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July 18, 2005

歴史と現実

生まれ故郷の西東京市でソーシャル・キャピタル拡大に尽力するというのは、実はなかなかやりにくい。それなりにしがらみがあるからだ。そうかと言って、長い間サラリーマンをしてきているので、地元の力関係も知らなければ、コネもない。

縁あって、札幌エリアのソーシャル・キャピタルを考えている。しがらみがない分、冷静に見ることができる。どうやら、その地域には、その地域なりのしがらみやドロドロがありそうだ。

札幌エリアにおいても、新聞、雑誌、本など活字になって物語として語り継がれていることと、その実態は、ずいぶん異なっているらしい。

物語を読めば、成功しているのに、どうしてそれが積み重なっていかないのか不思議であった。だが、少し実態を齧ってみると、「あんな自分のことだけ考えているやつはいない」とか、「あいつには昔、幾度も騙された」とか、「最初はきれいごとでやれていたが、今は変質してしまっている」などなどあるらしい。

だから、「今あいつが新しい提案を打ち出しても、誰も乗らない」、「彼を実力のある人材とは認めない」といった具合だ。

このため、ポツン、ポツンと成功(したように見える)事例はあるのだが、その実績が積み重なることもないし、人望と実行力があるように見える人材を担ぎ上げて地域の顔にしていこうという動きもない。地元の人々は、冷ややかに「またやってるヨ」とか「まだやってるヨ」と見ているだけなのだ。

まだ齧りはじめたばかりなので、上記も本当かどうかは分からない。地元の人々に寛容性がないのかもしれないし、出る杭は嫌われる風土なのかもしれない。小さなエリア(人口は多いが経済基盤的には)にも係わらず、新興勢力と伝統勢力の仲も悪いらしい。

一方で、こういう現実を知りながら、成功(したように見える)事例を文字化、物語化し、ブランド化している図太さもあり、それはたいしたしたたかさである。

富山の薬問屋が地域に寺子屋を作り、知の還流を行ったことも、今日歴史として読むから美しいが、現実は、もっとドロドロしていたのだろう。そういう互いのライバル意識や反目などがあるなかで、100年後にみるとソーシャル・キャピタルが高まったと言えるようになるには、どうしたら良いのだろう。

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地域金融

地域情報化研究会で、地域を考えるうえで、お金の問題が重要ではないかとして、経済産業研究所の植村さんから報告があった。

その後の議論のなかで、郵政民営化では、集まった資金に見合うよう、地元に還元することが議論されているという話になった。

私は、今ですら、地方の信用金庫などは、集まった資金の融資先が無くてこまっているのに、郵便局のお金を地域に還元したらどういうことになるのだろうと言ってしまった。

ところが、アメリカでは、だいぶ前にこうした法律が作られており、予想以上の効果をあげているとの話だ。友人から聞いた話では、地域にお金を還元するにあたって、Bスクール卒業生(要は優秀な人材が入り込み)が知恵を絞り、地域に必要な事業を立ち上げ、融資する先を作っていったらしい。

それらが非常に良い融資先として育ち、地域向け事業は、銀行にとって収益性の高い分野になっているとのこと。

この件について、後ほど植村さんに教えて頂いたところによると、それは「地域再投資法(Community Reinvestment Act)」と言って、公民権運動の結果、70年代にできた法律で、その後幾度か変遷を経ているらしい。

アメリカは、都市の貧困対策、人種差別問題対策のために、強権的にコミュニティ金融の仕掛けを作ったとのことである。

植村さんは、強権的な仕組みではなく、既存の金融機関が人材を得て、地域に必要な事業にお金が回る仕組みが作られることを期待されている。

帯広信金では、リスクの大きなマネーゲームで大損するよりはとして、コミュニティビジネスに積極的に融資をしている。中小企業診断士の資格を持つ行員が、志は高いものの、ビジネスは初めてという経営者を支援している。

これらは、ベンチャーではないので、急成長して株式公開で儲けるというのとは異なるが、地元に必要なビジネスなので着実に資金が回り、返済もきちんとなされているとのこと。

日本では、今のところ、アメリカのような極端な貧困問題などが無いため、地域に必要なビジネスを発想するのは難しい。しかし、優れた人材を投入し、地域のニーズを探れば、ビジネスを生み出せる余地は実は多いのかもしれない。

