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April 30, 2010

フランスの子育て支援と日本が模索する24時間介護

今朝のテレビでフランスの子育て支援についての報告があった。

とても手厚いもので、子供の数に応じて手当てがもらえる(3人子供がいたら働かなくてもよい水準とのこと)。

また、3歳までは、資格を持つ保育ママが家に来てくれる、あるいは数人を預かってくれる。その後も保育園(幼稚園のように小学校入学前の準備をする)があり、必要に応じて夕方7時まで預かってくれる。所得に応じて費用を支払うが年収の1割?が上限とのこと。小中学校無料で、また必要に応じて、遅くまで預かってくれるらしい。

要は、専業主婦で子育てに専念するもよし、子供を預けて仕事をするもよし、生き方を選択できるとのこと。子育ては、母親にという強迫観念を持たずに済むようになっている。

また、国力保持のため、子供を産み育てることは重要なことと一般的に思われている。

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考えてみれば、企業は仕込みをしてこそ販売ができるし、人間だって食べて排泄するから生きているのであって、国の持続性を考えたら、少なくとも、生死のバランスが取れるようにするのは組織として当たり前のことである。

子育てを個人の自由と責任に任せる(放任する)のは、国の統治として無責任だ。もっと戦略的に、人口維持ないし増加を考え、必要な手立てを講じるべきだ。

エネルギーなどの資源を手当てするのと同じように、人間の手当てをすべきなのだ。これをしてこないで、個人に任せっきりにし、今になって人口減少が明らかであると青くなるのは、全く無策としか言いようがない。

安易に外国人労働力を入れるなどと経済面だけで考えるのもおかしい。もちろん多様性の受け入れという別の意味はあるとしても、国の根幹である人口については、もっと戦略的に考えて可能性のある手立てを講じるべきであろう。

自民党が嫌われたのは、国民の声を吸い上げる機能が衰えたからである。業界団体が省庁縦割りにそれぞれくっついていて、その声を吸い上げていれば高度成長できた時代には、この仕組みで上手くいっていたのだが、そうではなくなった現在、生活する人の声を吸い上げる機能が必要である。

公明党や民主党は、自民党に比べれば、無党派層を含む生活者の声を聞ける立場にあるので、まだ少しはよいかということだったのだと思う。もちろん、公明党は創価学会という団体が裏にあり、民主党も労働組合が裏にあり、多くの無党派層とは若干ずれているのだけれど。

産業界にしても、本来は市場でもあり、労働提供者でもある自国の人口は重要なはずだが、産業界は、必要なら市場も労働も海外に求めればよいので、第一義的には、人口を維持・増加させることを必要としない。むしろ、女性は子供を生み育てるハンディのある労働力であると基本的には捉えていた(表向き男女の機会均等を言うものの)。

国力ということを考えるのは、本来、政治であるはずだが、産業界に向いていた自民党には、子供を生み育てることが重要な政治課題であるとは認識されていなかったのだろう。

民主党も子供は社会で育てるなどと言っているが、それは福祉政策的な観点であり、国力という観点からの必要性からではないように思われる。

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夜のテレビで、民主党の介護担当の議員が、折角政権交代をしたのだから、現在の介護制度が家族を少しも楽にさせていない、24時間サポートできる体制づくりをしたいと厚労省の官僚らと勉強会をしているとのこと。この人は、子供の頃から介護の大変さ、それが今後ますます大変になることを認識していて、ヨーロッパなどでも介護関係の留学をしたり、日本でも介護の現場を体験しているとのこと。もちろん実現にあたっては、国民への負担増を考えざるをえないとのことだが。

この考え方には、全面賛成だ。

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子育てを政策的に支援し、介護を24時間サポート体制に持っていくことは、不可欠だと思う。しかし、それには、大きな財政負担を伴うのも確かである。

一方で、それにより、新しい雇用の場も生まれる(保育や介護)し、子育てや介護から開放される家族が労働力として働いてくれるという面もある。

国の制度が整うことも重要だが、これを社会企業家的に解決する手立てや、ある地域が自主的に制度化するという方策は考えられないものだろうか。

北欧などでは、実験的にある地域で成功したことを全国化することはよくある。日本でも、社会企業家やある地域の自主的な動きから暮らしやすい生活イメージが具体化することを期待したい。

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April 29, 2010

地域イノベーションと社会イノベーション

自分で「地域イノベーション」と言っておきながら、地域イノベーションって何だろうとずっと考えてきた。

1.今日の日本において、地域イノベーションの根本は、地域の住民が自分たちの望む暮らしを手に入れるために、自ら考え、自らそれを実現することだと思う。これまでは、国が決めて、与えらてくれる暮らしを甘んじて享受してきた(もちろん、選挙はしているが、有名無実化しており、私たちは、プロの政治家や官僚にまかせっきりにしてきた)。そうではなく、自分たちで暮らし方を選び取る、作り出す。これ自体が、これまでに比べれば新しい、つまりイノベーションである。この住民が主体的に暮らしを作り出す状況をとりあえず「自律」と呼んでおく。

2.地域のあるべき姿が「自律」であるとすると、自分たちで決め、作った地域というのは、住民にとっての自信(自分たちでやれる)につながり、誇りであり、自分たちのアイデンティティとなるはずである。わが町、オラが町である。

3.「自律」は、簡単ではない。住民の合意形成は、とても難しい。軋轢も生まれる。合意形成のやり方は、その地域地域で異なるだろうが、汗や血を流してルール化されなければならない。

4.合意を形成して全体として取り組むやり方と、もう一つ、誰かが何かを始め、それが成功を収めて、皆が納得し、それがデファクトになるというやり方もあるはずだ。後者は、比較的摩擦なく、かついろいろなアイデアが出されて、競争となり、良いものが受け入れられていく。

5.「自律」した地域を作ること自体が地域イノベーションであるが、実際には、個々の課題をどうするかという段階でも、それぞれの解決方法にイノベーションがあるはずだ。個々の課題というのは、子育て、環境、医療、福祉、雇用、教育、健康、交通等々である。

6.むしろ「自律」した地域を作るにあたって、レバレッジポイントとして、個々の課題解決があるのではないか。たとえば、子育てに関することでイノベーションが起こり、自分たちで解決することができるということを理解すると(成功体験)、それでは、環境についても、同じように自分たちで解決する方策を考え、実行しようということになる(イノベーションの他分野への波及・連鎖)。これが玉突きのように起こると、その地域全体が「自律」化する。

