October 15, 2010

トリプルへリックス

ヘンリー・エツコウィッツ『トリプルへリックス』芙蓉書房2009年(原文は2008年)を読んだ。

トリプル(3つ)とは、大学、産業界、政府三者間のことで、へリックスとは螺旋のことらしい。古代メソポタミアで水を下から汲み上げるために発明されたトリプルへリックス構造のウォータースクリューは、農地を灌漑するための農業イノベーションで活用された水力学システムであるとともに、古代世界の七不思議のひとつであるバビロンの空中庭園の中核的な技術でもあったとのこと。現在、ネットでこの言葉を検索すると、コラーゲンの構造がそうであるらしい。

それはさておき、昔のように、研究開発が企業で密かになされたり、大学が象牙の塔に閉じこもるのではなく、知識社会では、新しい知識を生み出すために、大学、産業界、政府の三者がそれぞれ本来の役割を担うと同時に、他の役割も担い、相互作用をしてイノベーションを加速させていくことを「トリプルへリックス」と呼んでいる。こうした社会全体でイノベーションを起こすようにすることをイノベーションのイノベーションと呼んでいる。

産官学の連携が具体化している今日、特に目新しいことが書かれているのではなく、こうした状況を再定義したことがこの本の意義のようだ。

そのなかで、役に立ちそうな箇所を抜書きする。

1.地域イノベーション・オルガナイザー(RIO)と地域イノベーション・イニシエーター(RII)を分けて使っている。前者は、地域イノベーションを起こすために、プレーヤーを集める能力が求められ、後者は、資源を集積し、企業設立の主導権を取るだけの十分な名声と権威を輸していなければならないとしている。この説明として、以下の事例があげられている。

1920年代にニューイングランド州の知事は、当該地域の大学、産業界、政府の指導者層を招集して会合を何回か開催した。そして、最終的に科学を基盤とした企業の形成というアイデアを暖めて、地域の指導者層を行動に導いたのは、当時のMIT学長カール・コンプトンであった。

逆に、ニューヨーク州科学アカデミーが1990年代半ばに大学、産業界、政府の代表者たちを招集して、知識基盤型の経済発展を支援する会合を何回か開催したが、この時には、RIOからRIIへの移行が不調に終わり、行動を起こすまでには至らなかった。

2.地域における知識基盤型経済発展のフェーズとして、3つの空間をあげており、どの順番から始まってもよいとしている。

①知識空間の創出:関連する研究開発活動、および他の適切な活動の集中により、イノベーションのためのローカルな条件を改善するため、さまざまなアクター間の共同作業に焦点を当てる。

②コンセンサス空間の創出:アイデアと戦略は、社会機構セクター(学術的、公的、私的)間の複雑な相互関係つまり「トリプルへリックス」の中で生成される。

③イノベーション空間の創出:先のフェーズの中で、明確に表現された目標を実現する試み、たとえば、公的あるいは民間のベンチャーキャピタル(資本、技術知識および事業知識の結合)を確立し、(かつ/あるいは)引きつけることが重要である。

この本に書かれていることは知識社会への移行にあたって必要であると皆分かっているわけで、それが何故上手くいかないのか、どうしたら上手くいくのかについてヒントが得られる本ではなかった。

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September 24, 2010

佐々木先生、吉本さん

ニッセイ基礎研の吉本さん

1.これまでは、支援・保護の対象としての芸術文化(国、公共団体、企業メセナ)

  それに加え、福祉や教育などアートを基点にして、創造都市へのイノベーションを起こすことに変わってきている。前者を狭義、後者を広義と言える。

佐々木先生

1.文化多様性と創造都市ネットワーク

・脱大量生産→創造経済

・市場原理主義的グローバリゼーション→文化多様性

・完全雇用(古い福祉政策)→全員参加型社会(フルエンゲージメント)

完全雇用の福祉国家的発想では、もう維持できない。自己実現、社会との係りあい、自らの価値観を認められる。創造性革命。「オペラ」。

完全雇用対策をしても、今の若者は喜ばない。雇用の中身を問われる。やりたいこと、生きがいを感じられる仕事。

・市民の創造活動

・脱大量生産

・創造の場

創造都市の政策目標

①個人の文化資本充実

②企業組織の文化資本充実

③創造の場(廃小学校などを再生)

