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January 17, 2007

バブルの背景3

第三章 金融自由化のインパクト-バブル発生の金融的環境

・金融自由化がバブル発生の金融的環境を形作った。(1)世界のなかで日本の自由化が遅れ、一気に進んだために、金融商品(手段)のアベイラビリティの急拡大を通じて、信用の急激な拡張の可能性を生んだ。(2)自由化が信用秩序維持政策の急転換を余儀なくさせた(それまでの見事なまでに競争制限的規制であったから)。切り換えが上手くいかない間に、リスクの高い信用が拡張する間隙を生んだ。

1.遅れて集中的に進んだ金融自由化-金融アベイラビリティの急拡大

・①競争制限的規制は、大恐慌に始まる。銀行経営の健全化と預金者保護。②国際資本移動規制は、恐慌が勃発して金本位制が停止されるなかで、対外取引やそれに伴う資本の流れを規制する為替管理として始まった。①第二次大戦後、各国は、国債累積や経済復興に対応するために、人為的低金利政策を採用。②戦後のIMF体制の発足で、経常取引における為替管理は撤廃されたが、資本取引の為替管理は残された。戦後のブレストンウッズ体制における固定相場制が自由な資本移動によって維持が困難とされたから。

・戦後、①の金利政策は徐々に緩和される。(1)アメリカのドル垂れ流しによる国際流動性過剰を背景に世界的にインフレが進行した。これが市場金利と規制金利のギャップを拡大させ、金融機関の経営を悪化させた(インフレは名目金利を上昇させるから)。

(2)ユーロ市場での資金調達・運用を強めるようになり(オイルマネーを源泉とする)、自由なユーロ金利と規制された国内金利との間で、裁定され、資金の流出入が国内市場をかく乱した。(3)ITの発達が金融イノベーションを可能にした。デリバティブ取引。

金利自由化は、欧州では、60年代後半から70年代にかけて、アメリカでは80年代半ばまでに進んだ(日本では94年までに)。資本移動の規制撤廃は、70年代後半から80年代半ば。(1)変動相場制への移行、(2)経常収支不均衡の拡大(赤字国による対外借り入れの増大)。

・日本の場合には、(1)①預金金利の自由化と②資本移動規制の自由化が時期的に重なった。(2)さらにIT革命による金融イノベーションの時期とも重なった。

1.2.1金利自由化、運用・調達手段の多様化、業務分野規制の自由化

・金融自由化は、日本では、国債の大量発行に伴う国債管理方式の変化が引き金。→長期の調達きんるの自由化と運用金利の自由化を意味し、短期も含めた預金金利自由化につながる。→新しい金融商品の発生。

2.信用秩序維持政策の転換と「規律付け機能」の緩み

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January 13, 2007

バブルの背景2

第二章 拡張的財政金融政策と円高の急進展-バブル発生のマクロ的環境

1.「政策協調」としての拡張的財政金融政策

プラザ合意と前川レポートに続く時期における財政・金融の拡大政策は、①米国が要求する「黒字減らし」のための対外政策であった、②円高不況対策、③過度の円高に歯止めをかけるための対策という側面もあわせ持つ。①がこの時期の金融政策を「行き過ぎ」たものにした。

(1)日銀は公定歩合を5%から下げ続け、87年2月には2.5%と史上最低水準とし、利上げは89年5月までなされなかった。→これは「行き過ぎ」であり、バブル発生のマクロ的経済環境のひとつを形づくった。

では、何を根拠に「行き過ぎ」か。①マネーサプライ(M2+CD)が増加した。増加率は、80年代の年率8%から12-13%にまで増加しているがそれが高いといえるかどうか(60年代19%、70年代16%)。マーシャルのk(マネーサプライ/名目GDP)が上回っている(経済速度を上回るマネーサプライの増加)。過剰流動性の発生がインフレをもたらしたと考える「貨幣数量説」

②金利水準の国際的にみた低さ。実質では、アメリカと同じくらい、ただ、ドイツが88年以降、すみやかに金融引き締めに転じたのに対し、日本は遅れた。

長期金利(政策金利ではなく、実際の動きの指標として)の動きでは、ドイツは、公定歩合が低い時期でも、長期金利は低下していない(緩和は長くは続かないという中央銀行への根強い信頼があった)のに対し、日本では、緩和政策が永久に続くかのような期待があり、長期金利の大幅な下落があった。

では、何故、日本では、金融緩和が「行き過ぎた」のか。

(1)プラザ合意以降のマクロ政策協調によって金融政策の目標がゆがめられた可能性

(2)日銀の情勢判断が間違った可能性

(3)バブル防止に対する金融政策の本来的な限界

・公定歩合引き下げの理由として①対外不均衡是正、②為替相場安定のみ挙げられており、日銀が本来目標としている「インフレなき持続的成長」が目指されていない。

・利下げに対するアメリカからの外圧が強くなっていた。協力しないともっとドル安になるという脅し。円高で打撃を受けた輸出産業を救うために行き過ぎた緩和策を取ったという結果はあるが、対外不均衡是正という国際公約であり、円高アレルギーを利用したアメリカの脅し。

・日銀は、公定歩合引き下げ三回目にあたるとき、「最近の現存資産価格(土地、株式、ゴルフ会員権等)の項で、金融の量的緩和を背景にした土地投機的な要素」について触れている。金融機関は節度ある融資態度でと言い、「投機的な期待がつぶれた場合には、かなりのデフレショックが生じる惧れがある」と警告している。

・警告はしているが具体的な措置にならなかった。87年にブラックマンデーが起こって引き上げのチャンスを逃した、一方ドイツは引き上げた。(非難されたが)日銀は、世界恐慌の引き金になるのを躊躇した。

・資産価値が高いのは、ファンダメンタルズによって説明でき、バブルではないという議論が当時主流であった。・・適度の引き締めと産業構造が変化したことに対応し、アメリカの金融圧力に乗らなければ、もしかしたら、これほどの崩壊ならなかったのではないかと考えることは無理だろうか?

・総合判断できず、卸売物価のみを判断材料にしていた(別のペーパーでは、物価安定しているなかで金融引き締めできなかったとある)。政府の介入。

(2)財政出動はせず、専ら金融政策でやってきた。ところが、日銀が最後の利下げを終えたあと、政府は空前の財政出動に転じる。「臨調路線」下での財政再建で影をひそめていた裁量的な財政政策が復活する。それが超低金利下で行われたことが、経済主体の行動に働きかけた点で大きな意味がある。

79年9月、80年度を「財政再建元年」とし、85年に赤字国債依存を脱却する方針が出され、実行に移された。「ゼロシーリング(予算を前年度並みに)」や「マイナスシーリング」が設定され、歳出が厳しく抑えられた。→87年度補正予算を経て、88年度予算編成、ルーブル合意後の87年度から裁量的な財政政策が復活した。

