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June 08, 2005

暗黙知とは

知識創造の元になる暗黙知についてちょっと考えてみたいと思います。

野中先生の本では、まず、①客観的知識と②主観的知識に分けています。

1.客観的知識(形式知)

認識論(エピステモロジー)や知識論(セオリー・オブ・ノリッジ)では、①知識の性質(人間の知識とは何か)、②知識の起源、③知識の信頼性などについての議論が展開されてきたとのことです。認識論は、「確実な知識」を確立することを目指し、その方法には、①演繹的正当化主義(合理論)と②経験的基礎づけ主義(経験論)の2つのアプローチがあるそうです。・・・ここは単なる紹介です。

2.主観的知識(暗黙知)

客観的知識の追求は、言語化された知識(命題)を問題にしてきました。しかし、命題の形で表現できる知識はわずかでしかありません。マイケル・ポラニーは、暗黙的知識について最初に?取り上げた人です。

ポラニーは、人間が新たな知識を獲得できるのは、経験を能動的に形成、統合するという個人の主体的な関与によってであるとしました。

知識とは、主体と対象を明確に分離して、主体が外在的に対象を分析することから生まれるのではなく、個人が現実と四つに組む自己投入(コミットメント)から生み出されるとしました。

暗黙的知識は、語ることができる分節化された明示的知識を支える語れない部分に関する知識で、この個人的な知こそ、自らが経験を能動的に統合していく場合には、明示知を生み、これに意味を与え、これの使用を制御するとのことです。

ポラニーによれば、暗黙知から知識が生まれる仕方は、次のようなものです。彼は、①近接項から②遠隔項への転移に注目しました。

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たとえば、顔の諸部分から顔全体へと注目する場合、顔が遠隔項(焦点)、諸部分が近接項(細目)で、近接項が暗黙知にあたる。細目は、ただ従属的にのみ意識されているに過ぎず、語ることのできない知識にとどまる。それにもかかわらず、暗黙的に働く従属的意識こそ細目から意味のある全体への認識の条件となる。直観のひらめきは、新たなパターン認識への方向づけに役立つ従属的意識からほとばしり出るのである。

この場合、ある物事を暗黙知の近接項として機能させるときには、我々はそれを身体の内部に統合し、あるいはそれを包含しうるように身体を拡大し、その物事のなかに潜入することにになる。このことをポラニーは、「内面化」(一般的には「住み込み」)と呼んでいる。

このことによって、心と身体、理性と経験、主体と客体、知るものと知られるものという伝統的な二分法は崩壊する。・・・科学は客観性の諸原理に基づいて知識を生み出すということよりは、我々の全人的な関与と暗黙的な方法によって知識を生み出そうとする個人の意図的努力の結果なのだ(創造の哲学)。

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野中先生は、実際には、直観(総合)と理性(分析)は、相互作用をしながら、人間の知識を創造していくと考えるのが妥当であろうとして、例の4象限に向います。

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Comments

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