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May 29, 2008

地域再生システム論

御園慎一郎・大前孝太郎・服部敦編著『地域再生システム論-「現場からの政策決定」時代へ』2007年東京大学出版会という本が出版されており、本と同名の講座が全国の大学で実施されている。

この本は、昨年度、唯一私の授業を受けてくれた内閣官房の木村さんから紹介されたので、彼も文章を書いているのかと思ったら、著者名には名前がない。しかし、全国の大学で実施している「地域再生システム論」というタイトルの授業の仕掛け人は、木村さんらしい。

この授業は、地域再生には、大学(特に地方)が地域の拠点となれるのではないかとの考えから、最初に北陸先端科学技術大学で実施され、10くらいの大学に広がり、これをもっと広げていきたいと考えているらしい。法政大学でも昨年から講座を持っている。

講座の内容は、地域ごとに(大学ごとに)異なっているようだが、学生だけでなく、地元の有志も無料で講義を受けられる。ただ、先日の発表会の様子では、10数回の講義のうち、半分くらいは、中央官庁の役人が、それぞれの持っている施策について説明するといった内容になっている。残り、地域の課題を挙げてそれを絞り、ワークショップなどを開催しているようだ。早くからやっている北陸先端大学では、ようやく一歩進んで、具体的な地域の課題に大学が知恵を貸す(確か、能登の漆産地の問題だったように思う)とのことだが、聴いている限りは、やらないよりは良いが、なんだこりゃという程度のものであった。

中央官庁の役人が地方の多様性について勉強する、あるいは大学の先生が地元のことについて勉強する最初のきっかけ程度にしかみえない。地域貢献をしなければならないが、どうしてよいか分からない大学にとって、メニューを与えられるので飛びついているのかもしれないが。

一方、この本の方は、第一章の構造改革特区制度で、縦割りの法制度を内閣官房が盾になって特区として認められるよう骨を折ってきたかということが書かれており、ここは面白い。

→特区は、危機的な財政状況の中、財政出動による経済活性化ではなく、規制改革による経済活性化を命題としているというのは、整理されてみると納得である。

→特区で希望している法制度改革がなかなか進まないという苛立ちがある一方で、特区は、本来、特区を起爆剤にして、全国にも法制度を改善することを目指していたはずなのだが、そうなると、特区としての優位性が無くなってしまうので、先に特区で始めた地域から反発が起こるなどの問題が出てきている。

→提案数が減少しているのだが、これは、地元の声を聴いて、どのような法制度を改革したら可能なのかについて、交通整理をして、所管官庁に説得的な提案をする必要があるのだが、これが不十分という認識が示されている。

特区にはじまった「現場からの政策決定」という流れは、最近の内閣官房地域活性化統合本部の政策にもつながっている。地元がやりたいことを具体化するにあたって、多様な法制度の読み込みなどの手助けをするために、ブロックごとに担当官を決めたのも、こうした流れなのだろうと思われる。

この本は、地域再生に関する制度についてどのような経緯で、どのような法制度が作られてきたかが書かれており、うち、2部の地域再生制度とファイナンス・人材のファイナンスが気になる。

税制措置として、「地域再生に資する民間プロジェクトに対する課税の特例」H17年~、「再チャレンジ支援寄付金税制」H19年~が乗っている。

また、第6章 官民連携と地域密着型金融では、いくつかの地域密着型金融の事例が掲載されているものの、アメリカで実施されているようなコミュニティ再投資法のような政策提言は書かれていない。

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May 27, 2008

リージョナル・イノベーションシステム

ルンド大学の先生が、リージョナル・イノベーションシステムについて述べていたので、ここにメモっておく。

1.クラスターとは

地理的に隣接し、相互に関連しあっている企業グループ。それらは、同じ産業かあるいは近接した産業に属している。そして、その産業は、ユニークな資源と能力をベースに競争優位を生み出している。

