August 28, 2010

町内会の見方(日本的文化、行政の末端、自治体の原型、二重構造)

前の記事で、アメリカに比べた場合、日本の町内会の普及率が高いことについての評価を紹介した。

長田攻一「地域社会の二重構造と都市町内会」早稲田大学大学院文学研究科紀要哲学・史学編所収1990年をネットで見つけたが、ここでも、町内会を認め直す見解が書かれていて、面白いなぁと思った。

この論文自体は、町内会をめぐる従来の捉え方にみられる争点を整理し、それに検討を加えており、学術的な素養のないものにとって非常に読みにくく、おそらくちゃんと理解できていない(行政学者と社会学者による捉え方の違いなど)。私が理解した範囲で、面白いと思ったところだけ紹介する。

面白いと思ったのは、一度廃止されたはずの町内会が新たに復活していること、この現実に学者たちが着目し、議論や研究が重ねられてきたということだ。

その背景には、学者の間で、町内会は前近代的なもので、都市化の進展に伴い衰退するはずであるという定説があったためだ。定説と現実とのギャップを前に、学者たちが納得の行く答えを見つけようとしてきた。たとえば;

・日本人の集団原理の一つ(文化の型として把握する)

・町内会を地域権力構造としてみる(地方行政における末端事務の補完、圧力団体)

・町内会を生活集団としてみる

・町内会を地方自治体として捉えなおす(私生児扱いされながらも、近代的自治制度の不行き届きな側面を補完し、結局、地方自治の二重構造を生み出している)

○戦前からの町内会の歴史

・昭和15年内務訓令17号「部落会町内会等整備要綱」によって、戦時下での国民統制と戦時事務の徹底化をはかるために、町内会が全国的に整備されるとともに、大政翼賛会の傘下に入り、昭和18年の市町村制改正により、町内会が名実ともに国家行政の末端機構として法制化された。

・戦後まもなく、占領軍GHQの強い要請の下で、政令15号によって町内会等の隣保組織は法令の上で廃止される。

・しかし、その3ケ月以内には、8割近くの組織が名称を変えるなどして事実上復活し、同政令が1952年に失効すると、町内会は全国各地で公然と活動を開始し始めた。

・1950年代末から60年代に入り、都市化、産業化の進展が目覚ましく、とくに都市地域において多くの自発的・多元的な機能集団が結成されるが、これらは次第に町内会に吸収ないしは一元化され、町内会が再生産されていった。

・内部構造は、以前の旧名望家地主層にかわり自営業者、中小企業主を中心とする旧中間層による階層的支配の構造を温在している。(今は、元学校の先生や主婦などに変わってきているのではないか)

◆上記の歴史があるため、町内会は、自治・民主化に逆行するものであると捉えられた。

○明治期の地方自治制度の成立の歴史

・明治政府の徹底した中央集権志向による西欧的な地方自治制度形成の試みは、官僚的支配における権力構造の浸透を円滑化するための装置として地方自治体を構想することであった。

・1871年:大区小区制度(旧来の藩制村の組織を大区・小区に分類し、庄屋、名主、組頭、年寄等の名称が戸長、副戸長と改められ、これらを準官吏とする行政末端機構として再編成)→失敗(あまりにも人工的な計画は実際の村落構造と著しく矛盾を来す)

・1879年:郡区町村編成法による郡町村の復活(地租改正事業の円滑化などを背景として旧来の町村を再認識するとともに、それらと県をつなぐ官僚機関として郡役所を置くことになり、地方自治制度の骨格が形成される)

・1888年:市制町村制(町村行政の徹底化をめざして、旧来の村落共同体末端組織としての集落組織が「区」」としての位置づけを与えられ、行政の補助機関としての機能を期待されることになる。旧来の集落秩序をそのまま温存しつつ、町村の側から区長を任命して行政の末端機構として位置づけられる「区」の原型が明確な姿をあらわす)

・1899年府県制郡制

◆明治政府は、日本の地方自治制度の形成にあたり、旧来の名望家-地主層の階層的支配構造をそのまま承認し温存すると同時に、寺社の再編成を積極的に推し進める。この上に町村制の補強を企てた(イギリスのパリッシュが教区をベースにしているのに対し、日本は、寺社の仕組みを壊したことが今日のよりどころの無さにつながっているのかもしれない。天皇一家にしたところ、それが戦後崩壊したにも係らず、寺社という精神の拠り所<ある種の人間社会を上手く回す知恵>が再生されなかった)。

これを「区は、地方名望家層の勢力培養としての役割をもたらした」という見方もある。

旧来の共同体的秩序を基盤とする区が地域住民の日常生活と自治体とを媒介する装置としての機能を負わされてきた。

◆このため、①ゲマインシャフト的な基礎集団と生活上の便宜を目的とするゲゼルシャフト的な機能集団という異なる性格を併せ持ち、また②行政末端機構としての役割担っているとされる。

◆町内会は、戦後法制上は任意団体となり、公的行政から制度的に切り離されたにも拘わらず、行政の側では、戦後の経済復興と急激な産業化・都市化に対応して町村合併を推進し行政の効率を高める努力をする一方、拡大する行政事務処理と地域住民との媒介装置の必要から、町内会への依存をますます高めていった。町内会は行政の補助事務を代行し、それに対し行政は補助金を支出するという慣例が定着している(私の自治会では、何がこれにあたるのだろう?)

◆町内会が地域の利害を代表し、行政に対して圧力団体的機能を果たす例がかなり多いことが指摘され、町内会を住民自治組織と見る見方もある。環境整備、公害阻止などの生活防衛を目的として行動(具体的に知らないが、そんな活動をしている町内会があるのだろうか)。

◆町内会は、旧来の生活共同体的自治機構を温存させつつ、それを新たな地方自治機構の素に組み込もうとしたことにより、一見一元化されたかにみえる官治的支配機構の内部に、いわば二重の構造化の契機を孕むことになった。上からつくられた行政組織としての地方自治体と、町内の生み出した地域集団としての自治組織の共存である。→町内会を地方自治体と考える。

そう考えると、①自動的ないし半強制的に全戸加入、②機能的に未分化(包括的)、③地方行政事務の末端協力機構、④一つの地域には一つの町内会しかない・・・といった町内会の特徴は不思議でないことになる。

◆日本人の自治感覚の基礎は、欧米人のような共通の信条と契約の論理に基づく自治とは対照的に、その場その場の状況に合わせた調和を乱さないようにする秩序感覚に求める意見もある。日本人にあった自治の適正規模は、人間関係の場がそこに成立していなければならず、その規模が町内会なのだ。町村合併によって地方公共団体は大きくなる一方であり、町内会との二重構造が生じた。

◆日本においては、地域社会の原型を神への信仰を中心とし、生産と生活の共同によって生み出された村落共同体に求める見方が有力。村落共同体を出自とする都市住民が村落共同体をもでるにして生活秩序を築いた。日本の都市の生活集団からなる社会を町内(まちうち)として分析(松平誠)。生産のための共同を媒介とせず、地縁的な生活共同体を構成する必要から、自治的集団を構築。

・近隣結合:個々の家が持つ個別の生活欲求を中心に自然に形成された近隣数個による生活単位

・町結合:アモルフな広がりをもつ町部のなかで、同族団や小組では処理しきれない生活上の欲求を満たすために形成された組の結合。

・地域集団結合:その組がより制度化された集団へと転化した場合、町内会のような地域集団が成立する。これは、必ずしも共同体的基礎を必要とせず、明示された規約と機構を持つ制度化の度合いの高い集団。

町内会:伝統的に町結合が果たしてきた防火・防犯・衛生などの用具的機能、親睦などの表出的機能、町内の統合・調整機能の一切。

◆江戸時代から明治にかけ、分権から中央集権へ、経済や産業構造が大きく変化し、戦後地域社会の構造が大きく変化してきたにも拘わらず、ミクロなレベルでは、地縁に基づく自衛と相互扶助の秩序が温存し続けてきた。庶民の生活秩序そのものには、大きな変更が加えられることがなかった。

上からの自治制度形成に支配された町内会の側面から目を転じて、異質なものを包摂しながら全体としての統合を果たしうるような特殊な組織原理をこを探っていくべきではないか。時代状況に応じた柔軟な適応によって存続し続けるきわめて特殊な組織原理なのではないか(五人組を最末端とすいる地域社会のうちに、この秩序感覚は蓄えられていた)。

秩序感覚の特徴は、

①血縁よりも、軒並みや最寄など地縁に基づく(日本では、血縁集団の力が早い時期に弱まり、地縁集団の力が強まった。氏神が血縁集団の守り神ではなくなり、土地の神である産土神と混同され、さらに出生とも関係のない鎮守と渾然となってしまった)。

したがって欧米の近隣社会と違って、宗教、信条、階級や職業が雑多であり、その違いが人間関係の場に持ち込まれない

③この地縁的秩序は、特定のイデオロギーによって形成されたものではなく、それだけに外部からの影響に対しては無防備でありその作用を受けやすい(無性格性)。この無性格性こそ、異質な支配を支えうる根拠となっている。