7.一つの分野での「自律」体験が、その地域の他分野での「自律」を誘発し、「自律」がその地域のDNAのようになる。

8.イノベーションが起こると、最初は、全体の社会からは変なやつと思われるが、次第にそちらの方が楽しそう、格好良いと思われるようになり、それが主流(デファクト)になっていく。「自律」することが楽しそう、格好良いと思われるようになり、自分たちが考え、決め、実行して成果を出すことが楽しくなる。あいつがやるなら、俺はもっとこうやるとか、やればできることが分かってくる。こうなると、「自律」が流行となり、それが続くと、その地域のDNAになる。

9.社会イノベーションの分野では、ある分野での課題解決方法がスケール・アウトする(他地域にも伝播する)ことで、社会変化のインパクトを大きくするとして評価される。一方、ある地域が「自律」的にある分野でイノベーションを起すと、それは、3つの方向で伝播する。

1つは、その分野で他地域に伝播する(これは社会イノベーションと同じ)。たとえば、子育てタクシーが全国に広がる。

2つ目は、イノベーションを起した人や組織がその分野で多方面のイノベーションを展開する。たとえば、サッカーで地域イノベーションを起したアルビレックスがバレーボールや野球などにも乗り出すなどだ。

3つ目は、ある地域である分野の「自律」が他分野の「自律」を促すようになる。この場合、第二のように同じ人が多面的な展開をするのではなく、A分野はAさんが、B分野はBさんがというように広がることが望ましい。この伝播が起こると、地域社会変革という社会インパクトが大きくなる。これは、社会イノベーションとは違う、地域イノベーションの特徴となる。

この事例は、まだ見つかっていない。たとえば、ビジネスでは、浜松がやらまいかで皆がオートバイを作ったようなことが「自律」でもみられると嬉しいのだけれど。栗山町がクリンなどの動きがあり、議会の民主化の動きがあるとか、三鷹や杉並、熊本の小国町、大分の湯布院などがそうだと面白いのだけれど。岩手県藤沢町は、どうだろうか。

これまでは、むしろ、一つの大きな成功体験が別の発展につながらないなど、イノベーションのジレンマ的なことが多いのかもしれない。たとえば、大山町農協は、宮崎県の先進農業(企業化農業)にはなれなかったなど(この事例は、違う分野への波及ではなく、同じ農業分野のイノベーションのことだが)。地域イノベーション分野で、イノベーションのジレンマの事例を見つけ、検証したい。

これとは別に、地域活性化を3年やって燃え尽きたとか、その折の挫折感が「自律」に向けた新しい動きのトラウマになっているという阻害例もあるかもしれない。

あるいは、夕張のように、折角破綻し、折角村上先生が新しい地域医療を始めたのに、行政や地域住民の意識が変らない「自律」できないという地域と、ある動きが地域を大きく玉突きのように変えていった地域とがあるかもしれない(成功事例は見つけてない)。

10.昔、浜野安弘さんが、渋谷のQフロントを手がけて(その前に手がけたものもそうだったはず)、一つのビルを変えると街が変ると嘯いていたことがある。これは、景観のレバレッジポイントということだろう。同じように、地域の「自律」において、ひとつの「自律」がレバレッジとなって、地域全体の「自律」化が進むと考えられる。

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April 28, 2010

社会企業家の事業分類とBOP狙いのビジネスチャンス

FAST COMPANYとモニターグループが実施した社会企業家賞(04-08年)を受けた組織は、67ある。分野別にみてみると、

・金融・コンサル・NPO支援 22

・人権 3

・農業・モノ 6

・教育 18

・環境 2

・雇用・労働 4

・ホームレス・貧困・住宅 8

・医療・健康 3

・フェアトレード 1

のようになっている。

もちろん、全体的に貧困(アメリカの、途上国の)というが背景にある。ホームレス・貧困・住宅のなかには、雇用も含まれている。

モノというのは、メガネを提供するというもので、前記事に書いたように、単に提供するだけでなく、それを販売するフランチャイジーを育てて雇用を生み出してもいるといった事例である。農業に必要な人力の機械の開発・提供などもある。

実は、事例研究をして、地域イノベーションにも使えるヒントはないものかと思ったのだが、前記事にも書いたように、圧倒的に多いのは、実際に現地で汗をかくというよりも、汗をかく人に資金を提供したり、コンサルをしたり、そういう組織を支援するなど、ある意味、第三次産業的な事例が多い。

金融・コンサルでは、特定の部門(教育とか地域コミュニティ再生とか、女性向けなど)を対象にしているものもある。

この金融・コンサルがサービスを提供しているのは、現地のマイクロファイナンスなどを提供しているNGO・NPOで、そのNGO・NPOが提供している金融サービスやコンサルを受けて、実際に現地で現地の人が汗をかいている。

その中には、先に農業・モノであげたように、メガネの販売であったり、人力利用の機械の販売であったりするというように、現地ならではの需要に対応したビジネスが生まれているという図式だ。

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Scojoのメガネは老眼鏡が中心らしい。生産コスト、物流コストが1ドルで、これを小売として3ドルで打っているという。

日本では、100円ショップで老眼鏡を売っている。日本のように物流コストが高い場所でも、小売価格が105円(税込み)なのだから、生産コストはもっと安いはずで、ダイソーがScojoのような社会ビジネスを展開しても良いはずだ。

うんと儲けなくても(あるいは儲かる)、ビジネスとして回るということなら可能だろう。ただし、おそらく生産は、日本ではなく、中国などに違いない。

ダノンがグラミン銀行と合弁で、バングラディッシュにヨーグルト工場を建て、現地ではフランチャイジーがマイクロビジネスとして販売している。バングラ版のヤクルトおばさんだ。

これも、ヤクルトがやれないはずはない。ヤクルトのHPを見ると、社会貢献活動を行っており、ヤクルトレディが一人暮らしの高齢者を訪問声かけしたり、防犯活動をしたり、乳がん撲滅のピンクリボンに協賛している。これを世界に展開可能なはずだ。

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本当は、日本の製造業の技術で、BOP市場を狙えるような商品開発ができないかと思っているのだが、途上国の粗い土壌で人力で動く機械などを開発するのは、むしろ難しいだろうか。

北海道のK社は、なんでも高価格な商品をソフト開発で低価格化するという戦略をとっている。しかし、電子機器化してしまうと途上国のように熱かったり、砂埃が多いところではエラーになってしまう可能性もある。同社の安い体温計を途上国に販売し、世界1の生産者になるというのは面白いとは思うのだけど。ノキアは、携帯電話でこうした環境で使える商品開発をしたようだが・・。

昭和の商品(洗濯板とか蚊取り線香とかリヤカーとか水枕とか・・)こういうものでBOP市場を狙うのは難しいのだろうか。仮に日本で開発し、工場は安くできる中国(望ましいのは現地だが)で生産するとしても、ノウハウを持つ日本の中小企業が知らない間にBOPを狙って、世界一の生産者になっているという図は描けないものだろうか。