86年4月に「総合経済対策」、87年5月の「緊急経済対策」:総事業費6兆円(空前の規模:1.35兆円の公共事業費、1兆円の所得減税。87年の四全総(多極分散型国土の形成:東京に莫大なオフィス需要が予測されたため、東京を国際都市とし、それを中心とする交流ネットワーク構想を打ち立てた)の策定とリゾート法の成立(内需拡大を全国的に広げる)。→→財政再建を諦めたときに、バブルによる税収増で91年に赤字国債依存から脱却が実現という皮肉。

2.円高の役割-円高メリット考

・プラザ合意を受けて、急速な円高が進行した。通常円高は景気にマイナスの影響を与える、事実、円高不況を引き起こした。

・同時に円高は、景気を早期に回復させ、あるいはバブルを引き起こす方向に作用するいくつかの要素を伴った。事実、上述の財政拡大策が作用したこともあり、円高不況は「悲鳴」の大きさの割に短期に克服された。

・そしてバブルと大型景気が控えていた。(1)輸入価格の低下を通じた卸売物価の安定→拡張的財政政策の余地を広げ、超低金利政策の長期化と大型財政出動を可能にした。(2)海外からの低利資金調達を可能にした。

・私でも分かる円高メリット(既に日本企業が海外工場進出し、輸入で日常品を賄う体制ができていた→産業構造が変わっていた。また、輸出企業は、円高を見越して本当の予算を作成していた)をどうしてこの時期話題にせずに、円高不況→低金利・財政拡大をしたのだろう?

・この時期に円高が日本の当局の予想を超えて急であったのは、それまでの円レートが実力よりも低く抑えられていたから。アメリカは内需拡大を迫り(円高を迫り)続けた。

・輸出企業の悲鳴は、ドル建てであったため、価格が上昇し、その結果数量が減るというものであった。輸出企業は、この時期、対外直接投資を加速させた(空洞化として叫ばれる)。→しかし、輸出価格転嫁率が高く、円高をかなり吸収できていた。

・非製造業は円高で輸入価格が低下するのでメリットとなる。

第三章 金融自由化のインパクト-バブル発生の金融的環境

1.遅れて集中的に進んだ金融自由化-金融アベイラビリティの急拡大

2.信用秩序維持政策の転換と「規律付け機能」の緩み

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January 12, 2007

バブルの背景

田中隆之『現代日本経済-バブルとポスト・バブルの軌跡』は、一度読んでいるのだが、前述のような疑問を自分で持ったうえで、これを再度勉強しなおすことにする。

第一部 バブルの背景-80年代の経済環境

第一章 マクロ経済構造、貿易構造、日米経済摩擦

1.80年代日本のマクロ経済構造と貿易構造

80年代に日米貿易摩擦を激化させたのは、(1)80年代前半に確立した外需主導型の成長構造、(2)輸出先を極度にアメリカに依存した貿易構造→特にハイテク分野での日米二国間貿易不均衡の拡大である。

第二次オイルショックからの3年間、日本経済は第一次オイルショックの時期よりも成長率が低かったものの、他の諸外国はもっと成長率が低く、しかも物価が上昇するという「スタグフレーション」に悩んでいた。この時期、日本は物価抑制にも成功していた。

日本がこの時期、低成長にもかかわらず、国際的には良好はパフォーマンスを達成できた原因は、輸出が伸びたから。

日本の高度成長期は、変動相場制への移行と第一次オイルショックに終焉した(ただし、この2つのショックは、全世界的なもの)。国内的要因としては、(1)外国からの技術導入による労働生産性の上昇が限界に達した、(2)農村から都市への労働力人口の急増が限界に達したから(大量消費をもたらす個人需要が停滞)→先進国へのキャッチアップが終了した。

高度成長から中成長への移行が急であったために設備投資の激減とその後の低下、需給ギャップが生まれ、強い輸出圧力となった。

+++++++++++++++++

●政策のトレードオフ(成長の維持:完全雇用の達成、国際収支の均衡、物価の安定、財政収支の均衡)

・資本財部門の設備廃棄と失業の増大というデフレ的な調整をしない(成長の維持)を最優先とした場合

(1)内需拡大→財政出動による内需拡大策をとる→財政赤字拡大、インフレ亢進

(2)輸出圧力の高まりに任せる→経常収支黒字の拡大

・経常収支の均衡(黒字減らし)を最優先とした場合

(1)内需拡大→インフレや財政赤字拡大

(2)円切り上げ(円高容認)による収支均衡→景気悪化、失業拡大

++++++++++++++++++++

日本経済は、結果的に外需依存型の成長構造に傾いていく。

70年代には、黒字減らしのための内需拡大策が何度か試みられたが、インフレと財政赤字の壁に突き当たって、二度挫折した。(円切り上げ直後の72年:調整インフレ策→第一次オイルショックによる狂乱物価で挫折、77年からの福田内閣の時にサミットにおける日米独の経済機関車論:内需拡大で世界経済を牽引→77-78年に補正予算を含む大型財政支出→79年の第二次オイルショックで挫折)

★需給ギャップで企業が輸出圧力を高めたこともあるのかもしれないが、実際、二回のオイルショックを経て、日本の主要輸出製品となった自動車、家電で著しい品質向上が図られた。一方、国内石油生産量の多いアメリカでは、品質向上が遅れた。

80年代前半に内需拡大への道を諦めたのは、70年代後半の財政赤字拡大の結果、財政再建が喫緊の課題になったから。財政再建を不況や高失業下でも行うという非ケインズ的政策が世界的潮流であったことも影響した。

円高を進める道がとられなかったのは、(1)日本の政財界に根付いていた円高アレルギー(経済は常に成長していなければならないという成長第一主義が染み付いていた)、(2)アメリカにおけるレーガン政権下のマクロ経済政策=日本にとっては、黒字減らしに向けたマクロ政策上の努力を行いにくい(行わなくてよい)状況をアメリカが一方的につくりだしたこと。=レーガノミクス:高金利、ドル高を放置する一方、(政策意図に反して)財政を拡大させる結果をもたらした→円安、ドル高への実態と異なる為替レートへ。財政からの刺激によるアメリカの景気拡大と相まって、日本の対米輸出を増加させ、80年代のアメリカの経常赤字と日本の経常黒字を発生させた。

日本経済では、家計部門が恒常的に貯蓄超過であり、高度成長終了後に法人部門の投資超過額が減少するなか、70年代には、主に政府部門が投資超過になることでこれを吸収したが、80年代前半になると、代わって、海外部門がその役割を果たす。

本来であれば、高度成長が終了して投資が減り、投資が貯蓄を下回ることでGDPが低下し、貯蓄も低下して調整されるところ、70年代には、政府が、80年代前半には海外部門が投資を支えることになった。

●レーガノミクス:大幅減税と歳出削減、規制緩和で小さな政府を実現することを目指した。しかし、実際には、所得税減税を先行させたまま社会保障制度の改革が遅れ、冷戦の激化で軍事費が拡大し、結果として財政支出の拡大(財政赤字)をもたらした。(日本は、黒字でアメリカの国債を購入し、それでアメリカの政策が維持されたのではなかったっけ)

 その結果(何故財政赤字だと高金利になるの?)、高金利が引き起こすドル高を放置することによって、デフレ圧力をインフレ抑制(ドル高で輸入が増えて物価が下がるから?)に利用しながら、財政の拡大で内需をケインズ的に刺激するというバランスが作り出された。

●80年代前半には、1ドル=200~250円で推移したが、日本経済の実力にとって円安であった。経企庁が算定している均衡レートと実際のレートは70年代までは乖離していなかったが、80年代前半には、著しく乖離した。日米の労働生産性格差が拡大していたにも関わらず、円安傾向になった。

●日本が内需主導の経済成長を取らず、一方、アメリカが財政主導で内需を拡大させるという両国のマクロ経済政策のすれ違いが日本の輸出を急増させ、経常黒字を拡大させた。経常黒字拡大は、どうしていけないんだろう?