2.創造都市の変遷と各地域での捉え方の違い

①欧州:20世紀から21世紀型の経済を創造経済と捉え、社会包摂という考え方

②米国:クリエイティブクラス→誘致競争、クリエイティブクラスは良い条件の場所に飛んで行ってしまう

③アジア(シンガポールなど):創造産業をめざす競争:クリエイティブクラス獲得合戦(昔の工場誘致策みたい)

④日本:都市間競争ではなく、創造都市が連携することによる発展をめざす

3.オペラが共同するという意味でのCo-opera=協同組合(文化、福祉→ソーシャルキャピタル)。地域協議会(コーポラティブ・アソーシアーレ):社会企業

Piazza Grande(大きな広場):ホームレスがリサイクル活動(生計)する。精神面で回復するために仮面劇をやる。これに一般市民も一緒に入って公演する。

インドのセン:ケイパビリティをより引き出す(人々の可能性を広げる)という意味で「文化権」といっている。文化権と人間発達。グローバル経済への対抗措置として。これをアートで。文化権を守るための予算、政策。

個人の能力を広げる。クリエーティブ・ロンドン:創造産業、パブリックアート、クリエーティブ・パートナーシップ。①都市ブランドの再確立、②都市再生とホームレス自立、③学習態度お、教育環境の改善、学力向上

イギリス:ストリートワイズオペラ:人々の表現力、コミュニケーション能力をはぐくむという観点から。不登校、過疎化:クリエーティブ・ツーリズム。歴史都市が伝統だけでなく、コンテンポラリーなもとと出会い、火花が散る、ここからでないと文化が蘇らない。

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ノートに気になったワードを書き留めただけなので、なんだかつながりが見えない。

良くわからないのだが、創造都市の研究もこの間に進んできて、環境も変化してきているらしい。前の記事でリンクを張っておいたが、要は、いわゆるハイソ的な芸術を保護支援するというスタンスから、病んでいる人々の心や衰退した都市を再生するための道具としてのアートに関心が高まっているようだ。そこで「社会包摂(ソーシャルインボルブメント)」がテーマになっているらしい。

質問で、「オペラ」とか単なる完全雇用ではなく全員参加型(自己実現型)の働き方というなら、なぜ、美味しいリンゴを作るためにいろいろと工夫をしている農業が立地している田舎ではなく、都市なのかと聞いた。先生は、小さな町や田舎もありうるということだったが、どうしても、最後は、40万人くらいの中規模都市のネットワークというような話になっている。これは、「創造都市」とは何かなど、きっといろいろ議論があるのだろう。

そういう学者的な議論はさておき、地域イノベーション論において、いろいろとヒントになることがあった。

1.日本中の人たちが「オペラ」・創造的に仕事をするようになることが日本の閉塞感を打ち破るのだろう。

アートの質を高めるには、もしかすると都市(クリエーティブクラスが切磋琢磨する?)が必要なのかもしれないが、創造的な仕事は、どこででも出来る。

日本は、普通の人が創造的な仕事をしてきたことが国力であり、全体の水準を高めているのではないか。高知の鰹節職人が創造的な仕事をするから、京都の料亭の板前が良い味を出せる。料理がアートだとするなら、鰹節職人もアーティストなのだ。

これは、トヨタのQCサークルに(現代に)つながる話だ(何故、現場の知恵の集積を重視しているトヨタが派遣を使ったのか聞いてみたいものだが)。

それが、大量生産、均一化、効率化で職人的な知恵を働かせる必要がなくなり、労働者になってしまい、さらにサラリーマンもグローバル経済のなかで、「駒」の一つと成り下がってしまった。かつては、一介のサラリーマンが会社のことを「うち」と呼び、会社の将来や夢を語り合うことができたが、それはなくなりフラグメント化してしまった。

これをもう一度取り戻すなら、給料が安くてもイキイキするかもしれない。若者が田舎にIターンしたり、NGOで働くのも、その一つの表れ。彩のおばあさんも。平田さんの『芸術立国論』に出てくる早稲田を出ていわゆる都会での就職に乗り気がしなくて田舎でぶらぶらしていた青年が、平田さんのワークショップを契機に地域で演劇を活用したさまざまな仕事をはじめた。

