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February 14, 2007

都市とカミサマ(その9)

・日本のムラは、ムラというより同じ氏族ともいえる超分散的極小社会集団であり、「魏志倭人伝」によれば、「倭の国を参問するに、海中洲島の上に絶在し、或は絶え、或は連なり、周旋五千余里可かりなり」と記述されており、海べりの台地などにほそぼそと散在していたのではないか。山が急峻で襞が細かい。「草木茂生し、行くに前人を見ず」というほど森が茂っていた。

・・今でも、ムラは、山襞の奥に集落があるため、足助町でも聞いたように、デイサービスにお年寄りをバスで集めるにも、一日では、回りきれず、日にちを分けているとのことであった。今後、人口が減少すると、将来的に山襞に住むことを止めて、都市よりもも都会に住むようになるのだろうか。それとも、今は、高齢者のみ残されているのだが、将来的には、ある単位の人々が昔のように、襞ごとに散在しながら、ネットでつながるようになるのだろうか。

・・森が荒れているというのだが、確かに植林したいびつな森が手が入らなくなり荒れるというのは問題であるとして、その場合、木々を活かす方向で手を入れるのか、それとも、草木茂生するように自然に任せればよいのか。昔は、人口が少ないのだから、里山以外は手が入っていなかったのではないのか。

・・ゴルフ場、スキー場、ゴミ滞積場、砂利採掘場・・ではまずいのは、分かる。

・同じ氏族ともいえる極小の日本のムラが外と交流する場・歌垣(歌舞を楽しむ、食料を交換する、情報を得る、性の交流を図る、元気になる)があった。この場は、カミサマが提供してくれていた。→1万年のクライマックス(極相)が維持された。今では、そのような場所は、都市、とくに大都市ではないかという。

・日本では、私鉄が誕生した≒神社におまいりにいくための参道であった(旅行に行くと土産を買って帰るのは、ご利益のおすそ分け:物々交換の名残)のは、都市のなかではなく、都市の外にカミサマがいるから。それは、歌垣の場所は、ムラとムラの間にあったから。

・ただし、日本では、都市のカミサマ(歌垣の機能を持つ)、生産のムラ、生活のムラがあるのだが、それが今日では、ゾーニングとしてぐちゃぐちゃになっている。日本は、西洋よりも職業選択の自由も、したがって住む場所の選択の自由もある。・・異なる価値観の人々が暮らす場合の摩擦の解消の仕方がまだ得られていない、あるいは資本主義の暴力(弱肉強食)への対応が考えられていない。→都市は、森と同じく、高い木から羊歯やコケなど秩序ある共生の場所であって欲しい。

・多神教的な都市には、カミサマが必要で、それは山を見る軸ではないか。ここで「山見の聖軸」が出てくる。町の見晴らしの良いところから山が見えるように建物規制をする、小学校からも見えるように、小学校区をコミュニティの単位に。

・・心落ち着かせる街づくりというハード面(ゾーニング)では賛成なのだが、バラバラになっているムラのなか(会社も家庭も)という現実もあるなかでの運営方法(ソフト)がこれでは見えない。西洋の皮をかぶったムラ社会の運営方法もまだ私には見えない。

・・歌垣の機能を今日では、都市が担っているのは確かであるが、昔の歌垣のようなカミサマのルールのなかでではない、フラグメンテーションした人々がただ渦巻く。都市の魅力はカミサマの場なのでムラ社会から皆が集まるとしたら、その今日的な意味づけをきちんとする。

以下は、良く分からない。

・松尾芭蕉の不易流行の元は一つなり。その元は風雅の誠≒松のことは松に聞け、竹のことは竹に習へ。席に臨んで気先で吐くべし(俳句を)、心頭に落とすべからず。理屈で考えるな気合で吐け。この気合がもろもろの権力、カミサマが息づくアニミズム的都市を生き抜く術である。相撲も小さい力士が気合で勝てる。

・・「気合だぁ!」というのは、プロレスの坂口パパが喜びそうだが、良く分からない。私は、常々、思ったことを頭で一度考えずにそのまま口から出すのでだめだといわれたが、芭蕉はこれを進めている。気合があれば、もろもろのムラ人は、ある方向で参同してくれるということか。

・・社会起業家の話で、どうしてそういうアイデアを思いつくのだろうと町田氏に聞いたら、それは「個人的恨みである」という。アメリカのMBAでは、社会起業家向け講座をはじめているらしい。どういうことを教えるのか、後解釈なら分かるし、あるアイデアをビジネスモデル化する(企業にお金を出させるなど)指導なら分かるがといったら、教え方というのは、アイデアの出し方は、「恨み」である。自分に「恨みがなかったら、知人の恨みを考えよ」「それもなかったら、その知人の知人の恨みを考えよ」というのだと教えられ納得した。町田氏は、最初からお金を得られるモデルを考えているのではお金は得られない。驚くようなアイデアを出すことで、拍手喝采となり、お金を出しても良いというようになる(寄付)。この恨みを解決するための驚くようなアイデア(熱意)というのが、「気合」なのかもしれない。その「気合」に感動して、ビルゲイツがお金を出すというようなことだ。コロンブスにお金を投資した人のような気分。新しい世界が見えると思えるお金の使い方を提示すること。

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