SASの例
次に第三のSASの事例が紹介されている。
これをざっと読んだ限りは、バブル崩壊前、あるいはグローバル経済化前の日本企業そのものである。
日本企業は、SASの事例で取り上げられている「良いところ」を持っていたはずだし、それを言っていた人はいたかと思うのだが、経営学としてきちんと述べる人がいなかった。企業経営者も慣習でやっていただけでそれをクリエーティブということから整理しきれていなかった。
当時は、長期雇用は遅れていて、アウトソーシングだと日本の経営学者は言って来て、多くの企業もグローバル化のなかで打ち勝つにはそれだとしてきて、その結果、日本企業の「良かったところ」が失われ、欧米企業が持つ「良いところ」も中途半端になって皆自信喪失し、若者は企業に魅力を感じなくなってしまっている。
しかし、おそらく、環境が変わり、クリエーティビティがますます重視されるなかで、昔の日本企業が無意識に実施していたことで不足するところもあるはずで、その辺りを精査する必要がある。
・クリエーティブな人材を動機づけるのは、金銭的な報酬ではなく、内発的報酬のほうが効果的である。クレアモント大学院大学教授のミハイ・チクセントミハイは、「フロー」という概念を援用し、創造性を生み出す要因と創造性が組織に及ぼす好影響について検証。フローとは、わき目もふらずに物事に没頭しているときに感じる満足感ややりがいのこと。
・創造性をはぐくみ、その活用や融合を図るうえでもっとも適した状況を社会およびマネジメントの観点から解明しようとする研究者が増えている。
カリフォルニア大学デービス校経営大学院准教授アンドリュー・ハーガドン
ゼロックスの元主任研究員ジョン・シーリー・ブラウン
・オープン・イノベーション(ユーザや顧客がクリエーティブなプロセスに果たす役割の重要性)という新しい開発モデルを提唱
MITスローンスクール・オブ・マネジメント教授エリック・フォン・ヒッペル
カリフォルニア大学バークレー校ハース・スクール・オブ・ビジネス特別教授ヘンリー・チェスブロー
・吸収能力(R&Dでイノベーションを生み出す能力とは別に、外部で発生したイノベーションを上手に取り込む能力)
デューク大学フュークア・スクール・オブ・ビジネス教授ウェスリー・コーエン
マネジメントの歴史を見渡せば、革新性を追求するため、効率化を図るため、多くの企業がさまざまな種類のプロフェッショナルの創造性を引き出すと同時に、ユーザや顧客の創造性を活用してきた。・・しかし、これらの考察を統合し、体系的な創造性開発のフレームワークを構築できた企業はきわめて少ない。そのなかでSASは特筆すべき例外である。
・SASは、非公開、企業向けソフトウエア企業。フォーチュン誌のもっとも働きやすい企業トップ100で毎年20位以内に顔を出し、離職率は業界平均20%のところ、3~5%。同社のソフトウエアの満足度は高く、98%の契約更新率。2006年度の売上高は、19億ドル、30年間増収を続けている。
・SASは、顧客、開発者、管理職、サポート担当者など、あらゆるステークホールダーのクリエイティブなエネルギーを利用する術を承知している。
・創造性を管理する独自のフレームワークを構築してきた。次の3原則。
(1)社員達がその実力をあますところなく発揮できるよう、社員たちの知的好奇心をたえず満たすと同時に、不要な面倒を取り除くこと。
(2)創造性を喚起することを管理職の責務とし「背広組」と「クリエイター」と一無意味な区別を排除する。
(3)優れた製品を提供するため、クリエーティブなパートナーとして顧客を巻き込むこと。
○これら三原則の前提にあるのは、クリエイティブ資本は、個人のアイデアを寄せ集めることではなく、人々のインタラクションから産まれるということである。
○SASは、開発者、営業担当者、顧客の三者の間で長期的な関係をはぐくむことによって、将来のクリエイティブ資本に投資している。
