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June 14, 2007

第六章 創造的な環境

第五章創造的都市の基盤は、リーダーシップや組織文化など、都市再生をするための方策について重要なことが書かれており、これは、地域政策にとっては必要だが、現在私が知りたいことではないので、第六章を見る。

第六章は、創造的な環境となっている。

○どんなタイプの都市環境がそのような(シリコンバレーや第三イタリアにみられるような起業家同士などの)相互作用を促進させるのかを発見することが重要であるとしている。

・規制や動機づけ、組織文化の改善などを通じた公的な介入は、そうした環境を育むのに役立つ。

 1.小さな企業が活性化されるように、財政上の優遇措置や助成プログラムを活用すること。

 2.生活の質の問題が浮上する。

公的介入として、公共交通機関や古い産業建築物の改装や再利用、レストランやカフェの営業許可などがある。(シアトルでは、モノレールを市内全域に敷設することを市民運動があり、その場合、公共交通機関があることによって都市の生活の質が高まり、都市の経済的地位を維持するために必要であると主張された。)

・創造的環境とは何か:ハード面の都市基盤、ソフト面の都市基盤。

企業家、知識人、社会運動家、芸術家、行政担当者、陰の実力者、学生などが開かれたコスモポリタン的な文脈で活動でき、人と人との顔を付き合わせたやりとりによって、新しいアイデアや芸術作品、製品、サービス、施設などが生み出され、その結果として、この環境は経済的な成功をもたらす。

・ハード面の都市基盤:

リサーチセンター、教育施設、文化施設、その他出会いの場などの一連のビルや施設、輸送機関、健康・保養施設といったサポートサービス。

・ソフト面の都市基盤:

物事を結びつける構造や、社会的なネットワーク、コネクションや人々のやりとりなどからなるシステムのこと。諸個人と制度との間でさまざまな意見の交換がなされるのを支え、促進する。対面的な場面や、情報技術を通じて発生し、コミュニケーションのネットワークがより広がり、発展するのを促進する。それにより、財やサービスの取引にも役立つ。

・ネットワークには、次のようなものも含まれる:

クラブ、バー、インフォーマルな団体の定期会合、ビジネスクラブ、マーケティング協会のような共通の利害を持つネットワーク、公的・私的なパートナーシップ。

創造的な環境の核心に横たわっているネットワークが力を発揮するには、高度な信頼関係や自己責任、強力でしばしば明文化されていない諸原則を伴った柔軟な組織運営が必要とされる。

これらは、より大きな善のためにネットワークの成功を共有し、それに貢献しようとする意思を含んでいる。

創造的なネットワークが健全さを維持し、繁栄するのは、多くの場合、個々の企業の繁栄に依存している。もし、その環境が活性化されないなら、その一部をなすものに由来する知的なひらめきも失われてしまうはずである。

単純な利己心は、その環境を衰退に導いてしまう。信頼こそが創造的な環境をうまく動かすための中心的なものなのであり、それは、一連の創造的なアイデアと革新をもたらす。

そうした創造的なものが広まり、享受されることによって、さらに質の高い発明のサイクルが生み出されるのである。そのようなシステムのためのルールは、原則の点では、かなり頑固なもので、ネットワークは個人的な必要よりも、重要だとされているが、実際の適用はかなり柔軟である。

・創造的な環境は、職種間、企業間、あるいはそれらの内部において、移動の容易さが必要。ブルーカラーとホワイトからーなどなどの明確が区別けがなされる硬直した労働市場では困難。コミュニケーションに由来するポテンシャルが失われる。民間と役所の間の相互の先入観、外国人嫌いなどの偏見は作業効率を低下させる。

協力的な競争という文化こそ繁栄のための環境の土台。あらためて競争と強力!

○歴史にみる創造的環境

・文化的・知的、技術的・組織論的 18世紀末の産業革命以来(技術と組織が重要に)→20世紀になると(文化面の創造性と革新、技術的な面のそれとが融合)→これらが結びつくことは、新しい組織形態や経済体制、政治体制を必要とする、新しい相互作用が発展するのに役立つ。→新しい製品やサービスは、そうした新しい相互作用が発展して登場する。

・ピーター・ホール『文明における都市』

アテネやローマ、フィレンツェ、ロンドン、ウィーン、ベルリンといった都市の最盛期における知的・文化的な活発さは、経済的・社会的な側面の急激で根底的な変容によってもたらされた。そこでは過剰な富が新しいアイデアやとりわけ芸術的な創造性を育むために重要なものとなった。

・紀元前500年んおアテネでクレイステネスによってつくられた民主的な憲法は、都市の活気や成功に寄与した社会・政治的な革新であった。多数派集団に発言権と影響力をもたらし、帝国が拡大するのに貢献した。→帝国の拡大は周縁との接触をもたらし、それは不安定さをもたらし、哲学者や名士たちに多大な影響を与えた。