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July 17, 2005

富山の塾:日本の昔から学ぶソーシャル・キャピタル

ブログをずっとサボっていたので、どこまでどう書いたのか自分でも忘れてしまいました。

先日、前にも述べました「地域情報化研究会」で、富山でインターネット市民塾をやっている柵さんから貴重なお話を聞きましたので、メモしておきます。

主に学者(空論派)が地域とは何かというような議論をしているなかで、実践派である柵さんから、富山の薬売りの歴史についてのお話がありました。

富山の薬売りは、「先用後利」や懸場帳によるワン・トゥ・ワン・マーケティングなど現代にも通じるビジネスモデルを生み出したことで有名です。また、お客さんのところを訪ねて、全国の面白い話をしてあげるというメディアの役割も果たしていたようです。

こうしたことはいろいろなところに書かれていますが、薬屋は、全国で得られた知識や富を富山の次世代に引き継ぐべく、寺子屋を作って、後進の指導にあたったとのこと。今でも、富山は教育県ですが、こういう歴史が影響しているのかもしれません。また、100年の人材育成が銀行や電力など新しい産業人を生み出したそうです。

柵さんが「インターネット市民塾」をはじめられたのも、こうした寺子屋の歴史が発想の原点になっているとのことでした。

社員である柵さんのこの活動を認知してやらせているIT企業インテックの故金岡氏のルーツは薬種商の五代目とのこと。

こうした話は、確か近江商人にもありました。浜松に産業が次々に起こっているのも、ルーツには、篤志家がいたことが遠因らしい。私がシャレて「ソーシャル・キャピタル」などと横文字を使ってみましたが、なんのことはない、富山にも、近江にも、浜松にも、江戸からおそらく明治にかけては日本にあったのです。

戦後、日本は、世界でも稀な平等社会が実現しました。江戸時代や戦前は、貧富の格差が大きかったのだろうと思います。そこで、篤志家が誕生し、富や知恵を貧しい人々にも与えられる仕組みを作り、才能ややる気があれば、階級に関係なく伸びることができる環境をつくりあげてきたのだろうと思います。

金持ちの思いやりというと嫌な響きです。むしろ現在の平等社会よりも、人のぬくもりや郷土愛を感じます。平等社会になったけれども、自分のこと、今日のことに精一杯で、人を思いやったり、郷土の明日を思い描く力が失せてしまったように思います。

目の前に困っている人がいた場合、すぐ手を出して助けるのではなく、おそらく、市役所に電話するとか、おまわりさんを呼んでくるという感じです。

仮に目の前に暴力で痛めつけられている人がいても、自分で割ってはいるなんてしないでしょう。おせっかいをして自分が怪我をしたらもとも子もありませんから。これは、暴力の例ですが、おなかをすかしている人でも同じことです。おなかをすかしているからと家に入れて残りご飯をあげたは良いが、元気になったらお金を盗んで逃げてしまうかもしれません。

公的な機関に助けを依頼する・・法制度でちゃんと決まっている。暴力は犯罪だし、空腹なら生活保護が受けられるなどなど。これは確かにソーシャル・キャピタルがきちんとしているわけです。でも、心は通っていません。

極論を言っているわけですが、果たしてどちらが良いのでしょう!

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新しい仕事その2

札幌でのもう一つの仕事は、技術の分かるITコーディネーターに経営コンサルが出来るように研修するののお手伝いだ。

中小企業の場合、何故ITを導入する必要があるのか、導入したらどんなメリットがあるのかをまず経営者が納得してくれないと導入が進まない。

中小企業の経営者は、無駄なお金を極力出したくない。そうなると、コンピュータを入れたのに、埃をかぶっているとか、お金ばかり掛かってたいしたことが出来ないなどの過去の経験や、知人の経営者の話を聞いているので、ITなんてうんざりと思っている。

また、知らなかったのだが、中小企業の経営者は、裸になるのを嫌がるらしい。裸といっても、温泉で裸踊りをしろというわけではない。これまでは、税理士ぐらいにしか内情を知らせていないのに、ITを導入すると、会社の内容がさらけ出されてしまう。これが怖いのだという。

こうしたことを弁えて、経営者の心を開かせるのがITコーディネーターであり、国の資格なのだが、多くは、コンピュータメーカーが売り込みのために資格を取らせた人なので、中小企業の親父と話ができない。

この研修のために、多様な業種の企業経営者に毎回一人づつまな板の鯉になってもらい、経営の分かる人などを交えて、企業経営者の考え方、その企業の課題、それを解決するための方策(IT導入とは限らない)を皆で考えようというのだ。

これは、仕事というより、私にとっても勉強になる。中小企業の経営者が何を考え、何を考えていないのか、これを知ることができる良いチャンスだ。

北海道では、中小企業がほとんどだが、なかなかIT導入が進んでいない。競争が少ないせいもあり、他社が導入して上手く行っているから俺もやろうというようなスタンスにはならない。ヘンなことをしないで済むならそっとしておいてくれという感じだ。

