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June 06, 2005

知識と情報

野中先生は、知識と情報を次のように考えているようです。

  • 情報とは人間の「知」のフローとしての形態を指し、他方、知識とはそのストック形態を指す。
  • 情報はメッセージないし意味のフローであり、知識をゆらがせ、再構成し、変革していく。逆に知識は情報フローから生み出される体系化された情報ストックである。
  • 情報は、暗黙知を明示化、さらに形式化するときに必要な媒体ないし原材料であり、情報創造とは、メタファー→アナロジー→モデルという暗黙知と明示知の相互作用を促進するプロセスそのものと考えられる。
  • 情報には、①意味的側面と②形式的側面がある。メタファーは、最も豊かな意味情報といえる。これに対し、モデルは、形式情報といえる。
  • 組織にとって、「驚き」を与え、それによって解釈の次元を提供するような意味の創造は、人間同士の対話からもたらされることが多い。
  • それゆえ、組織における継続的な情報の創造を促進するためには、人的相互作用のなかで概念の関係やネットワークが柔軟に廃棄あるいは再構築されていく必要がある。
  • 組織は、有効な情報創造のために、冗長性(リダンダンシー)や不安定性(ゆらぎ、カオス、ノイズなど)を必要とすることを意味する。

田舎TVのおばあさんの例から暗黙知と形式知、分節化と内面化についての話をはじめたわけですので、これにちょっと当てはめて考えてみたいと思います。

おばあさんが暗黙知として持っている田舎の普通の暮らしの知識。これをインターネットTVで紹介することを通して明示化する。それを見て、都会の人や村の若者が感心、評価する。これは、たぶん都会の人にも刺激(驚き)を与え、彼らの暗黙知の形式知化が起こったと思いますが、一方でおばあちゃんの方も、これまでなんでもないと思ってきた暮らしぶりを評価されることは驚きであり、自分の暗黙知を見直す(内面化する)ことになったと思われます。

この事例では、TVに写すことが言語化にあたると思われます。メタファー→アナロジー→モデルという経緯ではなく、いつもの生活をTVに写すという作業を通して、編集しなおすことが形式知化であり、これは、形式知化の方法としては言語化するよりも手軽かもしれません。

野中先生が知識と分けて述べている「情報」は、この事例では、都会の人からの「評価」ということになると思われます。田舎の人と都会の人がネットTVを通して出会えることが知識創造を刺激することになったと言えるでしょう。

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