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August 13, 2010

地域活性化に必要なこと(2)住民自治-我孫子市

1.地域が活性化するには、住民が自分たちの地域をどうしたいのか考え、自ら決定し、自ら実行し、それに責任を取るようにならないとダメなのではないかと思う。

2.その場合、住民が責任を持てる地域というのは、合併が進み、道州制が議論されているが、そんな大きなものではないのではないか。

3.しかし、現状、地域のことなど面倒くさいなど、自分のこととして考えたがらない住民を意欲的な住民にするには、どうしたらよいのか。

4.地方分権の方向にあるが、お上の都合で分権されても、住民が地域のことに主体的に取り組む基盤が出来ていなかったら意味がないのではないか。自治体にただ分権しても、本当の自治にはならないのではないか。

というようなことをあれこれ考えている。いくつかの文献を読むと、いろいろなヒントがあったので、ランダムに記載しておく。

1.大本先生が我孫子の元市長の福嶋さんにインタビューしている記事があり、これによると、福島さんの考え方は、私の疑問に答えている。

ヨーロッパなどで言われている補完性の原理は、市民の活動がまずあって、それを補完するのが自治体とされ、出発点が市民であるのに対し、日本では、市町村を都道府県が補完し、それを国が補完するというように、出発点が基礎自治体になっている。

何を分権するかを中央が考えるのではなく、市民がやりたいこと・やれることをやって・・・の順番。地方自治体が民間に委託するにしても、こちらが考えて任すのではなく、自分たちにやらせてくれたら、もっとよくできるものを提案してもらう。

いわゆる「新たな公共」は、「市民との協働」と「市民への分権」によって実現する。

・市民とは「他者を配慮でき、自己決定ができ、決定に対する責任のとれる自立した人格の個人」を指す。

市民は、ボランタリー・アソシエイション(NPOなど)の活動を通して自治能力を高め、成長していく。

・自治能力とは、「異なる立場、異なる利害関係を持つ市民同士がきちんと対話して、議論のなかでお互いに納得できる合意を自らつくりだしていく力」である。

これを実現するために、福嶋さんは、次のようなことをやってきた。

(1)市民の育成と市民への分権:市民のボランタリー・アソシエーション活動(NPOなど)への支援

・市民活動、NPO、市民事業(コミュニティ・ビジネス:CB)への支援は市民活動支援課(小さな政府で豊かな公共)が担当(専任5名・嘱託2名)

・市民活動レベルアップセミナー、シニア世代歓迎の集い、地域活動インターンシップ・プログラム、小中学生へのボランティア体験情報提供、市民活動フェア、空き家・空き店舗情報提供、公募補助金制度、市民事業・CB支援事業(CB推進協議会運営、CBフォーラム、CB起業講座、CBサロン、起業のための研修等受講料助成)、市民活動公益保険、NPO活動に対する支援(収益事業をやった場合、法人市民性均等割5万円を免除)

・市川市の税金の1%を自分が指定するNPOなどに市が補助する仕組み。寄付に対する税控除ができないのでやったのだろう。ただ。税金とは、所得に応じて支払い、その使い道においては主権者全員が同じ権利を持つという大前提からすると原理を崩している。たくさん納めた人は税金の使い方により発言力を持つことになるから。1%だから許されているが。

(2)市民参加・参画の徹底と行政と市民の協働

・計画案づくりからの市民参画、計画の実行段階での参加、行政職員への民間経験者の採用。総合基本計画だけでなく、各部署の審査委員会等へも市民公募。

・情報公開(議員からの議会外での要望もすべて開示する)

市民投票制度(選挙で市長や議員を選んでも、1票入れるときに候補者の政策の全部に賛成したとは限らない。選挙の折に浮上していなかった重要なテーマが出てくる場合もある。主権者である市民と市長や議会の意思がずれていると市民が感じた時に、投票して判断を仰ぐ仕組みを用意することは大切。条例で制定

・まちづくり協議会(11エリア、地域のコミセンを自主運営したり)。地域のコミュニティとテーマ別コミュニティ(福祉とか、環境とか・・)。藤沢町のように、自分たちの要求に優先順位をつけるまでには至っていない。

(3)「新しい公共」として提案型公共サービス民営化制度

・行政の役割は、最小限とし(①許認可など公権力を伴う仕事、②あらゆる市民や企業の活動をコーディネートし下支えしていく仕事)、それ以外のすべての事業を対象に、企業、NPO、CB、市民活動団体などから、委託・民営化の提案を募集。

(4)職員の行政能力の向上

・施策の立案にあたり、シンクタンクに委託することなく、当該部署の職員による実態調査、アンケート調査などによって問題やニーズを調べたうえで、施策の計画を立案。

(5)ノーマライゼーションの福祉(子供と障害者に重点)

(6)持続可能なまちづくり(特に手賀沼の浄化と周辺環境整備:周辺の農業促進)

○議会(首長となれ合いにならない:チェック機能)→市民に責任を持つというスタンスはまだ。議会は、もともと、執行部に要求する、批判することでやってきて、問題提起とその解決策(議員立法)はやれていない。議員は公の場で批判されることに慣れていない。旧来は根回し方式(議会はシャンシャン)。議会として市民に説明する、市民の意見を聞くはなかなかやられていない(栗山町)。