Acumen Fundが投資した先で、川の水などを安全な飲み水に浄化するフィルターストローを開発し、衛生レベルの向上に貢献したという事例がある。こんなのは、東レなどが得意とするところだ。日本ではODAなどで大規模な井戸堀や海水浄化などをやっているはずだが、身近で扱い勝手がよいストローとは、なかなか発想しずらい。でも、こうしたことは考えられるはずだ。

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April 27, 2010

ボランティア活動を社会企業として考える

大阪のパナソニック城下町では、景気悪化で学校に行ききれない子供たちが増えているため、小学校を退職した先生が、補習授業をしているのをテレビでやっていた。

これなんかは、アメリカの低所得地域で社会起業としてよくありそうな話だ。

日本でも、先生のOB/OGを活用した補習授業を事業化し、それを全国的にスケールアウトできないものだろうか。

この場合、当初の活動資金は、パナソニックなどの地元企業からの寄付にするか、それとも教育に力を入れたい企業のCSRに依存することになるのだろうか。

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アメリカでは、両親が共稼ぎや一人親で、十分に子供に向かい合えない子供を助けるために、二番目の親を制度化している社会起業がある。この場合、子供の親もサービス料を支払うが、子育てが一段落し、もう少し社会貢献したいとか、寂しいので子供を預かりたいという二番目の親の方もお金を出す。

社会起業のほうで、二番目の親が守らなければならないことを決めたり、申請者がヘンな人かどうかのチェックをきちんとする。

二番目の親はあくまで二番目に徹しなくてはいけない。しかし、子供が自分の家では味わえない体験(二番目の親が美術館に連れて行くなど)なども味わうことができる。本当の親が急に病気になった折など、子供を預けることもできる。

日本では、こういう場合、親が児童擁護施設かというように、中間領域がないので、こうした仕組みは良いと思う。

そう思っていたら、保育園の待機児童解消のために、子供を預かる「保育ママ」という制度ができるとのこと。これまでの厳しかった資格制限を緩和させて、保育士などの資格を持たなくとも、講習会で可能になるらしい。

日本では、国が施策としてやるので悪くはないが、こうしたことを社会企業家が解決するようにならないものか。

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マイクロフランチャイズ

フエルダー直子さんの講演資料がウエブにありました。

そこでは、マイクロファイナンスのこれからの課題として、起業家タイプではない人への支援を増やすことが揚げられていて、その方法としてマイクロ・フランチャイズというのがありました。

要は、いちから全く新しいことにチャレンジするほどではないが、何かやろうと思っている人がいて、その地域に必要なビジネスをパッケージ化してフランチャイズする仕組みである。

マイクロ・フランチャイジングの事例としては、(1)グラミン銀行の農村部電話プログラム、(2)Scojoの読書用眼鏡、(3)CFW店舗(クリニック)、(4)Kickstart(灌漑ポンプ)、(5)Drishtee(ICTキオスク)、(6)Dreamburgerがあげられている。

上記の(2)は、途上国に眼鏡を普及させるというもの。高品質の眼鏡を販売する民間会社Scojo Vision LLC (www.scojo.com)とNPOで世界各国でメガネを必要とする人に入手可能な価格で商品を提供する事を目指すScojo 基金(www.scojofoundation.org)とがあり、後者がBPO(世界のなかでピラミッドの底辺の人たち)向け眼鏡市場を開拓している。

具体的には、メガネの販売を目的とする、現地起業家の選別、研修、設備の備え付け、融資を行っている。そしてフランチャイジーには箱入りビジネス(必要なものが揃っているバッグを100米ドルで販売)という仕組みをとっている。このなかには、視力検査表、ユニフォーム、研修修了書、メガネ(20組)、サングラス、点眼薬、等が入っているとのこと。

マイクロ・フランチャイジーは、自己のコミュニティにアイ・ケアを提供し、低価格メガネを販売(3~7ドル)する。売上の50%近くがマイクロ・フランチャイジーの収入になる。

グラミン銀行では、フランスのヨーグルト会社ダノンと合弁会社を設立し、それを販売するフランチャイジーをやっていたと記憶する。

これにより、眼鏡をかけられる人が増える、フランチャイジーの雇用が生まれ、収入がえられる。もちろん会社にとっても利益になる。三方良しの仕組みだ。

友人から頂戴している北海道開発局の雑誌『マルシェノルド』2009年3月号は「社会的企業と地域の活性化」が特集であり、このなかに、北海道の富士メガネが1983年から長期にわたって、フィランソロピーとして難民キャンプなどに検眼をし、メガネを提供している記事があった。北海道の企業にも、こんな立派な企業があるんだと正直感心して記事を読んだ。

しかし、これはあくまでも、善意の活動である。しかし、Scojoの場合には、これをビジネスとして成り立たせ、現地に雇用を生んでいる。こちらの方が持続性やメリットの波及効果が大きい。う~ん、これが社会企業家的解決方法なのだと良く分かったような気がした。

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寄付から投資へ-社会イノベーション分野の金融

社会イノベーション分野の事例で地域イノベーション分野に活用できるものはないかと、FAST COMPANYの賞を受けた事例を整理したのだが、高い評価を得ているのが、実際に現場で汗をかいているものではなく、「金融」や「コンサル」なのにちょっと驚き、違和感があった。

私のように足し算的な「可愛らしい」頭では、やはり大きな社会変革のうねりは捉えられそうにない。微分積分的な頭の良い人たちは、やっぱ、こうなんだ。

『チェンジメーカーⅡ」のなかに、表題の内容について、要領よくまとめられていたので、紹介しておく。

1.貧しい人たちへの寄付、助成金

2.マイクロファイナンス(零細事業の立ち上げに対する小額無担保融資)→極めて高い返済率が実証される

・NGOアクシオン・インターナショナル(創設者:ジョセフ・ブラッチフォード)1973年:マイクロローン(5人組になって互いの返済に連帯責任を持つ仕組み)

・グラミン銀行(バングラディッシュ)、フィンカ・インターナショナル(中南米)