アメリカがドル安、円高にして財政主導しなかったら、日本からの輸出が増えず、アメリカの経常赤字は減っただろうか。アメリカがドル安にしても、輸出するのが一次産品では、実経済として輸出が増えなかったのではないか・・田中さんも後述している。そこで市場開放して金融サービスの日本進出を促進しようとしたのでは?

田中さんは、マクロ経済専門家の観点から、マクロ経済政策のすれ違いが輸出拡大と経常黒字拡大をもたらしたと言う。ベースとしてはそうなのかもしれないが、自動車担当だった私の印象では、(田中さんも上記緑色で言っているように)労働生産性格差が現実に大きくなっており(日本の生産性が高まる)、確かに円安が輸出を加速したけれど、円高でも(自動車価格が高くても)、実物への需要が強いため輸出は増えたように思う(程度の差はあるかもしれないが)。その後貿易摩擦で輸出枠が嵌められ(価格が高くなったとしても)、なお実需要が強かったので企業は海外工場進出に向かった。

日米経済摩擦を激化させた二つ目の要因として、①外需依存の成長がほとんど対米依存であったこと(プラザ合意後、黒字が減少、90年代に黒字が増えるが対アジア)、②その不均衡がアメリカが得意とし、戦略的に重要なハイテク製品分野であったこと(電気機械、化学、精密機械などのハイテク製品で日米の労働生産性成長率に格差が著しく生じた)。

2.日米経済摩擦の展開とプラザ合意

●経済摩擦が生まれた理由

(1)70年代最初の変動相場制移行期には、為替の変動を通して経常収支の自動調節機能が期待されたが、現実には、そうならなかった(70年代後半にはわかってきた)。→それを人為的に調整する必要が生じた。これが摩擦である。裁量的な取り決め(為替水準、マクロ経済政策、輸出入の個別分野)

(2)各国経済の相互依存関係の深化。

(3)日本経済の国際的地位向上。非ヨーロッパ圏が成長し、文化摩擦やシステム摩擦が生じた。

(4)冷戦体制の終結。日本の特別優遇の必要性が消滅。

●日米経済摩擦の類型

(1)集中豪雨的輸出への批判→繊維、鉄鋼、カラーテレビ、自動車、半導体(労働生産性格差なのだが、日本が市場閉鎖的な保護育成政策を取っている、ダンピングと指摘)→輸出自主規制、海外現地生産化、現地生産比率を高める→93年末に決着したGATTのウルグアイラウンドで自主規制を原則禁止へ

(2)日本のマクロ的貿易黒字額の大きさへの批判→経済機関車論→マクロ政策協調(85年のプラザ合意、86年前川レポート)→90年代半ばになると、この類型の摩擦は下火になる(プラザ合意後のマクロ調整が数年後に利いてきたこと、90年代後半に経常収支不均衡が生じたものの摩擦が起きなかったのは、80年代におけるアメリカの雇用や成長における不振がその根底にあったのだろう)

(3)日本の輸入市場の閉鎖性を問題視(最初は、関税障壁、数量規制などの輸入制限措置への批判:農産物@数量規制の関税化、関税引き下げ→非関税障壁(産業規制、系列など国内の制度や取引慣行)への批判:市場アクセス問題:日本異質論@構造協議:日米包括経済協議@輸入拡大策・市場開放、規制緩和)

●プラザ合意

(1)ドル以外の主要通貨は、ドルに対し上昇することが望ましい。ドル高是正のために必要があれば各国は協調して市場に介入する。

(2)対外不均衡是正のため、各国は、マクロ政策パッケージを行う(日独黒字国は内需拡大、米など赤字国は財政赤字縮小)

・レーガノミクスがよって立った、高金利・ドル高の政策パッケージを一気に転換させようという決断。その要因は、(1)アメリカの経常赤字のサスティナビリティ問題が意識された。本来ならば経常赤字が大きくなれば、外貨繰りに困り、緊縮財政を取らなければならなかった。が、基軸通貨国アメリカには、その必要性が無かったことが、GDP比3%を超える巨額の赤字を可能にしていた。しかし、経常赤字を続けると、対外債務が累積する。対外純資産が巨額のマイナスになれば、ドルの信認が失われ、海外からの資金流入に困難をきたす惧れがある。(2)国内産業の不満を募らせ、保護主義的な動きがではじめていた(議会)。

・円高アレルギーのある日本も、産業界が日米貿易摩擦が泥沼化することを恐れて、多様の円高を容認した。日本の大蔵省が警戒していたのは、70年代の機関車論の再燃であった→財政再建市場主義を守り抜くためであった。→為替調整を先行させ、金融緩和策を発動する二段構えの作戦を立て、財政政策にはできるだけ手付かずしておきたかった(なのに、その後どうしてこれだけ国債が増えたのだろう?)

●前川レポート

プラザ合意後に円高になったものの、経常黒字は減らなかった。86年5月に予定されていた東京サミットで非難される危険性があった。Jカーブ効果(円高で輸出価格よりも輸入価格が大きく低下するため、数量調整がはじまるまでは、経常収支が黒字化する)。国際収支統計がドルベースだったことも黒字を大きくみせた。

こうした事態を受けて、中曽根政権は、首相の諮問機関として「国際協調のための経済構造調整審議会」を設置し、黒字削減策を審議、その報告書が86年4月に提出された「前川レポート」:内需拡大と市場開放の公式表明(構造改革)。→円高を回避するためにこそ、経常収支不均衡の是正が必要であるというロジック。

①内需拡大、②産業構造の転換、③市場アクセスの改善と製品輸入促進、④国際通貨価値の安定と金融自由化、国際化、⑤国際貢献、⑥財政金融政策。

前川レポートへの批判:①「世界経済の調和ある発展」のために、経常黒字の削減を目標としたこと、②黒字減らしの手段として市場開放をあげたこと、③内需拡大を約束したこと。

・・経常黒字減らしを目標としても、内需拡大の一貫として行われた金融緩和は誤りであった。高金利、円高、財政拡大:日本版レーガノミクスだ。財政拡大が内需を拡大するなか、円高が貿易黒字を減らす一方、高金利が資金の流入を促進して資本収支赤字を減らせ卯ことでバランスが取れるはずである。これまで家計の貯蓄超過を海外部門が吸収していたのを今度は、一般政府の投資超過が吸収する格好となる。