④規模が比較的小さく、の組織や機能が平均化されており、したがってそのなかで培われた秩序感覚や儀礼のパターンは、日本人の多くに共有された文化型を構成し、どこにいっても通用する一種の言語的機能を果たしうる。

→町内会を単なる自治組織ないしアソシエーションとしてとらえるのではなく、基底にある生活秩序およびその文化的特質を踏まえて、その上に成立していると捉えるべき。

そう考えると、都市の町内会が老人の親睦機能しか果たしていないのは、衰退と認識すべきではなく、親睦などのゲマインシャフト的機能は、もともと近隣結合のなかで培われ、蓄積された生活秩序感覚が町内会に反映されたとみるべき。ゲゼルシャフト的機能を官製自治体が担うようになればなるほど、町内会にはゲマインシャフト的な機能が残ったとみるべき。

こうした性格を持った町内会が明治、大正、昭和、戦後の社会変動のなかで、どのような基本的性格を維持し、どんな変容をしたかを地域ごとに詳細に観察すべき。

◆戦後の産業構造の変化より、地域社会が主婦、子供、高齢者など、経済的生産に従事していない人々が主体となっている傾向を、従来、地域社会の空洞化と考えるきらいがあったが、生産のための共同がないからといってこれを地域社会の空洞化とみるのは高度経済成長期の価値観にとらわれているのかもしれない。

こうした生活者を中心とした新たな生活の可能性を模索するなかで、町内会と呼ばれる地域集団の生活秩序と集団原理を見直し、表層のまちの下にある深層のまちに今後予想される時代の変化に合わせたあらなた自治と生活の実質を与えていくことができるか否かが問われるべき。

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August 19, 2010

民主主義論のいろいろ(エリート、多元:徒党、参加、討議)

私は、日本が民主主義を接ぎ木されたので、民主主義が根付いていないのかと思ったら、どうやら、欧米でも、民主主義はいろいろであるようだし、そもそも、民主主義の制度については、昔から学者の議論の対象であったようだ(そういえば、昔学校で習ったような気もする)。

ネット検索で得られた情報(http://masm.jp/democracy/)からの抜書き(俄か勉強)。

1.ウェーバー『職業としての政治』1919

20世紀には、合理化の風潮が官僚制を進展させ、19世紀のイギリスでみられたような議員の活発な討論を通して政治的意思決定がなされる議会の影響力は減退する。一方で政党政治化が進む。政党自体が官僚組織となる危険性を持つが、社会の相反する利益を政党を単位としてまとめあげ、政党間の競争を通して政治のダイナミズムを回復する可能性を持つ。ただし、それには、強烈なカリスマ性を持つ指導者に率いられる必要がある。

政治家の資質(自らの信念に従って断固として行動し、自己の行為の結果に責任を持つ)官僚の資質(党派性を持たず、上位者の命令に誠実に従う)

→指導者の本質をなすカリスマ性を欠いた官僚支配を打破するためには、指導者の道具となって活動するマシーンと化した協力な政党組織に支えられた指導者民主制が必要。

・これって、官僚主導型になっている今の日本の政治を予言している。一方、政党間競争は、初めて野党が政権を取ったものの、まだ途上で真の政党間競争になっていない。しかし、ウェーバーが「カリスマ性」のある指導者による政党に期待したのか良くわからない。小沢一郎のことを思い浮かべると、カリスマの元で官僚化した政党って、怖い気がする(オウムじゃないか、創価学会じゃないか)。

2.シュンペーター『資本主義・社会主義・民主主義』1942

ルソーが説いたような「人民主権」に基づく民主制は現実には実現不可能。大部分の有権者は、自分の日常からかけはなれた国家レベルの問題を遠い世界のことと感じており、公共の利益についての決定を合意によって導くよう求めるのは無理。人民の意志と称されるものは当てにならない。しばしばコントロールされた結果としての「作られた意志」に過ぎない。

ただ、人民には、個々の政策決定にかかわる能力はないが、政策決定をなす能力を持ち、指導者となりうる人材を選挙で定期的に選ぶ能力ならば十分備えている。市民は、企業家が提供した商品を消費者として消費するように、政治家が提供する「権力という利潤?」をただ消費するだけ。民主主義とは、「人民の統治」ではなく、「政治家の統治」である。ただし、政治家を志す者たちは、人民の支持を獲得するために激しい競争にさらされなければならない。民主主義とは、権力獲得の過程に競争原理を導入する一つの方法である。

オルテガ『大衆の反逆』1930でも近代社会は、理性的な判断能力をもたず、不合理な感情に任せて容易に大勢に順応する「大衆」を生み出す。このような大衆が政治に参加するとき、デモクラシーは危機的状態に陥るとしている。

・現在の日本の状況は、職業的な政治家や官僚に面倒くさい政策決定を任せており、サービスを受け取っている消費者である。お金持ちの奥様が面倒な家事を使用人に任せているというような感じでもあるのだが、奥様が重要な決定や指示も出さなくなると、使用人にいいようにされてしまうといった危険性がある。さらには、単に与えられたメニューから選択するだけの消費者に成り下がってしまい、自分が主人で好き嫌いをいえる立場であることも忘れて、願いを叶えるために、使用人におもねるまでになってしまっている。

・小泉人気が最もそうだが、マスコミに左右され、小さな論点のみが話題となって、本質的な議論がなされず、人気や風評だけで選挙がなされたり、内閣支持率などで政治が揺らいでいくのをみると、まさに「大衆」であり、「つくられた意志」でしかない。

それも、優れた指導者が大衆を煽ったのならまだしも、煽っているマスコミも分けもわからず(意志なく)煽っていて日本の政治の混迷を自分たちが加速させている。

3.ダール『統治するのはだれか』1961

上記2つは、「エリート主義的民主主義」と呼ばれているのに対し、「多元的民主主義」と呼ばれるもので、集団(徒党)に注目した。アメリカの第四代大統領マディソンに発する。企業、労働組合、政党、宗教団体、女性団体などのさまざまな利益集団相互の競合と調整による民主主義の形。個人が複数の団体に重複加盟することもある。集団間の交渉や連携によって、競争的均衡が生じ、市民は集団を通して指導者をコントロールすることができる。民主制は、少数エリートの統治ではなく、複数の少数集団に統治。

・日本でも、これまでは、徒党が意味をなしてきた。労働組合や産業別の生産者団体、地方なども。しかし、グローバル競争のなかで、労働組合も解体し、産業別の団体も機能しなくなり、地方による陳情も効かなくなっている。ある意味、政治がパイプを失っている。

4.ローウィ『自由主義の終焉』1969

多元的民主主義への包括的な批判。利益集団間のインフォーマルな交渉が政治的決定を支配する利益集団民主主義にほかならない。民主主義を支えるフォーマルな法手続きを無視することで民主政治を堕落させる。→法の支配の原則の強化を提言

・徒党が利益誘導的になるのは、これまでの自民党政治がその通り。お蔭で、国債残高が異常に高くなってしまった!

5.参加民主主義

「参加民主主義」論は、古典古代における人民の直接参加をなんらかのかたちで復活すべき。重要な政治的争点における国民投票の導入、地方自治体、職場、学校といった小集団における直接意思決定システムの導入など具体的な方策を提言。積極的な政治参加によって、市民が経済的利害に閉じこもった偏狭な存在から脱し、公共のものごとにかかわっていこうとするなど、より成熟した存在へと成長していくという期待がある。アーレンと『人間の条件』

・これらは、最近の日本の先進自治体でやられていることに通じる。

1960年代から70年代にかけて盛んになったニューレフトのころ、参加民主主義のビジョンが打ち出されたが、ニューレフト運動の退潮とともに衰退。しかし、1990年代になり、新たなデモクラシーを模索する動きが活発に。これが「討議的民主主義」と呼ばれるモデル。

6.討議的民主主義(deliberative democracy)

多元的民主主義などは、政治過程をあたかも市場における財の交換のようにみなすが、民主的な政治とは、単に諸利益の間のバーゲニングの過程に還元できるものではない。自由で平等な市民の活発な討議があり、その結果、何らかの合意が形成されるという過程が確保されることが重要。

討議的民主主義は、参加民主主義のように市民の政治への直接参加が不可欠であるとはみなさない。現代の代表制の枠組みを尊重しつつ、政治家に市民に対する徹底した説明責任を確保することでも理念は実現できるとする。ガットマン、ハーバーマス、ロールズ、ジョン・エルスター、デイヴィッド・ミラー、フィリップ・ペディット。

・議会の改革(栗山町など)は、この流れに沿っている。

現行の民主主義体制が暗黙のうちに国民国家システムを前提としていることを批判し、脱国民国家型のデモクラシーを模索する動きもある。多文化主義とも連動し、定住外国人への選挙権や社会保障給付の権利の付与、就労の自由の保障などの新しい要求を掲げる。

さらに、一国内部において独立性の高いエスニック集団に広範な自治権を与えたり、マイノリティ集団を単位とする集団代表権の制度を導入すべきという提案もある。地球大の単位でのコスモポリタンな民主主義を構想する論者もいる。

