前の前の記事で日本の産学官連携が欧米と同じ仕組みなのに上手くいっていないことを書いた。日本のいろいろな地域の産学官連携について知っているわけではなく、たまたま私が係わったケースが悪すぎたのかもしれないが、その要因を整理しておこう(できるところまで)。
文科省の知的クラスター創生事業で、世界に通用する研究開発拠点を東京以外の地域に作ることが目的であった。
1.世界水準の研究者と地域のクラスターのミスマッチ
「世界に通用する研究開発拠点」を作るには、まず、「世界に通用する研究者」が必要だが、そうした優れた研究者がその地域に居るかどうかが問題だ。
その地域の大学の教授が優れた研究者なら、その教授が持つ世界的なネットワークを活用できるし、世界中からその分野の研究者が集まり、世界中から先生の知恵を拝借したい企業が自ずと集まってくる。
ところが、その優れた研究者が地域のクラスター(育成したい産業)と必ずしも同じ分野とは限らない。優れた研究者に合わせて分野を選ぶか、地域のクラスターに合わせるかがまず問題となる。
前者の場合、世界水準の研究者に合わせられる企業は、一般的に地域(田舎)には存在しない。この事業によって地域に新しいクラスターを形成しようと思うなら、優れた研究者の分野を選択して事業をまとめ、世界中から優れた企業を誘致したり、事業を通してベンチャー企業が次々に生まれるという計画にしなければならない。
後者の場合、地域の既存クラスターの活性化を目指すので、本来であれば、その分野の優れた研究者を探してくる必要がある。地域の合意が形成され、その分野で世界的に優れた研究者を地元大学に招聘すれば、既存クラスターのレベルアップが図れるかもしれない。
しかし、よほどの待遇でもなければ、そんな優れた研究者は、田舎にやってこないだろう。また、優れた研究者を招聘したとしても、既存クラスターを形成している企業群がそれだけの研究を自らのビジネスにつなぐだけの力は持ちえていない。また、地元大学が地域クラスター形成・高度化の目的で優れた研究者を招聘することに同意するかどうかも問題だ。
文科省の事業の場合、窓口は都道府県だ。都道府県自体が優れた研究者と優れた企業を誘致し、5年以上かけて地域に新にクラスターを構築するといったビジョン(計画)を持っていれば、白いキャンバスに絵を描くように、事業を行うことが可能だ。
だが、一般的には、何かしら地元に芽のある分野を選ぶ。そうなると、既存クラスターの企業群と既存の地元大学の先生を担い手として事業を計画するので、そもそもの最初から「世界に通用する」のは無理なプレーヤーの編成とならざるをえない。
2.地域のクラスターを形成している企業群がビジョンを共有できない
既存クラスターの高度化を図るというビジョンを持つにあたっては、クラスターを構成している企業群が大所高所に立って、地域クラスター高度化とはどのようなものなのかについて意見交換し、地域の底上げを図るために必要な政策を考える必要がある。
日本の多くの既存クラスターの場合、競争と協調の協調が図りにくい。大所高所に立って考えることに慣れていない。ライバル同士ではあっても、5年、10年先のビジョンを描き、それに必要な資源を確保することは可能なはずだ。しかし、協調して議論できないため、必要な資源を確保するための具体的なアクションプランを作ることができない。
東大阪の中小企業が協同してロケットを打ち上げたが、ロケットを飛ばそうという壮大なビジョンを描けば、それを実現するために必要な技術や人材を確保しようということになる。日常的にはライバルであっても、ロケットを飛ばすということで共闘できるはずだ。それによって、個々の企業の持つ要素技術などを一段上に持ち上げることが可能となる。
残念ながら、私が係わった地域の場合、「ロケットを飛ばそう」にあたるビジョンを打ち出し、賛同者を集めて実行に移そうという骨のある経営者が居なかった。