3.マイクロファイナンス機関(貸し出しはできる)の銀行化

・ビジネスが順調に成功したメンバーは、連帯で金を借りる必要がなくなる。成功組は、稼いだ利益を貯蓄するための預金口座が必要。

・マイクロファイナンス機関は、銀行ライセンスがないので、預金口座を提供できなかった。そこで、銀行と提携する動きが始まった。

・1992年ボリビアのNGOバンコソルが銀行ライセンスを取得して銀行に転じた。

・2003年までに少なくとも重要なNGO39団体が銀行に転じた。

・プロクレジットバンク(創立者はドイツ人のC.P.ツァイティンガー)は1996年に第一号店をボスニア・ヘルツェゴビナで開設、その後、東欧、アフリカ、中南米などに19の銀行子会社を設ける。「連帯責任ローンは、人間関係が濃密な田舎社会だけで通用する。そのひと個人の価値で査定する。提示された起業のキャッシュフローとビジネスの具体的見通しを重視する。」個人の返済能力を見極めるため銀行スタッフの人材育成に力を入れる。返済率が非常に高い。2005年には大手格付け会社フィッチレーティングスから格付けを与えられる。常勤スタッフ2007年夏に1万7000人、貸付額45億ユーロ(5200億円)。銀行立ち上げ当初の2,3年間にかかるコストは世界銀行、国際金融公社などからの助成金に頼り、その後、自立運営に切り替わる。数年後には、立ち上げ段階から援助に頼らない経営が可能とのこと。

4.マイクロファイナンスの投資ファンド展開:投資金と運営アドバイスによる援助

マイクロファイナンスが確実な投資であるという評価が定着し、これを一般投資家と結びつけた営利の投資事業とする動きが出てきた。

・「プロファンド・インターナショナル」:アクシオンを中心とするNGO4組織が2300万ドルを集め、1995年にパナマで営利の投資会社を設立した。

 中南米のNGO運営によるマイクロファイナンス機関への投資で株主にできる限り高い投資リターンを生み出せることを立証する実験。1995年から10年間で解散するファンド。

 運営責任者アレックス・シルバ。当初は、12のマイクロファイナンス機関や零細企業化への資金援助を主業とする新しい銀行への投資を計画。しかし、投資先であるNGOの会合に出席したところ、投資ファンドの成否は、マイクロファイナンス機関の運営改善に掛かっていると判断。投資金とは別に、各機関の運営に深く関わって経営指導を始めた。その結果、12の機関がすべて目覚しい成長をとげ、銀行機能を持つ組織にまで成長。

 10年間にプロファンドが投資した国のうち、パラグアイとエクアドルが経済破綻し、ハイチ、ベネズエラ、ボリビアでは暴動や革命が起きた。このような厳しい状況下で、年平均6.65%のリターンを生み出した。2005年終了時には、資産は8億ドル、10年間に支援を受けた零細起業家は90万人に達した。

5.マイクロファイナンス投資の証券化

・2001年にスイスのジャン・フィリップ・ドウ・シュレーベルがジュネーブで創立したマイクロファイナンス投資会社「ブルーオーチャード・ファイナンス」が先駆け。モルガンスタンレー等の大手投資銀行と提携し、2007年までに7つのマイクロファイナンス投資ファンドを立ち上げ、34ヶ国にある92のマイクロファイナンス機関に総額4億5000万ドルを融資。

 ブ社が立ち上げた「BOLD2」は、2007年5月大手格付け会社スタンダード&プアーズからマイクロフィナンス向け投資信託ではじめて格付けを与えられた。「BOLD2」は、1億1000万ドルが集まったところで締め切り、12ヶ国にあるマイクロファイナンス機関に融資するとのこと。

6.社会変革への純然たる個人および機関投資家向け商品

・アメリカ「グッドキャピタル」が先兵、ヨーロッパでは、2007年秋以降、「オアシス」と「ソーシャル・アルファ・ファンド」が予定されている。

・「オアシス」は、ブ社を立ち上げたドウ・シュレーベルが考案したファンド。アショカ財団や世界経済フォーラムの社会起業部門がアドバイザリーに加わり、250の精鋭の社会起業を投資対象としたポートフォリオを作成。ロスチャイルド、モルガンスタンレー、シティバンク、HSBCなどの大手金融機関と提携している。最低25万ドルからの個人および機関投資家をつのる。

・「ソーシャル・アルファ・ファンド」は、スイスの銀行家テイム・ラドジー(モルガン等でフィランソロピー部門を設置した)が編み出した。財政的に安定したNGOと内容の優れた社会起業への貸付と、途上国での計測可能な開発(実際に病気の発生が激減するなど)のためのサービスや製品を提供する中小企業に投資を行う。

 元金を100%保証し、米国債と同額の利息を産む最も低リスクな商品から、利息30から40%の高リスク商品まで3種類を用意する計画。最低投資額は17万ドル。

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日本では、プラネットファイナンスジャパンがマイクロファイナンス関係のビジネスをしているとのこと。新生銀行が連携しているらしい。日本発なのかと思ったら、これは、ジャック・アタリ(フランスの経済学者)が設立したものらしい。ブ社に関わるフエルダー直子氏(『マイクロファイナンス入門』の著者)も連携しているらしい。

このような仕組みを作ることで、寄付や助成金に頼らず、社会的な企業にお金が流れるようになり、社会変革が進むのは、すごいことだ。

しかし、これを日本にもある貧困や地域経済衰退などに当てはめようと思うと、なかなか難しい。

日本には、すでにさまざまな金融機関があるし、先進国と途上国のようにお金の価値が違うわけではない(1万円で何人もが暮らせるなど)。次の記事で書いたように、雇用を生み出すために、先進国にはあるが、途上国にはないビジネスやサービスをフランチャイズするのも難しい。

日本に「あったらよいな」というサービスをそれなりの利益を生み出すビジネスにどう組み立てられるかが課題だ。

たとえば、高齢者世帯が増えるので、御用聞きやなんでも屋のニーズは高い。これを不安なく、かつボランティアではなくビジネス化し、それをスケールアウトすれば良いはずだがどうした可能だろうか。先日のテレビでやっていたのは家電小売店で量販店に比べて2割高くても受け入れてもらえるというようなのが望ましい。

西友では5000円以上購入すれば配達費が無料だが、高齢者世帯で5000円は結構つらいし、インターネットに接続していなければできない。本当は、商店街で小額でもこれをやりたいのだが、ボランティアではなくどうやるかだ。もちろん、高齢者が商店街で買物をしおしゃべるするのは健康によいが、トイレットペーパーなど結構大変なはずだ。

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手づくりの森:板橋区サンシティ

『CHIKAI』の続き。

板橋区にある世帯数1900のサンシティでは、1977年の分譲開始時「武蔵野の雑木林を復元しよう」と敷地内に植えられた数万本の木が30年の差異下司をかけて大きく成長した。

この緑を保全するために結成された住民組織「サンシティグリーンボランティア(SGV)」が木の剪定、下草の処理などを担っている。

15年ほど前、植えられた木が密生し、低層階へ日照障害を及ぼすようになった。被害を防ぐための剪定等には、当時のお金で800万円が必要。しかし、費用を住民に負担させることは難しく、管理組合理事会では、役員自らのボランティアで対応、その経験を土台に1997年にSGVが正式に発足した。

