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May 29, 2007

補助金・交付金

北海道経済の弱さは(経済だけでなく、北海道自治の弱さは)、豊富な補助金を得て、すっかり寄生虫になってしまったことだ。道州制を考えるにしても、すでに貰っている補助金を切れないために、弱腰の案にしかできないでいる。

もっとも、ニワトリと卵で、補助金漬けの状態を一気に自立化しようとしたら、北海道経済は成り立たないのだろうが(これも本当は、ちゃんと検討する必要がある)。ビジョンとして、自立する方向性を検討するぐらいはしてもらいたいものだ。

北海道の歴史自体が、「北の守り」、「国策としての石炭採掘」、「引揚者の受入」などなど、国策によって作られてきたために、もともと国からの支援の多い地域であったのだろうが、「エネルギー転換」、「200海里」、「JR民営化」、「拓銀破綻」などなど次々と国策的な機関産業が国策的に潰された(そういう意味では、プラスの時もマイナスの時も北海道人の意志ではなく、国策に翻弄された地域である)こともあり、さまざまな支援が手厚く行われてきた(具体的チェックが必要)。

国策に翻弄されたのは気の毒ではあるが、このため、骨の髄まで、与えられるものを皆で分け合う、抜け駆けはいけない、競争はいけないというような根性になってしまっている。これは、開拓時代に、皆で助け合うという精神が培われた(慣習になっている)という良い面もあるのだろう(冠婚葬祭の割り勘など)。しかし、道民の精神構造が長い補助金漬けで、働かずに補助を仰ぐことを悪いと思わないものにしてしまっている。

だからある意味、人々全体の考え方が社会主義的で、それでいて非常に保守的だ。「革新」というと新しいことに挑戦するということになるが、ここでの「革新」は、社会主義的(皆で分け合う)ということであり、ベンチャーのように新しいことに挑戦するという意味ではない。

新しいことに挑戦すると叩かれる風土だ。だから地元の人は新しいことには挑戦しない。本州から来た人が新しいことをやって、それが上手く行きそうだとついてくるが普通は表面だけ相槌を打って相手にしない。

新しいことに挑戦しない、余所者を信用しない、地元民でパイを分け合うという意味で「保守的」である。もちろんパイをよけい取る人は嫌われる。パイを大きくする人は「革新」なので排除される。「革新」は、既得権益を脅かすからだ。

勝ち組や北海道を食い物にした本州の人を恨んでいる一方、こうした人々にこびへつらうところがある。本州から官僚や著名人を呼ぶと、あご足付きで大接待、講演料は多額である一方、地元での講演料などは割り勘の精神で非常にわずかだ。本州の人は珍味に舌鼓を打ちながら、地元民に対し「こいつら馬鹿だ」と腹の中で思い、一方、地元民も、「こいつらいい気に鳴りやがっているが、金を流す役割だから接待しているだけで人間的には小僧と思っているんだぞ」と負け犬の遠吠えをしている。

クラーク博士が言った「Boy's be anbitious」(少年よ大志を抱け)は、余りにも大志を持たないのであきれ果てて言ったのではないかと言われるほどだ。「道産子」は、根性がある、開拓者精神があるのではなく、ただ黙々と言われたことに従うだけだ。

だから、萩原さんや中田さんのような人がもっと居てくれたらと思う。中央の政財界に夢を与えて、あるいは脅しをかけてその気にさせ、金を出させるだけの力があり、一方で地元の心を一つにまとめられる力を持つ。・・・少数でたまに出るからワンマンとなり、チェック機能が働かないが、こういう人がもっと居てくれたら、世代交代も起きるだろうし、競争も起こるはずなのに。

萩原さんは、実業家だ、血も涙もない、坑夫を人とも思わないところがあったのだろうが、鉄道業へ、海運業へ進出し、ホテルを経営し、テレビ局にも進出しており、実業家としては優れているように思う。中田さんが市長としてではなく、ベンチャー経営者として観光事業をしていたら成功したのだろうか。

夕張市の給与水準は非常に高かったというが、経営者であったら、損益計算をしていただろうに。やはり、労組出身であり、給与や福祉に手厚くしてしまったのだろうか。

★ところで、それにしても、北海道の歴史は凄い。鉄道を敷くにあたっても、石炭を採掘するにあたっても、囚人を使った。伊藤博文や黒田清隆がそう考えて実行したらしい。よく、そんなこと気が付くものだ。当時の囚人は、西南戦争などで負けた側のインテリもいたらしい。明治の頃、監獄の看守をしていた月形潔は、囚人にも信望があったらしい。

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