・シカゴ大学経営大学院教授ロナルド・バートが示したように、社員と顧客の間に長期的な関係が築かれれば、「思いがけない発見」に遭遇するチャンスが増え、ひいては企業の利益に貢献する。
○収益性と柔軟性は表裏一体であり、ハードワークをこなしつつ仕事と私生活のバランスを図ることができる。
・「モチベーションとは何か」『ダイヤモンドHBR』2004年4月号、「動機付ける力」2005年・・モチベーション研究の第一人者フレデリック・ハーズバーグ
・芸術家を駆り立てるのは美しいものを創造したい、営業担当者を突き動かすのは狩のスリルであり、ノルマ達成による充実感
・SAS:営業担当者がノルマ達成に役立つように、製品知識を共有できるシステムを開発し、セールス・エンジニアという職種を設けた(社員からの質問に答えたり、技術上の問題を解決する)→営業担当者が新規顧客の開拓に割ける時間を増やし、製品説明書の子細を勉強する時間を減らすのが狙い。
・開発者を成長させるために、知的興奮を与えるために、個別の業界や技術に関する会議に開発者を派遣する。→プログラミング能力に磨きをかけ、ソフトウエア業界で人脈を築く。★長銀ではそうであった。おそらく日本の大企業は皆そうだろう。
・開発中の技術展覧会を開催、開発担当者が非技術系社員に説明する。自分達の知識を紹介するために社内や顧客向け白書を発行する。記事や書籍を共同執筆する。研修費も潤沢である。★金融商品や業界の新しい動向などについては社内での勉強会、社内外向けレポート作成などがなされていた。
・開発用ツールも頻繁にリニューアル。他社製の最先端のツールが与えられるので、社員は退屈する暇が無い。自社製のデバッグ・ツールも更新され業務効率の改善を手助けしている。
・社員の能力を引き出すという目標はずれない。全ての職種の社員が自社の社員。アウトソーシングされているものはない。コックも用地の管理人も、取締役も。福利厚生も平等。★長銀はじめ、昔の大企業はほどんどそうだった。
・クリエイティブ人材は、やりがいのある難題を求めるが面倒は嫌いだ。そこで、社員を面倒から解放しようと腐心している。福利厚生が手厚い(やみくもではなく、毎年社員調査で提案を募り、社員のニーズを満たすことが会社として理にかなっているかどうか検討する。不採用となった場合もきちんと説明する)。★社員調査でニーズを探ることはしていなかったが、福利厚生は手厚かった。
・敷地内には、社員とその家族向けの医療施設がある(病院に行く時間が省ける、早期に発見できる)。保育所も設けられている(3分の2を補助しているが、社員が早く復帰できる)。社員の子弟も社員食堂を利用できるので、家族が一緒に昼食を取れる。バスケットコートやプールやジムも揃っている。ワークライフ部門(教育や交流、各種情報の提供をサービスする)では、子供が大学を選ぶ、親に在宅医療や介護サービスを探すことの力を貸す。マッサージやクリーニング、理髪、自動車整備なども敷地内で格安に提供されている。(ペットの預かり所は要望が少なかったので取り入れられていない)★医療施設、食堂、スポーツ施設、定期券購入、クリーニング、理髪などはどこも社内に持っていた。この説明で日本では不足していたのは、保育所、家族が一緒に取れる昼食(社員食堂では誰でも入れたが、家族もご一緒にという風土ではなかった)、多様な家族の相談に乗ってくれる窓口。
福利厚生は、社員の生産性向上に役立つうえに、離職防止に役立つ→新規採用や交替にかかる費用を削減できる。
・スタンフォード大学経営大学院教授ジェフリー・フェツファーは、SASはこの種のコストを年間8500万ドル浮かせているという。
・新入社員が最低限の技術知識を身につけるまでには、半年かかるが本当の意味で企業文化を吸収し、確固たる人間関係を築くには何年もかかる。社員をつなぎとめることで、営業やサポート、ソフトウエア開発などの社内人脈と顧客などとの社外人脈が長期的に維持され、しかもたえず強化されている。クリエイティブ人材は、まさにこうした人間関係に宿るものなのだ。★ここを書き写していて、全く嫌になってしまった!日本の大企業は、まさにこれをやっていたのに。すっかり壊れてしまった。終身雇用・年功序列的体制のメリットデメリットをきちんと検討せずに、能力主義、アウトソーシングに走ってしまった。終身雇用・年功序列的体制が会社の財産であるところのクリエイティビティ蓄積に重要であるということを誰も整理しなかった。