総勢90人で、毎週末には20人程度が参加。できる範囲のことは自分たちで行い、危険を伴う作業は、業者に任せている。最近では、ほだ木を使ってのしいたけ栽培や、野草園の造成、炭焼きなども手がける。

運営には難問が山積み。

1.植栽管理に関する住民の合意形成。低層階と高層階とでは意見が対立し、管理組合を通しての調整が難航することも。

2.後継者不足。メンバーの多くは70歳以上。

3.ボランティアとはいえ、活動費の大半が管理組合費から捻出されている以上、予算内で全住民がある程度納得できる緑地保全を実現するという使命感がある。

4.数年前から樹木の世代交代も進めている。全体の景観を守りながら森を再生させるため、対象となる敷地を各100から200㎡ほどに22の区画に分け、15年かけて少しづつ伐採、植樹、萌芽更新をしている。

マスコミでは理想郷というように簡単に言うが、上記のように、莫大な費用と手間がかかっている。

緑の多いマンションは、価格が30年前の分譲価格をほぼ維持している(資産効果)。また、ここが気に入って、嫁にいった娘や親戚などが空き室を求めて入居する傾向が多い。

緑のある暮らしがここで暮らした人にとって不可欠になっている。農村共同体では、仕事、生活などそこで暮らすうえで、共同体の一員にることが不可欠であったが、緑のある暮らしが、ここの住民にとって不可欠となっており、アイデンティティとなっている。また、維持管理を巡って、対立も含みながら住民全体でコミュニケーションをとるきっかけとなり、ボランティアで維持管理するための交流も生まれている。

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April 26, 2010

緑化を地域活性化につなげる

前ブログで紹介した「まちなか緑化」は、地域活性化につながっているようだ。

1.斎場に瞑想の森を作ったら、心地良いので、市民コンサートなどにも使われ、皆が憩う場所に。コミュニティの核として、かつては、鎮守の森があり、神社やお寺には森がつきものであった。その広場は、市が立ったり、子供たちが遊んだりする自由な場であった。この機能を再生することは非常に重要なことだ。

2.小公園の緑化を市民のアイデアで市民自らが手作りすると、その活動を通して住民のコミュニケーションや一体感が生まれ、また周辺住民も庭の花壇等をきれいにする、花がきれいですねなどと会話も生まれるようになる。

3.緑のカーテンを子供たちと地域住民で一緒につくり、収穫などを楽しむと、子供たちも生き物を育てる楽しさを感じられるし、地域のなかの学校・子供たちという縁が生まれる。昔は、小学校の運動会などが地域の行事であったが、地域との縁が切れてきているが、それを再生できる。

4.東京都は小中学校の校庭の芝生化を進めている。これによって、他地域から編入する子供も増えているという。芝生を維持するには、手間がかかり、地域のボランティア(芝生サポーター)なしには成り立たない。

・これも、レバレッジは都による事業化である。この事業では、57の企業・団体が「東京芝生応援団」をつくり、苗や管理道具の提供など物心両面から芝生化に取り組む学校を支援している。

・傷みが激しいので、養生期間を設けたり、曜日ごとに遊べる学年を決めるなどしている。

・補助金やボランティア依存ではなく、将来的には、NPOなどを設立して、管理費の受け皿をつくることも考えている。

・八名川小学校の場合には校友会組織がある(創立90周年のイベントを機に集まった小学校OBや町会、商店会の人たちからなる)。地域カレンダーの制作、フリーマーケット開催、地域と学校を結ぶ「やながわ新聞」の発行、小学校への外部講師招聘などをやっている。こうしたなかから、芝生管理をサポートする人が出てきて欲しい。

*地域の人が芝生管理をサポートし、地域の人にも校庭を開放(地域の人が利用する場合には、利用料を徴収することも)するようになれば地域との関係がより密になる。

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April 25, 2010

まちなか緑化

東京電力の『CHIKAI』2009年夏号はまちなか緑化が特集である。この記事から、気になるものを備忘のために記しておく。

1.森の中を散歩すると、血液中の免疫グロブリンが増加し、免疫力が高まることはわかっていた。なぜ増加するのか分からなかったのだが、大橋力さんたちの研究で、森の音と深く係わっていることが明らかになってきた。森からは、20キロヘルツ以上の高周波が出ており、それが人間の生命の中枢部である脳幹に大きな影響を与えていることが解明されはじめてきた。森の音とは、葉ずれの音、虫の声、鳥の声、せせらぎの音など、生きとし生けるものの生命の音とのこと。

2.東邦レオ株式会社の木田幸男さんは、屋上緑化などを手がけている。ビルの屋上では重さの制限があるので、軽い土壌を開発したり、根の張る深さと軽量性を持つ発砲スチロールの盤を開発するなど、必要に迫られて技術が生まれてきたとのこと。

・屋上緑化が一般化したのは、東京都の自然保護条例が改正された2001年から。民間施設で1000㎡以上、公共施設で250㎡以上の敷地に建物を新・改築する場合、屋上面積の20%の緑化が義務付けられ、罰則規定もある。

3.東大の石川先生は、各務原市で斎場を緑化し「瞑想の森」にしたら、市民のコンサートなどにも使われるようになった。また、行政と市民による「公園リフレッシュ」活動をしている。身近な小規模公園を緑化するためのアイデアを市民から募って、優れたアイデアは市民自ら実行してもらう。20ヶ所ほどになっている。自分たちが手入れすると自分たちの庭のように感じて、活動の原動力になる。公園がきれいになると、周辺の住宅でも花を植えはじめ、町全体が綺麗になっていく。

4.板橋の小学校の菊本先生は、2003年から6年生の総合的な学習の時間を使って緑のカーテンを始めた。涼しさを目的に始めたが、食物を育てる楽しさや収穫を味わう楽しさに加え、夏クーラーを使わないので風邪もひかなくなる、ゴーヤを食べれば血糖値も下るなどいろいろ楽しい効果が生まれた。

・保護者など「思い」を持った地域の方々などの力を取り入れることにより、教員も子供たちも楽しみながら取り組むことができた。楽しそうだと真似したくなる。声高に叫んだわけでもなく、どんどん(他校にも)ひろがっていった。

・菊本先生は、NPO緑のカーテン応援団の理事もしている。

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<頭の体操>上記を社会企業家風にやるにはどうしたらよいか考えてみる。

1.ミッション:屋上緑化をどんどん広げる(CO2削減、ヒートアイランド化を防ぐ)

東京都の場合、新・改築で一定規模の場合は屋上緑化が義務付けられている。罰則もある。優遇制度もある。これは法律がレバレッジになって負のスパイラル(ヒートアイランド化)をシステム変化させた。

