江戸時代の米
江戸時代には、米が経済の中心であり、大阪に米会所が出来ていて現金に換えることができた。
しかし、豊作の時には、米の値段が下がり、誰も買いたいと思わなくなり、凶作の時には、売り惜しみも生じるので、米があっても米を売る人がいなくなる。金を持っていても、米を買えない。各藩は、津留めをする(しないと一揆になる)ので、値が上がっているので売りたくても売れない。抜け荷をしなければ売れない。
となると、米では財政が不安定になるので、換金作物などを作って、金を溜めておけば、藩内が飢饉の時に、買い漁ることが可能になる。
上杉鷹山は、クーデターを弾圧しながら、武士を運材夫や農夫にして働かせ、藩に金を蓄積していたので、飢饉の時に米以外の食べ物を買い漁って、藩の人々を飢えさせなかったという。
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