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March 21, 2008

赤岡青果市場

来年度の授業のためもあり、地域活性化の事例を探している。

燃える人のMLに載っていた高知の株式会社赤岡青果市場の水田社長は、面白い事例のようだ。

中国四国農政局の事例集に掲載されている。

また、NHK「ビジネス未来人」でも昨年取り上げられたとのこと。

これらの情報によると、教師志望であったが、父の死を受けてこの市場を引き継ぐことになり、さらに兄が戦病で亡くなったこともあり、昭和53年から社長となる。

その後、いち早く倉庫や与冷庫などの設備投資をし、株式会社化し、規模を拡大してきた。平成3年には、目標としてきた売上高100億円を達成する。平成4年には加工場を設け、平成11年には、パーシャル方式(冷凍状態で食品を保存)を取り入れた。

この市場が注目されるのは、会社をあげて、営農支援をしていることである。産地の高齢化、女性化が進むなかで、

  1.  男性社員30余名が、早朝出勤し30余台の集荷車で周辺産地へ集荷に当たる。
  2.  入荷品の一次加工は、できるだけ有利販売になるようバラ荷や規格外品を加工することにより、付加価値を向上させ生産者へ還元している。
  3.  生産者に好評を得ている「出前研修」は、消費者ニーズも大きく変わり、量よりも質、値段よりも安全・安心・新鮮さが求められ、安全・安心対策のために、地区ごとの小グループの出荷者を対象に実施している。年間数十回も集落に出向き、消費者の声、色々な情報を提供するとともに、技術指導、営農相談を行っている。
  4.  「伝統的食生活を守る」「地域の特産物を守る」というスローフード運動として、地元小・中学校の学校給食の食材に、地元産野菜の提供、伝統食の給食と食文化の課外授業等に協力している。

この箇所は、中国四国農政局のHPから写しました。

この会社は、字面だけみれば単なる株式会社だけれど、地域活性化を担っており、社会起業家とも言えるのではないか。補助金などに依存するのでもなく、第三セクターでもなく、自立した事業であるのも好ましい。

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学び直し:3市比較

法政大学地域研究センターが文科省の事業で学びなおしというのを受託しており、仙北市、白山市、飛騨市と契約をして遠隔授業を実施している。

先日そのうちの一コマで3市の比較を講義して欲しいといわれて作成した資料です「3shihikaku.ppt」をダウンロード 。また、最初の資料では、産業比較(就業者数)を事業所統計で作成しているのですが、これだと農業など一次産業が小さく出てしまいます。国勢調査を使うほうが良いようです。これによると、仙北市(14.3%)や飛騨市(8.9%)は、一次産業の比率がかなり高いです「3shishuugyoukouzou.xls」をダウンロード

それぞれの地域ですでに入門的なワークショップを終えていて、各地の弱み強み、自分達の地域を客観的に把握し、それを人に伝える訓練をしたとのことで、私の分担は、今度は一緒に授業を受けている3つの市を客観的に比較してみるというものでした。

比較することで自分達の地域を把握しなおすという主旨のようです。

そこで、既存のデータで3市を比較してみました。

1.空間的、地理的比較:自分達の町は田舎で不便だと思っているかもしれないが、どの程度不便なのか、ほかに比べれば有利なところがあるかもしれない。

2.歴史的、観光的比較:それぞれの地域には、独特の歴史があり、それを観光資源として活かせるのではないか。祭りなどがその典型だが、最近、はだかでする祭りが問題になったように、共同体のなかの神事を不特定多数の観光客に見せるものにしてしまうと本質を失ってしまうかもしれない。

祭りは、たとえ町が衰退していても、地元の人たちにとって魅力であり、都会に行っている人でも祭りのときには戻ってくるなど、共同体の維持に今日でも重要な役割を果たしている。しかし、もしかすると、(共同研究している知人によると)祭りに逃げてしまい、町の衰退などの現実の課題にエネルギーを割かないという問題があるのではないかとの指摘もある。

