夕張希望の杜の村上医師が書いた本のなかで気になったところを記しておきます。
1.村上さんが地域医療として尊敬している先人。
・自治医大で研修:地域医療学教室五十嵐教授。厚岸で11年間地域医療をしていた。自治医大の小児科の助教授(東大卒)→厚岸院長→自治医大に戻り、地域で働く医者を育てようとした。5年間の研修プログラム(ジュニアレジェンド二年、シニアレジェンド三年):大学病院でいろいろな科を廻りながら(内科、小児科、皮膚科、耳鼻科・・)時々外に行く。地域の現場に行く(開業医のところにも研修で行けた)。今は、五十嵐こどもクリニック。
・五十嵐先生が対談している記事があった。アメリカでの研修時の話(医者の資格があるのに研究しているなんてもったいない:日本と正反対の反応)、風邪をひいた子どもを風呂に入れてよいかへのきちんとした解答ができないので厚岸へ。一人の人をずっと見ている家庭医になりたい(地域医)。しかし厚岸では小児科医は自分ひとり、競争も批判もないと堕落すると思った。などなどは面白い。赤ひげ先生ではなく、あくまで科学者としての探究心で地域医療に向かったらしいのが面白い。
・新潟県の黒岩先生、長野の若月先生:老人保健施設、介護保険の基礎を作った。
・岩手県の藤沢町の藤沢町民病院:地域包括ケアのモデル地区。保健・医療・福祉の連携を見るために5000人/年の見学者。54床、公設公営、大黒字、H18年には総務大臣表彰された。病院職員、役場職員(○○課に係わりなく介護保険の勉強をした)、ヘルパー(住民の生活背景をしっかり把握している)住民の意識が高い。ここに佐藤元美先生:行政とのかかわりかた、住民とのかかわりかた:アメリカミネソタ大学で行動科学を勉強。どうやって住民の行動を変容させるか(予防など)。
・藤沢町では、20年くらい前から町全体で高齢者を元気にしようという活動をはじめていた。佐藤元美先生、佐藤守町長(7期もやった):最初に障害者施設を建てた、幼稚園から中学までの生徒が見学に、「高齢化とは障害と共に生きることだ、障害者と接しないと五体満足であることは理解できない、子どもの頃から障害者と接して、そういうことを理解させる」→医療・保健・介護に興味を持つ人が増え、進路に選ぶ人が増えた。→その後、病院、老健、特養、在宅医療などを発展させていった。人づくりから始めた。大久保 圭二 『希望のケルン―自治の中に自治を求めた藤沢町の軌跡』ぎょうせい
・目次
疲幣の町に“新しい風”
“町の政治”刷新へ
剛腕町長の登場
藤沢型農業へ
未来託す企業を誘致
福祉の里づくりを実践
関心集める教育・文化部門
知恵を働かせた財政運営
・藤沢町:市民プールを夜開放、インストラクターを雇い、送迎バスで高齢者を呼び、水中を歩かせる。→整形外科の外来は1年で半分に。健康になった高齢者は農業をやって税金を払う、インストラクターの若い人の雇用が増える。ヘルパーが育つ。人口1万人。
・福祉の3型:北欧型(国がほとんどみる)、大陸型(日本:家族単位で福祉を担う)、アメリカ型(個人主義)
・瀬棚町:平田町長:医療を中心にしたまちづくり:民間病院(週末は医師が札幌へ帰るので無医村)、医療費が日本一高い(高齢者一人当たり140万円、日本平均80万円、北海道平均100万円、長野県60万円)→肺炎球菌ワクチン(全額自費5000円→2000円助成。アメリカでは6割摂取、予防医療の一つ、日本では進んでいないが、日本人の死亡原因の4位、75歳以上の死因の第一位が肺炎)高齢者の肺炎は50万円の医療費がかかる。予防接種に3000円自己負担しても元がとれる。助成金50万円用意すると1人2000円助成なら250人に摂取させられる。100人助成で20万円で済む。
・保健師中心で実現(住民に目が届く、行政事務的なことができる。医者は、議会に通す文書を書けない。医者は、患者≒住民の一部しか見ていない。)藤沢町、長野県でもやっていた。
1.クレーマー