しかし、既存の建物や小規模の建物の屋上緑化は義務付けられていないので、これをどんどん緑化させる。東京都以外の条例のない地域にも緑化を進める(進んでいるようだ)。

木田さんの会社は、これをビジネスでやっている。ネットで「屋上緑化」をみると、さまざまな企業がさまざまな手法でビジネスとしてやっている。埼玉県では、協同組合を作って、信用力や対応力を高めている。

このように、ビジネスでやっている中で、社会企業家的にやるには、どんなことが考えられるのだろうか。

(1)具体的な設計、施工は、業者がやるので、専ら緑化を呼びかける(緑化の社会的メリット、所有者にとってのメリット)ことに力を入れる。施工のポイントや工法比較など第三者的評価もする。緑化後の活用アイデアなどを提供する(公園として、緑化巡り、音楽会などイベントのソフト)。

(2)活動資金は、関連業界の企業のCSRとして寄付を募る。埼玉の協同組合がやっているような情報を一元化したウェブを作ったり、まがい物などをチェックできるようにする。

(3)スケールアウトを狙い、主要都市で活動する。

(4)小規模建物向けに手作りでできるパッケージを開発し、それを指導・販売する。

(5)成果を測る尺度は、ある地域の屋上面積の○割など。グーグルアースを使ってのデモ。町ぐるみ競争など。

*屋上緑化が新しい価値を生み出すなどの何かプラスアルファの提案がないと、多くの人が緑化をしようという気になりにくい。

・花一杯運動のように、イベントで種の入った袋を配るのと同じように、(4)を上手くやる方法など開発すれば、イノベーションになる。

2.ミッション:緑のカーテンをどんどん広げる

菊本先生が係わっているNPO応援団が既にある。ウェブで緑のカーテンに取り組んでいる個人、学校、企業が紹介されている(ブログにリンク)。作り方や注意事項、維持方法、CO2削減などの効果も書かれている。

行政の小予算で学校が手作りで行う方法と行政が大予算で業者に委託する方法とがあるが、前者を推し進める。

これを社会企業家的にやるにはどうしたらよいのだろうか。

(1)緑のカーテンづくりをもっと積極的に推し進めるため、まず、全国の学校に向けて広報活動をする。

(2)緑のカーテンを進めるための段取りについてのパッケージを用意し、やりたい学校などに向けて研修を行う。あるいは、先生向け講習会。地域の人との交流をどのようにするかを指導する。

(3)教育や緑化に関心のある企業のCSRとして寄付を得る。

(4)行政が小予算を組んでくれていればよいが、そうでない場合、募金を募る(父兄や地元)。

(5)緑のカーテン学校巡りとか作物交換会とか、何か楽しくもっと広がるソフトを考える。

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富士市産業支援センター「f-Biz」の小出さん

『SRI」には、小出さんがこれまでやってきたビジネス支援について、事例を交えて紹介されている。

小出さんは、地域産業起しに燃える人の会でも選ばれて、知ってはいたのだが、どのような仕事を具体的にしているのか知らなかったが、この記事を読むと良く分かった。

マーケティングや製品開発の手伝いだけでなく、何をしたらよいか分からないがやる気だけある人の話しを聞いてビジネス化の手伝いをするということまでやっているとは知らなかった。私もコンサルして欲しいくらいだ。

彼は、最初は、SOHOしずおかというインキュベーション施設におり、この施設の人を対象に支援をしていたが、施設以外の外部の人の相談にのり、施設に入居している専門家を紹介するなど、次第に地域全体を対象とするようになった。

コミュニティビジネスというのは、地域の課題に応えるために、ビジネスの手法を用いて解決する取り組みと役所などで定義されているが、そうではなく、「住民が活き活きと何かにチャレンジしてこそ地域が元気になる」と彼は捉えている。

だから、何かやりたいけど何をしたらよいか分からない人にもそのチャレンジを支援するわけだ。

小出さんのような人がもっと増えて欲しい。

3つの適正が必要とのこと。

①ビジネスセンスが高いこと

②高いコミュニケーション能力を持っていること

③情熱があること

私も小出さんのような仕事をしたいのだが、ビジネスセンスがないのでダメだろうか。身体に余裕ができたら、弟子になろうか。

地域イノベーション論を担当しているのに、実は、未だに、何が地域イノベーションなのか決めかねている。それでいて、昔からやられている地域活性化ではないのではないかと思っている。昔から良くやられているのは、イベントとか補助金を貰った事業で、その期間、当事者は、やったやったと高揚感を得られるが、それが終わると何事もなかったようになる。

そこで、社会企業家分野で使われている評価と比べて、システム変化をもたらそうとしていないとか、スケールアウトをして社会インパクトを大きくしようと思っていないとか、持続性を考えていないなどと言ってきた。しかし、なんか、違うものを比較しているような気もする。

小出さんが定義しているように、「住民が活き活きと何かにチャレンジしてこそ地域が元気になる」と捉えれば、住民が消極的で、受身的ではなく、前向きで、チャレンジすることで生きがいを感じるようにするというのは閉塞感のある日本の社会にシステム変化をもたらすことになる。これは地域イノベーションだ!

1.地域の課題解決にシステム変化をもたらす(貧困、格差、治安、景観など)・・・これは、社会企業家と同じスタンスで悪くはないがある意味後ろ向きだ

2.こうありたいという社会を実現するためにシステム変化をもたらす(緑のある暮らし、生き物を育てて豊かなこころになる、地域に対話や交流がある)・・・こうありたいのに今できないのは、確かに課題なので、1と同じだが、気持ち的に前向きだ

3.住民一人ひとりが活き活きと何かにチャレンジするのを可能にする・・・これは2のこうありたい社会の実現の一つである。緑のある暮らしとチャレンジする暮らしは同じディメンジョン。しかし、チャレンジする暮らしの実現は、全体としてみると2なのだが、個々の一人ひとりにとってみると、チャレンジの分野はいろいろである。

遊ぶ、仕事をする、ビジネスをはじめる、勉強する、資格を取る、人の役に立つ、人とコミュニケーションする・・・。平たく言うと一人ひとりの「夢」の実現。高度成長期には、皆で同じ夢を見れたが、今はそうではない。これが閉塞感を生んでいる。「憧れ」が見えなくなっている。あるいは見えても、その段取りが見えない。

おばあさんから子供まで、老若男女がそれぞれの状況で夢を持ち、それにチャレンジする社会を作り出す。村上龍が『13歳のハローワーク』を作成しているが、仕事を見せるのではなく、全年齢にとっての多彩なハロードリームの持ち方を示し、実行させられるようにすること。これが、地域イノベーションだろう・・・というより日本イノベーションだろう。

