2008年1月 4日 (金)

正月に短歌

東京の正月は、今年も穏やかな晴天に恵まれた。

前に書いた短歌をやっている中学の友人から年賀状が届き、そこに40年ぶりの同窓会にとして短歌が書かれていたので、私も真似てみることに。

2日の日に年賀状を出しにいったときに、風が冷たかったので、もしやと思っていつもの富士の見える場所に行ってみたら、見えた。空気がきれいなせいか、いつもよりとてもすがすがしい姿であった。

 耳凍る 初春の朝 出会いたる 真白き富士は 屹然と立つ

本当は、これでなんだか嬉しくなったので、そうした思いを入れ込みたかったのだが、上手く入らず、富士が屹然としているというところで終わってしまった。Fujis

出会いたるは人ではないので可笑しいかなぁとは思ったが、普通に暮らしていては見えない富士に出会ったという意識を出してみたかった。

3日も晴れていたので、富士を見るなら午前中と思い、ぐずる母親を置いて、多摩モノレールに行ってみる。春にモノレールに乗った折、パンフに富士が良く見えている写真が載っていたので(春だと見えない)、冬に来て見ようと眼つけていたのだ。

すると、見事に美しい富士が見えるではないか。

そこで、子供のように、見えなくなる駅までモノレールに乗り、また引き返し、降車しても見えそうなポイントを見つけたので降りてみた。多摩川の土手のところだ。目線が低くなると見えないかとおそるおそる行ってみたら、良く見えた。

時間がないのだけれど、写真に撮るなら電線が写らないよう、もう少し土手を歩いたところの方が良いと通りすがりの人が教えてくれたので、土手に下りてみると、確かにそうだった。

土手をもっとあるくともっと見えるのではないかと歩き進んだが、そうでもなかったので引き換えした。

この頃には、昼近くになっていたので、実際、景色としても、朝の凛とした感じがなくなってしまった。

 存分に 富士を見たいと 訪ね来し 多摩モノレール 行きつ戻りつ

 絶景に 時を忘れて どこまでも 歩き続けし 多摩川の土手

行きつ戻りつって電車を往復乗っているというようには見えないで逡巡しているように見えてしまうかもしれないと思い、自分がまるで子供のようだといったフレーズを入れたかったのだが上手くいかなかった。

絶景になどと形容してしまうのはダメで、短歌で絶景さを歌うのだろうと思ったが。また時を忘れても、そうした行動で時を忘れたことを表すのが良いのだろうと思ったが。また、絶景では、何が絶景か分からないだろうとも思ったが。

もう一つ、このごろは、明け方に三日月が出ているので、それを詠んでみた。

 初春の 朝空高く 居残れり 何を思うか 白き三日月 

居残れリと何を思うかがよくないように思うのだが。月が居残っていてなにさというなら、何を思うかではなく、二日酔いかよとかしたほうが大晦日から元旦にかけての人間の様子とあわせて面白いとは思う。しかし、清らかな感じなので、こうはしなかった。本当は、月を見て感じた自分の気持ちを反映すべきなのだろうと思うのだが。

まぁ、とりあえず、時間切れ!

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2007年2月10日 (土)

都市とカミサマ

前記事に書いたように、私は久しぶりに故郷に戻って暮らしてみて、子供の頃に生活の合間合間に見えていた富士が見当たらないために、なんとも座標軸のない不安定な気持ちでした。

このため、お天気だと、ウロウロと富士山を探して歩き回るので、家族は馬鹿みたいだと思っていたようです。

自分でも、少々恥ずかしいとは思っていましたが、止められませんでした。

そうしたら、たまたま購入した上田篤『都市と日本人-「カミサマ」を旅する-』に、私の気持ちとぴったりの内容が書かれていました。

欧米の都市では、ニュータウンであっても、中心に教会があったり、ロンドンでは、ニュータウンからでも旧市街地の大聖堂が見えるよう、建物規制がある。本来、都市には、カミサマが居なければならないのではないか。日本の都市にも昔はカミサマが居たのだが、今は雑雑しくなってしまった。それを取り戻すには、都市から山が見えるようにすると良いのではないか。日本人にとって、山はカミサマなのではないか。だから、都市の見晴らしの良い場所からは、山が見えるように設計しなおすと落ち着きを取り戻すのではないか。

