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March 02, 2010

社会分野のイノベーションとは

ここで、社会分野のイノベーションについて考えてみたい。

1.NHKの大河ドラマ「龍馬伝」の第一回で、土佐藩には武士の中で上下があって、仲間の下級武士が今に力をつけて上級武士を見返す、そういう新しい時代を作るというようなことを言った折、龍馬は、そうではなく、上級も下級もない社会を作るんだというようなことを言う。

この場面がどこまで史実なのか知らないが、これがイノベーションだろうと思う。今ある体制(武士の中に上下がある)を前提に、その体制を覆す(下級武士が威張る時代へ)と考えるのではなく、平等な社会を創ると考えることがイノベーションだ。

2.情報通信政策フォーラムのシンポジウム(平成21年度 第1回シンポジウム『日本の情報通信政策:電子政府に関する動向』)でセコムの人がエストニアの電子政府のことを話している。エストニアでは、電子化するにあたって、バックオフィスの連携をしたうえでサービスの提供を始めたという。

その結果、たとえば、病院で出産すると、両親が特別な手続きをしなくても、病院の事務として、出産情報が行政に行き、子供手当てや出産給付金などが銀行口座に振り込まれるという。

これに対し、日本では、今ある行政の仕組みそのままに、それぞれを単に電子化しているので、煩雑さが増すだけで少しも効率的になっていない。

(なお、エストニアでは、国民ID制度を採っているが、誰が閲覧したかなどが見えるようになっているとのことで、国民管理とか個人情報保護は問題になっていないとのこと。このあたりは、国によって状況が異なるであろうが。)

今回の民主党の仕分けでも、現在の体制をそのままにして、その事業がムダかどうかを考えるという手法が間違っているのではないか。それでは、ムダとして浮かび上がる金額がわずかでしかないのはもっともと言える。

NHKで一昨年の年末に派遣村をやった湯浅さんが内閣府に入って、内からワンストップで失業対策をする仕組みづくりをしようとしたが、余りにも縦割りで一つのことを実現するのに壁を打ち破る手間が大変であるという番組を流していた。

失業対策という対策される側に立って必要なサービスを提供するために必要な行政のあり方を考えるという逆の視点に立った改革が必要なのだが、これがなかなかできない。

以上のような改革は、どうしたら可能なのだろうか。

明治維新は、数年間にわたる試行錯誤の戦いの時間が必要であった。しかも外圧もあった。

民間企業であれば、コスト削減が利益増になるというインセンティブが働く。行政の場合には、おそらく、数パーセントの削減ではなく、数十パーセントの削減などがないと、抜本的な改革にはなりにくいだろう。

また、単に財政削減ということだけでなく、税金を支払っている住民に対するサービスの質向上とコスト削減といった顧客満足度向上のような認識が生まれなければ良い方向の改革にはなりにくい。

これを可能にするのは、本来であれば、住民の強い意志と口や手を出すことのはずだ。物言う株主が一時期流行したが、「物言う地域住民」にならなければならない。

ところで、イノベーションは、これまでの常識を覆すものであるから、摩擦を伴う。技術的なイノベーションでも、古い技術に依存していた人たちが衰退するので反発を食らう。まして社会イノベーションであれば、実現にあたって摩擦を伴うし、イノベーターは最終的に成功するまでの間、多くの人から受け入れられなかったり妨害を受けるはずだ。

技術的なイノベーションは、使ってみればそのメリットを認識してもらえるが、社会的イノベーションは、新サービスを使ってみればその良さが分かるとしても、新サービスの場合には、本当に実現するには、制度変革しなければならず、それには時間がかかるので、ゲリラ的にプロトタイプを実現して、「ほらね、こんなに便利でしょうとか、良いでしょう」とアピールし、多くの人々に理解してもらう必要がある。

湯浅さんの年越し派遣村が実現したから、民主党政権で失業対策のワンストップサービス実施につながった。そのワンストップを制度的に実現させるためには、縦割り行政のなか、1日だけ実験的に実施してみるという方法を取ってから、恒常的なものにつなげていく方法を取った。

湯浅さんは、年末年始の3ヶ月間、内閣府という権力の内部から実現に力を貸したが、その経験から、内部からの変革を一旦止め、再び外部からの変革を試みる(人々に利用者側からの視点でのサービスを再構築することの重要性を認識してもらうなど)ことにしたという。

きれいごとでは変革は進まなくて、身を切る、血を出す(人殺しという意味ではない)といったドロドロさを踏まえる必要があるだろう。ビジョンを示しビジョン実現のための具体化を述べるにあたっては、「べき論」きれいごとを並べるだけでなく、そうした実現に至るうえでの摩擦をも認識し、明らかにしていかなければ絵空事になってしまう。

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