« バブルの背景2 | Main | 都市とカミサマ »

January 17, 2007

バブルの背景3

第三章 金融自由化のインパクト-バブル発生の金融的環境

・金融自由化がバブル発生の金融的環境を形作った。(1)世界のなかで日本の自由化が遅れ、一気に進んだために、金融商品(手段)のアベイラビリティの急拡大を通じて、信用の急激な拡張の可能性を生んだ。(2)自由化が信用秩序維持政策の急転換を余儀なくさせた(それまでの見事なまでに競争制限的規制であったから)。切り換えが上手くいかない間に、リスクの高い信用が拡張する間隙を生んだ。

1.遅れて集中的に進んだ金融自由化-金融アベイラビリティの急拡大

・①競争制限的規制は、大恐慌に始まる。銀行経営の健全化と預金者保護。②国際資本移動規制は、恐慌が勃発して金本位制が停止されるなかで、対外取引やそれに伴う資本の流れを規制する為替管理として始まった。①第二次大戦後、各国は、国債累積や経済復興に対応するために、人為的低金利政策を採用。②戦後のIMF体制の発足で、経常取引における為替管理は撤廃されたが、資本取引の為替管理は残された。戦後のブレストンウッズ体制における固定相場制が自由な資本移動によって維持が困難とされたから。

・戦後、①の金利政策は徐々に緩和される。(1)アメリカのドル垂れ流しによる国際流動性過剰を背景に世界的にインフレが進行した。これが市場金利と規制金利のギャップを拡大させ、金融機関の経営を悪化させた(インフレは名目金利を上昇させるから)。

(2)ユーロ市場での資金調達・運用を強めるようになり(オイルマネーを源泉とする)、自由なユーロ金利と規制された国内金利との間で、裁定され、資金の流出入が国内市場をかく乱した。(3)ITの発達が金融イノベーションを可能にした。デリバティブ取引。

金利自由化は、欧州では、60年代後半から70年代にかけて、アメリカでは80年代半ばまでに進んだ(日本では94年までに)。資本移動の規制撤廃は、70年代後半から80年代半ば。(1)変動相場制への移行、(2)経常収支不均衡の拡大(赤字国による対外借り入れの増大)。

・日本の場合には、(1)①預金金利の自由化と②資本移動規制の自由化が時期的に重なった。(2)さらにIT革命による金融イノベーションの時期とも重なった。

1.2.1金利自由化、運用・調達手段の多様化、業務分野規制の自由化

・金融自由化は、日本では、国債の大量発行に伴う国債管理方式の変化が引き金。→長期の調達きんるの自由化と運用金利の自由化を意味し、短期も含めた預金金利自由化につながる。→新しい金融商品の発生。

2.信用秩序維持政策の転換と「規律付け機能」の緩み

|

« バブルの背景2 | Main | 都市とカミサマ »

Comments

Post a comment



(Not displayed with comment.)




« バブルの背景2 | Main | 都市とカミサマ »