日本の既存クラスターの場合、大手企業の下請けになっていることも多く、地域を俯瞰すればクラスターなのだが、実際には、地域とは無関係にそれぞれが東京の親会社を向いて仕事をしている。このため、自主的に地域で集まって、地域のクラスター全体をどうしたいなどと議論することがない。
独立系の場合も、お互いが低いレベルで競争しているせいか(互いに突出した優位性を持っていないからか)、地域での長い付き合いの中で人間関係の気まずさなどがあるせいか、前向きの協調が出来ない。
大学と地域クラスターの企業群がそのクラスターに関する将来の技術動向などを意見交換しあう場も持てていない。個別に顔見知りの教授に相談することはあるようだが。
フィンランドのオウルの場合、大手企業がノキアのみということはあるが、ノキアと大学の研究者とが、将来の技術動向、ノキアの重点課題などについて定期的に意見交換・情報交換していた。それによって、ノキアの方から、今後、こういう研究分野を強化して欲しい(優れた先生を招聘することも含め)と大学に要請することもあるという。
ノキアという大手の中核企業だからということはあるのかもしれないが、こうした仕組みは日本の地域でも取れるはずだ。
3.世界的水準の研究開発拠点と地域振興とのミスマッチ
文科省の知クラ事業の「世界水準の研究開発拠点を地方に作る」という目的と、一方で、「東京以外の地域を選定して補助金を出す」という地域振興の目的とが結局ミスマッチなのかもしれない。
この事業自体、文科省だからお金が大学経由で企業に流れる仕組みであり、実用化もプロトタイプまでであるとしておきながら、出口の成果(特許数、事業化数など)を評価するなどあいまいなところがある。
また、東京以外の地域に補助金を出すので、申請を精査しているといっても、全国にバランスよく認定しているようなところがある。特に北海道などは、あるいみ、文科省の方も認定しておきたい(振興の対象にしたい)地域である。
評価もせずに年間5億円、5年で25億円も出すわけにいかないから、途中で進捗状況をチェックし、捗々しくない場合には、減額するなどの脅しはかけるし、減額される(中止されるかも)という恐怖心から、地域の方も認められるよう、体制を整えなおしたり、知事に挨拶に出向かせたりするが、これはお互い茶番だろう。
世界水準の研究を5年間で事業化の目途をつけるまでに持っていくのもおそらく一般的には難しいだろう。明日の収益を考えなければならない中小企業にとって、時間とお金(スタッフを共同研究に参加させる)を使うなら、いつか役立つ先行研究も良いが、少しは経営にメリットのあるプロジェクトを手がけたいはずだ。
そうなると、先端的な研究というより、より実用化に近い研究を求めることになる。誤解を恐れずに言えば、大学の先生の研究を手伝い、その手間賃を稼ぐというような、いわば公共投資的な事業になりかねない。
4.ガバナンスとプロジェクト管理ができていない
産学官連携を上手く行い、地域のクラスターの高度化を図るにあたっては、前述のように、将来どうした地域にしたいのか、それには何をしなければならないかという地域クラスター全体についての構想力が必要である。
それには、産学官で真剣に議論する必要があり、その議論をまとめ上げて具体的な計画にしていく必要がある。産学官をまとめあげるのは、誰だろうか。
オウルなどでは、市長、学長、経営者が集まって市の産業の方向性を考え、テクノポリスという第三セクター(インキュベーション施設)を作った。北海道でも、形からみれば、ノーステック財団は同じだ。しかし、セレモニーで3者が集まることはあっても、真剣に地域の産業をどうしていくかについて議論しているとは思えない。
また、残念なことに、北海道では財界のトップは北海道電力であり、知クラ事業で対象となったIT産業の企業は、財界主流から遠く離れている。
人口20万人くらいのオウル市と600万人の道庁では地域の産業振興といっても温度差があるのはやむをえないとしても、札幌地域のIT産業の企業が少なくともビジョンを共有し、学や官に協力を仰ぐというような動きがあっても良いはずなのに、前述のように、業界自体が全くまとまりが無い。