・定住外国人の選挙権などは、このところ話題になっている。私が思う真の「住民自治」も、つきつめれば、国を壊すことにもつながる(そこまでできればすごいことだが)。

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March 30, 2009

地域密着型サービス

個人的な話だが、母の介護をしていて、不自由だと思っていたことが、宅老所や06年から導入された地域密着型サービスでかなりの程度解決されるものだということを知った。

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母は、年齢相応の物忘れはするが、いわゆる認知症ではない。ただ、昔から足が不自由なので、転びやすい。椅子、手すり、ありとあらゆるものにつかまって何とか自宅内を歩いている。自分のことは自分でやりたいと思っており、顔も入れ歯も自分で洗うが、立っていられないので、片方の手で体を支えながら、顔を洗ったり、お湯を汲んだりしている。

いくつになっても、また自分が被介護者であるにも係わらず、娘である私が外出すると怪我や事故に会うのではないかと心配し、外出する日は、遅刻するのではないかと朝早く(というか夜中)から起き出して、送り出そうとする。また、私が母の世話やら家事で手一杯だと、自分も家事を手伝おうとする(お湯を沸かしたり、茶碗を用意するなど)。危なっかしいのだけれど、それが意識をはっきりさせ、身体にもリハビリになっているので、見守りながらやってもらっている。

おもらしではないのだが、便意をもよおしてからトイレに行くまでに足が動かないので間に合わず、私に下の世話をさせることになる。これをヘルパーさんなど他人にやってもらうのは恥ずかしいと嫌がる。脱腸の手術をしたので、便秘がちであり、薬を飲んでいるのだが、いつ便意をもよおすか分からない。

こんな状態なので、いわゆる認知症の高齢者、それも姑という関係に比べれば幸せな部類なのだろう。

しかし、外出した時に限って、転んで気を失い、その後しばらく意識が混濁していたり、お湯をわかそうとしてガスの火が着物に移り、やけどをしていることがしばしばある。このため、安心して出かけられない。

  • 私が外出中はガスを使わないように言い含め、またガスのセンサーも取り付け、ガスコンロも15分経つと火が消えるものに変えた。
  • 外出の折には、ヘルパーさんを依頼し、食事時間が含まれる場合には、温めるなど配膳を依頼した。
  • クルリモという遠隔地から携帯電話のテレビ電話で自宅の様子をチェックできる仕組みも導入した。

しかしながら、私が依頼している事業者では、ヘルパー要員が少ないらしく、定期的に外出が決まっている場合は、やりくりしてもらったものの、不定期だとそう簡単に依頼できない。夕方の時間帯には、訪問サービスをしていないので、夕食の時間帯については、別の事業者に依頼している。留守に来てもらうので2ヶ所に鍵を預けなければならないという問題もある。

また、母は、ヘルパーさんという他人が来るとなると、早めにベットから起き出してトイレを済ませ、良い顔をしてしまう。トイレ介助などヘルパーの本業なのだと言っても、恥ずかしいからと数時間前からきちんと一人でやろうとする。ベットから起きたり、寝たりというのも実はしばしば転んで危ない。まぁ転んでも、ヘルパーさんを頼んでおけば、そのうち訪ねてくるので早めの対応ができるから良いのだけれど。

このため母にしてみれば、ヘルパーさんが来ると却って疲れるので、来るのを嫌がる。結果として、私が外出するのが悪いということになってしまう。ヘルパーさんが来るのがよほど嫌らしく、寝ぼけては、今日は来る日かと毎日のように聞いてくる。

良く寝入れば紙おむつをして朝まで寝ているのだが、夜中に目を覚まし、トイレに行くこともあり、時には転ぶこともある。このため、私が居る時には、2階に電波を飛ばして音や声が聞こえるようにしている(もっとも私も寝入っていれば分からないときもあるのだが)。このため、宿泊を伴う出張は、全くできなくなってしまった。

介護保険によるサービスでは、介護者がくたびれないよう、息抜きができるようにと、デイサービスやショートステイが用意されている。しかし、母のように自己中心的な人は、高齢者ばかり、見知らない人ばかり、チイチイぱっぱのお遊戯などはしたくないと思っており、こうしたサービス利用を嫌がる。まして、全く知らない場所への宿泊は受け付けない。

もっとも、私が、ずっと仕事についていて、どうしても外出や出張せざるをえない状態であれば、母を説得しようとするかもしれない。しかし、丁度仕事を失っており、どうしても仕事をしなければならない状態ではないこともあって(自分では、もうひと仕事したいとは思っているものの)、無理やりデイサービスやショートステイに行ってもらいにくいのだ。

母が入院し、退院するにあたって、当時は私がまだ仕事をしていたこともあり、介護老人保健施設を紹介してもらった。しかし、見学に行ったものの、パジャマを着て、無気力に過ごしている人たちを見て、やはり入所をためらってしまった。

実際、病院に入院中は意識も朦朧としており、食欲も全くなかったのだが、退院し自宅に戻ったら、めきめきと回復した。ちょうどやっていた仕事に行き詰まり、母を保健施設に入れてまでやり続ける仕事と思えなかったこともあって、仕事を辞めて、自宅で介護する生活に入ることになった。

しかしながら、母の様態が良くなってくれば、私にも欲が出てきて、少し働きたくなる。様子を見ながら少し復帰してみると、前述のように、火傷や転倒ということになるのだ。

そこで、介護サービスを受けることにしたのだが、母の状態や意向と受けられるサービス内容とにギャップがあり、結局、私の行動の自由は非常に限られたものになってしまっている。不自由はしかたがないのだと諦めていたのだが、世の中に宅老所があることやそれを受けて06年に地域密着型サービスが導入されたことを知り、なんだ、これがあるなら、ずいぶん助かるのにと思った次第だ。

宅老所のように、自宅のすぐ近くにあって、元気な頃から遊びに行きつけている仲間が居て、自分の日常の延長線上で見守られながら自分でもやれることがある場所で、たまたま今日はお泊りをするということが可能なら、お泊りへのバリアがずいぶんと低いはずだ。

また、夜間対応型訪問介護サービスがあるなら、自宅に居ても、私が出張などに出かけやすくなる。

私が住んでいる市では、大規模な老人福祉施設や地域密着でも認知症対応のグループホームはあるが、いわゆる宅老所のようなサービスや夜間対応型訪問サービスは提供されていないようだ。志のある人や介護に従事する人が居なければ、仮に市が音頭を取ったからといって始まるものでもないだろう。

また、東京都や西東京市は、富山県や佐賀県のような地域共生ケアに取り組むといった対策を打ち出しているようにもみえない。

もっとも、いくら宅老所があっても、現在の施設と同様、急に、そこには行きたがらないだろう。元気な頃から行きつけていたり、友達も行っているというなら別だけれども。

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つい数年前まで、私の家が宅老所のようだった、朝から晩まで、ひっきりなしに、近所の高齢者が遊びに来ており、母の足が悪いので、自分たちで勝手に茶碗を出したり、洗ってしまったりしていた。お菓子やおかずは、いろいろな人が持ってきてくれていた。

あのまま自宅を開放して、宅老所になっていたら良かったのかもしれない。

しかし、母が入院し、退院後も疲れやすくなり、一日の大半を寝ているようになったこともあり、チェーンのように次から次へとお客が来るのを断ってしまった。また、私も同時に足の手術をしたこともあり、身体が不自由になったため、近所の付き合いを最小限にしてしまった。

私自身、ご近所と付き合うのに慣れていなかったので、「くだらない世間話」に付き合うのが嫌だったのだろうと思う。母も私が自宅に居るようになってみれば、部外者が入ってくるのを嫌がるようになってしまった。

私が地域に根を下ろすことを覚悟し、自宅を開放して、いろいろな人が出入りするようにすれば、私も少しは社会的な活動が出来るようになり、母も私が家にさえ居れば、許してくれるのかもしれない。

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この記事は、私の個人的なことと、宅老所のような地域密着型サービスのこととがまぜこぜになっていておかしいが、とりあえずメモっておく。

私が何故、宅老所にこだわるかというと、①個人的に自由を得るのにこういうサービスがあったら助かるのにということのほかに、②なんだ、私が母に対してやっていることは、宅老所が提供しているサービスと非常に似ているのに驚いたこと(つまり、娘が母親にやっているようなきめ細かいサービスが世の中で提供されているということ→公的サービスなので不自由さはしかたがないと思っていたが、そうではなかったこと→ニーズから発想してこういうサービスを始めた先駆者がいたということ!)、③住民自治などを考えていてその最小単位は、小学校区かさらに自治会・町内会くらいではないかと漠然と思っていたが、宅老所などをやっている人たちがリアルにそうした単位で活動してきたことなどによる。夕張希望の杜の村上先生が、医療・予防・健康という地域の安全保障を地域づくりに位置づけるべきと言っており、そうだなぁと思っていたが、宅老所(福祉)もまさにそうだと思えたことである。

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March 21, 2009

スウェーデン方式の適用

テレビ朝日が日本の手本の一つとしてスウェーデンを特集していた。要点をメモっておくと;