・1270年から1330年にかけてのフィレンツェにおける創造的な歴史的転換は、世代間でのたびかさなる権力闘争や氏族同士、都市同士の競争によって引き起こされた。

・18世紀イギリスにおける文学的・芸術的環境の成長は、台頭してきた商業社会の内部における王室と新興中産階級との間における政治的経済的な権力バランスの変化に結びついていた。重要なのは「自由憲法」が新しい様式の文学や実演芸術の発展を許容したことである。→ロンドンは、ヨーロッパでもっとも急成長する都市となって、芸術家やミュージシャンを惹き付ける磁場となり、それがさらに芸術家たちを引き寄せる自律的サイクルが成立した。

・1880年から1914年のウィーンは、創造的活動の中心となったが、それは、社会的、制度的、政治的な構造の不均衡によって引き起こされた。斜陽の帝国ゆえの不安定さの帰結であった。そうした状態は、経済、医療、哲学、精神医学、美術、都市計画や建築にいたるまでの多用でバラバラな諸領域のありようをあらためて考え直す機会をもたらした。文化面での創造的な集団と古い社会制度との間の闘争や世代間の衝突がこの「積極的」不安定さに寄与する熱狂的な活動の核心にあった。

ちょっとまって!ピーター・ホールについては、歴史に学ぶ創造的都市とはどんなものだったかの事例に使おうと思い、大著を読もうと思って活用できそうな章をコピーして英文なのでまだ読んでいないのだが・・。佐々木先生の奥様の訳がネットにあり、シェークスピアの時代のみ読んだ。・・このランドリーが要点を述べているところによると、単に、富が新しい新興階層に生まれて、それが新しい芸術をパトロネージしたというようなことではないらしい。

上記のウィーンでは、帝国が衰退するときにこれまでの価値観が見直された、フィレンツェでは、世代間や民族間などの度重なる抗争によるという。つまり、歴史的転換点(あとからみれば)は、必ずしも経済成長など良い環境でのことではなく、国が滅びるなどのマイナス環境も、多様な価値観がぶつかり合い、文化が盛んになった要因であるというのだ。

確かに、根源的なことを問い直すのは、そういう時かもしれないが。これは、面白い指摘だ。

こうした結びつきのなかから、カフェ文化が生まれた。これは、この時期以降の中央ヨーロッパ、ベルリン、ウィーン、ミュンヘン、プラハ、チューリッヒなどで共通の呼び物となった。それ以来、カフェ文化は、世界中の創造的環境にとって重要な特色となっていった。

カフェは、知識人やジャーナリスト、芸術家、ビジネスマンにとって、日々の出会いの場を提供している。カフェは緊密なネットワークを形成したのであり、そこで、アイデアや知識、専門技術が循環していった。カフェはいわば坩堝のようなものであり、そこでは、階級や序列のような区別が乗り越えられた。

○技術的な革新的都市

マンチェスター、グラスゴー、デトロイトなどの周縁都市。完全に遠隔地でもなく、古臭い物事の処し方に囚われることもなく、リスクを好んで引き受け、きわめて平等主義的な構造を有している。自助と自己実現の精神的構えに富み、開かれた教育の仕組みを持っている。技術的手腕に根ざし、主幹的な領域よりも支流的な領域での革新に多くかかわることで市場に適応していった。

○融合都市

ロサンゼルスが映画と娯楽産業を支配したことは、文化的創造性と技術的創造性との融合に関する好例。権力と富みが集中する伝統的中心地から離れた新興地域は、革新的な力を大衆消費市場に結びつけるものであり、大衆文化とテクノロジーとを結びつけることによって行われる。

○技術的・組織的な都市の革新

都市自身が生み出してしまった成長と発展に伴う諸問題の解決を必要としているような都市において起こるもの。下水や廃棄物処理システム、公共交通機関から新しい建築技術、住宅供給、増大するインフラを賄うための財政的革新にいたるまでの必要性が生じる。

古代ローマからロンドン、ニューヨーク、ストックホルムまでこの領域でのリーダーであった。都市の持続可能性についての議論は、そんな革新をより活性化するために、新しい展開を生み出してきている。

ローマクラブの最新の業績、「4倍数:富の倍増、利用資源の半減」。環境主義者と自由市場主義者との闘いから生み出された結果に依存している。

○ホール「創造的な都市は、安定的な場所や快適な場所というわけではないのだが、それは完全な無秩序状態ということではない。それは、既成の秩序が新しくて創造的な集団によって絶えず脅かされているような場所なのである」