・自治体は住民たちがつくるもの。それが行政が主体で行政がやるのが当たり前、やらない行政は悪い、住民は被害者という図式で考えられている。・・住民がそれに合う市長を選んでしまった(瀬棚町合併後の市長)
・健康意識が高い、30代の人が人間ドックに来る→医療費が低くなる。透析がやれなくなって騒いでいた人が透析しなくて良いように糖尿病の人が頑張っている。
・コンビニ受診をやめよう:北海道では先陣でも、長野の人たちは10年前から言っている。
・実質公債費比率20%:10万円の収入があっても2万円は借金の返済に使っているから8万円しか使えないといえばよい。
・大前研一『平成維新』
・北海道の行政は恫喝のようなショック療法をしないと絶対に変わらない。改善はできても改革はできない。夕張のように破綻したからできる・・破綻しても役場の職員は動かない。信じられないくらいだ。
・瀬棚町合併:元の役場の職員が新しい市長に入れ知恵する。自分が天下りしたいから。住民のほうを見ないで自分たちのことしか考えていない。前例や規則を守ることが第一になる。
・瀬棚方式は10年計画:残りの3年間で医療費の公費助成をやるのが夢だった。検診を受けた人何点、BMI(肥満度:体重÷身長の二乗)が正常値の人何点、予防接種を受けている人何点・・50点になったら町の健康推進委員会から表彰状をあげて、外来での負担を半分助成します。老人医療費が本人2割負担のうちの1割を負担します。こういう人は病気しないから実は役場の負担は少ない。町が奨励して健康づくりにはげむ。リスクに応じて掛け金が大きくなるという普通の保険のあり方。社会保険は、だらしない人もまじめな人も同じ負担、悪しき平等、これは間違っていると思う。自治体の条例化にもっていきたかった。この自治体に住みたいと考える人がいると思う。人口3000人の町でそれを実現すると30万円くらいの予算(表彰状、せいぜい風邪くらい)。住民自らの意識が高くなり、保健師たちもプライドを持って仕事をする。
・諏訪中央病院鎌田先生:医療と警察と消防は潜水艦・安全保障。やさしさがなくなった。間違えてはいけないので、タグで確認。関係がドライに。人間と人間でなくなった。
・人間がやることに意味がある。人間は間違えるけどいいところがある。誰かに責任をおしつける、実は自分に責任があるのに。
・主役は住民:住民に自立心がないと病院も町も成り立たない。住民が依存でなく自立していけるか。そこがまちづくりのはじまり。自由には他人に迷惑をかけないという意味がある(フランス)。希望をかなえることが自由というのは履き違え。エゴ。
・医者が患者の利益を考えてあれこれ指示する(パターナリズム)。その前提として先生に対する尊敬があった。→目線を合わせる(同等)としてから変になった。敬意がなくなった。医者の横暴さ、間違いを隠すという問題があったのも確かだが。医者に対する尊敬があったから、医者も不便なところで働いても、聖職であるという意識やプライドをもち、それで関係が成り立った。同等になったとたんに敬意がなくなった。「患者様」になった。権利ばかり(訴訟へ)。自分さえよければよい。医療資源を無駄遣い。まじめにやっている人が疲弊する。
・哲学(どういう医療をやるのか、どういう人間を育てるのか)を持たずに(哲学がないのに評価はできないはず)、過剰な個人の要求に応えている(医者も教師も)。患者、子どもは弱者か。医療の不確実性を分かっていない。専門医でも大学病院でも助からないこともある。リスクはゼロにはならない。ランキングで上位のところに集まれば、混んで医者が疲弊してしまう。
・子どもや孫の税金を使って、だらしない生活をして専門医に突然かかってMRIを撮る。
・スペシャリストは作っているので、ゼネラリストをつくらなければいけないが、そういう教育システムがない。田舎にいった医師は、学位がとれないとか、専門性が持てないとか悩んでいる、給料も安いし。何千万円かけて地域が医者を作っていることを住民は知らない。