第二章 拡張的財政金融政策と円高の急進展

1.「政策協調」としての拡張的財政金融政策

2.円高の役割-円高メリット考

第三章 金融自由化のインパクト-バブル発生の金融的環境

1.遅れて集中的に進んだ金融自由化-金融アベイラビリティの急拡大

2.信用秩序維持政策の転換と「規律付け機能」の緩み

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バブルとその後

○勉強・考察すべきこと

1.何故、バブルが起きたのか

2.何故、食い止められなかったのか

3.金融引き締めで土地価格が下落しはじめたときに、何故銀行が破綻したのか。破綻を食い止める方法はなかったのか(BIS規制、大蔵省の指導で赤字にできない、アメリカ金融資本の参入を助ける・・)

4.後処理における政策は間違っていなかったのか(認識を間違えたが故に、政策を間違えたことはないのか)。認識間違いか、アメリカの要請に従う政策のせいか。

5.何故10年以上もかかったのか

6.現在の景気回復までの間に日本経済がどう構造転換したのか(ネットの普及、ベンチャー市場活発化、競争的外部資金による研究開発、正社員から派遣へ、M&Aの活発化、企業の切り売り化、情報開示・内部告発・・)。政策意図によるものと、そうではない自然メカニズムでそうなったもの。

7.誇りをもてない、将来に光を感じない、卑怯があたりまえ・・これはどうしてそうなったのか。

8.財務省と日銀、内閣府と各部局、アメリカ派(開放・競争原理導入・効率化という言葉は綺麗なのだが、実は売国奴)などなど、政策が決まっていく過程での力関係とガバナンス

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January 11, 2007

バブルと金融政策

日銀金融研究所のディスカッションペーパー『「バブル期の金融政策」座談会の模様』2000年を読みます。

これは、バブル崩壊から10年経過した時期に、日本銀行としてバブル期の政策運営に関する総括をしようと、同研究所と外部識者とが別々に論文を作成し、それをもとに両者が座談会を開いたもの。

以下は、私の勉強を兼ねて気になったことを箇条書きする。

●バブル現象の理解の仕方

1.日銀研:バブル経済:資産価値の急激な上昇に加え、マネーサプライ・信用量の膨張、実態経済活動の過熱という3つの要素が揃った時期。

 香西班:物価安定はバブルの前提:利潤インフレ:情報技術革新などにより価格低下が進行するもとで、利潤インフレによるバブルが発生しやすい環境になっている。

1.金利の低下はバブルの必要条件だが、バブル発生の主因ではない。金融政策がバブルを生んだ訳ではないが、「まった」はかけられたはず。(金利引き上げによる金融引き締め)

1.バブル自体は自己増殖的:資産価値は、マクロ経済や金融によらず、独立的に自己増殖している。

1.国際経済環境から影響を受けやすくなった。

1.住専問題の処理のように、ミクロでみて、金融機関の破綻処理をもっと迅速に進めるべきであったという政策的誤りはある。

1.チューリップバブルの頃には、中央銀行は存在していなかったけれど、担保価値の上昇を通じて金融緩和をもたらしたということはあるといえる。こうした環境のもとでは、金利水準を同じに保てば、金融がどんどん緩むはず。

●物価の安定と金融政策

1.どちらの論文も、国民経済の健全な発展の前提条件、ないし、その結果として物価安定が持続する状態を日銀の金融政策の目標とするところは同じ。円高が進行すると同時に物価が低下するなかで、資産価値が急騰するといった現実的局面では異なる意見。香西は、物価安定という大枠のなかで、バブルといった資産価値の変動に対応することが日銀に許されるのではないかという意味。足元の物価安定に捕らわれ過ぎると、政策運営を誤るリスクがある。

1.吉冨:バブル生成は、単に銀行監督政策の失敗といっている。金融政策運営とはほとんど関係がない。

1.1980年代後半の経済環境では、早期の引き締めを行って、景気にどれほどの悪影響があったのかは疑問。実際には、コンフリクトはなかったのではないか。

 市場関係者は、(1)なぜ名目ゼロ金利政策は長くは続けてはいけないのかの説明、(2)金融緩和状況は持続するという2つを明確にして欲しいといわれた。

1.バブル当時、資産価格上昇がもたらしえる弊害としてインフレ懸念に言及すると、反論された。東京が国際的な金融センターとして発展していく中で、オフィス需要の盛り上がりを反映して地価が上昇しているのが何故悪いのかと言われた。インフレが顕現化しない状況のもとで、資産価格上昇が平等性や公平性に与える影響という論点には強い反論があった。→結果として、資産価格の下落が金融システムを通じて経済活動に大きな影響をもたらしたが、この潜在的リスクを説明できなかった。

1.後知恵かリアルタイムでの政策判断に資する教訓とか。

1.資産価格バブルの問題を金融システム(金融)の安定性と結び付けてはどうか。

1.日銀は、個別金融機関に対する規制・監督権限は付与されていない。バブルは個別金融機関に対する規制・監督で対応すべきという議論に立つと日銀はそういう役割を担う立場にない。

●金融システムとバブル

1.金融システムの形態とバブルの関係、金融システムの移行期とプルーデンス政策の在り方、資産価格バブルとプルーデンス政策の役割について議論する。

1.直接金融中心の米国型金融システムでは、バブル崩壊は家計を直撃する。間接金融部門の大きい日本型の金融システムでは、いったんは、銀行の自己資本をバッファーとし、ショックが受け止められるが、その間に危機が深刻化し、バッファーの許容範囲を超えると、ややラグをもって大津波が家計・企業を襲う。

1.今後の金融システム構築にあたっては、ショックに対する耐性を検討することが重要であるが、既存システムからの移行が引き起こす問題にも目を向ける必要がある。

1.金融政策が資産価格と物価安定の両方に割り当てられない以上、追加的手段としての選択的統制も緊急措置として必要ではないか。資産価値バブルに対しては、プルーデンス政策を割り当てればよいは、正論だが・・。

1.預金は、固定的な負債という側面が大きいので、バッファーとして過大に期待するのは間違い。預金のこうした性質が、バブルの後始末を極めて難しくした。

1.香西としては、決済業務はナローバンク(低リスクの資産を保有すべき、イトーヨーカ堂銀行)、信用仲介業務は直接金融という組み合わせが望ましいのではないかと考えている。

1.金融自由化にかかわるひとつひとつの措置が非常に重要な役割を果たしたとの印象を強くもつ。自由化にあたって、業態規制の撤廃と規制金利体系の自由化は、いずれを先にすべきであったかとの順序の問題も重要だったのではないかと思っている。

1.システムによって、バブルの生成・拡大・破裂過程は相当異なっていると思う。バブル生成過程に限ると、資本市場を中心としたシステムと銀行を中心としたシステムとでどのような違いがあったのだろうか。・・バブル期の日本は、直接金融に銀行が併存する中間的システムであった、これによって子会社を利用して信用を拡張する状況に陥り、問題をより一層深刻化させた。銀行がバブルに巻き込まれることが最も危険。

