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February 16, 2007

なんかヘン

橋本治『乱世を生きる 市場原理は嘘かもしれない』集英社新書を読みました。昔『桃尻娘』という衝撃的なタイトルの本を読んだことがあって、すっかり内容は忘れているのですが、あの小説家の橋本治が経済本?と思って、買っておいたのが目に留まったのです。「市場原理」について違和感を覚えているけれど、良く分からないところがあって、小説家が書いたものなら分かりやすいのではないかと思って買っておいたように記憶します。

私も「今の日本の社会のあり方はおかしい」となんとなく思っており、本を読み進めました。そうだそうだ、と思いながら読み進めたのですが、「おかしい」と考える考え方は整理してくれているのだけれど、結局「ではどうしたらよいのか」という処方箋は、「自分で考えろ」ということなのでしょうか、書かれていないので、重い宿題を貰ったような感じです。

橋本さんは、とっても頭の良い人のようで、おそらく答えを持っておられるのだろうと推察しますが、私は読み終わっても、頭が整理できていません。そこで、それまでの考え方を反省したり、気になった箇所などを少し考えてみたいと思います。

○「勝ち組・負け組」

橋本さんの文脈とは異なりますが、私は、破綻した銀行に居たので、負け組なのですが、破綻した当初は、勝ち組のような気でいました。社員として持っていた株券はパーになり、職も変わったのですが、専門職として働いていた自分は、仕事を通して人脈を得、業績を上げ、興味のある仕事を続けられており、給与も下がらなかったからです。

総合職で組織の一員として働いていた人が組織を失い、右往左往するなかで、一匹狼として細腕でやっていける自分は勝ち組と思っていたのです。

ところが、それは、大きな錯覚であり、組織や周りにいた優秀な人々のお陰で私は大きく下駄を履いて暮らしていたことがようやく今になって分かってきました。組織や周りの人々への感謝を忘れ、天狗になっていた自分がとても恥ずかしい思いです。

一人では何もできないこと、自分にはコアとなる領域がないこと、誰がなんといってもやりたいこともないことなどなどが分かってきました。

負け組メと馬鹿にしていた多くの人々は、実はコアの領域を持っていて、教養のレベルも高く、己を知っていて努力もし、数年経ってみると、ちゃんと暮らしておられます。乱世にも改めて生きられる領域や技を地道な努力の末に手に入れておられます。

これに対し、自分はやれると思ってみたけれど、何もできずに空回りだけして時間を費やし、また天狗であったために堅実な努力をしてこなかった私は、今や負け組に転落しています。友が皆偉く見えますが、自業自得なのでしかたがありません。

思い起こしてみると、私は子供の頃から怠け者でした。周りの人々がいろいろな人間関係のなかでちやほやしてくれたり、可愛がってくれるのに甘えていました。要は、ずっと遊んでいて、ちょっとオイタ(悪戯)をするのが楽しい程度の人間であり、何かできるとかやれる人ではなかったのです。どうやら途中から自分を「できるやつ≒異端の正統派」と勘違いしてしまっていました。

私の良さは、あるとすれば、そうした遊び人の金さんとしての面白さだったはずなのです。おひゃらけて世間を見る目が時に正統派がキンタロウ(腹掛け)しか身につけていなくて、後ろからお尻が見えているのを照らし出すことがある。せいぜいそんなところに面白さがあったはず。それには、心が自由で(認められようとか世間の常識に合わせようなどと思わず)、余裕がなければならず、焦ったり、人の言葉でものを語ってはいけないはず。それがどうにも世間の賢い人のルールや見方や言葉に追いつこうとし、自分を失い、まだ自分を取り戻せずにいる。

自分の五感を信じて、なんかヘンを感じなければならない。

負け組になっていることは有難いことで、これまでの自分(妙にしゃちほこばっている、あるいは、過去に成功した業績にしばられている)に決別し、こびり付いている垢を落として、柔らかい皮膚感覚を取り戻したい。自分にムリなことは、ムリだとして退け(背伸びせず)、馬鹿は馬鹿なりに、遊び人の金さんは金さんなりに、自分に良く分かることをやらなければならない

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