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May 24, 2010

住民自治の最初の一歩

住民自治の最初の一歩は、漠然と感じている不安や不満の解消が地域の問題として取り組むべき問題であることを分からせることなのではないか

具体的に何か問題を抱えていて、それを地域の問題として解決しようと思っていることがあれば分かりやすい。

藤沢町の例で言えば、(安全のため、利便性のため)道路を整備して欲しい、防犯のため防犯灯を付けて欲しい。

このように具体的な問題が明確な場合は簡単だが、そうではない場合、地域の課題であると落とし込むのは実は難しい。

藤沢町の例で言えば、「働き手が町から離れて高齢化が進み、不安である」という漠然とした不安から、高齢になっても住み慣れた地域で笑顔で暮らすにはどうしたら良いか、それには、まず第一に健康であること、それには、予防が大切であること、いざという時に直ぐにかかれる病院があること、しかし普段は介護や支援を得ながら元気に自宅で暮らすこと、それでも暮らせなくなったら、安心して入居できる老人ホームがあること、高齢者や高齢者単独世帯が増えて、家族だけでは見きれないので、その分を地域で支えることができる仕組みをつくろうというビジョンを描く。

そのビジョンを描くために、町の中心に病院を建設する、予防医療や在宅介護を含めた地域医療を実現してくれる医者を探してつれてくること、その近くにリハビリや老人ホームを併設して建設すること・・・それには、税金を投入するが、住民の側も、予防や健康維持に努めるのを義務であると認識する、医者と保健婦や介護サービスが連携するといった具体的な実施計画を作り、実行する。結果、医療費は低く抑えられ、病院は黒字で、高齢者は安心して地域で暮らせる、ここに投入された税金については町民の理解を得られる。

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今日も中学時代の先生にお目にかかると、少し離れた地域にいる一人暮らしの義姉の介護をしており、やっとケアハウスに入れたが、病気になったので居られなくなり、その後は介護をしていて、大変だったが昨日亡くなられたとのこと。先生も70代後半で老々介護、一人暮らしの義姉が他にも2人居るとのこと、ご主人も高齢だし、男性はなかなか役に立たない。

母の知人も一人暮らしの姉が隣の市に居るのを面倒みている。私も仕事を辞めたし、友人は、仕事をしながら長野まで介護に通っていた。別の友人は、東京の仕事を辞めて、四国の実家の方で仕事を得て、親の介護をしている。

つまり、介護保険はあるし、ある程度の支援は得られるものの、結局は、家族、といっても距離的に、あるいは血縁的に「遠い親戚など」が自分の暮らしを犠牲にして面倒を見なければならない。そして、おそらく、中学の先生も、母の知人も、私も、まもなく誰かに迷惑をかけることになるのだろう。

うんと金持ちなら、フルで介護するサービスを購入することはできるだろうが、一般の人の場合は、家族といっても遠い家族が介護に振り回されることになる。介護する方にとっては、「予想」していなかった事態が降りかかってくるわけだし、介護される方も、まさか、こんな人にまで迷惑をかけるとはおそらく思っていなかったに違いない。そんなことを思えば、安心して生きていられない。「人生をどう全うするか」という大切なことが介護するほうもされる方も振りまわされて落ち着かない。

若いうちは、コンビニさえあれば、親も要らないと思っている。元気なうちは、わずらわしい親戚関係や親子関係や近所づきあいはしたくないと思っている。それならそれで、人生の最後も、猫や象みたいに、そっと森に入ってこっそり死ねればよいのだが。

どういう風に生きて、どういう風に死んでいくのだろう。

藤沢町では、地域で心を開きあい、そこで家族や地域が提供する必要なサービスを得つつ、死んでいくのだろうか。にっちもさっちも行かなくなったら、死ぬまでは、町の中心にある老人ホームに入ると皆思っているので、安心なのだろうか。・・・ここは、これから資料を読むのだが。

西東京市は、確か人口20万人くらいだ。藤沢町を例にするなら、1万人規模の20のエリアに分けて、そこに一つずつ老人ホームがあり、町を行き交う人が顔見知りで、挨拶しあい、何かあったら、助け合ってくれ、一人で暮らせなくなったら、老人ホームに必ず入れるという感じだろうか。子供が生まれて育てるのに、近所の子育ての先輩が病気になったら面倒みてくれたり、預かってくれたりするのだろうか。

私が住んでいた地域は、長屋で、元々は中島飛行機の社宅だったから、生活水準も同じぐらいで、全部あけっぴろげだった。お風呂も借り合っていたし、子供をお姉さん達が面倒みたし、夫婦喧嘩も皆が知っていた。建替えて、塀ができて、縁側がなくなり、入り口にピンポンがついてから、生活を見せないようになった。

現在は、6ヶ所くらいの包括支援センターで介護サービスを提供するようになっているが、ここに勤務している人は、勤め人であり、地域の人の顔などを知っているわけではない。現在の介護保険制度は、ある限られたサービスしか提供していない。それも、制度によるサービスなので、公平や公正をきす必要があるため、ある意味、ソソとした付き合いだ。

う~ん、地域で安心して暮らし、死んでいけるためには、どういうビジョンを描けば良いのだろうか。

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