イギリスの社会企業家
日本政策金融公庫「調査月報」09年3月号は、イギリスの社会企業家を特集している。
これを読む限りでは、イギリスの場合、活動費用を行政からの委託に依存している度合いが多い。アメリカの社会企業家では、それ自体でビジネスになる事業を目指していたり、寄付や補助金から投資へという流れが話題となっているなかで、社会企業の先進地域であると言われているイギリスがある意味事業が「自立」していないのに、ちょっと驚く。日本の社会企業が介護保険など制度に依存したり、低コスト化を目指す行政の委託(安い下請け)に依存しているのでなぁんだと思っていたので。
でも、逆に、日本の現状への参考にしやすいとも言える。そこで、要点を紹介しておく。
1.従業員規模9人以下が約半数を占めるなど比較的小規模。
2.活動内容は、人の支援が77%、自然環境保全が5%、両方が18%と、人の支援が中心。その内容では、地域コミュニティ一般24%、障害者19%、子供・若者17%、高齢者15%、低所得者12%、その他社会的弱者9%、失業者9%、特定民族7%、女性6%、ホームレス4%などとなっている。
3.衰退地域(社会保障給付者の割合が高いなど)が増加しており、ここでの問題解決に社会企業の役割が期待されている。こうした地域の状況は「社会的排除」と表現される。「人々または地域が失業、差別、低スキル、劣悪な住居、犯罪の多さ、家族の崩壊といった相互に関連する問題の結合に直面したときに起こりうる状況」のこと。
4.英国政府は、社会企業に支援策を講じてきた。2002年には、その後の3年間に実施する支援策を体系的に取りまとめた「ソーシャルエンタープライズ:成功のための戦略」、2006年にはその内容を継承、発展させた「ソーシャルエンタープライズ:アクションプラン」が公表された。2006年には、非営利セクターに関する政策立案をとりまとめる部署「サードセクター室」を内閣府に設立、各省庁の施策の調整を図るための制度的枠組みを整備した。
5.事例
(1)FRCグループ
ここは、従業者数71人、年間収入4億円以上と規模が大きい。ここは、家具のリサイクル事業を手がける。リバプールや近郊の自治体から受託している廃品回収を通じてリサイクル家具を調達し、約7割をリサイクルに回す。販売先は低所得者向けの住宅を供給する住宅公社や自治体など公的部門で、これが売上の8割。このほか、直営店で販売(低所得者向け)。仕入れ値がゼロなので安く販売可能。
これとあわせて12ヶ月の職業訓練を実施している。訓練生は、スタッフとして働きつつ、技能習得を目指すと共に、毎朝定時に出社するとか、欠勤するときは連絡するなどの基本的な勤労倫理を身に付ける。
収入のうち約9割が家具の販売で、補助金は4%。職業訓練のための費用は、自社の利益、行政からの補助金、委託事業費で賄っている。・・ここは、廃品回収を自治体から請け負い、販路も公共部門であるし、訓練に補助金や委託事業が入っているものの、相対的には、ビジネス化しており、自立している。
(2)エレファントジョブス
ロンドンの低所得地域で地元企業に対する経営支援を行っている。従業者数は21人。たとえば、政府調達に関して、入札の仕組みの説明、提案書の書き方の指導、個別のカウンセリングなどのセミナーを行っている。
このほか、地域住民に対し、失業者に職業訓練(ITスキル、裁縫技術などの座学講座)。
同社の収入のうち補助金は6%だが、残りの事業収入の大半は、行政からの受託である。
(3)HCTグループ
これは、従業者数440人、年間収入22億円と大規模である。ロンドンのハックニー特別区で交通サービスを提供している。4つの路線バスの運行、特別支援学校向けスクールバス運行、障害者や高齢者など交通弱者に「コミュニティ・トランスポート」提供(病院やスーパーなどを巡回する乗り降り自由のバス、障害者等向け低価格のタクシー)。
ここは、地域の長期失業者を対象にしたバスドライバー育成を実施、これまでの受講者は300人。
収入は、路線バス、スクールバスは行政の受託が8割、コミュニティ・トランスポートによる収入は1割。後者は赤字事業で、前者で得た利益で補填している。
6.補助金から委託事業へ(補助金から契約へ)
事例で分かるように、英国の社会企業は委託事業が主な収入源。この背景には、英国政府が公共サービスの提供者に対して、それまでの補助金から委託事業を発注する方針に転換してきたことがある。もともとはボランティア団体で補助金を得ていたが、政府の転換で委託事業を受ける社会企業に転換したところが多い。
補助金だと、厳格な達成目標が示されず、サービスの質を高めることができない。委託事業の場合には、達成目標が契約の中で明示される。「職業訓練プログラム受講者の○%以上が就労すること」など。
7.透明性と差別的取り扱い禁止(EU競争法)のなかで委託事業を獲得
委託事業を入札で獲得するために、社会企業は、経営努力をし、従業員のモチベーションを高める(表彰制度、休憩室づくりなど)工夫をしている。このほか、地域密着性(地域の情報に詳しく、ニーズをきちんと把握している、地元他組織と連携し失業者を見つけやすいなど)、オーナーへの配当がないなどがコスト競争力となっている。
8.社会的価値を評価
このほか、社会的価値をどれだけ生み出しているかが評価される傾向にある。英国政府は、「特定の社会的目的の実現を通じて、社会的価値を高めることを可能にする、契約または調達プロセスにおける要件」(ソーシャル・クローズ)を導入することを検討している。
このため、社会企業は、自らの社会的成果を評価することに力を入れている。訓練生のうち就職できる人が○%とか、マイノリティを○%といった具合。これは、地域住民や支援者などのステークホルダーへの説明責任を果たすためもある。
中間支援団体がさまざまな活動評価ツールを開発している。FRCグループが導入している社会的投資収益率SROIは、中間支援団体ニュー・エコノミック・ファウンデーションが開発したもの。職業訓練を例にとると、就職した元失業者の収入やそれに伴う税収の増加、かつて支給されていた失業手当などを金銭的価値に置き換え、事業によってどれだけ金銭的価値が生み出されたかを示す。
9.資金調達問題
①英国政府:フューチャービルダーズと呼ばれる基金の設立(2004年)。受託事業を受注するために必要な資金を社会企業を含む非営利組織に提供することを目的として設立された総額1億2500万ポンドの投資ファンド。ここからは、基本的には融資がなされる。しかし、その効果は限定的であると評価されている(4年間の融資実績は184団体、7800ポンドにすぎない)。
今後、銀行の休眠口座にある資金の活用、社会的投資のための証券取引所の設立、社会企業に融資をする銀行に対し、原資を供給することを目的とした「社会投資銀行」の設立などが検討されている。
②非営利向け銀行:英国には、チャリティ・バンクや協同組合銀行など非営利組織向けの銀行が複数存在する。
CAFバンクは、非営利組織に寄付を行う民間団体によって設立された銀行。同行は、2002年にファンドを設立、社会企業に対する融資を開始した。6年間の融資実績は250件、1200万ポンド(15億円くらい)、すべて無担保。ファンドの原資は、CAFバンクのほか、8つの企業や財団、個人などから提供されており、現在のファンド規模は800万ポンド。回収不能となった融資は10%未満。同行の融資が呼び水になり、他の民間金融機関も融資を始めた(しかし、不動産担保融資やつなぎ資金の融資が中心)。
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