・医局は皆嫌だった。教授の下で靴磨きするのはいやだった。大学病院ではちゃんとものを教えないので、若い人は、大学病院を希望せずに、現場の病院に来るようになった。設備のととのったいろいろな経験ができる都会の病院に来るようになった。医局から地域に医者を派遣していたという機能はあるが、地域医療のためではなくお金のためだった。医者は、早く手術をできるようになりたい、経験をつんで治療できるようになりたい、だから医局ではなく現場に行った。若い先生たちは医局で自分の一生を委ねることをしなくなった。教授という権力が薄れていた。昔は研修医というのは、教育ではなくただ働かされていた。今度は本当の研修になった。新研修制度は、趣旨は良い。
・専門医は専門馬鹿で、飛行機のなかで病人が出ても緊急の対応ができない。これを解決しようという制度。医師が自分で選択して将来設計できるようになった。学位を目指して研究至上主義でなくなった。臨床を目指す人が増えたのはよいこと。
・医療とか予防医療とかは、目的ではなくて手段。より良く生きるために寿命があるので、予防をやったりリハビリをやる。目的はその人その人の生活スタイル。高齢者の多くは仕事、人のためにボランティアをするなどお金を稼ぐなど。病院にいくのが生きがいでは違う。個人の権利よりも命優先。救急車をタクシー代わりにするというのは、本当に必要な人の命を優先とは違う。公共性、原則。フィンランドは教育を世界一にしようと思っているのではなく、起業を増やそうとして結果的に学力が一位になった。
・ゆきぐに大和病院の斉藤先生、佐久総合病院の若月先生。「死に場所づくり」(斉藤芳雄)→この二つの病院は、今は崩壊しかかっている。在宅死が25%だったのが10%くらいになった。住民が病院志向、わがままになったから。あそこの医師は皆神様(住民のニーズをきいてきた:住民に医療資源を大事に使おうという観念があったから成り立っていた)→それがわがままな住民になってしまったので、その過酷な労働環境に普通の医師は耐えられない→そうではなく、普通の医師がやれるように。
・地域で安全保障を担う医療機関が存続できなくなった状態、これは住民の意識が問題、国のせいなどというのは間違い。日本は公共事業費が一番高く、社会保障費が一番低い(先進国のなかで)。
・長野は、大きい病院(デパート)は県に2つくらい、あとは診療所(コンビニ)駅にある、ショッピングセンターにある。
・藤沢町はプールに夜高齢者を集めて歩かせ、そこがサロンに。どこに病院をつくるかという地図を描くことが必要。病院をどこに作るかはインフラであり、まちづくりである。札幌医大の病院に通っている人は治っていない訳で、藤沢町のプールでリハビリして整形外科に通っていない人は治っている。
・昔の病気は感染症との闘いだったので、医療機関の充実が寿命を延ばすことに関係していた。病院で治った。しかし、今日の高齢社会では医療の質が変わり、生活習慣病との闘いになり、克服するのが病気ではなく、寿命となった。生活習慣病から来る病は、どんな高度先端医療でも治らないかもしれないが予防はできる。都会の病院でも治らないかもしれないが、空気の良い田舎で暮らすなら予防できるかもしれない。
・医療制度は社会主義。誰がやってもどこでやっても同じ値段、これはおかしい。
・ウオンツ(ニーズではなく、個人の望み)とニーズ(医師法の第一条をやること)
医師法第1条 医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。
この公衆衛生の向上、増進に寄与し、国民の健康な生活を確保するということを履き違えている。専門医を増やしても、この第一条の目的を全て満足できるわけではない。
和田中の塾は、ウオンツ。病院が流行っても、医療費は下らない、本当のニーズは、医者の役割は、医療・保健指導。病人が少ないこと。
・村上医師は、カリスマではなく、村上スキームは、村上医師がいなくても成り立つ医療。医療スタッフの一人ひとりがそれぞれのスキームで働いている。
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