1.人口900万人と少ないので、完全雇用(女性もできるだけフルで働く)にして経済発展しようと考えている。

2.そのために、子供にかかる費用(大学まで教育費が無料、医療費もかからないか安い)を国が負担し、育児休業が確か15ヶ月で給料の8割支給(13ヶ月まで、その後は75%)がなされる、父親も年間65日休みが取れるなど子供を生み育てるための環境を整えている。

3.医療は、年間?月間?上限があり、1万5000円(ウラ覚え)以上。町の駅などに隣接して病院がある。病気のため休職しても、給与の7割(ウラ覚え)が支給される。治ってきたら、見習い?として体を慣らし、よかったら就職するとのこと。何時間も待って、3分診療などをしたら、訴えられてしまうとのこと。

4.年金は、支払い不足やまったく支払っていなくても、最低の給付が受けられる。

5.要介護の高齢者はそうした人用の住宅に住んでおり、一日に5-6回ヘルパーが来て、食事などの面倒を見てくれる。子供たちに迷惑をかけたくないので、この生活に満足しているとこのこと。

インタビューでは、将来への不安がないので(何かあった折には、国が支援してくれるという安心感があるので)、貯金などはあまりしないという。その代わり、税率が高い(が、食料品はそれほど高くないとのこと)。

6.こうしたことが可能なのは、政府への信頼があるから。議員の給料は、800万円程度(日本2200万円)、運転手つきの自動車もないし、スタッフも限られており、議員宿舎もビジネスホテル程度がわずかに用意されている程度。情報公開がなされている。

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きちんと調べていないが、テレビの報告は以上のようなものであった。

実際、人手不足が言われているが、日本は、女性や高齢者などを活用せず、もったいない使い方をしている。女性の自負心をくすぐりながら働かせているのは、創価学会くらいだ。昔は、農村などだったから、女性の地位が低いなどの問題はあったろうが、皆働く場所(役割)があった。商家でもそうである。「奥様」は、武士の家くらいだろう。

女性や高齢者を本気で活用するなら、出産・子育て、介護に対する人手を大幅に増やさなければならない。逆に言えば、この分野の産業をもっと活性化する必要がある。単に保育や介護する人を増やすということではなく、多様なサービス(安全センターがやっているようなサービスや駒崎さんのサービスなど)や機器開発も含まれる。

介護保険制度をつくったからと事たらせるのではなく、多様なサービスの開発・提供が起こるようにしなければならない。本来、制度や法律はあとからつくてくるものである。必要なニーズにプリミティブに応えていくなかから新しいサービスが生まれる。介護保険制度が出来、個人負担が少ないため新しい産業が生まれたが、逆に言うと、たかり風(革新がなくなる)になってしまっているきらいがある。

現在、ワークシェアリング議論が盛んだが、フルタイムの雇用を分け合うという貧乏たらしいのではなく、眠っている能力を活かす、プラス志向での仕事づくりが必要である。

たとえば、一次産業のマーケティング、大学院の教授(地域政策などの新しい境界分野では、むしろ働いて得られたものの見方などを教授できる人材が求められている。これは子供の教育にも言えるのではないか)、女医の再復帰などなど、眠れる能力を活かして、かつ時間的空間的な多様な働き方ができる環境づくり。

団塊の世代前後は、現在親の介護で時間を取られ、さらに仕事もできない状態である。これは、介護施設はない、介護サービスは限定的なことからきている。一日に6回程度訪問介護してもらえるなどのサービスが充実すれば、もっと現役で働ける人材は多いはずだ。

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September 11, 2008

村上スキーム

夕張希望の杜の村上医師が書いた本のなかで気になったところを記しておきます。

1.村上さんが地域医療として尊敬している先人。

・自治医大で研修:地域医療学教室五十嵐教授。厚岸で11年間地域医療をしていた。自治医大の小児科の助教授(東大卒)→厚岸院長→自治医大に戻り、地域で働く医者を育てようとした。5年間の研修プログラム(ジュニアレジェンド二年、シニアレジェンド三年):大学病院でいろいろな科を廻りながら(内科、小児科、皮膚科、耳鼻科・・)時々外に行く。地域の現場に行く(開業医のところにも研修で行けた)。今は、五十嵐こどもクリニック。

五十嵐先生が対談している記事があった。アメリカでの研修時の話(医者の資格があるのに研究しているなんてもったいない:日本と正反対の反応)、風邪をひいた子どもを風呂に入れてよいかへのきちんとした解答ができないので厚岸へ。一人の人をずっと見ている家庭医になりたい(地域医)。しかし厚岸では小児科医は自分ひとり、競争も批判もないと堕落すると思った。などなどは面白い。赤ひげ先生ではなく、あくまで科学者としての探究心で地域医療に向かったらしいのが面白い。

・新潟県の黒岩先生、長野の若月先生:老人保健施設、介護保険の基礎を作った。

岩手県の藤沢町の藤沢町民病院:地域包括ケアのモデル地区。保健・医療・福祉の連携を見るために5000人/年の見学者。54床、公設公営、大黒字、H18年には総務大臣表彰された。病院職員、役場職員(○○課に係わりなく介護保険の勉強をした)、ヘルパー(住民の生活背景をしっかり把握している)住民の意識が高い。ここに佐藤元美先生:行政とのかかわりかた、住民とのかかわりかた:アメリカミネソタ大学で行動科学を勉強。どうやって住民の行動を変容させるか(予防など)。

・藤沢町では、20年くらい前から町全体で高齢者を元気にしようという活動をはじめていた。佐藤元美先生、佐藤守町長(7期もやった):最初に障害者施設を建てた、幼稚園から中学までの生徒が見学に、「高齢化とは障害と共に生きることだ、障害者と接しないと五体満足であることは理解できない、子どもの頃から障害者と接して、そういうことを理解させる」→医療・保健・介護に興味を持つ人が増え、進路に選ぶ人が増えた。→その後、病院、老健、特養、在宅医療などを発展させていった。人づくりから始めた。大久保 圭二 『希望のケルン―自治の中に自治を求めた藤沢町の軌跡』ぎょうせい

・目次

疲幣の町に“新しい風”
“町の政治”刷新へ
剛腕町長の登場
藤沢型農業へ
未来託す企業を誘致
福祉の里づくりを実践
関心集める教育・文化部門
知恵を働かせた財政運営

・藤沢町:市民プールを夜開放、インストラクターを雇い、送迎バスで高齢者を呼び、水中を歩かせる。→整形外科の外来は1年で半分に。健康になった高齢者は農業をやって税金を払う、インストラクターの若い人の雇用が増える。ヘルパーが育つ。人口1万人。

・福祉の3型:北欧型(国がほとんどみる)、大陸型(日本:家族単位で福祉を担う)、アメリカ型(個人主義)

・瀬棚町:平田町長:医療を中心にしたまちづくり:民間病院(週末は医師が札幌へ帰るので無医村)、医療費が日本一高い(高齢者一人当たり140万円、日本平均80万円、北海道平均100万円、長野県60万円)→肺炎球菌ワクチン(全額自費5000円→2000円助成。アメリカでは6割摂取、予防医療の一つ、日本では進んでいないが、日本人の死亡原因の4位、75歳以上の死因の第一位が肺炎)高齢者の肺炎は50万円の医療費がかかる。予防接種に3000円自己負担しても元がとれる。助成金50万円用意すると1人2000円助成なら250人に摂取させられる。100人助成で20万円で済む。

・保健師中心で実現(住民に目が届く、行政事務的なことができる。医者は、議会に通す文書を書けない。医者は、患者≒住民の一部しか見ていない。)藤沢町、長野県でもやっていた。

1.クレーマー

・自治体は住民たちがつくるもの。それが行政が主体で行政がやるのが当たり前、やらない行政は悪い、住民は被害者という図式で考えられている。・・住民がそれに合う市長を選んでしまった(瀬棚町合併後の市長)

・健康意識が高い、30代の人が人間ドックに来る→医療費が低くなる。透析がやれなくなって騒いでいた人が透析しなくて良いように糖尿病の人が頑張っている。

・コンビニ受診をやめよう:北海道では先陣でも、長野の人たちは10年前から言っている。

・実質公債費比率20%:10万円の収入があっても2万円は借金の返済に使っているから8万円しか使えないといえばよい。

・大前研一『平成維新』

・北海道の行政は恫喝のようなショック療法をしないと絶対に変わらない。改善はできても改革はできない。夕張のように破綻したからできる・・破綻しても役場の職員は動かない。信じられないくらいだ。

・瀬棚町合併:元の役場の職員が新しい市長に入れ知恵する。自分が天下りしたいから。住民のほうを見ないで自分たちのことしか考えていない。前例や規則を守ることが第一になる。