また、たとえば、飛騨市は、高山市や白川郷など強い観光資源を持つ地域がすぐ近くにいるので、通過点になってしまうという悩みがあるが、もしかすると上手な連携をすれば相乗効果を発揮できるかもしれない。→角館は桜が観光として有名なのだが、岩手の水上とあわせて観光客が来るので、宿泊してもらえないなどの話が出た。

3.人口推移:田舎はどこも少子高齢化が進んでいる。日本中が人口減少傾向にあるなかで、人口増を考えるのは無理がある。人口が減少していくことを前提にではどういう暮らしをするかを考えなければならない。もし、やはり人口増が不可欠と思うなら、ではどうするかを考える必要がある(移民を受け入れるかなど)。

4.産業比較:自分達の地域は、どんな産業で持っているのか、どんな産業で外貨を稼ぐのか。農業は衰退産業と認識されていたが、途上国の発展で世界的に食糧不足傾向にあることや、食の安全が重視されているなか、農業をもう一度見直す必要がある。しかも、新しい技術開発を活用することで、農業が最先端産業にもなる可能性が高い。販路としても、金持ちになったアジアの国々に高級品として売れる道筋も見えてきている。

飛騨市のカミオカンデ関係の企業や研究所は、飛騨市がお金を出しているが、飛騨市の産業クラスター形成などにはまるで役立っていない。これを観光資源化するとか、クラスター化できる可能性はないのだろうか。

田舎は緑が多い、空気が綺麗、水が美味しいなどというイメージがあるが、産業廃棄物問題があったり、酸性雨でやられてしまうという問題もある。後者は、グローバルに対策を考えなければならない。田舎だからといって安全ではなく、良い環境を維持していくためには、グローバルに動かなければならないかもしれない。

5.社会的指標:これだけでは良く分からないが、犯罪が多いとか、不登校が多いとか、早死にであるとか、それぞれの地域社会の違いがある。経済発展を考えるなら、よそ者にも寛容であることが重要である。良いところを生かすとか、あるいは改めるとか、教育を重視するとか、子供の頃からのしつけを徹底するとか、理科に強い子供を作るとか、特色を出すことも可能である。

何故、自分達の地域を把握する必要があるのか。

1.しばしば田舎の人は、自分達の町には何もないということが多いが、他と比べて考えてみると、この町ならではの資源が必ずあるはず。

岡本先生が事例として話していたのは、ニセコスキー場にオーストラリア人が押し寄せる、高野山に写経のために外国人が来る、福島空港は羽田便がないので、日本人はほとんど使わないが、韓国からのゴルフ客が増えているなど、違う発想をすると、予想もしないニーズ(資源の活かし方)がある。

逆に、自慢げに緑があるとか、水が綺麗ということもあるが、緑は日本の田舎なら大概ある。

2.また、田舎の人は、自分達は交通が不便、山ばかりで耕地が狭いなど、条件が不利なことばかり言い立てる。しかし、これは一方でメリットかもしれない。交通が不便なので、開発の波から逃れ、伝統が残っているとか。山ばかりで耕地がない上勝町が葉っぱビジネスで成功している。あるいは、他に比べれば結構有利かもしれない。

3.これまでは、国の補助金政策もあって、隣の町にあるものを自分の町にも欲しい、さらには、銀座が欲しい、国立劇場が欲しいといった無理なことまで思っていたきらいがある。しかし、あれも、これも欲しいといっても、無理である。まして都会と同じものを持つのは無理である。誇れる資源を見つけ出し、この町ならではの売りを作って差別化を図る必要がある。

4.10年後、どのような暮らしを望んでいるのか、地域住民が自分達で考え、あれもこれもでなく、選択し、それを実現していく必要がある。自分達で自分達の町のビジョンを描き、それを実現するために、自分達が汗をかくという当たり前のことをしなければならない。

これこそが、自治であり、自律である。デンマークでは、原発に国民が反対し、そのため、冬はすごく寒いが皆自転車で通勤通学している。これを選択するなら、これは我慢するという姿勢が必要である。皆の納得のうえで選んだことには義務と責任がある。