・社員には職場以外の生活があることを理解し、これを尊重する。息子の晴れ舞台を見れるように、創造性がもっとも高まる時間に出社できるように・・勤務時間は柔軟に運用されている。週35時間労働制、残業は多いが、週70時間労働にならないよう取り組みをしている。「8時間働いたら、あとはバグの山を築いていると思え」。クリエーティブ人材ならば、業務量を自己管理させても大丈夫なのだ。同僚への責任感、内なる達成意欲がある以上、社員たちは高水準の生産性を自ら守らざるをえない。★現業部門を除いて、長銀ではこうした方向に向かっていたのだが、現業がベースの勤務体制というのがあるために、すっきりとはできなかったが。ただ、日本企業の風土として、もっとも働きやすい時間といっても家族のイベントを重視するには気が引けるという問題は残る。
・定例的な会議はなく、必要に応じて行われる。情報を共有すべき社員たちが意見交換を怠らないように仕向けることがマネージャーの責務の一つ。
・平等主義、全社員がクリエーティブな人材であるという認識にたっており、背広組み対クリエーターとの二分はない。CEOやマネージャーたちも、プログラムを書くなど実務を担当している。現場仕事を厭わない。→共に奮闘する仲間であるという重要なメッセージとして伝わる。→自分の貢献が評価されていると実感できるし、上司が質問の意図を理解してくれると思えば、躊躇せずに疑問をぶつけられる。上司への意思決定への信頼感が増す。★日本の企業は、社員から上司、経営者が出るので、ほとんどがプレイイング・マネージャーであり、仕事面での上下の意思疎通は出来ていた、また、誰でも創造性があると基本的には思っていた。役所では、技官と事務官が違ったり、特急コースと準急コースなどがあるが、それでもそれぞれの持分で尊敬しあってはいる(身分差別はあるが)。
・SASの社員たちは、組織図上の階層を上がることよりも、素晴らしい仕事を成し遂げることで同僚の尊敬を勝ち取ろうとする。経営陣は執務室のドアを開け放っており、社員と経営者がふらりと立ち寄りあい、意見交換しあう。マネージャーの仕事は創造性に火をつけること。そのためまず質問をあびせかける。「これやこうやれ」というのは、部下をタイピストとしてしか未定内ことになる。イノベーションに拍車をかけるために、さまざまな職種の社員同士を引き合わせるのも管理職の仕事。★日本企業は、これもほぼやっている。アウトソーシングが始まって、細分化された範囲で仕事を命令しなければならなくなり、間間が抜けてしまったくらいだ(それまでは、それぞれが判断して間を補えていた)。
・社員が欲しがるソフトや資金をよほどのことが無い限り、疑わない。部下を信用する。
・福利厚生の厚さが魅力で入社してくる人もいるため、採用試験は難しい。協調重視の職場で働く、経営者も同僚も技術に精通しているので、能力が基準に満たなければすぐに化けの皮がはがれる。
・善意の失敗には罰則がない。怒られるのは、何もチャレンジしない場合。★この辺りは、企業ごとに文化が違うであろうが、長銀は余裕があったので、チャレンジ可能であったと思われる。失敗してよいとまではなっていないが、顧客への信用をなくすこと、経営に大きなダメージを与えるほどのことでない限り、下からの提案もやらせてもらえた。
・お目付け役は、上場企業ならばウオールストリートであるが、情け容赦ない。SASは非上場であり、お目付け役は顧客である。株主や市場は、反対か賛成かを判断するだけだが、顧客は、賛否の理由と改善方法を教えてくれるだけでなく、一緒に改善を推し進めてくれる。★昔の日本は株式持合いであったから、株主を無視して経営が可能であり、顧客からの評価で企業価値が決まっていた。