・瀬棚方式は10年計画:残りの3年間で医療費の公費助成をやるのが夢だった。検診を受けた人何点、BMI(肥満度:体重÷身長の二乗)が正常値の人何点、予防接種を受けている人何点・・50点になったら町の健康推進委員会から表彰状をあげて、外来での負担を半分助成します。老人医療費が本人2割負担のうちの1割を負担します。こういう人は病気しないから実は役場の負担は少ない。町が奨励して健康づくりにはげむ。リスクに応じて掛け金が大きくなるという普通の保険のあり方。社会保険は、だらしない人もまじめな人も同じ負担、悪しき平等、これは間違っていると思う。自治体の条例化にもっていきたかった。この自治体に住みたいと考える人がいると思う。人口3000人の町でそれを実現すると30万円くらいの予算(表彰状、せいぜい風邪くらい)。住民自らの意識が高くなり、保健師たちもプライドを持って仕事をする。

・諏訪中央病院鎌田先生:医療と警察と消防は潜水艦・安全保障。やさしさがなくなった。間違えてはいけないので、タグで確認。関係がドライに。人間と人間でなくなった。

・人間がやることに意味がある。人間は間違えるけどいいところがある。誰かに責任をおしつける、実は自分に責任があるのに。

・主役は住民:住民に自立心がないと病院も町も成り立たない。住民が依存でなく自立していけるか。そこがまちづくりのはじまり。自由には他人に迷惑をかけないという意味がある(フランス)。希望をかなえることが自由というのは履き違え。エゴ。

・医者が患者の利益を考えてあれこれ指示する(パターナリズム)。その前提として先生に対する尊敬があった。→目線を合わせる(同等)としてから変になった。敬意がなくなった。医者の横暴さ、間違いを隠すという問題があったのも確かだが。医者に対する尊敬があったから、医者も不便なところで働いても、聖職であるという意識やプライドをもち、それで関係が成り立った。同等になったとたんに敬意がなくなった。「患者様」になった。権利ばかり(訴訟へ)。自分さえよければよい。医療資源を無駄遣い。まじめにやっている人が疲弊する。

・哲学(どういう医療をやるのか、どういう人間を育てるのか)を持たずに(哲学がないのに評価はできないはず)、過剰な個人の要求に応えている(医者も教師も)。患者、子どもは弱者か。医療の不確実性を分かっていない。専門医でも大学病院でも助からないこともある。リスクはゼロにはならない。ランキングで上位のところに集まれば、混んで医者が疲弊してしまう。

・子どもや孫の税金を使って、だらしない生活をして専門医に突然かかってMRIを撮る。

・スペシャリストは作っているので、ゼネラリストをつくらなければいけないが、そういう教育システムがない。田舎にいった医師は、学位がとれないとか、専門性が持てないとか悩んでいる、給料も安いし。何千万円かけて地域が医者を作っていることを住民は知らない。

・医局は皆嫌だった。教授の下で靴磨きするのはいやだった。大学病院ではちゃんとものを教えないので、若い人は、大学病院を希望せずに、現場の病院に来るようになった。設備のととのったいろいろな経験ができる都会の病院に来るようになった。医局から地域に医者を派遣していたという機能はあるが、地域医療のためではなくお金のためだった。医者は、早く手術をできるようになりたい、経験をつんで治療できるようになりたい、だから医局ではなく現場に行った。若い先生たちは医局で自分の一生を委ねることをしなくなった。教授という権力が薄れていた。昔は研修医というのは、教育ではなくただ働かされていた。今度は本当の研修になった。新研修制度は、趣旨は良い。

・専門医は専門馬鹿で、飛行機のなかで病人が出ても緊急の対応ができない。これを解決しようという制度。医師が自分で選択して将来設計できるようになった。学位を目指して研究至上主義でなくなった。臨床を目指す人が増えたのはよいこと。

・医療とか予防医療とかは、目的ではなくて手段。より良く生きるために寿命があるので、予防をやったりリハビリをやる。目的はその人その人の生活スタイル。高齢者の多くは仕事、人のためにボランティアをするなどお金を稼ぐなど。病院にいくのが生きがいでは違う。個人の権利よりも命優先。救急車をタクシー代わりにするというのは、本当に必要な人の命を優先とは違う。公共性、原則。フィンランドは教育を世界一にしようと思っているのではなく、起業を増やそうとして結果的に学力が一位になった。

・ゆきぐに大和病院の斉藤先生、佐久総合病院の若月先生。「死に場所づくり」(斉藤芳雄)→この二つの病院は、今は崩壊しかかっている。在宅死が25%だったのが10%くらいになった。住民が病院志向、わがままになったから。あそこの医師は皆神様(住民のニーズをきいてきた:住民に医療資源を大事に使おうという観念があったから成り立っていた)→それがわがままな住民になってしまったので、その過酷な労働環境に普通の医師は耐えられない→そうではなく、普通の医師がやれるように。

・地域で安全保障を担う医療機関が存続できなくなった状態、これは住民の意識が問題、国のせいなどというのは間違い。日本は公共事業費が一番高く、社会保障費が一番低い(先進国のなかで)。

・長野は、大きい病院(デパート)は県に2つくらい、あとは診療所(コンビニ)駅にある、ショッピングセンターにある。

・藤沢町はプールに夜高齢者を集めて歩かせ、そこがサロンに。どこに病院をつくるかという地図を描くことが必要。病院をどこに作るかはインフラであり、まちづくりである。札幌医大の病院に通っている人は治っていない訳で、藤沢町のプールでリハビリして整形外科に通っていない人は治っている。

・昔の病気は感染症との闘いだったので、医療機関の充実が寿命を延ばすことに関係していた。病院で治った。しかし、今日の高齢社会では医療の質が変わり、生活習慣病との闘いになり、克服するのが病気ではなく、寿命となった。生活習慣病から来る病は、どんな高度先端医療でも治らないかもしれないが予防はできる。都会の病院でも治らないかもしれないが、空気の良い田舎で暮らすなら予防できるかもしれない。

・医療制度は社会主義。誰がやってもどこでやっても同じ値段、これはおかしい。

・ウオンツ(ニーズではなく、個人の望み)とニーズ(医師法の第一条をやること)

医師法第1条 医師は、医療及び保健指導を掌ることによつて公衆衛生の向上及び増進に寄与し、もつて国民の健康な生活を確保するものとする。

この公衆衛生の向上、増進に寄与し、国民の健康な生活を確保するということを履き違えている。専門医を増やしても、この第一条の目的を全て満足できるわけではない。

和田中の塾は、ウオンツ。病院が流行っても、医療費は下らない、本当のニーズは、医者の役割は、医療・保健指導。病人が少ないこと。

・村上医師は、カリスマではなく、村上スキームは、村上医師がいなくても成り立つ医療。医療スタッフの一人ひとりがそれぞれのスキームで働いている。

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読書メモ

このブログは、ずいぶんお休みしてしまっている。

読書・TVメモ:備忘録として記しておきます。

1.北海道の市立砂川病院がマグネットホスピタルとして紹介されていた(7月10日NHKクローズアップ現代)。

マグネットホスピタルとは病院における研修(具体的なイメージとしては後期研修、専門研修など)をする過程の中で、ローテーションの1つとして地域の病院にも派遣するものらしい。

1.自治医大→社団法人地域医療振興協会→地域医療研修センター

ここは、夕張希望の杜の村上医師が研修した五十嵐教授の理念でなされているようだ。総合的な医療(一人でどんな病気にも対応)ができることに加え、地域のことも視野において活動できる人材育成のようだ。

1.数学を学びなおせる本

・数学でつまづくのはなぜか(講談社新書)

・いちばんさいしょの算数(ちくまプリマー新書)

・算数再入門(中公新書)

1.大分県大山町農協の地産地消レストラン+直売 12億円の売り上げ

木の花ガルテン

(バイキングが3ヶ所、直売所が5ヶ所)

大山町は、平成17年3月に日田市に合併。NPC運動第三期はまだ続いているのだろうか。

1.養豚業 宮崎県都城市 はざま豚(大豆きなこを肥料に入れたきなこ豚):2頭からはじめて日本で最大規模。循環型農業。

・豚事業部(母豚6,000頭・肉豚70,000頭)
・牛事業部(繁殖牛2,700頭・肥育牛4,000頭)
・野菜事業部 200ha
・肥料事業部6ヶ所
・食肉販売事業部 直売所

1.有限会社新福青果 都城市 

http://j-net21.smrj.go.jp/expand/shigen/nintei/shinpuku.html

・直営農場本社近くに150ヶ所:新福青果社屋の10キロ圏内に分布する直営農場は新福青果社員が管理、運営しています。農場番号ごとに、データをコンピュータで一括管理。より効率的な生産を実現しています。 本格的有機栽培を推進するため、専用の堆肥工場を保有して土づくりに力を入れています。新商品開発、栽培方法の研究も行っています。

・契約農家400軒:

1.千葉県立東金病院

・東金病院とNPO法人地域医療を育てるの協同プロジェクト『医師不足による地域医療の崩壊と市民および医療者の協働による地域医療再生プロジェクト-人材育成と地域医療連携-』が、日本計画行政学会の第12回計画賞の最優秀賞に選ばれました。

医師のコミュニケーション力を高める研修に地域の人がお手伝い(発表についてのコメントをする)。

千葉県立病院群 総合医・家庭医養成プログラム『わかしお』日本家庭医療学会 後期研修プログラムに本認定されたことに伴い、県立病院群後期レジデントの受け入れを開始しました。

