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August 29, 2010

地域イノベーションを考えるにあたって

地域イノベーションについて考えるにあたって、

1.最初は、まちおこしや地域再生事業などの具体的事業を検討した。

しかし、多くが、数年経つと立ち消えてしまっていたり、事業に携わっている人以外には影響を及ぼしていないように見受けられた(きちんと事例をすべて追いかけて分析してはいない)。

この理由を探るなかで、

(1)資金の問題

①事業の資金が国の補助金であり、補助事業が終わるとともに終了してしまい、お金を別途調達して続けることがないらしい、②何かやりたくて補助事業を活用した場合は事業の成果が残るが、お金が欲しくて補助事業のスキームに合わせて計画を策定しても、急ごしらえであって、地域の本当の課題解決につながらず、補助事業が終了すると消えるだけでなく、トラウマなど地域に傷を残すこともある。

(2)社会変革への意欲

また、一生懸命やっている事業でも、たとえばアメリカの社会起業家の評価基準でチェックしてみると、

①カリスマリーダーがやっているが、組織化などがなされていないので、持続性に欠ける(田舎では、組織化するにあたっても人材がいないということもある)

②首長が中心になって取り組んだものの、少ない予算規模のなかで、右に傾きすぎると、首長の任期終了後、反対勢力が出てきて事業が途絶えてしまう(道半ばで終わってしまうこともあるし、そもそも計画がその地域にとって無謀であることもある)

③その地域限定でものを考え実行するので他地域展開しにくい(地方自治体の第三セクターや農協など)、当事者にも地域発のイノベーションで社会全体を変えるという思いがない

④既得権益を守っているなかでの小手先の改善であり、地域の課題を本格的に変えていこうというスタンスではない(商店街の活性化で、イベントや歩道の修復など、地域の中でその商店街に求められているものが何か、もしかすると自己否定につながるかもしれないことまで踏み込んでいない)。

2.社会起業家が輩出されればよいのか。

では、アメリカの社会起業家のように、ある課題を解決する社会起業家(社会を変える意思を持ち、持続可能なビジネスモデルを構築)が次々と誕生したら、地域は良くなるのだろうかと考えた場合、それはそれで良いが、地域の活性化にはつながらないような気がしてきた。

アメリカの社会起業家も、最初はある特定の地域で、貧困やそれによっておこる教育格差、健康格差などに取り組む。そのモデルが良いと、寄付などが得られ、全国展開、世界展開となる。そういう意味では、日本のある地域の課題を解決する社会起業家が出てくることは望ましいし、それがなんらかの方法で全国展開すれば、社会変革は加速されるだろう。

たとえば、地域の資源を活用した地域産品のブランド化、マーケティングの手伝い、販路開拓をする社会起業家が生まれるなどだ。こうした動きがないわけではない。あるいは、ある地域で開発された病児保育の手法が全国の自治体に受け入れられ、支援を受けて全国展開するなどだ。

これはこれで素晴らしいことだが、なんだか、地域の活性化とは違うような気がする。地域の住民が主役で、この人たちが皆イキイキとすることがなければ、社会起業家がある課題を解決しても意味がないのではないか。確かに、たとえば、病児保育が普及し、お母さんがイキイキと仕事と家事を両立させられれば、地域の所得も増えるし、お母さんもイキイキするので良い。しかし、病児保育は、あくまでも地域の人たちの生活を支えるサービスの一つに過ぎないのではないか。

3.地域住民が自分たちの暮らしを良くしたいと立ち上がる。

つまり、主客転倒のような気がするのだ。確かに行政サービスが行き届かないところを、社会起業家が行政よりも安く良いサービスを提供するのは良いことだ。しかし、行政や社会起業家がサービスを提供する前に、主役である地域住民が自分たちが主役であり、こういう暮らしをしたいのだという明確な思いがあるべきなのではないか。

そんなことを考えているうちに、日本では、主役である住民が受け身で出来合のサービスを受けているだけなのではないかと思えてきた。民主主義が根付いていないのが問題なのではないか。

そこで、まず、自治について考え、そうなると、多様な生活スタイルや考えの人が暮らす地域で、合意を得るとか、どのようにガバナンスしていくのかということが気になってきた。

そこで、少し調べてみると、宮本常一が西日本では、かつて寄合というのがあって、合意ができるまで延々と話し合うというのを見つけたり、町内会の位置づけなどの研究や、討議する民主主義の研究などがあることを知り、紹介してきた。

前の記事で紹介した山浦晴男『住民・行政・NPO協働で進める最新地域再生マニュアル』では、宮城県田代島での寄合ワークショップの経緯が書かれていて、当初は、諦め感と行政への文句(陳情)だけであった住民たちが次第に本当は諦めていない自分に気づき、こうなってくれたらという思いを話だし、その後自分たちで何かしようと内発的に動き出す(お金を出す、汗をかく)経緯が紹介されている。