1.資産価格が上昇していく過程において、「信用の受け手」の担保価値が上昇し、信用へのアクセスが容易になっていくというメカニズムは、どういったシステムでも共通なのではないか。

1.預金者は、バブルに染まった銀行とそうでない銀行を区別できない、銀行の選別が進まなかった。これに対し、投信中心の場合には、投資政策の違いそのものが商品性になっているので選別が進みやすい。

1.あるリスクシナリオがもっともらしいということと、そのシナリオが発生する可能性があるということは別で、シナリオについて警告を発しても、発生する可能性はないのではないかといわれてしまう。

●バブルを生み出す社会的要因

1.バブル期の引き締めへの移行が遅れた要因の1つとして、さまざまな政策思想に象徴される社会的な環境が足かせになった。

1.政策思想のひとつである国際的な政策協調について:避けるべきは、思い込みや近視眼的な判断であって、国際協調は必要だし、説得努力も必要としている(香西論文)。その上で、低金利神話の定着について、財政当局が中央銀行を無視して低金利を国際公約したかのような状況が伝えられたことを一因として指摘。

低金利神話の定着については、為替市場介入が金融政策のシグナルとして誤認されたことも挙げられる。

1.1987年秋のブラックマンデー当時における各国政府・中央銀行間のつばぜりあい。日本にとって不幸であったのは、低金利の維持が国際協調であると認識されてしまったことにある。

1.バブル期当時、日本全体として、バブルの弊害に対する正しい認識が存在しなかったのは事実。そのなかで、早期の引き締めに理解が得られたどうか。

1.日本は、国際協調が好まれる傾向にあるが、欧州各国は、こうした枠組みのなかで議論することを好まない。・・日本銀行幹部は、国際的な圧力を受けることが現実問題としてあるのではないか

1.1987年の局面で国際協調にこだわった理由として円高恐怖症の影響が大きい。国際協調の枠組みに乗らなければ、協調介入で円高を止めてもらうことができないという考えが浸透していた。

1.円高について、何故日本社会は、為替レートに対してこれほどセンシティブなのでしょうか。1971年以降、ドイツは数回にわたって通貨切り上げを行っているのに、日本は一度もやっていない。企業経営者は、円高に対する備えができちえる。

1.資本移動が自由なもとでは、為替介入は広い意味での金融調節である。日本ではこうした理解が進んでいない。

1.日本銀行法では、為替介入は大蔵省の権限。中央銀行がやるべきという意見の1つは、為替レートの変動は、物価を含め経済に大きな影響を与えるので、もうひとつは、為替介入には、金融政策上の示唆が生じるので。

1.バブルは新聞の発達とともに生まれた。FRBのスタッフは市場の「知恵」である地価や株価の水準が間違っていると思いたがらない。

1.金融市場には、民主主義における衆愚政治的側面があるように思う。・・不良債権問題を処理せよと市場の声を認識すべき局面で、もっと財政を出動せよということを市場の声として語る民間アナリストがいる。市場の声に猫なで声で接近していくことは対話ではない。メディアはバブルを煽ったのだろうか、そうではなく、不作為の責任(バブルと気付かなかった)。メディアの影響は、大きなイベントではなく、むしろ小さな報道の積み重ねである、読者受けすることを選択的に報道する結果、現状を正当化する議論だけが残りやすい、人々の関心や考え方を方向づけている(シラー)。

●中央銀行への教訓

1.香西論文:①バブルの怖さを知った上で予防的引き締め策を準備しておくこと、②信用秩序維持政策を事前的・総合的に準備していくこと、③思い込みに対抗するために機動的に政策運営を行うこと、④対話促進的な情報提供を行っていくこと、⑤金融システム改善のための研究努力を勧めること。

1.マネーサプライの伸び率と引き締め策。マネーサプライの伸びそのものの水準よりも、潜在水準からの乖離が問題。潜在成長率を高い水準と考えると間違ってしまう。

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構造変化

大武さんの本を読了して、考えたこと。

1.日本は、1990年代から2000年代にかけて、構造変化のタイミングであった。(人口増加→減少、超高齢化社会へ。ソ連崩壊による敗戦処理の凍結が融けた(円安・輸出優遇の終了)→テロの開始とアジアの発展。本には書いていないのだが、産業構造も変わったのではないか。ネット時代へ。地域・家族→企業→これが崩壊し無になった→何を次のベースにするのか。)

○農業・農村は、共同で仕事をせざるをえなかった、そこでの長年の知恵の積み重ねがたとえば、祭りで若者のエネルギーを発散させるとか、共同体でのルールを覚えるような仕組みを生み出してきた。→戦後大量生産の輸出産業が発展するなかで、農村から若い働き手が移ってきて、都市化が起こり、大量消費を生み、上手く回転した、企業は、終身雇用により、企業共同体を作っていった。→国際的な競争が激化するなかで、グローバルスタンダードとなり、正社員から派遣へなどアウトソーシング化、合理化が進み、企業は効率を求め、共同体的なものを剥ぎ取っていく。SOHOやベンチャー、芸術家、フリーで仕事をする人が散在し、必要に応じて連携する時代に。・・・NPOなのだろうか、欧米では教会、昔は神社や寺。あるものAが生まれ・動くことで、人々の心の安寧とレベルが高まり、経済力としても高まるので、人々も経済が安定しハッピーになる・・こうした仕組み(解)があるはず。

○江戸時代の考える職人が居たので、明治の欧米の知識を自家薬籠とした。軍隊での訓練により、朝9時から働く規律正しい社員(工場・事務員)が生まれた。フリーターや派遣や組織が崩壊してしまい昔ながらの大学・就職のイメージをもてない人々が増えたのが、どのような産業構造に向いているのか。次の産業構造にあった人材がひとつ前の時代の暮らし・教育から生まれている(生まれているから、次の産業構造が離陸する)。音楽世代、ネット世代、漫画世代によるソフト産業なのか。おそらく、もう製造現場で規律正しく働く人材は、多く生み出せない。ガキ大将、暴走族、ヤクザなどの組織で覚える、組織で生かされていると感じる人々→根回し、ここを動かすとここが動くを知っている、喧嘩の仕方をしっている、仁義、美学、卑怯を知る、新しいビジネスを生み出す能力(資金源を見つけ出す力)。創価学会における女性パワーの活用。

○産業構造が変わっているとしたら、教育、地域政策、輸出・投資政策・・異なってくるはず。

○コンテンツ産業、地域ビジネス(作り直す)、力を出す・ハングリーな部分は朝青龍方式(評価できる仕組み・海外から来た人が誇りを持てる仕組み)

2.構造変化しているにも係わらず、政策の対応が間違っていたのではないか、その結果、傷が大きくなってしまったのではないか。本には、輸出時代ではないのに道路などの昔のままの公共投資、銀行への公的資金注入(この効果・意味未検討)、所得減税が書かれている。それによる国債増発で財政破綻。バブルが何故起こり、その終息のために何がなされ、何故10年以上もかかったのかについての再検討が必要。