『アメリカ中小都市のまちづくり』に出てくるデービスでは、町の周辺の緑を守るために、税金を割増している。

岡本先生は、これからの地域政策には「創造」と「想像」が必要であるといっていた。クリエイティブも大切だが、今のままでは、このような事態に陥るので、今からこうした手を打とうなどと考える「想像力」が重要であるという意味だ。

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地域政策研究と実践への賞3

奨励賞としては、相模原市企画財政局企画部とさがみはら都市みらい研究所による「さがみはら夢プロジェl区と2054研究報告-市制100周年のまちの姿」と気候ネットワーク・立命館大学環境保全論研究会による『市民・地域が進める地球温暖化防止』が受賞しました。

前者は、報告書そのものよりも、市制50周年に、市民を巻き込んで、50年後の姿を描き、望ましい姿を実現するために、行政や市民が何をしなければならないかの行動指針を示した。

方法論については、いまひとつ分かっていないが、検討する必要のある分野を特定し(16分野)、それぞれについてポジティブなシナリオとネガティブなシナリオを描き、何が分岐点となってポジがネガになるかを示し、市民にアンケートを取って、50年後の姿を描いてもらった。そして、ワークショップを開催し、ありたい姿を実現するために、何が必要かについて考え、今後の行政や市民自らがやらなければならないことを示した。

行政と市民とが将来のまちづくりについて共通の認識を持つことができたことが一番の成果であろう。時間も手間もかかったであろうが、良くやれたし、やった人たちにも充実感が得られたのではないだろうか。

西東京市は、前身の田無市も保谷市も昭和42年に市になったので、市制50周年は、2017年である。このときに、同じ手法でやれるものだろうか。

相模原市の人口は70万人、西東京市が19万3000人、小さいほうが本来やりやすいはずだけれど・・。

もう一つは、京都議定書が取り交わされたCOP3(気候変動に関する国際連合枠組条約締約国会議第三回:京都会議)が開催されたのが97年12月、その前に設立された気候フォーラムが前身の全国組織である気候ネットワークと立命館大学の和田武教授が主宰する研究会が作成した本である。詳細目次と事例をメモったものを添付しておく「ondankaboushimemo.doc」をダウンロード

彼らは、長年にわたって、市民・地域レベルでの温暖化対策促進に向けた活動を実施してきたが、それにあたって得られた情報やノウハウを多くの人に伝えたいとこの本をまとめたという。先進事例について紹介するとともに、これから取り組む人たちのためにヒントを提供している。

講評では、ドイツやスウェーデンは国の環境政策がしっかりしているが、日本では国レベルの政策が遅れていて、企業の自主的対応に頼っているのが現状であること、この本は、日本の事情をもとに、意識の高い市民が地域を巻き込み、自治体とコラボするのが現実的ではないかとして、そうした事例を紹介しているとしている。エネルギーの地域自給度を高めることが、地域経済の持続可能性を高めるということが事例で実証されているとのことである。国の温暖化政策に対する提言をしてほしかったと講評されている。

授賞式に配布された「気候ネットワーク通信」59号では、巻頭でダボス会議での福田さんの発言について批判している。良く分からなかったので、ネットで調べたら、ようやく分かってきた。

日本は、京都議定書で約束している(08年から12年までに基準年90年に対し)6%削減するという削減目標を約束しているが、それを実現するための具体的な計画を示していないらしい。日本の国内で削減する政策を打ち出さずに、海外との取引でまかなうとしていることへの批判があるようだ。おまけに、アメリカの意向を受け入れて、京都議定書で決められた各国別の削減目標という仕組みをやめて自主的な取り組みにしようという提案をし、これを「ポスト京都」のフレームとして発表したらしい。このため、NGOらから、「本日の化石賞」をもらうことになったとのこと。ニュースでなんとなく耳にしていたが、ようやく意味が分かった。