この田代島で起きたことこそが、地域活性化なのではないかと思えてきた。

田代島では、過疎が進み、皆諦めきっており、島民もバラバラになっていたのが、島をなんとかしたいというようになり、皆でやれることをやってみようと動き始めた。これには、著者らファシリテーターの役割が大きい。

日本中の地域で、住民たちが自分たちの地域に愛着を持ち、こうありたいと夢を描き、その実現のために、自分たちの力でなんとかしようと知恵を働かせ、汗をかく。その結果、皆イキイキとしはじめる。自分たちでどうしても不足するところは、行政に働きかける。これが自治であり、民主主義だと思う。

山浦さんの本には、小さなエリアにおけるさまざまな取り組みが紹介されており、こういうことができているなら、大丈夫なんじゃないかと思えてくる。もちろん、これらは大海の一滴なのだろうが、日本のあらゆるエリアでこうしたことが行われれば、皆顔が明るくなるに違いない。

日本津々浦々に、こうした自治の取り組み(受動から能動へというシステム変化)が伝播すれば、これは、地域イノベーションといえるだろう。その意味では、山浦さんの地域再生マニュアルは、いろいろな地域に応用可能であり、ある種の発明かもしれない。たとえば、蒸気機関を誰かが発明し、それが船や列車に応用されてイノベーションが広がっていったのと同じことだ。

同じ生産要素(住民)でも、気づき、やればやれるなどの刺激を与えることで(生産関数、エネルギー源の変化)、受動から能動に変わり、明るくなったり、一体感が生まれたり、愛着が増したり、楽しくなり、生産性(地域が活性化される)があがる。

同じ綿糸をつかっても、人力ではなく「動力機械」を使うことで生産性が上がるのと同じ。同じ従業員でも、QCサークルなどで動機づけをすると工程がカイゼンされて、不良品が出ないのと同じ。あるいは、もっと創造的で、研究開発部門でいろいろな人材がフリートーキングすると新しい発想が生まれるのと同じかもしれない。

○受動から能動を経験した地域は、これがDNAとなって、最初の事業だけでなく、次々と新しい発想で事業展開する。

○受動から能動を経験した地域は、当初コアメンバーだったが、遠巻きに見ていた人にも影響を与えて、周辺部分から新しい取り組みが生まれる。

○受動から能動を経験した地域が話題となり、I・Uターンなど外部から人がやってきて、新しい改革が始まる

・・・なんか、こんなことがあってくれると、綿糸の革新が進み生産性があがると、綿織物の革新が促され、あるいは、蒸気機関が電力になるなどのような玉突き現象が起きるようで面白いのだが。

こうした地域の受動→能動の動きが周辺などを巻き込んでイノベーションを加速させていくことと、町おこしや社会起業家との関係はどう考えたらよいのだろうか。地域の受動→能動の動きに刺激されるなかで社会起業家が生まれやすいとか、逆に社会起業家が動くことがきっかけで地域の能動化への動きが起こるということはあるのだろうか。今までの事例の経緯では、社会起業家だけが動くと、地域との間には溝があったりしそうだ。一方、これを上手く外部の目などとして活用しようということが地域内部から芽生えればよいのかもしれない、あるいは、一緒に考える場を設定するなどの仕掛けが必要なのかもしれない(山浦さん、木原さんがやっているように)。

4.気になっていること、そのほか

○山浦さんの事例は、課題に当面している地域の事例だ。確かに、日本中本当はどの地域も課題を抱えているのだが、合併に当面している、人口流出が凄い、高齢化が凄いなどの逼迫した問題に当面している地域が事例となっている。これは一周遅れのトップランナーなのかもしれない(受動から能動へと変わるという意味で)。しかし、こうした真面目な取り組みだけでなく(取り組みは楽しくないと続かないのだから、楽しいのだろうが)、課題解決ではなく、楽しくってしょうがなかったらこうなったというような事例と対応を考えてみたい。

たとえば、実際には一体感がない地域は課題ではあるのだが、その課題に気づかなかったのだが、アルビレックスを応援するなかで結果として一体感が生まれたとか、そこから新しいビジネスが生まれたなどのイメージだ(新潟がそうかどうかは分からない、たとえばである)。

○もう一つは、子供たちが素直に楽しい思い出を持ち、それが記憶に残って、その地域を愛するという視点である。昔の地域のお祭り・盆踊りはそうだったはずだ。これを新しい時代にどう作り出すか。これには、遊んで楽しかった(消費者)というだけでなく、自分たちがやり遂げた(達成感、一体感)というような体験と記憶(文化)をどうつくりあげるかだ。これは、スリルや悪事も含む。

○地域(東京以外)の当面の切実な問題は、若い人が働ける場所がないということで、これが高齢者や人口減少を生んでいる。日本中人口減少のなかで、どのような暮らしをイメージするのか、グローバル化のなかで、人々がどうやって食べていけるのかこの具体的イメージを描かないことには、ビジョンやイノベーションの姿を描くことはできない。

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