3.日本の将来を考える場合、1の構造変化を踏まえることと、2の傷(国債)の手当ての両方を考えていかなければならない

4.その場合、地方とか空間でも考える必要がある。

5.その場合、べき論とか善意に頼るのではなく、三方一両得のように、無理なく、自然にそうなる方向(メカニズム)を見つけ出す必要がある(もちろん政策誘導、制度変化による誘導はするにせよ、方向を間違えると失敗する)。

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消費税増税

日本の国富(正味資産)は、1955年には33兆円、2005年には2724兆円。金融資産のGDP(名目)比は、1955年の2.3%から2005年には11.2%。フローである所得以上にストックである資産が増えた。

資産に対する課税をすればよいが、地価の高い土地に住んでいたとしても、有効利用できない場合もあるので、固定資産税には限界がある。

消費は、所得と資産を活用して行われるので、消費に着目して税負担を求めることが現実的。消費に課税して貯蓄率低下を防ぐという意味もある。

これから労働力人口が減少していくので、所得税と社会保険料という働く人の所得にかかる税負担にばかり頼れない。社会保険料引き上げが議論されるなか、そうなると消費税が残る。

大武さんは、将来的には、グローバル化が進むので、アメリカが導入している、世界のどこに居ても市民権を獲得した人に徴収する「市民権課税」も検討する必要があるのではないかと言っている。

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January 10, 2007

21世紀の国家の戦略

1.経済活性化のための税制度。研究開発や商品開発の支出が多い企業の法人税率は2割低くなっている。一般が30%のところ、24%。各国との租税条約で垣根を低くして投資を活性化させる。これにより(?)日本の特許等使用料収入は増加し、今やアメリカに次ぐ特許等使用料収入の受取国になっている(平成14年度から黒字)。頭脳立国になっている。

2.減価償却制度の簡素化。耐用年数が余り細かく規定されているうえ、実際に使用されている年数は、大企業と中小企業では違いがある。大企業では、規定より速く更新して新鋭設備を導入した。中小企業では、規定が短いと減価償却費が大きくなりすぎて赤字になってしまう。耐用年数までしか設備資金として借り入れできないので、その後運転資金で別途調達するなどの問題あり。→簡素化と加速度償却制度導入が必要。

3.重要文化財や重要美術品等を転売禁止をしたうえで、国立博物館等に預けた場合には、相続税を一代飛ばすことも検討すべき。公共財化することで私有財産として相続税支払いのために海外へ売却されることがないようにする。私蔵も防げる。

4.有価証券の譲渡益や配当を10%の源泉徴収分離課税で完結するようにした。個人の証券投資がアメリカ30%超のところ、日本は8%を増やしたい。日本経済の発展、日本企業の発展、株価上昇の恩恵を個人も得られるように。現在1400万円という家計貯蓄残高はフローでは増加しないので、ストックとして家計貯蓄を増加させるしかない。→個人投資家の育成、それには情報公開や監査制度を充実させるべき。

○シャネルなどのブランド企業が地価の高い銀座に平方メートル当たり200万円もの高額な投資をして店を構えるのは、日本で売れたブランド品は、アジア市場で売れるから。世界のなかで一番儲かる。

○日本の固定資産税は、国から納税者にいくら払って下さいと言う。1949年のシャウプ勧告で青色申告制度の導入。インフレが著しかった時期に前年度の所得に課税するとインフレにおいつかない。本人の自主的な申告をもとにその年の所得に課税する方式に移行した。←帳簿をつくる運動をした。→近代的な帳簿が普及、税金が上手く納められるとともに、中小企業者一人ひとりが自分の商売が上手くいっているのかどうか目にみえるようになった。融資もしやすくなった。税理士制度も導入された。→こうした社会的インフラ整備において、日本はアジアを支援すべき。

大量生産大量販売で必ず儲かる時代は終わったので、損して得とれはできなくなりつつあり、月次決算、月次審査が必要。→現在は、第二の帳簿運動の時期

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21世紀の国家の役割

人口増加が続いた頃には、何もしなくても所得税が増え、減税と歳出追加に当てることができた。

大武さんによれば、子供の数が、1955年の3000人から2000年には1850万人になっているのに、学校の先生は、この間に12万人も増え、家庭でやるべきしつけまで学校でとなっている。地方公務員300万人のうち100万人が小中学校の先生になっているとしている。

右肩上がりの時代に始まった「当たり前でないこと」を見直し、当たり前にすべき。つまり、自分のことは自分でやる(国や自治体に頼らない)。

家族の絆、地域の絆、そして企業の絆も失われ、地方自治体に頼ることになっている。地方自治体は、財政破綻でもうやれなくなっている。

世界のなかで、預貯金を持っている人は8%しかいない。死亡者100人のうち餓死者が30人。官でもない民でもない「公」。

明治30年には、租税に占める酒税が31%、地租収入が38%、所得税が2%→これは、酒税が多かったのではなく、そもそも国の規模が小さかった。

昭和45年には、酒税8%、所得税31%、法人税33%。平成16年には、酒税4%、所得税31%、法人税24%、消費税21%。

財務省の試算によれば、国債の金利が1%上昇づつすると、平成20年度には2.8兆円、平成21年度には4兆円国債費が増加する。

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貯蓄率低下

日本は、長い間貯蓄過剰で欧米から消費拡大に努めるべきだといわれてきた。1980年代から90年代前半まで、貯蓄率=(可処分所得-消費支出)/可処分所得は、二桁15%~10%であったが、90年代後半から減少しはじめ、2004年度には2.7%とフランス、ドイツ、イギリスより低く、アメリカに近づいている。

この理由は、世帯主60歳以上の無職世帯の家計貯蓄率がマイナス30%となり、貯蓄を取り崩していること、こうした世帯の比率が26%にもなっていることによる。勤労者世帯の貯蓄率が高くても、全体として貯蓄率が低下することになった。

また、国民の意識調査によれば、「未来志向(貯蓄・投資など将来に備える)」よりも、「現在志向(毎日の生活を充実させて楽しむ)」が昭和60年から逆転している。→勤労者世帯でも、貯蓄率は低下してきている。

長期金利が上昇していくと、自己資本の少ない借入金の大きい企業は、大きな負担になる。ここ10年で民間部門のストック調整は終わりつつあるが、これからはフローの調整、すなわち、不良資産はなくても、借入金過多で収益性の低い企業の淘汰が始まる。

これまでは、民間部門の不良債権処理を加速するため、金利が意図的に低く抑えられてきた結果、借入金過多で収益性の低い企業も存続できたが、金利が上昇していくと、こうした企業は赤字に転落する。

日米金利差が4%以上も開いている(アメリカが高い)と、日本の個人投資家は、日本の国債よりも、アメリカの国債を購入する(為替レートが円高にゆれても、なお有利と判断する)。円高に触れるとアメリカの国債=ドルを購入するので、円高が進まない(介入なしには)。

しかし、日本の長期金利が上昇し、日米金利格差が縮小すると、金利上昇と円高が同時に進むことになる恐ろしいことになる(何故恐ろしい?→輸出列島ではないなら、円高でよいはず、輸入が増えて物価が下がる、海外投資が進む、一方、日本への旅行者や日本への投資が不振になる。金利が上昇すると、年金生活者は楽になる。借り入れている企業は困る。日本の国債の買い手が増える?収益性の高い企業が残る。金利が上昇すると、国債を発行している国は金利負担が大変になる。)。

