールしたのを写します。

3日(土)に循環器系が上手く働かないので、手などが腫れているとメールしましたが、その後、4日(日)、5日(月)は、お話も出来、「いないないばぁ」という幼児向け絵本を見せたら表情豊かに笑っていました。腫れも少し落ち着いてきたようで安心していました。

ところが、6日(火)には、一転して、息苦しそうで、ハイちゃんと呼びかけるとくぐもった声で返事はするのですが、目も開かないし(若干開けるけど見えないらしい)、手の腫れは著しい。

急に暖かくなったし、時間的なこともあるかと思って、一時間くらいしてからもう一度行っても同じくらい。看護婦さんに熱があるのではと聞くと、無いというし、一進一退ありますよと言われてしまう。

そこで、介護保険の所見を書いてくれて、先日健康診断もやってくれた内科と循環器科の田無の医者に病院の帰りに寄って、「寝たきりにせずに、起すとか食べさせるとかすれば器官が動き出すのではないのだろうか、今の先生は脳外科の先生だけど、循環器の専門家ではないので」と相談するが、お歳だし、先生も用心しているのだろうとのこと。先生にご相談してみたらと、心不全か、肺炎か、栄養状況はどうか、腎機能はどうかなど聞いてみるとよいとのアドバイス。

今日7日(水)、快復してくれていることを祈って行ったが、やはり昏睡状態でした。昨日から呼吸が苦しそう(喉が狭くなっているとのこと)なので、今日は、パイプを鼻に入れており、呼吸は昨日よりは楽そうだが、全然反応なし。

ここまで昏睡してしまうと、起すとか食べさせるなどの話は当然無理で、ともかく様子を見るしかないので、よろしくと言って戻ってきました。

肺炎は今のところ大丈夫とのことだが、心臓機能が弱っているのと、腎機能も弱っておしっこも少なくなっている。鼻にも管を入れたので感染症を起すリスクも高まっているとのこと。

ちょっと危ないかも。ハイちゃんは根が強いし、五黄の寅だし、頑張ってくれることを祈るけど。

ショックで、この日は、自宅で食事を作る気がしなくて、田無でステーキを食べ、ホワイトワインを飲んでまたほろ酔いに。

夜、黒沢さんに容態を知らせる。近所のKさんという昔うちによく来ていたズウズウしいおばさんが無くなったとのこと。ハイちゃんが弱った時、憎たらしいKさんより先に死んじゃうの可哀相、負けないでと思っていたので、ヘンな話だけどちょっと嬉しくなる。Kさんが身代わりに先に往ってくれたので、ハイちゃんは快復するんじゃないかという気に勝手になって、なんだが妙に元気になる。

ハイちゃんは、強いから、絶対快復するヨという気になった。

そこで、今日は、お天気が良いこともあり、午前中体操に行き、シャワーも浴びて、洗濯もし、返却期日の本の重要箇所を写し取り、公明党の機関誌向け履歴などを作成・送信してから、病院に行く。

祈りながら、奇跡を願って行ったのだけど、結局、なんだか、もっとひどいことになっていた。熱があるようで、水枕になり、口からちょっと血の混じった液を出している。

やっぱ、ダメかなぁ。

大変だろうけど、家でちゃんと(嫌々ながら)介護してあげるから、もう一度戻ってきて欲しい。楽しかった、車椅子での散歩をもう一回したい。

ハイちゃんは、この家の太陽だったから、ハイちゃんが居なくなると、この家は、なんだか嫌だ。空虚?喪失感?不安?

でも、一方でなんだか受け入れてしまっているようなところもある。

食事を作る張り合いもないので、作り置きしてあるカレー等でごまかすものの、ちゃんと食事をしているし、テレビを見ている間、ハイちゃんのことを忘れてちゃんと笑っている。

これは何なんだろう。

話せていたうちは、頭が呆けないよう、元気を出してもらうよういろいろと工夫を凝らしたり、栄養を鼻から取れなくなってからは、何が別の方法はないかと考えたり、昏睡になった最初は、自分が病院のやり方をちゃんと監督しなかったのがいけなかったのかと後悔したりしていたのに、今は、もう素人では何もできない状態になってしまったからだろうか。

それとも、どこかでハイちゃんの強さにまだ期待して、絶対戻ると思っているのだろうか。

それとも、もう覚悟しないといけない状態だと醒めているのだろうか。

あるいは、寂しいので、紛らわすために、宙に浮きつつなんだか動いているのだろうか。

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