おばあさん(私だ)やおじいさんも夢をみられるようにする。もちろん学生も、子供も。

定年退職して遊ぶ、旅行する・・・消費者(受身)としての第二の人生も、もちろん悪くないが、ある種の「生産者」(能動的に取り組む)として夢を描けるようにする。農家の高齢者は、高齢になっても、畑で自家消費用であれ農作物を作ったり、わらじやカゴをつくったり、土木工事をしたりする。祭りを取り仕切る。一次産業で可能なことを都会人が新規にやってもよいが、都会的にも何かやれるようにする。

NTTコミュニケーションかなにかのCMでおばあさんが夢を語るのがあったが、これだ。

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縮小論的地域社会の構築を目指す:熊本大徳野教授

『SRI』の記事の続き。

熊本大学の徳野貞雄教授は、日本全体で人口減少するなか、地域振興といって人口を増やす発想(現在の政策は、Iターンに期待したり、都市との交流などが図られている)には無理がある、縮小を前提にした展望を描くべきであると述べている。

これはもっともだ。

徳野先生は、家族と世帯を一緒くたに考えているが、実態調査をしてみると、高齢者だけの世帯を他地域に住んでいる子供たちが結構頻繁に見たりしていることに着目し、こうした関係をどのようにつくり、強化していくかが大事であるとしている。

・自分を中心に中核となるのが30人:家族、親族など無条件で助け合える人

・その周辺が200人:利害関係抜き伊にサポートしてくれる知人、同僚、近隣の人たち

・さらにその回りに、自分のいうことを一応受け止めてくれる人が2000人くらいいる

昔の社会を考えると、大字である自然村の人口規模はだいたい4000人くらいだった。人間は、個体識別して知り合いになれるのが3000人くらいといわれ、これが基礎集団に相当する。

車社会という広域型分業社会のなかで、個体識別と相互扶助が成立するシステムをどう再生するか、それが集落の維持・再生の今日的課題であるとしている。

限界集落の定義には、①集落の65歳以上の高齢化率が50%以上、②社会的共同生活の維持困難の2点があるが、行政では数字が出しやすいので専ら①で議論されている。しかし、前述のように、他地域に出ている子供たちなどとの連携が実際にはあり、それを考えると、高齢化比率が高くても、生活が成り立っている場合がある。車で1時間半以内に家族が住んでいれば、行き来できる。

・こうした実態を調査するのを「T型集落点検」(おそらくTは教授の名前からだろう)という。

・たとえば、ある部落では、在村者20人、他出している子孫が152人もいる。

集落の存続、活性化の政策モデルというと、農業の規模拡大、6次産業化、都市農村交流などが出てくるが、こういうのはコンサルを儲けさせるだけ。大事なのは、中核的兼業農家を集落のなかに作ることであるという。

その前提として、「兼業農家が現代社会において、最も豊かで安定した階層である。」という認識がある。収入が多いというよりも、生活全体の充足度が高く、安定している。

独居世帯、夫婦世帯、中高世帯を多世代同居の兼業農家が支え、これらの世帯の子供が帰ってくるのを待つ。20戸の集落で多世代同居家族が5戸あれば、他の独居、高齢者世帯が生活できる。

・小国町で、夏休みによそに出た孫を呼んで自然体験をしたら、村総出の行事となり、子供(孫)たちが楽しくて家に帰らなくなり、久しくこなかった嫁が迎えに来た。

・都市農村交流などを事業としてやっているが、全く知らない人と交流するよりも、つながりのある人と交流したほうが良いに決まっている(却って軋轢もあるのだろうか・・)。親族等と交流できる仕組みを考えるべきであるとのこと。言われてみればもっともだ。

・町で結婚50周年の祝いをし、葬式で家族が集まるのではなく、生きているうちに家族が集まるよう、会社には有給を貰うなどの工夫も良いだろう。

田舎には、「職場」は少ないが「仕事」はあり、いろいろと兼業すれば食べていける。むしろ、これがこれまでの普通の生活だった。

言われてみれば、そうである。

かつては、会社が共同体として機能し、住み心地がよかったが、今日では、一人の人間・それも一生を付き合うということはなくなり、技や能力を切り売りするようになっているビジネス社会は、虚しいものである。

○○さんという一人の人間として認識され、その得意分野で助け合う(それが仕事になる)という意味で、高齢者であっても、一人ひとりがなんらかの仕事を探せる(人の役に立つ)という意味でも田舎や兼業の暮らしは、人間的といえる。

「地域」はセーフティネットであると思ってきたが、昔の共同体のように、どうしても無くてはならないもの、アイデンティティにするにはどうしたらよいのだろうと思ってきたが、山手線の内側のグローバル競争をしている企業に勤める生活以外の人たちが、「兼業」しながら相互に助け合える暮らしをするようになると、これは、人間らしい生き方として、アイデンティティになれるし、互恵となれば、共同体のようになれる可能性がある。

量販店より2割くらい高いが地元の人が喜んでそこから購入する家電小売店がテレビで紹介されていた(町田市のでんかのヤマグチ。方法は、月に一回くらい御用聞きに担当者が回るらしい。すると、ちょうど電球が切れたとか、換気扇を取り替えたいと思っていたなどのニーズに出くわす。

私もライフバルのガス屋に助けられているが、これから一人暮らしや高齢世帯が増えるなかで、御用聞き、何でも屋へのニーズは高まる。一方で騙されるという怖さがある。そこで、顔見知り、店が近くにあるという関係性を構築できれば、安心して家のなかに入れられる。

これは、限界集落などだけでなく、都会や都市近郊でも、未来の姿かもしれない。高齢者団地などで声かけ運動のようなものをしている例があるが、チラシを配るなどよりも、高齢者が必要な高いところを作業するなどだと、両方にメリットがあるはずだ。単なる声かけだと、申し訳ないとか、偽善的な匂いがつきまとうが・・。

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April 24, 2010

「協働」の政策理念のもとで何をめざすべきか

名和田先生の続き。

1.「公共」思想の進化

公共というと公共サービスのことが主に念頭に置かれていることが多いが、「公共的意思決定」「住民自治の充実」「参加」が重要。

さらに、公共の「場」というのが根源的な意味合いには含まれている。

もともと公共とは、誰でもアクセスできる場を指していた。その中で自由な交流、自由な論議が育まれることで、人間関係の形成が豊かになり、民主的な政治論議も熟成されていく。このような場として、カフェ、飲み屋、劇場、公園などが機能してきた。

しかし、こうした公共の場で交流する生活スタイルを現代人は徐々に失っているように見える、協働の取り組みの担い手を広げていくためにも、その裾野としてこうした交流の場を再建する必要がある。