Geographically proximate groups of interconnected firms in the same or adjacent industrial sectors that create competitive advantage based on the exploitation of unique resources and competencies

・リージョナル・イノベーション・システムズとは

地域の生産構造(クラスター)、地域の知識創生サブシステム(大学など)、地域の支援組織構造(政府など)、そして組織的コンテキスト(ルールや規則や基準や価値など)

-The regional production structure (cluster(s)), the regional knowledge generation subsystem (universities etc), the regional supportive organizational structure (government etc) and institutional context (rules, regulations, norms, values etc)
→アクター、ネットワーク、組織。

○イノベーションシステムの基本的なブロックとして、3つのブロックに整理している。。

1.生産構造/知識開発サブシステム:コラボレーション、競争、契約者、消費者
2.知識インフラ/知識創出サブシステム:大学、研究機関、職業訓練組織
3.サポートインフラ:政府、技術移転組織、労働組織

そして、これら3つのブロックが相互に影響しあうとしている。
上記の整理で興味深いのは、2と3は、良く書かれることがあるのだが、1を挙げている点である。つまり、担い手が用意されてもダメで、1の競争や連携などのサブシステムがどのようになっているかに着目しているところである。

彼は、ただ必要なものを揃えただけではダメで、真摯な取り組みをするかどうかが重要であるとも言っていた。

彼は、メディコンバレーにおける研究開発が事業化に至るイノベーションのプロセス事例を研究し、地域政府が地域にこだわりすぎるとグローバルなイノベーション競争から遅れてしまう可能性を指摘している。

たとえば、新薬開発の場合、最初は分析し(know why)→次に知識を統合し、解決策や適用を考える(know how)。前者は、やり方のルールが決まっており、地域の近接性はあまり関係がないが、後者の場合、ブレーンストーミングなどをするので、近接性が重要となる。政策は、こうした知識創造のメカニズムをきちんと理解して行う必要がある。

専門化すればするほど、グローバルな外部の人との人ネットワークが重要としている。したがって、メディコンバレーの戦略としては、むしろ、世界の同じようなクラスターと連携し、互いに革新性を高めていくことが重要としている。

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インダストリアル・ディストリクト

2月の国際シンポジウムでは、イタリアからインダストリアル・ディストリクト(ID)の専門家であるオッタッティ先生が発表された。

IDは、直訳すると産業地区となる。

日本では、繊維などの産地という言い方を長い間してきた。ところが、シリコンバレーなどの話のなかから産業集積という言い方がされるようになったり、アメリカのポーター教授などがクラスターと言い出し、これらがごっちゃに使われている。

日本で産地という場合には、生産に関連している企業が分業しながら一定の範囲内の地域に集まっていることを指すが、改めて産業集積とか、クラスターと言う言い方が来て、①企画機能があるかどうかとか、②ぶどう(農業)→ワイン(食品工業)→ワインを飲めるレストラン(三次産業)などの関連のクラスターも含めて考えるとか、③産業だけでなく、大学や研究機関、地方政府なども連携するといった要素を気にするようになった(広く考える)と思う。

それでも、私は、似たような考え方だと思っていたのだが(日本の産地は、確かに明治以降、下請け加工業の集積となったものの、群馬大学と桐生の織物産地の関係もあれば、もともとは地域内に企画機能があったことや、そこから派生して精密機械なども生まれるなど、時代や環境に対応して、いろいろな機能が加わったり、失われたりしているにすぎない)、オッタッティ先生は、IDとクラスターとを明確に区別しているようであった。

オッタッティ先生の資料によると;

IDは、社会経済的な存在であり、コミュニティの人々の相互作用と主にその地域の産業に属する大部分の企業によって性格づけられる。(ID is a socio-economic entity characterised by the interaction of a community of people and a population of firms mainly bilonging to a localised industry(economic nation)

