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2011年2月 5日 (土)

あれから半年以上経ちました

ハイちゃんが死んでから、半年以上経ちました。

お陰さまで、ふつうに暮らしています。

葬儀後のいろいろな手続きがだいたい夏に終了し、秋から、なんとか自分自身が次に踏み出さなくてはと、先方には、悪いような気がしましたが、大本先生に紹介して頂いた藤沢町に連絡、その後、月一回くらい取材を兼ねて遠方の現場を回りました。それにあたっては、木村俊昭さんが月一回開催している勉強会とそのMLの情報に助けられました。

備忘録的に記しておきます。

1.9月:佐々木先生が関係する創造都市のセミナーが横浜であり、社会包摂という言葉を知る。わらび座の人と知り合えた。

2.9月:岩手県藤沢町(大本先生のご紹介)訪問。

3.10月:KMTのMLで情報を得て、北本のバスツアー→そこで知った古着をアートに使う芸術家にこれまで捨てがたかった服を5~6箱送る。でも、どうやら、イベントごとに集める色とか素材とか決めるようなので、あれはいつ使われるか分からないけど。まぁこれで家は少し片付いた。

4.10月:学芸出版社のセミナー(まちづくり)で京都に行き、その足で香川の丸亀商店街、わははネット訪問。

5.11月:大学院の授業始まる。

6.11月:わらび座を訪問。可児市の取り組みを知る。

7.12月:KMTのMLで知った情報で海士町のセミナーに行く。これまでの冷凍設備の話ではなく、人材育成の話で面白かった。調べると、随分、Iターン者がいろいろやっている。冬が厳しいみたいなので、温かくなったら訪問しようと思う。

8.1月:授業は1月20日で終了。最後は、聴講生だった高澤さんがやっている新宿ゴールデン街のお店に行く。

●この間、お茶で、和室を使って、仲間でお茶事の練習をしてはどうかという話が出て、先生が家を見に来てくれた(9月)し、私の方で貸し出す道具は決めました(11月)と言われたので、それなりにせっせと片づけたのだが、未だに先生から連絡なく、なんだか落ち着かないままになっている。

●また、小学校の友達である純子ちゃんが主宰しているコーラスの仲間に入れてもらう。これが結構練習が多く、この間に、西東京市の文化祭、ボニージャックスと歌うふれあいコンサートなどのイベントもあり、慌ただしく過ごす。

●また、一人で体操に週一回行っていたが、丁度週二回にしたいと思っていた折、お向かいの松本さんが誘ってくれて、黒沢さんなど地元の高齢者がやっている体操にも入れてもらった。

★夏は草取りと水やり、秋は落ち葉の掃除、エアコンやレンジフード、網戸などなどが壊れるといったことも忙しさが気を紛らわしてくれました。

★暮れの掃除、年賀状、お正月の支度、豆まきなどもちゃんとしました。

「母が亡くなり、時間的に自由になりました」と言っても、仕事関係の人からは「では一緒にやりましょう」というお声は一つもかからない。まぁ、考えてみれば当然で、友人たちも、もう還暦で、自分の立場も微妙だし、若い研究者も次々と育つなか、体調は悪いし、動きは遅いし、ブランクはあるし、特にコンテンツも持っていないのだから、喜んで受け入れてくれるものでもないのだろう。

当然のことであるが、自分で自分の道は切り開かなければならない。

ただ、そんな折、お茶やコーラスのお仲間、ご近所の人たちが温かく見守ったり、誘ってくれたのは、有難かった。股関節、喘息に加え、最近では、時折めまいもしてしまうし。もう、こういう趣味だけで暮らせと神様が言っているのかなぁと思う。

しかし、やっぱりそれでは、精神的に辛いように思い、来年度の授業も受けることにしてしまったし、田無ソーシャルメディア研究会にもお仲間にしてもらった。また、前田さんのSMLにも、定期的に記事を載せさせてもらうことにした。これで、一人だとダレてしまう自分を当面支えることが出来るだろう。

もう暫くは、自分の中では、地域政策などを巷で考えることを本業にしていたいと思う。

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