1.県立柏原(かいばら)病院の小児科を守る

1.福井県週一回子育ての日。事例として福井県民生協(男性の子育てで早く帰宅)。

・スウェーデンでは、ワークライフバランスを大切にしており、産休を取った女性が頭取に。生産性アップと消費者の目を持てる。

1.鳥取市湖南 小中一貫校(中国地方ではじめて。特区による)

1.鹿沼市:子供が3人になると支援が手厚い。アンケートで理想は子供が3人と出た。「子育てにやさしいまちづくり条例」5本の柱、22事業

1.京都:新大江病院:公益医療法人第一号

http://www.new-ooehosp.com/

1.井上さんがやっているSVP(ソーシャル・ベンチャー・パートナーズ)東京

・投資先例

宮地ブタ

・マドレポニータ(産後の母体の健康)

1.木下敏之(前佐賀市長:夕張希望の杜のブログ発信)

・彼の本に出てくる企業名:E-corporation(韓国のソフトウェア会社、安い住民票発行機)、インスパーク(コンサル)

夕張希望の杜のブログ発信を提供しているというので、彼が出版した『なぜ、改革は必ず失敗するのか』を図書館で借りて読んだのだが、メモも取らずに返却したようなので、ウロ覚え。彼のブログにコメントと目次が出ている。

人口減少(将来さらに)をきちんと見据え、財政再建のために、いろいろと手をつくしたことが書かれている。補助金狙いで建てたハコモノを売却した話、談合体質をなくさせる話、ビジネスが分かる人が自治体経営をすべきという話、そうでないなら、外部のコンサルを活用すると良い話、役所が導入した機械よりもずっと割安な韓国製の機械を導入した話。お手盛りのような給与体系を是正した話。県庁との戦いがあった話(なんだったか忘れた)。大都市はこれから高齢化が一気に進む話。子育て支援・新産業育成が重要という話。人材が居ない話。

部外から市役所に降りてきて改革をして大変だったろうと思う。一方で、彼自身から具体的な次の提案が見えない。外部コンサルや韓国製機械の導入は、この通り上手くいったのだろうが、ちょっと心配(素人がだまされているかもしれない、一人で大変だろうが外部を活用すると組織の人々がそっぽを向いてしまう)。

1.石川県の佛田農産

・アーティストへの投資をしているファンドに農業もアートであるとして投資組成依頼(消費者が応援するスキーム)

・売上高1億円

・地産地消のため、地元ホテルなどと地元農家を出会わせる(同じテーブルにつかせる)。有限会社プラウJAMMというマーケティング会社も経営。

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September 06, 2007

クリエイティブ・シティ第1章

第1章 土屋大洋・上村圭介:米国におけるネットワーク創造都市戦略。

1979年:ジョーンズレポート、1985年:ヤングレポート、2004年:パルミサーノレポート(2004年の大統領選挙を意識して書かれた:民主党なら実行しただろう)→戦時中ということもあり、注目されなかった。

・サクセニアン:①地域の組織や文化、②産業構造、③企業の内部構造(地域産業システムを見る視点)→シリコンバレー:地域ネットワーク型システム、ボストン:独立企業型システム。前者の特徴;

1.地域ネットワークをベースにした産業システムが存在
2.さまざまな関連技術の専門企業同士が集団で学習したり柔軟に調整を進める
3.社会ネットワークが細かく張り巡らされているうえに、労働市場もオープンなので、実験的な試みや企業家活動が促進される
4.企業が激しく競争しながら、同時に非公式なコミュニケーションや協力を通じて市場や技術の変化について互いに学びあう
5.横のつながりを重視する緩やかな結びつきの組織になっているので、社内部門同士も、社外の供給業者や顧客とも横のコミュニケーションがスムーズ。

・スタンフォード大学教授:フレデリック・ターマン:大学の周りに技術者と研究者のコミュニティを築くことによって大学がもっと積極的にハイテク産業を支援する体制を整えようとした。→1950年代には、軍事費が流れ込むことによあって、バレーは急速に成長、→70年代には、半導体産業が活発に「シリコンバレー」と呼ばれるように。ターマンは、もともとMIT出身だが、ルート128の関係よりも、開放的で協力的なものにしようとした。

++(何故、パルミサーノレポートが注目されていないのかをシリコンバレーとDCでヒヤリングした)++

①未来研究所:アレックス・バン:シリコンバレーでは、たくさんのネットワークがオーバーラップしている(教育の、VBの、VCの・・)。カリフォルニアの農業(労働者のモビリティ、ハイテク農業、自立した経営)とハイテク発展との関係。シリコンバレーには、多文化主義とサブカルチャーがあり、多様な考え方を受容できる。失敗しても再チャンスがあり失敗を恐れない。外科医が互いの手術を見学しあうことが出来るようなもの→皆が学習し、地域全体の能力があがる。9.11の影響は少ないのではないか。

②未来研究所:アンソニー・タウンゼント:NYから来たのだが文化が違う。クリエイティブにはいろいろある。ソウルのデジタルメディアシティ、コペンハーゲンのITシティなど、こうした都市は触媒であり、実験をする場所、ラボ、イノベーションを刺激・促進するキャンパス。

③VC:加藤晴洋:9.11よりもITバブル崩壊の方が影響が大きい。9.11は、それを加速し、雇用がシリコンバレー、米国から逃げてしまった。インドに仕事が流れた。アウトソーシング、オフショアによる雇用喪失と企業の利益の問題が政治的議論となっている。仕事が出て行くと人も出て行く。ビザとH1(就労ビザ)の人がいて、H1は、スポンサーになっている会社が潰れると帰らざるをえない。不況で潰れる企業が増えるとこうした問題が広がる。住宅バブルよりも、長期的に見ると人が流出しているほうが問題。しかし、ライフサイエンスがこれから。シリコンバレーの強みは、ベンチャーを育てるインフラがあること。核となる人や企業がいないと、産業集積はできない(コンテンツ産業はない→やりたい人はハリウッドに行く)。シリコンバレーでは、金儲けが共通の理解になっている(日本ではネガティブにとらえられがちだが)。9.11以降の移民政策が長期的には影響を及ぼすかもしれないが、米国の役割はまだ失われていない。

④富士通:パルミサーノは良いレポートだ。発明ではなく革新に重点が移ったということ。移民の問題はある。ワシントンは、国際的都市であるが文化的摩擦がないわけではない、政府がこうした問題に気を配らなければ、クリエイティブな人々を引き止められない。米国の多様性と寛容性は、軍の基地の役割が大きい。米国の田舎出身の軍人が世界を旅する:そこでの経験が異文化理解に役立つ。国際結婚にもつながる。軍はマルチカルチュアル。若い人たちをふるさとから引き離すことができる。新しいアイデアにオープンな若い人だから意味がある。

⑤NEDO:ヤングレポートもパルミサーノも時の政権が意識を持っていないところを突いている。フラストレーションが技術者に溜まっている。うっかりすると追いつかれるという意識。BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)。政策・法令は誰が提言するかが問題、大統領主導、議員の地元利益誘導、産業界の持ち込みかなど。都市を見るとき、米国では、州や地方政府主導で投資していることを無視できない。(ブッシュ政権はナノに連邦政府予算のうち1000億円を投じた。民間はその2倍投資している。地方政府は連邦の3分の1くらい投じている)。

米国の悩みはブッシュ政権が産業政策・技術政策にやる気がないこと。国をあげて一丸となって政策を進めることができていない。一方、日本は、スムーズな意思決定ができていない、誰がリーダーシップを取るかがはっきりしないという政治体制の問題がある。レポートを出しているだけでは不十分で実効に移す必要がある。その点、米国は、勝手にやれてしまうのが強み。日本は縦割りであり、大きな将来像が描けない。米国は大きな将来像から次の動きを引き出す。   官邸主導というのがそうだったはずだが・・。

⑥ジョージワシントン大学:西海岸に憧れたが政策関連の仕事がしたいのでこちらに移った。インターネット時代に、国家はパワフルではなくなっているがブッシュ政権はそのことを理解していない。エンジニアリングでも外交政策でも留学生が必要。トーマス・フリードマン「The World Flat」が指摘するように、米国はたしかに競争力を失いはじめている。カリフォルニアの人たちはクリエーティブなので政治を気にしていない。実験的。DCはクリエイティブだが、アイデアで戦わなくてはいけない。官民パートナーシップを実現できるかが問題、政府の科学予算は減ってきている。

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●創造都市を巡る3つの仮説:

・(アニメ・ゲーム):東京は、世界の若者が憧れる・夢を実現したいと思う舞台になっている。→創造都市がその外にいる人たちが想い描く理想像のモデルになること、あるいはそれに基づいて考えを進めるべき一種の新しい規範として受け止められるものであるということ