IDの主要な構成要素は、

・インフォーマル(態度、暗黙の行動基準・・)な人々のコミュニティとフォーマルな組織(商工会議所、地域政府、技術学校や職業学校・・)

・企業によるクラスター(これは、しばしば、地域の産業とは異なった行動に特化している)、中規模な個人企業群、しかし、同じ地域性を持っていて、仲介機能を持っており(主に、地域のインプット市場)、だからこそ、地域生産システムが大きくなれる。

翻訳だとちょっと良く分からないのだけれど、ここで注目したいのは、インフォーマルな人々のコミュニティ(暗黙の行動基準など)を挙げている点である。つまり、クラスターは、企業によるビジネスの世界なのだけれど、それだけではなく、インフォーマルな付き合いがあってはじめてビジネスのメリットが機能するということである。

シリコンバレーの話でも、インフォーマルな仲間内(同じ価値を共有する個人)があってこそ、情報の質が高まるのであって、オッタッティ先生は、ここを重視しているようなのだ。おそらくは、シリコンバレーのインフォーマルなコミュニティとイタリアの地域に根ざしているコミュニティとは、意味合いが違うのだろう。

その後のディスカッションでも、「IDとクラスターは、半分同じ。IDは、クラスターのほかに、社会のルールなどが含まれる」と言っていた。つまり、IDは、クラスターより上位(広い)概念ということのようだ。

社会のルールが異なれば、同じように産業が集積していても、全く異なる成果になるということだ。集積によって外部経済メリットが生まれるが、それだけでなく、意図して外部経済メリットが生まれるようにするという。たとえば、皆で浄化装置を設置したり、輸出のための仕組みをつくるなど。

また愚痴になるが、サッポロバレーでは、意図して、外部経済メリットが生まれるような活動が生まれなかったのだ。

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まちは自分たちがつくるもの

前記事では、本に書かれている事例を一つ取り上げたが、掲載されている事例に共通しているのは、「自分たちのまちは自分たちが作り上げていくもの」という認識がベースにあるということだ。

そこに、何かのきっかけで、理念や活動のリーダーが出てくると、ワークショップなどで市民が参加しながら計画やアクションプランなどが作られ、それが実行されている。

市長や議会が当初作った都市計画に市民が反対し、単に反対するのではなく、自ら計画策定をしたり、市長や議員に同じ考えの人を送り込んだりしている。

掲載されている事例同士、人的つながりもあるとのことで、ある意味、どの事例も対処方法が似ている。著者は、70年代の活動家たちによるもう一つの暮らし方を求める文化が地域の遺伝子となっているのではないかと考えているようだ。

その意味では、アメリカのなかでも、これらの事例地域は、特殊なのかもしれない。

しかし、その後、法政大学で欧州の学者を交えたパネルディスカッションをするなかで(地域研究センターによる第5回地域創造・国際シンポジウム「地域再生と産業クラスターの役割」)、ヨーロッパでも、ベースにこの「自分たちのまちは自分たちで作り上げていく」という考え方があると感じた。

つまり、欧米と同じ制度や組織を日本に作っても、そこのところが違うので、仏作って魂入れずといったことになり、日本では制度や組織が機能しないのではないかと思った。

2月のシンポジウムなので、記憶が薄れてしまっているが、当時作成したメモから、ポイントを書き出しておこう。

メディコンバレーと呼ばれるスウェーデンのルンド地域についてルンド大学の先生が話した内容によると、この地域が現在、産学連携などで成功している要因として;

1.経済危機というトリガーがあり、これが地域を変革しようという地域の合意形成につながった。

日本では、経済危機だと、自ら地域を変革しようという合意形成になりにくい。すぐに、中央政府に泣き付き、補助金などを得てしまう。

2.個人のプレーヤーが地域のリソースをとりまとめ、かつ必要なリソースを取り込んだ。

アメリカの事例でも、必ず、キーマンが居る。最初に立ち上がるキーマンが居ることも必要条件なのだろう。日本でも居るのだろうが。地方では、町長が個性的だと、ある時期、まちおこしが活発になるが、右に寄り過ぎると、任期が終了すると揺り戻しが起こることも多い。

