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February 18, 2007

なんかヘン(その6)

橋本さんは、バブル崩壊後に「勝ち組」を出すことによって、本来負け組であった多数が隠れてしまった。お陰で反省しないでいる。だから景気がパッとしないのだと言います。

何を持って勝ちとし、何を持って負けとするかの基準があいまいなので、明らかに退陣した企業のみ負け組となり、残りの大部分が隠されてしまった。バブルがはじけたのに、何も手を打てなかった人々≒日本経済そのもの。

誰が勝ち組、負け組を言い出したか、それは投資家であり、エコノミストだと言います。エコノミストは、日本が商売の場なので、日本経済がダメとは言わず、「勝ち組が日本経済の牽引役になる」などと言う。エコノミストは世界経済が破綻するとも言わない(商売のタネなので)。

橋本さんにとっては、エコノミストが絶対的な権限を持ってしまった(一つの方向性のみ示される)危機的状態が乱世。

一つの方向性しか示されない説明に小泉さんが生まれた状況とやり方を使っている。これも見事だ。自民党=どうにもならない状況→(自民党をぶっ壊す)小泉という勝ち組を生んだ→その結果、自民党が勝ち組となり、どうにもならない状況を隠した。勝ち組以外は負け組≒抵抗勢力≒改革全般ではなく、小泉の示した改革に賛成しない人々→改革を望んでいるとしても、どんな改革にするかについての議論なしになってしまった。→独善が許されるのかという問題が残る。また、完全な守旧派以外に時の総理についていたほうが良いとするどうにもならない人々がそのまま残っている。

橋本さんが言いたいのは、勝ち組は外から来た、その中から勝ち組は出なかった=そういう構造になっている=既に完成されたシステムがあって、そこに利権がある以上、それを覆せない。完成されているから壊せない、修理がしにくい。

勝ち組の出現を望んでいない既存システムは、勝ち組が出から、改革とはさけぶけれども、何が改革であるかは議論されない(既得権益を侵されるような改革は望んでいない)。そもそも、改革などなくていいというのが日本というシステムの中にある。

乱世というのは、「破綻しかかったシステムの中で生きること」なのか、それとも、「破綻しかかったシステムの外に出ること」なのか。→勝ち組を輩出するということは、「破綻しかかったシステムを守る方向で生きること」。

するどい洞察力です。

でも、小泉さんは、皆、なんか論理がおかしいと思いつつも、それに1億人を乗せてしまうほどの大舞台を良く演出できたものだと思う。にもかかわらず、橋本さんが言うように、これは、結局自民党人気と野党の無能さをもたらしたに過ぎないわけで、破綻しかかったシステムに実は上手に使われたにすぎない。そうした自分をドンキホーテであると彼は感じていたように思う。

小泉劇場の分析は見事なのだけれど、それで、では、私たちはこの状況のなかでどうしたらよいのだろう。

橋本さんは、一元化する怖さを訴えており、もっと多様で面倒くさい世の中(これが普通)になるようにと主張しているのだろうが。それには、このメカニズムを理解し、本質的な議論(もし改革するなら、どのように改革すべきか、改革とは何を指すのか)をするようにせよと言っているだけなのだろうか。

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