日本の官僚が作成した答弁書は、よくある「ポスト」を使ったのだろうが、EUでは、京都議定書で約束している以降の枠組みについて、「京都議定書第二約束期間」という言葉を使っているのに対し、日本が「ポスト京都」という言葉を使い、各国別削減目標を定めるという折角漕ぎ付けた枠組みをなきものにしていると受け取られてしまったようだ。

折角「京都」という名前を得た知恵の枠組みを当の日本が潰しに掛かるというのは、おろかであろうに、ブッシュ政権に尻尾を振るのも、国際センスがないといわざるをえないだろう。→内閣府では、「地球温暖化問題に関する懇談会」を開催しはじめた。ここにいろいろな資料がある。

この「通信」59号には、「道路特定財源暫定税率問題に温暖化防止の視点を!」という意見も掲載されている。暫定税率25%が無くなり、ガソリンの値段が下るということは、温暖化防止の観点からはマイナスであり、道路特定財源を一般財源化することには賛成だが、25%を無くすのではなく、温暖化防止のための税金にシフトするべきではないかと言っている(自動車だけでなく、炭素税としてほかにも掛けるべきとしている)。

なるほどと思う。10チャンネルはアンチ政府的な番組を作っているが、道路特定財源が違う使い方をしているなどに時間を割いているが、こうした観点での報道はないようだ。検討すべき良い観点だと思う。

受賞した本は、最初単なる事例集かと思ったが、パラパラと見た限り、分析、整理され地域の環境政策を考えるうえで参考になりそうである。これも分担ではなかったので、読んでいないため、読みたいと思ったら、図書館に蔵書があり貸し出し中とのことで、予約を入れておいた。

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March 20, 2008

地域政策研究と実践への賞2

地域政策研究賞のもう一つの優秀賞は、光本伸江『自治と依存』で、最近自治、自治というけれども、自給自足的なことは無理であり、自治とはいっても依存せざるをえないし、補助金に依存していると言われる市町村でもよく見てみると、住民の自治が行われているといった観点で書かれた本だ。

前者の事例として湯布院町が取り上げられ、長年、自治の成功例として著名だったこの町も、平成の合併で吸収されてしまった。一方、産炭地として補助金依存の田川市は、長年にわたって住民が自ら考えそのうえで主体的に補助金を得てきたといったことが書かれているらしい。

「自律=自治体運営における自己決定権と自治資源の戦略的管理能力の強化」という本来の自治を重視すべきとしているとのこと(高評による)。彼女は「物語」の重要性を強調している。彼女が言う物語とは、「政策目標としての基本構想と記憶の共同体が構築する地域の歴史などから構成される」とのこと。

簡単に言うと、たとえば、炭鉱としての歴史を上手に政策目標に活かすということなのだろうか。彼女は夕張についても論文を書いているようだが、夕張は、炭鉱という資源を活かして炭鉱から観光へと政策ビジョンを変更したわけだが、これについてどう評価しているのだろうか。ビジョンは良かったのだが、やり方がまずかったとするのだろうか。

この本は私の分担分ではなく、選考の折にざらっと拝見しただけだが、確か4000円以上もするので、昨日、市の図書館に購入希望を出しておいたので、良く読んでから紹介したいと思う。

なかでも、田川市がどのようなことをやってきたのかが知りたい。

→その後図書館で借りて急いで読みながら作成したメモを添付しておく「jichitoizon.doc」をダウンロード

彼女独特の分析手法で書かれているので、読み込みきれていないのだが、①その地域の情報資源(物語)をどのように活かすことができるか(資源の戦略的管理能力)、②その地域で政策決定は誰がしているか(政府体系:行政、議会か商工会議所、観光協会などの民間組織か)、③その地域での物事の決まり方(作法:問題について討議して決める、あるいは被害者物語を作って陳情して補助金を得るなど)について、湯布院と田川の例を分析している。