・規範とは、規範に近いものと規範から遠いものとの間の区別を、あるいはその両者の間に力の差をもたらすものである。規範に近いものは規範に遠いものに対してより強い立場に立つ。(たとえば、日本で日本人が日本語を話すのに対し、外国人が日本語を話す場合、日本人は外国人に対して優位に立つ:日本人は規範からの逸脱が少ないから→日本人は、規範からの逸脱が自由である。語彙や文法などの規範を十分に習得しているため、そこから意図的な逸脱が認められる:冗談、皮肉、造語などのメタ言語的なコミュニケーションを構成する。外国人は、ただの間違いとして片付けられてしまう。規範からの逸脱が意図的でメタコミュニケーションのためのものなのか、単に間違えただけなのか区別がつかないから)

・米国の創造都市は、他に対する強い規範となっている→イノベーションとして何を取り上げ、何を捨てるかと言う選択を自由に行うことができる。Web2.0や次世代インターネットについての議論。人がぼんやりとイメージしてきたアイデアにWeb2.0という表現を与えたことが画期的ではあった。それに加えて、その表現を規範として聞き手に受け入れさせる説得力を持つことが重要。

・聞き手を持たない言葉を発することは誰でもできる。しかし、聞き手を持ち、その聞き手に受け止められる言葉を発するためには、話し手と聞き手の間に一定の関係がなければならない。一定の関係とは、信頼関係、主従関係・・などなど、聞くべき相手であると考えていなければならない。シリコンバレーは世界中に聞き手を有し、インターネットの文法と語彙を支配している。

聞き手を持たないというのは、実際良く分かる。長銀というブランド(資金供給という力とこれまで政策に影響を与えてきたことや新しいトレンドを発するという文化的歴史に裏付けられたブランド:それは、部外者からみれば、憧れであったはず)の中に居た時には、我々が話すことを皆が聞くべき相手と思ってくれていたので、発信するとそれが業界標準になったものだ。今は、無名の私が発信しても、それは業界標準とはならない。また、磨かれもしない。審議会委員になっている大学教授やマスコミに現れる大学教授などが現在は、聞かれるようになっている。

・創造的都市であるということは、このような語彙と文法をコントロールする力をその都市が持つということである。米国は、シリコンバレーは、国外から多くの人材を吸収することでこのような力を維持してきたのではないか。

これは、都と田舎(雅と鄙)に通じる。(原宿にマンションメーカーが立地し、ギャラリーが出来るには)憧れが重要である。都になる要素:仕掛けとして文化総覧(カタカナ職業人の生活圏;と格付け。

・梅田:シリコンバレーや米国のIT企業には「力の芽」が備わっていると表現する。次の世代の技術とそれに基づいてビジネスのあり方を決定づけるような影響力の大きい変化が常に生み出されてくるのがシリコンバレーの魅力である。「力の芽」は、技術力や資金力だけがあったとしてももたらされるものではない。おそらく、この力の芽を芽吹かせ、育んでいくことができるということは、都市の持つ力であり、そのような力を持つ都市こそが創造的としの一つの現れであるに違いない。

・2つの疑問:①そのような力はいつまで続くのだろうか、②そのような力を都市に与えるために何ができるのか。

①Web2.0時代のインターネットは、利用者の数から言えば、アジアが牽引する。新しいサービスの提供を巡って、需要側と供給側のうち供給側しかもたないことになる。これまでは、両方持つ米国によって形作られてきたのだが、片方になることで支配力を失うことにはならないだろうか。

クリエイティブコモンズの考え方では、創造的消費者が重要であると考えられている。Web2.0は、もっと大きな地殻変動をもたらすものになるかもしれない。

●創造都市の形成を巡る2つの仮説:

・2006年1月の一般教書演説で、ブッシュは、ナノ、スパコン、代替エネルギーなどの物理科学分野での重要な研究に対する連邦政府の拠出を倍増し、研究開発減税の恒久化、学校教育・生涯教育改革などを含む米国の競争力維持を図るための「米国競争力イニシアチブ(American Competitiveness Initiative)」を提唱した。

・2つの仮説:①政策のエミュレーション(模倣・対抗)仮説、②クリエイティブな人々による創発仮説。

①後発が先発に追いつこうと政策を真似するが、真似しきれずに思わぬ方向に進み、結果的に先発を凌駕する。シリコンバレーは、当初ルート128を真似しようとしたが、気付かぬうちに、手本を離れて新しいシステムを生み出した。産業の伝統がないので、制約もない、ユニークなコミュニティを築いた。(サクセニアン)

薬師寺泰蔵のテクノヘゲモニー論(模倣+α):中公新書1989年に通じる。国際政治における覇権国は、先行する覇権国の技術をエミュレートすることによって台頭する。エミュレーションは政策でも、技術でも起こる。

②政策がトップダウンとすると、ボトムアップ。ミクロレベルのローカルなコミュニケーションがマクロレベルの自律的なシステムなり秩序を作り出すという考え方(創発)。クルーグマンやスティーブ・ジョンソン:山崎浩生訳『創発-蟻・脳・都市・ソフトウェアの自己組織化ネットワーク』ソフトバンクパブリッシング2004年らの研究。ネットワーク理論の視点:マーク・ブキャナン『複雑な世界、単純な法則-ネットワーク科学の最前線』阪本芳久訳草思社2005年。

フロリダが指摘するクリエイティブな人々は、彼らがより多く集まるところに集まるという特性を持っており、グローバリゼーションによってモビリティが高まってきたことから、その動きが活発になっている。それぞれの都市の魅力にしたがって、創発的に人々が動きはじめている。

おそらく、この二つの仮説の両方が相互作用しながら創造都市の形成が進んできていると考えるのが妥当。

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September 05, 2007

クリエイティブ・シティ序章

最初に読み始めてから、だいぶ寝かしてしまったが、読み進めることにする。

原田氏の序章:NECの研究所だけあって、情報ネットワークを重視していることは横に置くとして。

創造都市ではなく、創造産業都市としている。コンテンツ産業だけでなく、工業分野におけるイノベーションを加える。

そして、国の政策よりもむしろ、地域性や伝統に裏打ちされた都市が担うべきではないかとし、その都市がネットワーク化することが望ましいとしている。

ハード環境の整備だけでなく、ソフト環境整備が必要である(集積する人々の社会的コミュニケーション、相互作用が革新、創造性を促進するようにすべきであり、情報ネットワークが必要である)としている。ここで情報ネットワークは、IT上とフェイス・トゥ・フェイスを刺している。いろいろな分野の人が都市に住み、都市で仕事をし、都市で交流する・・そのなかで、創造的な人々が集まり、ヒューマンネットワークが形成されることが必要としている。

・・・私も、文字で書くと、上記のようなことを書くと思うが、坂口さんが言っていたようなクリエーティブな人々の生活圏が一緒である地域(憧れの地域)を本当に意識しているだろうか。・・・終電を気にして帰る郊外人ではなく、そこで遊び・生活し・仕事をする(だからマンション・メーカー)であり、これはかつてのビットバレーに通じる。つまり、同じ東京都に住み、インタビューは出来たとしても、あるいは、乗り換えたり、買い物に渋谷に行くとしても、私とビットバレーの人々とは生活圏が重なっていない。

序章を読んで、現在研究中の原宿との関係で考えたことのメモ:

1.シリコンバレーの強さについて、ウィリアム・F・ミラーは「全体の環境、すなわち革新と起業家精神によって研ぎ澄まされた『生息地』から生まれている。この生息地は、次々に生まれる新しい企業や技術と共栄しながら、時間をかけて内生的に発展を遂げてきた」と述べている。

「情報通信から次のリーディング産業であるバイオやナノも含め、絶えず新しい分野をみつけ、革新的技術や商品を開発しつづけることができるメカニズムを持っている。そのメカニズムとは、新技術の開発力はもちろんのことであるが、その技術を商品化し、市場に出して実際の富みを生む力とそのスピードのメカニズムである。・・・現地では、「Social Innovation(社会的革新)に向けた継続的な努力」と表現されており、住む人たちが絶えずイノベーションを生む機能を持ったコミュニティを維持・強化すべく生活環境を整え、社会システム、人間関係を改善発展させ、クオリティオブライフの維持・発展させる努力を続けていることを表している。世界に冠たるハイテク企業を次々と生み出すシリコンバレー成功の本質は、市場原理をより良く機能させるこのような文化的風土にある。・・人種、性別、年齢、宗教などに係わらず、誰もが自由に競争市場に参画でき、実力次第で大きな成功のチャンスが得られるという市場原理を中心とした機会均等かつ個人尊重の文化、シリコンガレーは米国の良さが凝縮されている。・・失敗してもそこで何を学んだかが評価される。」・・・ある意味では、スノッブなエリアであり、そのクラブ化により風紀が乱れない、スラム化しない工夫をしているはず(地価が高いので低所得者層が入ってこないのに加え)、小学校でPCインターネットを早く教えていたなど。

風景や環境を借景として利用する→しかし、借景としずらいほどに土地利用が進んでいる今日では、借景したい景観をお金や汗を出して維持するエネルギーが必要になる。それには、単なる風流人では済まず、ランドスケープなどの土地開発利用についての大きなビジョンと政策が必要になる。

明治神宮のお陰で原宿がメリットを得ているとしたら、商店会は、欅の維持だけでなく、明治神宮の森を守ることにも力を尽くさなければならない。文教地区へのこだわりは、純粋な住民に加え、それによって利益を得ている商店会も応分の力を尽くさなければならない。

・もし、この地域をいつまでも広い意味のファッションのメッカにしておくなら、たとえば、①外国人アーティストに場やチャンスを与える、②外国人を含め、新人に場やチャンスを与える、③小中学生が自然にファッションタウンで遊んで目を肥やすだけでなく、彼らにプロが教育するチャンスを与える(原宿の小中学校では、世界一流のアーティストから直接教えてもらえる)。④内外から来る学生などにも、そういったチャンスを与える。・・チャレンジのためのファンドやファッションショーを開催するための費用を原宿から卒業した企業から集める工夫など。卒業生が青山・原宿を愛するようにする。←シリコンバレーでは成功した際には、VCとして後進に対して投資をして育てる。ベンチャーの循環システム。

・NPOJVSVの年次レポートでダグ・ヘントン「シリコンバレーの新局面」技術志向の経済から経験を伝えるテクノロジーを創造する高度にクリエーティブな人材が要求されるアイデア志向の経済に移行している。iPODやGoogleなど?