札幌のTさんのように、最初の呼びかけの辺りでは、彼の説得力や魅力で人々を惹き付けるのに、Tさんは実行の段階になると弱く、たとえばIさんのような実行が上手な人が上手く引き継いでくれれば良いのだが。札幌では、Tさんは、表舞台には出たがらない。これは、結局刺されるからなのかもしれない。Tさんも、Iさんも、地域のボス(行政や産業界)からは、軽く見られており、彼らの誠意や動きは本流にならない。

3.地域の将来ビジョンを描くこと、それに向けてコーディネーションしていくこと。

アメリカの事例でも、自分たちでビジョンを描き、それを実行していく。日本では、最近では、住民を巻き込んだビジョンづくり→基本計画づくりをする事例も出てきているが、これも、ある町長のときに実施して、その人が代わると立ち消えになってしまうことが多い。

一般に、教祖的な人が人々に夢を与え、ある方向に人々を誘導することが多い。これは新興宗教やヒットラーにつながるものだが、これとは異なり、(仮に実際にはそうであっても)、ワークショップなどを繰り返しやりながら、市民の総意としてのビジョンを作り上げることが重要だと思う。日本では、少し山っ気のある町長が出ると、新興宗教的な方向に行きやすく、反対派が町長失脚を図り、頓挫することが多い。

札幌では、サッポロバレーの人たちは、集まって、自らの地域産業ビジョンを描くことも出来なかった。経営者は、自分の会社の明日しか考えていないし、全体を良くして、自分も良くなるという発想がない!

4.地域が共通の理解を持つようになり、インセンティブを共有することが必要。

地域の多くの人々が危機を感じ、そこからの脱出のためにたとえば、3年我慢する、5年である程度見える成果が得られ、10年後のビジョンに夢をつなげられるといった共通の理解と、それによって得られるメリットを共有するようにすれば、上手くいくはず。

危機を感じても、自分だけ良ければよい(建設業者は、公共事業があればよいとか、IT企業も自社の仕事が得られれば良いなど)と思っているうちは、協力しあえない。たとえば、ロシアや中国やインドからのIT技術者を積極的に誘致し、サッポロバレーの国際化を図れば、観光客も誘致できるかもしれないし、仕事も増えるので、地元商店街も潤うなどの、共通のメリットを描けないとダメだ。

ニセコ地域は、折角オーストラリア人が押し寄せ、投資が起きているので、こうした共通のビジョンとそれを地元の多くの人のメリットになる将来像を描けていない。

5.一人ではダメで、一人以上のアクターが必要、組織、業界団体など。会合を重ね、共通のビュー(将来像)を持ち、プロジェクトを進めていく。

6.民と官とパートナーシップで。政治的な民間のコミットメントが必要。

7.何よりも、地域のアクターの信頼関係が必要。

日本の地域では、これがなかなか難しい。過去に行政や特定個人や企業に痛い目にあっていると、地域全体では、互いに信頼できない。信頼関係が築ける、仲間内だけで何かやることになる。

8.初期には、リスクもあった。

9.キーマンのローカルレベルでの本当のコラボレーションが必要。

梅田さんとルビーの松本さんの対談でも、コアなメンバーがいて、それを支えるボランティアが周辺に居て、さらにそれを支持するゆるやかな人がいるという構図を描いている。前に地域情報化の本を書いた折に、飯盛さんもそうしたことを言っていた。こうした同心円は、おそらく、何かやる場合の構造といえるだろう。