○福嶋「議会と市民の自治が別々にあるのではなく、議会は市民の自治の一番基本的な制度。ただ、議会の議員や市長を選挙で選ぶだけでなく、日常的に直接行政のいろいろな分野に参加することが大切だ。そっちも選挙と同じくらい重要だと言っているわけで、直接参加だけが市民の自治だと言っているわけではない

○市長が出した議案一つにしても、それを審議するときに議会は公聴会を開けるはずだし、タウンミーティングをやってもよい。これがやられていない。大本「イギリスでは、タウンミーティングは夜開かれて、傍聴し、意見をいう、それをもとに議会で決めていく」

○議員は、知り合いに頼まれると例外的にでも特例で配慮して欲しいと動きがち。請願(紹介議員がいる場合)、いない場合は陳情(一定のマスがないと効果ない)。我孫子では、請願も陳情も同じ扱いにしているが、ふつうは陳情は聞いておくだけになりがち。

代議制はしょうがないので直接参加だという市民自治は、逆に限られた市民自治になりかねない

○福嶋氏が提案した住民基本条例は、何回もパブコメをやったが、議会で否決された。

●オンブズマン制度(行政活動監視:中野区、川崎市が導入)

●国会では法制局が法案を瑕疵がないかチェック。地方自治体では、議会事務局が担うが不十分。我孫子では、市の政策法務室が条例案づくりをサポートする制度を作った。市民が作れるようになる。傍聴者も発言できる制度。

○2004年に環境保全の一環として、古利根沼を乱開発から守るための用地取得費の一部に充てる「住民参加型ミニ市場公募債(オオバン我孫子市民債)」は、国債0.8%金利のところ0.58%なのに、発行総額2億円の予定が10億円以上集まった。

○住民の関心が高まり、児童虐待件数が増えたのは、隠れていたものが見えてきた。

●J.S.ミル『代議制統治論』「統治の卓越の最も重要な点は、国民の徳と知性を向上させること」。大本「市民自治を実現するため、行政依存的でない、自立した、他者を配慮できる市民が多く育つための条件づくり、基盤づくりに我孫子市長はじめ行政が努力」

●国立市、狛江市、尼崎市でも市長が同様のことをやったり、やろうとしている。大本「問題は、市民および行政職員の両者をどのように自律的・自立的市民に育て・高めるかにある。その方法が具体的でないと対等の参加と協働が実現しにくい

●宮崎県綾町(有機農業の町:照葉樹林文化)郷田實町長(脳溢血で突然死)→その後九州電力が鉄塔を立てるために原生林を伐採

●長井市のレインボープラン(生ごみのたい肥化)に刺激を受けて、市民の人は強化しろというが、熟度の高い堆肥になるのかが問題(有機農家が求める良質な肥料でないと)。

●スウェーデン:子供のノーマライゼーション:人工的な公園などを取り壊して自然に戻し、子供を遊ばせるが、危険もある。危険を体験させることが生きる権利。

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「住民が自分たちの地域をどうしたいのか考え、自ら決定し、自ら実行し、それに責任を取る」

これを本当の住民自治というのだと思うのだが、人口が増えれば、直接民主主義は難しくなり、代議制にならざるをえない。しかし、住民の意向を反映させるためにいろいろな仕組みが考えだされており、それが選挙やリコールなどだ。

地方自治は、団体自治と住民自治とからなるとされ、前者は、自治体が国とは別の自治権を持つということ、後者は、地方自治体は、住民の意志を受けて自治を行うこととされている。したがって、「住民自治」と言った場合、あくまで主体は、地方自治体で、その団体の活動を住民がきちんとガバナンスすることが住民自治の意味になっている。

住民が自治体をガバナンスするための手段としては、選挙、条例の制定・改廃の請求、事務の監査、議会の解散を請求、議員等の解職の請求などの権利が挙げられている。言ってしまえば、選挙の時しか意志を表明できないような感じだ。

しかし、制度は、その背景や環境が整っていなければ形骸化してしまう。

住民が政治(自分たちの地域をどうしたいか)に関心を持たなければ、選挙もいいかげんなものになってしまう。選ばれた首長や議員も、ただ選ばれたので偉いと思って特権意識のみあったのでは、地域が良くはならない。

このため、代議制はやむを得ないとしても、それを十分に活かすためには、住民が福嶋氏いうところの「市民」となり、「自治能力」を持つようにならなければならない。

しかしながら、住民は、自分たちの地域を自分たちで考えるものだとの認識を持つに至っていない。このために、覚醒させることと、ハウツウの訓練が必要であり、その一例が我孫子市がやっているさまざまな仕掛けであろう。

住民に身近なこと、切羽詰まったことでワークショップを開くなどのことから自分たちが主人公であり、自分たちが動けば、地域が変わることを実感し、議論や運動の方法などを体験して学んでいくことが必要だろう。そして、そうした人を増やしていく。

本当は、子供のころから、そういう体験を通して、自分たちの地域のことを考えさせ、それは自分たちで解決していくべきものである(そのために、首長や議会や行政を使うも含め)と覚えていくことが必要なのだろうと思う。これが民主主義の教育だと思うが、現状、どこまでやれているのだろうか。ただ、選挙に行けというのではダメだろう。

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Comments

I enjoy what you guys are usually up too. Such clever work and reporting! Keep up the excellent works guys I've included you guys to my personal blogroll.

Posted by: Jamie | June 23, 2014 at 03:19 PM

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