行政と観光協会・旅館組合(観旅)という2つの政府体系が二人三脚で生活型観光・保養型観光というゆふいん物語を武器にまちづくりに成功してきたのに、市町村合併では、観旅が有効な力を発揮できなかったのかということを上記の3つで分析している。

要約すると、まちづくりは、観光業だけではなく、そのほかの利害関係者も居て、行政と観旅とでは対象とする範囲が異なっていたこと、観旅はこれまで内政には触れずにきた(外交のみ)ため、合併問題に入り込めず、それまでの作法(討議の場を設けて方向づける)を発揮できなかったこと、もともと由布院には、観光という表の顔の裏に基地の町としての裏の顔があり、こちらでは、民間である観旅は触れられなかったこと(これで潤う部分もあったこと、自治体が国と直接係わっていた:外交していたこと)などによる。

田川についても、3つで分析し、自治体が、長い間、産炭地の遺産(炭鉱遺跡や炭鉱文学・絵画など)を活用し、産炭地後遺症という物語をつむぎ、それによって補助金を得るのに成功してきたこと、それにより、教育行政に力を入れてきたことが書かれている。

2つの事例が成功しているかしていないかという観点よりも、分析手法を用いて、読み解いているという本である。

実践している市町村に与えられるイノベーティブ・ポリティー賞に選ばれた茅野市の読書の森づくりもそうだが、各地でそれなりに自発的な試みがなされているようで、その文脈で田川市も知りたいと思ったのだ。

というのは、別途ブログに書こうと思っているが、国際シンポジウムに参加して、欧州の研究者の話を総合すると、日本ではどうも自治の歴史が切れていることが一番の問題のように思えるからだ。

ちなみに、茅野市の読書の森というのは、生まれた子供に絵本を二冊与え、親が読み聞かせるという政策を実行している話である。本は、一人で黙読するのも良いが、そうではなく、読み聞かせ、言葉として伝えるということを実践している。さらにそれが小学校に上がった時にまで広がり、学校でも朝読書の時間を設けるなど広がってきているということだ。

最近では、この運動は全国的にも広がってきている。「教育」の本来のあり方を実践している良い例だと思う。

日本は、いつ頃から幅広い意味の教育がおかしくなってしまったのだろう。明治維新以降の学校制度で知識偏重となって知恵を教えなくなったこともそうだが、敗戦で大人が自信を無くしたこともそうだし、民主主義と権利意識≒自己中を履き違えてきたこともそうだし、バブル崩壊による本当の敗戦もそうだし・・。

「品格」がベストセラーになってはいるが。

テレビの水戸黄門はどこまで本当かということはあるにしても、良く若様が子供なのにしっかりとしたエリートになっている話があるが、日本には、国を憂い、大所高所に立って政治を行えるエリートが居ない。

身分制度がなく、誰にでもチャンスを与えるという意味の平等は社会の活力のために良い思う。しかし、人間はいろいろであるのに、同じと見做す偽者の平等ではなく、それぞれの違いを理解し、それぞれの役割を担う社会が真の平等だと思うのだが、そうした教育になっていない。

なお、もう一つのポリシー賞は、岩手県遠野市で、遠野スタイルというさまざまな試みをしていることに対してであったが、これは市長が来て説明したこともあり、市長の施策表明みたいだったので、今ひとつ本当のところが分からない。スローライフを目指してIターンが増えているものの、子供が生まれるよりも、高齢者が死ぬほうが多いことや、大学進学や就職で町を離れざるをえないので、人口減少が止まらないとのことだ。

町並み景観保存などの写真がパンフに載っているが、本当に昔の建物が残っているのは良いとして、ちょっと作りすぎている地域もあるように見え、人どおりが少ないのに、なんだか綺麗に整備した町が寂しそうにも見えてしまう(本当のところは分からない)。

講評では、集落ごとに持ち回りで市民劇を演じる「遠野市民フェスティバル」「遠野昔話退会」「どぶろく特区」「東北グリーンツーリズム大学」などを評価しており、これを担っているのがIターンの人たちであるとのことだ。

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