そのために、財政を健全化し、長期金利が大幅に上がらないようにすることが必要。

プライマリーバランスの回復を目指す場合も、日本経済の活性化を図りつつ、長期金利の高騰を防ぎながら、金融規律を守りつつ、財政健全化を図ることが重要。財政健全化を急いで、日本経済をおかしくしたり、財政健全化を忘れてさらに財政赤字を重ねて長期金利を跳ね上げることは絶対に避けるべき。

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国債の消化

国債がそれほど増えないできた平成3年度末には、170兆円であったが、平成16年度末には、643兆円となっている

国債の引き受け手を見ると、平成3年度末には、政府が69兆円引き受けていた(41%)ものが、平成16年度には、270兆円(42%)を引き受けている。

その内訳は、郵便貯金が110兆円、簡保が55兆円。このほか、日銀が92兆円、銀行が204兆円。→個人と企業のお金が郵貯や簡保、銀行を通じて、国債に回った。

アメリカやイギリス、ドイツでは、政府や中央銀行の比率よりも、海外の比率が多くなっている。日本の海外の所有の比率は4%に過ぎず、海外からは市場性のない国債とみられている。

→郵政民営化のひとつの意図は、国債に回っていた資金を農林中金のように外国証券など利回りの良いところみ回すことが考えられているはず。一度に国債を売ると時価が下がるので、徐々に売るのだと思われるが、新たな引き受けはしなくなるだろう。

国債は、海外に持ってもらわなければ消化できなくなる。国債市場の金利上昇が表面化する可能性が高い。

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社会保障関係費の急増

社会保障給付費(一般会計の社会保障関係費21兆円に加えて、特別会計に納められている年金保険料のような財源も含め)が2004年度に86兆円。

これが2010年度には105兆円、2025年には152兆円になると見込まれている。国民所得対比は、2004年度が23.5%、それが2025年には29%になる見込み。

86兆円の内訳は、年金が46兆円、医療が26兆円、福祉その他が14兆円となっている。今後は、医療費が急増すると見込まれている。2025年には、年金が64兆円、医療が59兆円、福祉その他が30兆円。

・・これらの費用を賄うにはどうするのか、既に保険料を支払い、それを元に人生設計をしている人にきちんと応えていくには、膨大な財源が必要で、将来の年金や保険料で賄うことになっている!

これに加え、今後子育て経費が少子化対策として必要になってくるだろう。

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21世紀の社会構造と財政(2)アジアの発展

第二に、アジアの発展である。1960年頃には、全世界のGDPの1割にも満たなかったアジアは、現在では、世界の4分の1を支援ルまでになっている。

アメリカは、1991年にソ連が崩壊するまで、ソ連を仮想敵国として『ソ連の軍事力』という報告書を出していたが、その後とだえていた。しかし、1995年に『中国の軍事力』を出した。中国が軍事力を強化させていること、原油消費量が日本を抜いて二位になり紛争地域に武器輸出をしてまでも原油を確保していること。

大武さんは、日本は自分の経済力などを自覚していないが、もっと自覚して行動すべきといっている(日本のGDPは、アジアの6割以上を占めている)。

人口減少、高齢化が進み、貯蓄率が低下する日本は、資本不足国家になるので、もっと外国資本の投資を増やすべきとしている。このため税制を改革し、外国資本が投資しやすいようにしてきたとのこと。日米租税条約を改定し、垣根を下げてきた(親子間配当、ポートフォリオ配当の引き下げや使用料の免税など)、これをイギリス、インドに広げ、オランダ、フランスと協議中とのこと。これらは、安全保障につながる。

沖縄に、今度、先端的な生物系の大学院大学が作られる、これを拡大し、医療特区とし、アメリカ並みに治験ができるようにして新薬の認可を早めると良いのではと提案している。そうすれば、日本人でもアメリカに行かずに、沖縄で、アジアの金持ちも来る可能性もある。

日本は、アジアとの共存共栄を図ることを考える時期。これまでのアメリカの最後の州としての防共列島から脱し、アジアの発展に対処しながら未来の国づくりをしていくかの戦略が必要。

ただODAの額を増やすのではなく、アジア型システム(たとえば申告納税→後述)の伝播など。

アジアの金持ちをどう日本に惹き付けるかという戦略は絶対必要と思う(北海道観光・クリーンな滞在地もそうだが、大武さんの言う医療特区、これ以外にもあると思う)。もうひとつは、中国の行方をきちんと把握し、むしろ戦略的に動くこと、内部崩壊を秘密裏に助けるくらいのことをやってもよいのかもしれない。戦国武将が外にも身内にもスパイを配したくらいの心構えは必要。日本への外国資本の投資を増やすことも賛成、日本の国内の企業を買収する、合弁会社を作る、上司が外国人・・・これを通して、国際化し、多国籍の人間ももっと増やす。

介護などを考えると移民を考えざるをえないが、難しい問題。日本人が日本の歴史や地位をよく理解すること、英語力を高めること、一方で、日本語を海外に普及することなどを戦略的にやる必要がある。

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21世紀の社会構造と財政(1)高齢化

第一には、超高齢化社会だ。大武さんは、65歳以上ではなく、75歳以上で考えるべきだとしているが、統計が65歳以上なので、これでみると、2050年には、15~64歳の比率が50%となり、高齢者と子供との比率が1対1になる。

2050年には、4人に一人が75歳以上となるが、地方では、まもなくそうなる。地方での雪下ろし、村落の孤立がある。北海道では、緊急事態に対応できないので、病院に入院していて、自宅死亡率が低い。できるだけ病院の近くに住むようになる。

自宅死亡率は、1951年には、83%であったが、年々下がり続け、2004年では、12%になっている。

単身世帯は、1960年には、5%であったが、年々拡大し、2000年には28%、2020年には33%になると予想されている。三世帯家族は、35%であったのが、14%になり、2020年には11%になると予想されている。間は、核家族。

家族と地域の絆が戦後ずっと壊れてきて、再構築すべきなのか、どのようにして再構築するのかという問題が残る。

税の問題としては、相続人に遺産として相続するのではなく、社会保障費で面倒を見て、社会に還元するという考え方がある。

大武さんは、「高齢者はいつまで僻地にすめるのか」という問題を提議している。奥鬼怒川温泉と鬼怒川を結ぶバス路線廃止と代替する村営バス、土日だけ運行する観光バスの登場を例に、(1)公共性のあるバスの自由化は止めて認可制にすべき、(2)バスの負担を考えたら、そこに住むことがいけないので移住させるべき、(3)地方自治なので規制をかけて観光バスを排除すべきなどの意見を出して、どう考えるべきかと問うている。そして、高齢になってから移住すると認知症になりかねないので、60歳代の早いうちに移住させるべき、そうした国づくりを考えるべきであると言っている。

