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October 15, 2010

トリプルへリックス

ヘンリー・エツコウィッツ『トリプルへリックス』芙蓉書房2009年(原文は2008年)を読んだ。

トリプル(3つ)とは、大学、産業界、政府三者間のことで、へリックスとは螺旋のことらしい。古代メソポタミアで水を下から汲み上げるために発明されたトリプルへリックス構造のウォータースクリューは、農地を灌漑するための農業イノベーションで活用された水力学システムであるとともに、古代世界の七不思議のひとつであるバビロンの空中庭園の中核的な技術でもあったとのこと。現在、ネットでこの言葉を検索すると、コラーゲンの構造がそうであるらしい。

それはさておき、昔のように、研究開発が企業で密かになされたり、大学が象牙の塔に閉じこもるのではなく、知識社会では、新しい知識を生み出すために、大学、産業界、政府の三者がそれぞれ本来の役割を担うと同時に、他の役割も担い、相互作用をしてイノベーションを加速させていくことを「トリプルへリックス」と呼んでいる。こうした社会全体でイノベーションを起こすようにすることをイノベーションのイノベーションと呼んでいる。

産官学の連携が具体化している今日、特に目新しいことが書かれているのではなく、こうした状況を再定義したことがこの本の意義のようだ。

そのなかで、役に立ちそうな箇所を抜書きする。

1.地域イノベーション・オルガナイザー(RIO)と地域イノベーション・イニシエーター(RII)を分けて使っている。前者は、地域イノベーションを起こすために、プレーヤーを集める能力が求められ、後者は、資源を集積し、企業設立の主導権を取るだけの十分な名声と権威を輸していなければならないとしている。この説明として、以下の事例があげられている。

1920年代にニューイングランド州の知事は、当該地域の大学、産業界、政府の指導者層を招集して会合を何回か開催した。そして、最終的に科学を基盤とした企業の形成というアイデアを暖めて、地域の指導者層を行動に導いたのは、当時のMIT学長カール・コンプトンであった。

逆に、ニューヨーク州科学アカデミーが1990年代半ばに大学、産業界、政府の代表者たちを招集して、知識基盤型の経済発展を支援する会合を何回か開催したが、この時には、RIOからRIIへの移行が不調に終わり、行動を起こすまでには至らなかった。

2.地域における知識基盤型経済発展のフェーズとして、3つの空間をあげており、どの順番から始まってもよいとしている。

①知識空間の創出:関連する研究開発活動、および他の適切な活動の集中により、イノベーションのためのローカルな条件を改善するため、さまざまなアクター間の共同作業に焦点を当てる。

②コンセンサス空間の創出:アイデアと戦略は、社会機構セクター(学術的、公的、私的)間の複雑な相互関係つまり「トリプルへリックス」の中で生成される。

③イノベーション空間の創出:先のフェーズの中で、明確に表現された目標を実現する試み、たとえば、公的あるいは民間のベンチャーキャピタル(資本、技術知識および事業知識の結合)を確立し、(かつ/あるいは)引きつけることが重要である。

この本に書かれていることは知識社会への移行にあたって必要であると皆分かっているわけで、それが何故上手くいかないのか、どうしたら上手くいくのかについてヒントが得られる本ではなかった。

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