10.しかし、地域の人だけではダメで、加速させるには、外からの人材などを入れ込む度量が必要。

日本の地域では、これも難しい。東京の人や偉い人に憧れている一方で、最後まで、信頼していない。まして海外をやである。

11.時間が掛かるが変化を持続させること。

日本の地域がこうしたしがらみを越えて、危機感を共有できる事態になるとか、これまでの不信感が強い人間・アクター間の気持ちを乗り越えて、共通のビジョンをインセンティブを与えられるだけの強烈な人材が登場し、その人が地域内外のリソースを上手く組み合わせられれば実行可能だろうが。

あるいは、危機感が複数の新しいアクターを刺激し、住民自治(自分たちの地域を自分たちで作ろう)への呼びかけが起こり、それに乗ることが起これば可能かもしれないが。夕張がそういう意味での先進地域になるかもしれない。

夕張を含め、産炭地(生活保護世帯などが多い)や、第二の夕張になりそうな地域を要検討!

アメリカの都市のように、70年代の反戦運動の遺伝子が残る、意識の高い人たちがいる地域で、危機感を感じて動きだすことがあるかもしれない。日本では、どこだろう。丁度彼ら団塊世代が定年で、地域に戻り、何か始まるだろうか。

八甫谷邦明『まちのマネジメントの現場から』で自治の芽生えがある地域を取り上げているが、これが今でも続いているかどうかを要チェック

日本の事情はさておき、欧米での成功のポイントは分かっているのだから、地域イノベーションを起こすには、こうしたことが要件であるということは言えるだろう。

PS:同じくシンポジウムのパネラーであった小門先生は、シリコンバレーでの経験から、パネルディスカッションに誘われたので、今日のようなものかと思っていったら、そうではなく、参加者で意見のある人が皆パネルに自分の意見を記してきて議論する場がパネルディスカッションであったとのこと。そこに、コンサルや地方政府の人も参加し、住民全体で議論して地域のことを決めていく、全員参加で決めたのだから、決まったらそれに皆を実現させざるをえない。命令されたのではなく、自分たちが決めた(コミュニティ・ソサエティ)。今日は、Aさんがリーダーだが、次はBさんがリーダーという感じ。

同じく、アメリカでは天下りという概念が通じなかったとのこと。地方分権が進んでいるので、国から資金などを引き出そうとすることもあるが、口は出さないで欲しいという感じ。地域の都合で利用することはあっても。

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May 26, 2008

アメリカ中小都市のまちづくり

服部圭郎『アメリカ中小都市のまちづくり』については、公明新聞に書評を作成し、その紹介をしているブログにすでに書いた

それにしても、ここに書かれている都市では、「まちは自分たちがつくりあげていくものなのだ」ということが徹底されており、本当に羨ましい。これこそが自治だと思うのだが、これをもう少し考えてみたい。

この本の最初の事例は、カリフォルニア州デービス市。人口6.4万人(合併前の田無市が7.8万人)で、ゆっくりと成長するというポリシーを掲げ、経済的な成長より市民の豊かさを実現する生活環境の確保を優先した。そして、オープンスペースに溢れ、自転車専用道路が縦横に広がり、さらに周辺の農産物を消費することを通して、都市と農地を共生させることに成功した。

このまちがこのようなことをすることができた背景の一つは、人口のうち約半分が学生であり、成人人口の8割が大学入学者である(卒業が6割)というところにあるのかもしれない。要は、大学町であり、比較的インテリが多いということだ。だから、あるべき姿について同じようなビジョンを共有できたのかもしれないし、違ったとしても、議論を通して、合意形成することが可能であったのだろう。

もう一つは、今日の姿が出来上がるまでには、相当の年月が経っていることだ。

公園の目玉になっているファーマーズ・マーケットを二人の元学生が始めたのが1974年であり、カリフォルニア州の食糧・農業局がこうした仕組みを全州に取り入れ認定制度を設けたのが77年(デービスは一号として認められる)であった。