・ウエブや電話を通じて顧客の苦情や提案を集め、自社の活動に反映させている。1976年の創業以来、毎年、顧客からの要望の上位10件の全てを実現してきた。寄せられた要望の8割が実現されている。毎年開かれるユーザ会でも顧客の意見が収集されている。ユーザ会は創造力を育てる苗床の役割を果たしている。公開討論の場である。SASのユーザはいずれもさまざまな分野で活躍する知的水準の高い専門家である・・という潜在性の高さ。★日本企業は、これについては悪いことを外に出さないような体質であるため(さまざまな不祥事のように)、隠す体質であり、苦情を前向きに捉える体制にはなっていなかったのではないか。花王などはこの点で進んでいた。他にも進んでいる企業は居たと思う。
・コンサルや技術サポートを担当する社員たちは、単なる問題解決屋ではなく、ユーザと協力しあうことで新たなソリューションを創出している。営業担当者も単なる売り手ではなく、長期的な人間関係を築き上げながらその過程で顧客ニーズに秘められた意外な事実を学びとっている。★これは、日本のほとんどの企業がそうだったと思う。営業マンも成績優秀者はそうであった。桐生の小林当さんもそうだ。
・SASは、マニュアルに開発担当者の氏名を記載している。顧客は開発者本人に電話することが可能。SASの社員のロイヤリティが高いので、引き抜きなどがないので、直接電話対応できるのだ。顧客と定期的に対話できるのは、ビジネスモデルが期間契約方式であることにもよっている。ロイヤリティが高いので広告宣伝費を抑えられる。→R&D費用が潤沢。平均が10%なのに26%。★長銀はそうだったが、メーカーなどではどうだったろうか。トヨタなどは部品メーカーの名前を出さない。これは守ってくれている面もあるが(全てトヨタの責任)、一方で、部品メーカーが消費者や他自動車メーカーに自らの凄さを訴えられない歯がゆさがある。トヨタなどは、少し前までは、英雄を作らない方式だった(皆で総力を挙げているので)。アメリカのように引き抜きが一般的な企業風土では、SASのようなのは珍しいのだろう。★長銀調査部では、意見交換、知識交換をする(溜め込まない、教えあう)ものの、個人名でのレポートを出すことを認めていた。個人名で出すが、調査部内の知識は、共有財産のように使っていた。
・以前バグで信用を失ったことがあるため、バグのない製品開発にこだわっている。検査が厳しい。機能の拡張、営業、利用などについて、少しでも不自由があれば、計画段階まで立ち戻ってやり直す。最初に道を誤らなければ起きなかった問題を後から時間や資金をかけて取り繕うといった無駄なことはしない。百の技術サポートより一の予防なのだ。
・技術サポートにかかってくる電話の待ち時間は34秒、顧客が抱える問題の4分の3が24時間以内に解決されている。→満足度の高い顧客に最高のソリューションを提供。★日本の通信会社やPC関連会社は、どこまでこうしたことを配慮しているのだろうと思えるところがある。
日本企業が単一的(男性社員中心)であるとか、家庭を配慮しないなどの問題点があることは別として、クリエーティビティを発揮させるということ(社員の自己実現にもつながる)については、良い面をたくさん持っていたのではないか。即戦力を求めて、研修は外部経済に任せる、社内で通用するだけではなく流動できるキャリア形成・・などの問題点を認識すべきである。
もう一つは、クリエーティブな人材は、社会的に意義のあることをやりたがっている(社会起業家など)。これが多くの既存企業では叶えられないようにみえるところが問題かも(本来は、社会のある問題を解決するためにその企業が誕生したはずなのに。社会的意義よりも、競争に勝つことの方が協調されすぎているため)。
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Comments
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