先の赤字でン?と思ったことは、上記の文でよく分かる。

札幌が創造的な都市に見えないのは、物理的には快適になっているのだが、本質的なところで保守的だからであろう。既成の秩序が強すぎて(これが世界的、日本的にみて素晴らしいという意味ではなく、ある意味島国であるがための競争の無さという程度の既成の秩序の強さ)、新しくて創造的な集団によって絶えず脅かされていないからである。既成の秩序の掌のなかでならば、少し飛び跳ねる人はいるが、本当に飛び跳ねると殺される。飛び跳ねる人に連なる人が次々に生まれない、浮いてしまう。Bグループが潰れても、すぐに違ったB’グループやCグループが出てきて、もぐらたたきをしても間に合わないというのが都市の魅力なのだが。本質的な議論(闘い)がなされていない。

創造的な都市が常に異なる価値観の軋轢のある場であるとすると(この意見には賛成)、歴史を分析することはできるが、そういう都市を作ることは出来るのだろうか。

秋田の小坂町で鉱山の遺跡を活かしながら残すことについて、小さな町の財政でやれるのかという意見が分かれたというが、そういう個別の政策対立は、小さな町でもあるのかもしれない。そこでは、仮に残す派が勝っても、永続的に赤字にしないために(それを見張っている反対派が居る以上)一生懸命工夫を凝らす。こうしたなかでいろいろな人々と地域の人々の交流が生まれ、そこから何かが産まれる・・というようなことを言っているのだろうか。

○IT

ITによる分散化の一方で凝集・連結効果により都市の文化的再生をもたらした。体面的なコンタクトを必要とするような人々の活動を活性化させることになる。文化街区:芸術家やニューメディア・ビジネスによって姿を変えている。

・ロンドンのタワー・ハムレット・ブリック・レーンからティルビュルのポップ・クラスター、ベルリンのハキシェ・ヘッフェ、ヨハネスブルクのニュータウン、NYのシリコンアレーやアデレードのランドル・ストリート・イースト。文化は生み出されるものというより消費されるものではあるのだが。

・米国における文化産業は、航空機産業をしのいでおり、最大の輸出産業。雇用は人口の10%(20%)。ヨーロッパでは5%。芸術志向の強い産業とコンピュータ通信との出会い、デジタル化により、ニューエコノミーのけん引役となった。

公的介入もないのに、マルチメディアガルチやアレーに。シェフィールドは、公的セクター主導で、官僚主義的手続を伴いつつも、1980年にリードミル芸術センターを開館した。英国で初めての、市営のリハーサル、レコーディング、サウンド・トレーニングの施設。古い産業のビルを利用して、映像音響事業センター、ワークステーションという名前の複合施設、ワイアード・ワークスペース、国立ポピュラー音楽センターを開館させた。

これらの創造的環境という場は、技術者たちに他の文化関係従事者たちと協同するよう文化的に注意を促し、同じ仕事場で人々が刺激しあえるよう、実際に顔を合わせる機会をもたらすところである。

マルチメディアという重さのない経済の最良の例は、社会的ネットワークや組織・制度の存在、および市場や取引業者との接近などを通じて、空間的に浸透している。

○歴史からみた含意:彼はホールの著作から4つの含意を読み取っているが、良く分からない。

1.先端的な都市であり続けるためには、知的、文化的、技術的、組織的において、創造的・革新的であることが必要。一つのタイプに特化してはならない。持続可能性という概念のように環境、経済、社会、文化といった次元を包括する概念が必要。

2.都市の文脈では、創造性と革新は、経済、政治、文化、環境、社会における多元的な革新性からなる都市的生活の全ての局面を覆うような包括的で統合されたプロセスとして捉えなくてはならない。

3.創造性や革新の新しくて「よりソフトな」形態を強調することが必要であり、寛容で、開かれた場所としての都市の役割を強調しなければならない。

1と2は都市なのだから包括的に捉え、その全体を革新するプロセスとして捉えるべきというのは、まぁ、分かる。3は、ハードよりソフトが重要であるし、多文化を包含すべきというのも分かる。

4.シアトルやポートランド・・のような創造的で革新的な都市の新たなる一群は、高い生活の質を生み出すことに力点を置いている。経済的な創造力という問題を持続可能性の問題や厳密な尺度を持った都市活性化プログラムと組み合わされたコミュにティ権限強化策などに結びつけようとしている。高い生活の質は、一種の競争のためのツールとして用いられている。サンフランシスコではなく、二番手の都市である。

これは、新時代のエリートが地価が高く環境が悪化したロスなどを逃れて行った町で、そこの環境をより良くしようとしている都市。都市の差別化戦略としては分かるが、既存住民と新興エリートとの軋轢の問題や先にお金があるからが出来るということもある。貧乏で貧しい文化的価値が異なる人々をこうした町が受け入れるのだろうか。郊外化、スプロール化と根っこは同じなのではないか。また、こうした都市が「創造的:異なる価値観との軋轢に常に脅えるなかから新しいものが産まれる町」といえるのかどうか。

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