85年にセントラルパークに隣接した駐車場を市長と市議会がデベロッパーに売却しようとしたときに、反対運動が起きて、駐車場までを公園にすることや、ファーマーズ・マーケットを園内で開催するようなマスタープランが作られたのが88年であった。

市の外延にあるオープンスペース(農地)を確保するために(開発しない)、市が郡に毎年200万ドル(2億円強)を補償することを決めたのも88年であった。2000年には、予算が無くなり、住民投票をして7割の賛成を得て、オープンスペースを守るための税金徴収をすることになった(30年間で約20億円)。

市内については、グリーンベルト(各住区は、公園と散歩道など緑のネットワークを構築する)を整備することとした(87年)。

また、93年には、自転車道路整備計画を策定し、市の面積26キロ平方メートル(西東京市の面積は16平方キロメートル)のうち、80キロメートルの自転車レーンが設けられている。83キロの専用道路、市内の幹線道路の9割以上には、自転車レーンが設けられている。市の人口が6.4万人のところ、自転車台数が6万台とのこと。

こうしたことを実現するために、市長や市議にも、こうした考え方の人たちを送り出している。

著者は、70年代の学生運動を経験し、もう一つの暮らしを求めた人たちが多く住んでおり、その文化的な遺伝子が大きく影響していると述べている。

私が住んでいる田無には、都のグリーンロード(サイクリング道路兼散歩道:全長22キロ、うち西東京市が10キロ程度らしい)が横切っているし、ところどころにかつての武蔵野の風景を残して公園が出来ているけれども、どこのまちもそうであろうが、昔の馬車道が舗装されて自動車道路になったので、歩道も不十分(途切れ途切れ)であるし、まして自転車はどちらからも邪魔者扱いになっている。

おまけに歩道には、目の不自由な人用のでこぼこしたブロックも置かれている。このため、車椅子で散歩しようとすると、とても怖い。

もし、私が市長になって、今後の高齢化社会を考え、環境問題を考え、自転車道路のネットワーク化、歩道の完備などを実現しようとしたら、できるものだろうか。地元の農地を守り維持するために、農家が相続税対策で、土地を切り売りし、住宅と農地が混在するのを整理したら、それは受け入れられるだろうか。

今すでにあるものをつぎはぎしながらお茶を濁すのではなく、本当にそこに公園が必要か、本当にそこに商店街が必要かなどを議論して住民がまちづくりをしていくことは可能だろうか。

今でも、三共跡地にショッピングセンターとマンションが出来、もうすぐ、石川島播磨の跡地に住宅と病院とショッピングセンターが出来る。駅前の集積地のほかに、飛び地でショッピングセンターが出来ても、競争がないことや、来客数が少ないために、生鮮野菜などが売れなくて、ひどい品質であったりする。

その場しのぎでしかない。

ビジョンを持って30年の姿をえがいた施策が出来るものだろうか。

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ロンドンの復権

先日NHKで沸騰都市というシリーズでロンドンを取り上げていた。ロンドンが今や再びアメリカから金融などの地位を取り戻し、世界一になったという話だ。

「今ロンドンが、「世界の首都」の地位をニューヨークから奪い返しつつある。
数年前まで多国籍企業は、NY証券取引所で上場するのが常だったが、今や多くの企業がロンドンに押し寄せる。外国為替や外国株式の取引量もロンドンがNYを抜き去った。

ロンドン復活の大きな要因は、インド、ロシア、中国、中東など新興国との結びつきを深めたことにある。同時多発テロ以降、規制が厳しくなったアメリカを嫌った企業・資本・人材が、市場開放を売り物にするロンドンに一気に方向を変え流れ込んだのだ。
その象徴がサッカーの世界最高峰、プレミアリーグだ。ロシアやアジアの富豪が名門チームを次々と買収。莫大な資金力を背景に有名な外国人の選手や監督を獲得し、リーグを大いに沸かせている。今や、半数近くのチームが外国人のオーナーとなった。