・Google:社内の知識労働者は、働いた時間ではなく、仕事の成果に対する報酬を期待する新しいタイプの労働者。知識労働者をのびのびと働かせる企業には、最高の人材が集まり、結果として長期にわたる競争的優位を維持できる。G社では、勤務時間の最大20%までの自分自身のプロジェクトについやすることができる。その結果、命令されなくとも、アイデアが自然と集まるカルチャーが生まれている。エリック・シュミット、ハル・バリアン「グーグル流経営者10のルール」Newsweek日本版2005年12月28、1月4日合併号p。63

これは、VANも、坂口さんが書いているマンションメーカーも、ビームスも似ている、ルール化されているかは違うかもしれない。創造性を重視し、上手く行っているときは、皆こんなかんじ。これが失敗しないで続けられるところがミソ。

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July 01, 2007

いろいろ

○地方六団体の提言:地方交付税の共有税への変更、水平的財政調整の導入は、長期的な改革をイメージしたもの。

○89年の消費税導入の折には、それにともなって廃止される地方の間接税とほぼ同額の消費譲与税が創設された。所得税、法人税の減税による地方交付税財源の減少を補うために、消費税とたばこ税の一部が財源に組み入れられた。→地方の基本的な財源が制度変更前と変わらないように行われた。

06年度に三位一体改革が一応の決着をした。

10年度後のプライマリーバランスの脱却を目標として、歳出・歳入一体改革を進めることになった。(財政健全化に軸足)

地方交付税の見直し

地方財政改革を巡る議論には、個別の制度改革とは別に、道州制や隣邦性を視野に入れた国と地方のありようが議論される。
 ・市町村合併、道州制

○市町村合併の特例措置:05年3月まで→06年3月まで:4月以降は合併特例債の発行は認められない、地方交付税算定も10年間ではなく、適用期間が短縮される。
 ・合併後は、経費が削減されるはずだが、10年間は、合併がなかったものとして地方交付税を算定する。
 ・合併に伴う諸経費を交付税で手当てする。
 ・建設事業には地方債(合併特例債)を充て、将来発生する元利債還費については、地方交付税に算入する。

○市町村合併推進
 ・地方分権による権限の拡大に対応できうる行政能力向上のため
 ・行政の効率化
 *シャウプ勧告以来求められてきた、住民にもっとも身近な基礎自治体を柱とした分権の推進
 ・99年4月市町村数3229→05年4月には2395→06年4月には1821になる予定。

○税収は、国税と地方税とで6対4なのに、支出規模が4対6→税源移譲をして1対1へ
 ・諸外国と比べると、ドイツ、カナダは税収に占める地方税が約5割だが、日本は44%、アメリカ43%、スウエーデン33%、フランス19%、イギリス5%。
 ・にもかかわらず、日本では分権が不十分であり、受益と負担が一致せず自立していないといった主張は何故なされるのか。

○都道府県と市町村が同じようなことをしている。
○各地域固有の行政だけでなく、国が政策的な目的や仕組みを決定し、国が定めたルールにしたがって地方団体が支出を行っている。
○財源は、地方税と補助金や交付税などであり、住民の誰も、地域で展開されている事業を誰が負担しているのか分からない。

マクロ的に地方税の比率が高くても、分権や自立とはいえない。

○地方財政改革のあゆみ
・オイルショック後:分権(使途が限定された補助金の弊害)と財政悪化→補助金の整理統合
・85年度:補助率の高い補助事業について引き下げ(生活保護80%→70%→75%)、(交付団体)交付税の増額・(不交付団体)地方税を充てた。
・89年度地方税:消費税導入にあたって、地方間接税の整理、所得課税のフラット化のため所得割住民税の税率区分の簡素化。
・97年度:消費税率の引き上げにあわせ、地方消費税が導入された。89年度の改正時に、電気税などの比較的規模の大きかった地方間接税廃止による税収減を補うために消費税の一部が地方譲与税化していたものを変更し、95年に先行実施された住民税の減税分を補って、トータルでみた地方の歳入が大きく変化しないように調整したもの。
・道府県税の事業税に外形標準課税のあり方が検討され、一部資本金や付加価値に基づく課税が導入された。

○本来地方交付税は、好況時には、その必要額が減少し、国税が拡大する。不況期には、それぞれ逆の方向に動く傾向を示す→しかし、バブルの時期には、国税、地方税ともに増加するが、本来縮小していくはずの交付税の規模も拡大した。これは、基準財政需要額の算定において、地方が実施する事業の規模と範囲を拡大することによってもたらされた。(地方交付税の変質といえる)・・・→バブル崩壊後、財源不足が顕著になり、その補填のための借入れ、地方債への振替が拡大。

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税金の無駄遣い

財政の効率性(税金の無駄遣い)
 ・補助金ではなく地方税で事業経費を賄うとなれば、団体は、事業の優先順位を重視し、運営経費も低くするように努力するはず。
 ・それによって地方債を減らす。

○効率的かどうかの判断は難しい→支出と税負担を勘案し、地域が決定することが重要
 ・道路を未整備にすれば、効率的(小さな政府)か?
 ・道路整備し、安全管理すれば大きな政府になるが、小さな政府との差額分を民間や家計で別々に支出するよりも、社会全体として効率的ということにもなる。

○地域内の資源を公共部門と民間部門とでどのように振り分けるか、公共部門の政府支出の内容について、地域住民の満足度を最大にするにはどうするか。

○行政サービスの意思決定を、国、都道府県、市町村のどのレベルでするのが効率的か。(社会の成熟度や状況によって異なる)明治維新後や第二次世界大戦後には、国中の仕組みを短期間で整備する必要があり、国による全国一斉の、一律の展開が有効。今日では、これを吟味する必要がある。

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三位一体改革の抵抗勢力

○族議員や省庁(国の責任:金は出すが口も出す)
○地域住民(現在と同じ水準の行政サービスを得たい)→好況時に負担が増大することなく、公共サービスが拡大→バブル崩壊後、経済が停滞するなかで、減税政策が実施され、負担を伴わない財政支出の拡大が続けられてきた。
・地方団体も国に対する働きかけは熱心だが、住民への働きかけは二の次になっている。
・国税から地方税へのシフト:税を国よりも地方へよけい払ってもらうことなのに!
○人件費や人員削減がどの程度ならば、現在と同様の行政サービスを維持することができるのか、公共部門は何から手を引くべきなのか・・・議論と検証が行われていない!

●国と地方の純計ベースの歳出の比率は6対4なのに、税収の比率が逆転している。
 ・三位一体改革、税源移譲→地方団体としては、4兆円の国庫支出金の削減に対して、4兆円の税源移譲を望むのは当然。

○国は、40兆円の税収で80兆円の予算を組み、30兆円を超える国債発行に依存→(地方への税源移譲により)国庫支出金と同額の国税収入が減少すれば、国債依存度が上がる?(国庫支出金を地方に出さなくなったので、その分浮いているのではないのか?)
 ・財務省:国庫支出金削減額の8割の税源移譲、地方の歳出合理化を進めた上での10割。
 ・知事等の意見:義務的な経費の国庫支出金については10割、それ以外のものについては8割

○これまでは、地方税の75%を基準財政収入額に繰り入れていたが、今回、税源移譲される分については100%とする(そうでないと、25%分交付税が増えることになるから)。

○三位一体改革は、まず、補助金削減と税源移譲から始まった。
 ・補助金そのものの廃止と補助率の引き下げ。

○補助金廃止→それまでの事業は、補助金分と地方税等によって賄われていた部分が単独事業にシフトする。それまでの事業をするか、別の事業をするかは自治体の判断(自治体はこれを望んでいる)。しかし、補助金廃止の場合、税源移譲がないこともある(たとえば、建設国債が財源の公共事業)(事業が国によって義務付けられていない場合)。

○補助率削減→生活保護や義務教育。しかし、補助事業である限り、事業総額は国が決めている。この削減分について税源移譲されても、それはそのままこの事業に充てなければならない。

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