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January 09, 2007

財政破綻の理由

大武さんは、1991年まで、日本経済は、3つのボーナスで何もしなくても上手く行っていたというようなことを書かれています(少しデフォルメしています)。

ボーナスの第一は、戦後人口が増え続け、しかも子供の数が減り、高齢者が増えたものの両方併せてほぼ横ばいで、働き手が増え続けたので、国民総生産が増えた。

第二は、農業からサービス業へ、農村から都心部へと人が移動し、大都市での住宅や家電製品やらの一大消費が起きた。大量生産大量消費の時代であった。

第三は、冷戦構造のなかで、日本の為替レートが輸出に有利な円安に設定されていた。このため、輸出を伸ばして成長を遂げてきた。

ところが、このボーナスが1991年頃までに無くなった。

第一に、1975年に合計特殊出生率が2を割って、その後も低下し続け、2004年をピークに日本の人口が減少に転じた。15歳から64歳の働き手の人口は、すでに、1995年がピークになっている。

第二に、円安できた為替レートが、1971年のニクソンショックにはじまり、73年に変動相場制に移行し、その後ずっと円高傾向となっていたが、1985年のプラザ合意以降円高が加速し、ベルリンの壁崩壊89年11月、91年12月のソ連崩壊により、95年には、円が1ドル79円の最高値をつけた。

大武さんは、本当は、1945年の敗戦が、冷戦下で凍結されていたのだが、それが1991年末に実際のものになったのだと言っている。その後の「失われた10年」は、終戦処理だったのではないかと。

このような構造変化の折に、日本政府が取ったのは、輸出に有利な為替レートを維持するために、為替介入を行い、これによって過剰流動性が生じた(為替介入を行うと何故過剰流動性が起きるのか→円安にするために円を増やす?ドルを円で購入する?)

これまで日本では島国のなかで土地は希少財であったため投資先を失った資金が土地買いに向かった→バブルの発生(100円で購入しでも、必ず値上がりするので、すぐに120円で売れる、そこでまた別の土地を120円で購入しても、すぎに140円で売れる・・)。

円高になれば、企業は、輸出するのではなく、海外投資をするようになる。しかも、冷戦構造が崩壊し、ココム規制が撤廃された(94年)ので、共産圏にも進出する。すると、日本の空洞化現象が起き、地方経済は疲弊する。

バブルが崩壊した時に、政府は、さまざまな経済対応策を取った。ひとつは、金融機関への公的資金注入。もうひとつは、道路を始めとする公共投資の増加、もうひとつは、所得減税。

大武さんは、田中角栄が日本列島改造を唱えた頃には、日本中が輸出産業でもっていたので、道路を作れば工場が来て、日本の輸出産業が栄え、全体として経済活性化になったが、空洞化のなかで、道路を作っても波及効果が小さくなっていたのではないか。

また、所得税が減税されたが、人々は、先行きに増税の不安があれば消費を増やず貯金に回してしまうのではないか。・・と言っている。

余り詳しく書いてはいないのだが、失われた10年における経済対策は暗に間違いであったのではないか(効果が少なかったのではないか、構造変化を見極めずに対策を打ってしまったのではないか)と言っているようだ。その結果、国債の残高のみが重くのしかかってしまっている。

私は、マクロ経済の専門家ではないが、政府の対策が違うんじゃないのと思うことはあるのだが、ここでは触れないで前に進める。

大武さんは、過去の政策への批判はさらりと流していて、むしろ、構造変化のなかで、今後戦略を考える必要があると次のステップに向かっている。

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日本の財政の現状

大武健一郎『税財政の本道』から読みます。

大武さんは、大蔵省で長く税制に携わり、現在商工中金の副理事長で、大学で非常勤講師もしておられるようです。

まず、日本の財政の現状を勉強します。なお、この本は、2006年7月に刊行されているので、数字は、そこまでの数字です。構造的なことを把握するには、問題ないと思います。新しい数字などは、財務省のURLを参照のこと。

H18年度(予算)では、歳出総額が79.7兆円、歳入(一般会計税収)が45.9兆円、その穴を国債30兆円で埋めるという形になっている。歳出に占める税収の割合は、57.6%に過ぎない。(先日発表されたH19年度の予算では、国債は前年より4.5兆円削減するとあるが、これは、景気回復で税収が7.5兆円増えることによる。)

国債が増え始めたのは、平成4年度(1992年)からで、それまでの6~7兆円から、10兆円近くに、20兆円台に、30兆円台(平成10年度)となっている。

歳入額が平成2年度の60兆円をピークに、現在の46兆円まで12兆円減った一方で、歳出は、平成2年度の69兆円から平成12年度のピークには、89兆円と20兆円も膨らんでいる(その後、現在の80兆円まで9兆円の減少)。→何故こうなったかは後述

一般会計予算80兆円のうち、国債費が19兆円、地方交付税交付金等が15兆円で、残り46兆円が一般歳出額(政策経費)となる。この46兆円のうち、21兆円が社会保障関係費となり、残る25兆円がそれ以外の経費ということになる。財政を健全化させるにあたって、公務員の人件費削減だけでなく、社会保障に係わる制度改革をせざるをえなくなっている。

国債費というのは、過去に発行した国債および新規国債にかかる償還分と利子分等であり、地方交付税交付金等というのは、府県や市町村の財政事情に見合って義務的に交付しなければならないもの。

一般歳出予算の内訳をみると、前述の社会保障関係費に続くのが、7.2兆円の公共事業関係費、次が文教及び科学技術振興費の5.3兆円、次が人件費や司法の経費等を含めた行政経費にあたるその他事項経費5.1兆円、防衛関係費が4.8兆円となっている。

プライマリーバランス(一般会計の基礎的財政収支)とは、税収等による歳入と予算のうちの国債の利払いなどに当てる分を除いた歳出とのバランスのこと。現在は、歳入でようやく一般歳出を賄っている状態であり、プライマリーバランスを回復させるには、地方交付税交付金「相当額」の15兆円分の歳出削減か増税しかない。

○平成18年度は、新規国債発行を30兆円に抑えた→しかし、借換債が108兆円、財政融資特会債27兆円、合計165兆円の国債発行となる。

○平成20年度には、小渕内閣当時に大量に発行された国債の償還がくるので、さらに多額の発行になると想定される。そこで特別会計の見直しによる財源を償還にあて、平準化する努力もされている。

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最勉強開始

さて、いろいろあることは、さておき、勉強を再開します。

まず、財政について勉強します。国の財政と地域の財政です。知っている人がみたら恥ずかしいことをここでは勉強しながらメモを取ることにします。

1.夕張市が破綻しましたが、実際にどうなったら、破綻するのか。何故、こういうことになったのか。

2.私の住む西東京市は、どうなのか。違うとしたら、それは何故なのか。

3.その前に、日本の財政はどうなっているのか。何故、国債がそんなに増えたのか。郵政民営化の意味は何なのか。

4.地方の自立にあたって、税をどのようにすべきなのか(現在の税制度がどうなっていて、どう変えるべきなのか)

5.財政の無駄といわれるが、何が無駄なのか。

まずは、こんなところから学びます。

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