したがって、IT分野で産学官連携といっても、官は文科省の窓口ではあるがそれだけのことであり、北大にとっても、情報工学分野は、全体のごく一部であり、産業界の代表は前述のように電力なので、IT産業の将来ビジョンを描いて学や官や主流の産業界に働きかけられる人が居ない。
道庁の窓口課は、プロジェクトを取ってくる(補助金を得る)のが仕事だと思っており、地域クラスターをどうしていこうなどとは思っていない。知クラ事業を道庁全体の事業と位置づけ、知事が主導するようにも出来ていなかった。(知クラ事業Ⅱのバイオでは、知事が本部長、札幌市長が副本部長になっており、この点は改善したようだ)
北大は、北大でプライドがあり、誰の指図も受けたくない。近年でこそ、産学連携が見直されているが、ついこの間まで、実業界と結びつくような研究をしている教授は、疎まれ、蔑まされてきた。北大にとっては、情報工学はごく一部であり、地域のクラスター高度化に資するなどという考えは持ち合わせていない。先生方にとっては、大学での評価につながらないのであれば、真剣に取り組もうと思わない。
北大の情報工学の先生の布陣が地域のクラスター高度化にとってマッチしているとは限らない。前述のように、クラスターの方からこういう分野を強化して欲しいという申し出もないし、おそらく聞く耳も持っていないだろう。
こうして、そもそも地域のクラスターの高度化を真剣に考え、取り組んでいる人が居ないうえに、知クラ事業が始まっても、そのガバナンスを取れる人材も居ない。
前述のように、白紙のキャンバスに絵を描くように新にクラスター形成をしようとした地域の場合には、県や市が音頭を取り、ガバナンスを取っていた。しかし、北海道では、残念ながら、道庁は窓口として、文科省に気を使い、中間管理職のように、必要以上に細かい指示は出すものの、管理に止まり、事業全体のガバナンスを取っていたわけではない。
本来の当事者であるはずのIT産業は、バラバラのままで、単にプロジェクトに参加している企業が担当している共同研究をこなすに止まった。
文科省の事業で大学に資金が流れる仕組みになっているものの、それは単にそういう形式だけのことで、急がしい本業の合間を縫って、共同研究や事務処理に追われるに止まった。結局、事業のガバナンスを誰が取るのかが最後まで分からなかった。
さらに、プロジェクト遂行にあたっても、事務局の長は、道庁のOBで、リーダーシップを取るような人材ではなかった。上手くいっていた地域では、過去に大企業で研究開発のマネージャーなどをしていた人を事務局長にスカウトし、彼に権限をもたせてやっていた。(これについても、知クラⅡのバイオでは、事務局の長に協和発酵の研究所長だった人をもってきているようだ)
北海道の場合、最初の3年間は、プロジェクト管理が十分できていなかったようで、文科省の評価が低かったことから、管理を強化した。事務局スタッフは、地元財界主流の企業や道庁からの出向者、東京の大企業を退職した人などからなっており、仕事のスタイルの違いなどで、上手く回らない面があった。
産学連携の成果を上げるには、研究内容を理解し、研究者と産業界との橋渡しができる優れたコーディネーターが必要だが、残念ながらそういう人材が少ない。若手でコミュニケーション能力のある人材がこういうプロジェクト遂行を契機に育ってくれるのが良いのだが、地方には、なかなかそういう人材が居ない。
そこで、大企業の退職者をスカウトすることになるが、退職者は、自分のやってきた仕事のスタイルがもっとも良いと思っているので、地方や中小企業のことをバカにしていたり、そういう人が数人居ると、互いに自分のスタイルを主張し、聞く耳を持たず、ギクシャクしてしまう。
北欧のインキュベーション施設では、若くて、マーケティングも分かる人材がこうした事務局を担っている。最近では、各大学の産学連携部門にこうした人材が育ってきているようなので、期待したいところだ。
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