というようなことが書かれていました。上田氏は、これを「山見の聖軸」としています。

まだ、この本のはじめにとむすびしか読んでいないのですが、ここに書かれていることは、私の心根とぴったり合います。

北海道に行ったときに、日常的に山が見えるので嬉しいと言いましたら、地元の方が、東京などの出張から戻ってきて、山が見えると、あぁ帰ってきたなとホッとすると言われていました。こういう気持ちは、日本人の誰彼も持っているのではないでしょうか。

もしかしたら、最近の子供たちが殺伐としているのは、山を見て育っていないからかもしれません。あるいは、山を見て育った世代でも、現在の都市からは、山が見えないからかもしれません。

江戸の町には、いたるところに富士見坂がありました。江戸の町が200年もの長い間都市として栄えていられたのも、どこからでも富士が見えるというのが住んでいる人々に一体感を持たせていたのかもしれません。

日本の将来ビジョンを考えるうえで、出生率や経済成長率などの統計だけでなく、別の切り口が欲しかったのですが、これは、私が心身で納得した考え方なので、キーワードのひとつとして暖めて行きたいと思います。

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2007年2月 3日 (土)

富士その2

久しぶりの書き込みです。

今日はテレビで、富士が良く見えると言うので、朝食後すぐにカメラを持って、眼をつけておいた団地の非常階段で5階まで行ってみました。Danchi_3

寒いので、毛糸の帽子、のどが弱いのでマスクをしていますから、まったく怪しい人物です。

団地は、私の家より少し土地が下がったところにあるので、もしかしたら、5階でも駄目かなぁと思いつつ登りましたが、見えました。

遠景を撮ったのですが、カメラ操作で近くに撮る方法を忘れてしまいました。

本当は、市役所の5階まで行くと、ちょうど富士山の方向にガラス窓があり、そこから、ウォッと言うくらい大きく見えるのですが、まだ9時前なのと今日は土曜日なのでムリそうです。

市役所の5階に行くのも、実は、ちょっとハラハラします。1階とか2階は、住民票の申請などいろいろなことで一般市民が出入りするのですが、上の階になると、余り外来の人はいないからです。

それでも、「税金払っている市民なのだ」と心で言いつつ、働いている人の横を通って、階段の踊り場まで何回か行きました。ちょうど素晴らしい富士が見えたときには、カメラを持っていなかったのです。

市役所に入れないだろうけど、なんとかならないかなぁとその前を通りかかり、別のマンションの階段が目に入ったので、「部外者侵入禁止」の張り紙を無視して、5階くらいまで上がりましたら、駐輪場の屋上を通して、富士山が見えました!

今回は、遠景と、カメラ操作で近景化して撮ることができました。Churinenkei_1 Churin_1

そのまま歩いて、住宅内の商店街まで来ました。

すると、何と、見えました。自宅からすぐの角を曲がった辺りから見えるのでした。この角を曲がり、商店街を抜けて、子供の頃は小学校に通っていましたので、子供の頃みた景色は、ここだったのです。

雑木林がこれまで富士山を隠していたのでした。Shouten_1

葉が落ちたのと、お天気が良かったので、ようやくこの場所でご対面できたというわけです。

やれやれ。

久しぶりにこの町に住んで、昔は、学校に通ったり、駅の跨線橋を渡ると見えていた富士が見えないのがどうにも気になっていたのです。つまり、私の日常にいつもどこかしらに富士山が居たのに、それが見えないので座標軸が定まらないという感じでした。

でも、ようやく日常の場で富士を見つけられて、ほっとしました。

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2007年1月 9日 (火)

富士

どうしても富士山を見たいと思って、寒い朝には、前に夕暮れに富士が見えた辺りに行ってみる。

建物の間からやっと見えた。肉眼では大きく見えたのだが、写真にとってみると小さい。Cimg0042

市役所の窓から見えるのではないかと二回ほど挑戦したが、曇っていて見えなかった。リビンのエレベーターから見えるかもしれないので、天気の良い日に挑戦してみようと思う。

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