それぞれの業種で話の分かる経営者がITを導入して儲かれば、おそらく、吾も吾もとなるに違いない。これも地域研究、地域のイノベーションを起こす仕組みの研究のひとつになると思う。

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新しい仕事

すっかりブログをご無沙汰してしまった。

札幌で新しい仕事に就く予定。

札幌エリアでは、文部科学省の知的クラスター創成事業として、「札幌ITカロッツエリア」構想を実施している。5年間のプロジェクトで、残り1年半だ。

基盤研究と応用研究とがあって、前者には、①次世代組込システム開発環境、②次世代デジタルスタイリングデザイン手法、③ユーザビリティソリューション研究があり、この3つを融合して、「ラピッドプロトタイピングシステム」を構築するというものだ。本当は、前者の成果を後者の応用研究に適用すれば良いのだけれど、時間の制約から、応用研究は先に進めており、プロトタイプや製品化の段階で、基盤研究の成果を援用しようということになっている。

私は、この基盤研究の事業化をお手伝いしながら、このプロジェクトが終わった後に、札幌のITクラスターが「ラピッドプロトタイピングシステム」を活用してこれまでよりも、一歩進んで、提案型になるための方策を探ることになっている。

イメージを言うと、かつてはテレビ局が番組を制作していたが、だんだん下請けの番組制作会社がノウハウを得て、自ら企画を提案し、俳優なども手配して番組制作してしまい、それをテレビ局に売っていくのと似ている。

札幌IT企業には、電子・電機製品の中身(ソフト+基盤)=組込みを手がけているところが多いらしい。しかし、NECとか富士通の下請け、ないし孫受けである。それぞれ特徴ある技術を持っている企業だが、名前も知られていないし、体力もないので、下請けに甘んじている。

これを「ラピッド・・」というプラットフォームを得ることにより、提案型、営業型に変えて行きたいというのだ。

私は、数年前にデンマークのワイヤレスバレーを訪問した。

そこには、RTXという企業があって、携帯電話の組込みを一手に引き受けていた。「Intel入っている」ではないが、世界中の携帯電話のなかには、「RTXが入っているとのこと」。

この会社は、ナショナルセミコンダクターに認められ、そのチップを使った携帯電話の中身の設計と基盤制作を行うようになった。ナショナルセミコンダクターが自らのチップを売り込むにあたって、組込みのやり方が分からないならとRTXを紹介、成長することになった。

つまり、RTXの中には「ナショナルセミコンが入っている」のである。

無線技術には流行り廃りがあるので、アナログもデジタルも、第二世代も第三世代も、W-CDAMもTD-SCDMAも扱う。このため、エンジニアも異動でいろいろな技術を体験させており、ある仕事が急に増えても対応できるようにしていた。

こうして世界中に営業をかけて発展している。

知的クラスター事業は、産学連携により大学の知を活用して地域のクラスターを形成ないし強化するというのが狙いである。しかしながら、今現在、札幌の基盤研究の水準が世界を一歩リードできるほど優れているのかどうか、私には、少々疑問である。

というのは、組込みの分野は、携帯電話に代表されるように、企業が世界中でしのぎを削っているからだ。CAD/CAMも光造型もおそらくかなり進んでいるはずだ。

IT分野のように、企業がしのぎを削っている分野で、大学の知がどれほど役に立つのか心配である。しかし、「I-TRON」のように坂村先生のOSが役立っている場合もあるので、このあたりは、ちゃんと決まってから先生方のお話をうかがって考えることにしよう。

札幌では、組込みシステム開発とデザイン開発にユーザビリティを加えることで付加価値を高めたいとしている。最初からユーザビリティを考えて設計することで良い提案ができるようにしたいというものだ。

これについても、既にユーザビリティを売り物にしている企業も出ており、水準を理解しなければならない。

知的クラスター事業の成果をあげることも大切だが、このプラットフォームを実際に役立てるには、RTXのような巨大OEM企業が誕生するとか、あるいは地域企業の営業窓口となる仕組みが欠かせない。

しかし、サッポロバレーと呼ばれるここのIT企業群は、好きな開発をシコシコやっていれば幸せという経営者が多い。世界市場に打って出ようなどという面倒なことを誰がやるのだろうか。

「ラピッド・・」というプラットフォームを使ったら、取引先からも評判がよく、利益もよく、なんだか儲かるらしいとなれば、鼻の利く商売人は擦り寄って来るだろう。が、そこまでの道筋はつけられるのだろうか。

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