テムズ川沿いのモスクワといわれる地区に集まる多くのロシア人富豪たち、ロンドンに次々と進出するインド系企業、なだれ込むポーランド人労働者など、ロンドンは多国籍のエネルギーに満ちている。

自前の成長エンジンをあきらめ、新興国のエンジンを使うことで復活をとげたロンドン。グローバリズムを主導しながら、その精神を失いつつあるニューヨークから主役の座を奪い返そうとしている。グローバリズム主役交代のうねりを描く。」

NHKは、シリーズが終わるとネットも削除してしまうので、上記「 」は、NHKのHPを貼り付けたもの。

この新興国を受け入れることでロンドンを成長させる手法は、リビングストン市長(労働党)が取ってきた戦略だが、先日(5月1日)の選挙で落選してしまったようだ。

このような戦略は、たしか前に「ウィンブルドン」と呼ばれていたような気がする。イギリスの誇るテニスの国際大会だが、そこでプレーし、勝者になるのは、必ずしもイギリス人ではない。しかし、一流選手が来ることで大会の水準が高いといったような意味だったような気がする。

新興国の人や資本をロンドンに呼び込めば、経済成長はするが、文化的な摩擦が生じるし、底辺の労働者は、安い外国労働者に仕事を奪われこれも政治的な争点となる。しかし、これだけ大々的な政策を実行できるのは、素晴らしい。

こうした発想が出来るのは、さすがに大英帝国であった歴史がそうさせるのだろう。つまり、エリートは、生活圏のなかに、肌や文化の違う外国人が入ってきても、それを許容するだけの寛容さがあるということだ。すごく身近なことで言えば、お手伝いさんに肌や文化の違う人を雇えるだろうか。自宅側の道路工事をする人が文化の違う人でも不安感は無いのだろうか。

これは、フロリダがクリエイティブシティの3つの要件といった、技術(テクノロジー)、才能(タレント)、寛容性(トレランス)のトレランスであり、日本に欠けているとされたものだ。番組を見ていると、まさに、これによって、ロンドンは魅力的な文化創造都市になっているようだ。

ところで、江戸時代の江戸は、ほとんどロンドンの国際版を国内でやっていた都市であるだろう。当時、田舎もんは、野卑であったろうが、大都会である江戸はこれを受け入れ、そのなかで安全性を高めるために、家を貸す場合には大家が責任を取るとか、仕事を得るには、口入やが責任を取るなど、ルールや規範を設けていた。東京が世界都市になるには、日本が得意とする阿吽の呼吸で意思疎通が図れるとか、垂直統合型の見事なものづくりではなく、多様な文化を持つ人々を受け入れながら、安全性を保てるオープンかつルールのあるまちづくりをすべきなのだろう。

考えてみれば、阿吽の呼吸が通じる社会を好んだり、垂直統合型の利益共同体というのは、田舎の暮らしである。日本は、国中が田舎者になってしまったのかもしれない(自戒をこめて)。

今、限界集落が問題になっているが、そういう土地でも、日本の土壌は豊かである。山間地での暮らしに慣れているらしい、四川で被害にあった農民たちをどこかの地域が丸ごと受け入れるのはどうだろうか。

もちろん、日本での農業のコツなどは指導する必要があるだろうし、通訳をはじめ、間に意思疎通などを図るシステムは必要だろうが、日本の豊かな土地で、農業生産をしてもらい、世界に輸出するというシナリオを描いても良いはずだ。

先祖代々の土地を中国の人に分け与えるのは嫌であるなら、委託方式でも良いだろう。世界中が食糧危機に直面する可能性があるのだから、何か方法があるはずだ。もし、国内の農産物が過剰になり、価格が下るのが怖いのなら、中国野菜を作ってもらい、加工して、四川などに輸出だけするようにしても良いはずだ。

日本のあちこちに、四川料理やミャンマー料理のスポットが出来たって良いのではないか。

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