今全国で交流拠点づくり、居場所づくり、コミュニティカフェづくりが熱心に取り組まれている。・・・これは、政策上の分類としては、コミュニティビジネス支援として捉えられているが、根源的意味である「公共の場」の再建を目指す取り組みであると考える。

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居場所づくりが熱心に行われているとは知らなかった。私はちょっとこれをやってみたいものだ。

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福祉文化の共有のチャンス。北欧でノーマライゼーションの理念が1960年代から提唱された。この理念の実現には、行政当局の姿勢だけでは不十分で、地域社会自身が差別と偏見を克服し、さまざまな属性の人々を普通に受け入れる気風(福祉文化)を共有する必要がある。

自らの生活問題を自ら認識し、自ら決定し、自ら執行するコミュニティが求められる今、こうした福祉文化の共有のチャンスの時期であるし、こうした指向性を持つことが求められている。

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協働の資金的枠組み

名和田先生の続き。

協働で住民のボランティアによりコスト削減を図るにしても、活動資金は必要である。その資金的枠組みを考えておくべきである。大きく3つの方法がある。

1.行政が税金を原資として用意する補助金や委託金(指定管理者制度を含む)。

2.民間の寄付を上手く誘導して、新しいアイデアを持った市民の取り組みに資金を流していく。

・「神奈川こども未来ファンド」(こうしたことにとりくむNPO)

・横浜市の「よこはま夢ファンド」地方公共団体が免税の特典を生かして寄付金を集める

・市川市の「1%支援制度」

3.地域の課題を地域住民が主体的にビジネスの手法を用いて解決する取り組みであるコミュニティビジネスを政策的に支援する仕組みをつくる。

http://www.kanto.meti.go.jp/seisaku/community/index_about.html

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参加と協働

名和田先生の記事の続き。

近年のコミュニティ政策の基調として、「参加」と「協働」がある。財政危機のもとで、安く住民を使う協働が注目されがちだが、ほとんどの自治基本条例は、両方を規定している。

・参加:自治体の意思決定に参加していく権利

・協働:行政と連携して住民自身も自治体の公共サービスを担うべき責務ないし義務

コミュニティを法律、条例、要綱に基づいて制度化しようという試みが取り組まれている。

・第27次地方制度調査会で、法律上の自治体内分権制度である「地域自治区」の「地区協議会」を公選制にし、十分な決定権限を備えた身近で民主的な仕組みとすることが議論されたが、結局見送られた。

・その根底に、コミュニティレベルで選挙制の住民組織が機能するだろうかの懸念がある。

・「参加」の理念に忠実であろうとすれば、コミュニティにのみ関連する重要な決定事項はできるだけ当該コミュニティの住民達自身で決定するのがよく、その決定機関の民主的正当性を確保し、法律上の権限まで付与するのであれば、公選制が良い。

・しかし、意思決定に関心のある人と地域で汗を流して活動する人が同じであるとは限らない。単に議論し決定する(口)だけの人は権威を持ち得ない(汗をかかないと)。公選制にすると、口だけの人が集うことになり、地域住民に信頼されないだろう。

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昔の庄屋さんなどは、金持ちというだけでなく、学もあり、信望もあり、今でいうフィランソロピー的な旦那風であった。

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新潟市の方式:行政区のレベルに法律上の「区自治協議会」を置き、小学校区ないし連合自治会のレベルに「地域コミュニティ協議会」という住民組織を置いている。前者が「参加」の後者が「協働」の機関である。

もう一つは、法律上の地域自治区(審議機関である)制度を採用した自治体で見られる、住民組織の二重化である。

宮崎市の方式:地域協議会のほかに「地域まちづくり推進委員会」(実働組織)

飯田市の方式:地域協議会のほかに「まちづくり委員会」(実働組織)

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地域コミュニティが注目される背景:名和田先生

法政大学法学部教授の名和田先生は、地域コミュニティに詳しい。『コミュニティの自治-自治体内分権と協働の国際比較』日本評論社も読んだが、静岡総研の雑誌『SRI』2009年10月号に書かれている記事が短いので分かりやすい。紹介を兼ねて整理しておく。

まず、近年地域コミュニティが注目される背景として3点挙げている。

1.1990年代移行のバブル経済崩壊後の不況と財政危機という事情から、行政サービスの縮小を補う形で「共助」の重要性が再認識された。

・70年代から80年代にかけて、各自治体でコミュニティ政策がとられた。小学校区程度のエリアに、コミュニティ・センター(コミセン)を整備し、地元の住民組織に管理運営を委託するなどが行われた。しかし、この頃には、まだ日本経済が比較的良好なパフォーマンスだったので、コミュニティ形成をテーマとしながらも、生涯学習活動の拠点として意識されていた。

・しかし、昨今では、上記と似ているが、住民組織に、地域内の切実な生活課題に取り組むという地域福祉的な活動が求められている。

2.平成の大合併により、自治体内分権制度ができた。

この制度は、合併して消滅するもとの行政区域の不満や不安を解消して合併を進めるために作られたという側面もある。しかし、制度設計のなかには(第27次地方制度調査会答申)、自治体の規模が大きくなることによって住民自治が薄くなることを懸念している考え方が含まれている。また、答申では、「協働」という政治理念、すなわち、住民サービスを担うのは行政のみでなく、住民やコミュニティ組織、NPO等も担い手であり、これらと連携していくという考え方を提起している。

・ヨーロッパでは、合併によって制度上消滅するコミュニティを自治体以内分権制度によって制度のなかに残す措置がとられた。

・特にドイツでは、州によって制度は異なるものの、自治体内分権の仕組みが法律によって精緻に制度化されている。

・日本は、開発主義的な国づくりのなかで、明治の大合併、昭和の大合併と、全国的な合併が二度も行われたにも係わらず、それによって消滅する地域的まとまりが法律や条例によって制度的に残されるという対応は行われなかった(平成の大合併の折の地方自治法改正まで)。

3.自治会・町内会の衰退がみられ、コミュニティの再生が政策目標として自覚的に取り上げられるようになった。

・自治会・町内会は、民間組織でありながら、一定地域を取り仕切るという、通常ならば国家権力や制度の背景抜きにはできそうもないことをやりとげてきた特有な地域組織である。自然集落的なレベルを組織する単位自治会と昭和の大合併で消滅した小学校区程度のエリアである連合自治会とが民間地域組織として機能してきた。

・国家権力や制度の力を使わず、その基本は合意原則である。民間的原理だけで地域を組織する、そこに住む人全員が会員になってもらうという偉業がなしとげられてきた。しかし、昨今加入率が低下してきている。

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自治会の多くは、戦時中の隣組組織に端を発しているのではないか。

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