2.地域社会で必要とされていて、それを生きがいとしてやれるような新しい職種を作れば、若者は地域で暮らすことができる。Uターンで兼業農家をして高齢者の手伝いなど便利屋的なことをして喜ばれている青年もそうだ。サッカーというビジネスの広報マン(地元ファン開拓)もそうなのだろう。

3.成熟社会では、アートは鑑賞するだけでなく、主客が入れ替わると平田さんは『芸術立国論』で書いている。その例として、クリスマスに家族で演劇をやるお父さんに演劇のいろはを教えるとか、シナリオづくりを教える、地域の小学校の学芸会で小道具の作り方を教えるなどが書かれていた。平田さんが各地でやっているようなコミュニケーションのやり方を教える(気付かせる)ワークショップなどを担う若手が居ても良いだろう。

前に職人の本を書いた時に、高岡の先生が、北欧では、台所で使うことをイメージして椅子を作るとか、クラッシックは構えて聴くものではなく、お父さんの誕生日に家族で楽器演奏するものということを聞いた。つまり、アートが日常の生活にふつうに生きている生活、これは豊である。日本は、明治で文化が切れてしまったが、それを再構築すれば良い。お母さんの誕生日に自分でマフラーを織り上げるのに、公民館でおり方や色の組み合わせ方を教えてくれるなど。ようやく日本では、図書館が普及したが、それに加えて、こうした生活に根差した文化を支援する仕組みが必要かもしれない。単に、公民館の部屋をサークル活動をする人に貸すだけでなく。そういう仕組みがあれば、ボランティアというだけでなく、サービス業として成り立つだろう。

昔はあった社会の重層的な人との係りあいを再生産するために「Piazza Grande(大きな広場)」が必要。鑑賞しにいくだけでなく、そこで出会ったり、つくったり、楽しいことをするために学ぶ場所。

「誰かが誰かを知っている」「普通では出会わない人が出会って何か一緒にする」ための仕掛けをつくるのは良いことだろう。そのきっかけがアートならアートを道具として使う。今は、スポーツがその役割を果たしているかも。

4.藤沢町は、町民に夢を見させ、大規模農業化し、有機農業など消費者に求められる作物を農家ではなく法人でやった。その町で健康で暮らし、死ねるように、プールで高齢者が体操し、病院もケアシステムも構築した。地域に誇りを持てるように、地域の歴史を活かして野焼き祭りやキリシタン公園を作った。

おいしいリンゴやハムづくりには、知恵を働かせたはず。子供たちもスポーツなどで優勝したりしている。自治会では花いっぱいなどをやっている。幼稚園・保育園一体で、かつ小学校とも一体化している。外国人との交流もやっている。

当時30歳の人が60歳。次の世代に夢を見させていないのだろうか。たとえば、藤沢焼きを活用してもっと老若男女が陶芸を通して親しくなるとか、お父さんの誕生日に湯呑を作るとか、体験ツーリズムをやっているが、それを地元のカリキュラムに入れるとか???何かもっと新しいサービス業を生み出せる仕掛けは可能だろうか。

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福原さん(資生堂)

1.文化資本という言葉は、もともとは、個人にとっての文化資本という意味であったが、福原さんは、会社にとっても、文化は資本であると考えている。ヒト・モノ・カネと並んで文化も。人事部、生産部、財務部があるなら、文化部もあるべき。企業にとっての明日(次の経営の元手)の糧になるもの。機械式時計は、つくる文化(技術、精神、スタイル)がなくなると、つくれなくなる。

2.電気が通るまでは、夜になると広場でたき火をして、長老が村の生い立ちなどを話して聞かせた。しかし、電灯がともったら、皆家に入って何もしゃべらなくなって寝てしまう。共同体が崩壊し、話も伝承されなくなる。

3.日本は、国も企業も、社会全体、組織、リーダーともに弱ってしまっている。文化力による立て直ししかないと思っている。

高坂『文明が滅亡する時』という本をローマなどの研究を基に1981年に書いたが、今読むと、日本のこととして愕然とする。①美徳の喪失、②政治の質の低下、③文化の大衆化、④官僚制の肥大化、⑤大衆迎合、ばらまき、財政悪化。

4.フランスがナチスにやられた時、ドゴールは、逃げたロンドンから国民に呼びかけた「戦争に負けたが、フランスは死なない」皆を勇気づけた。ドゴールがマルローを文化大使とした。マルローは、①過去の才能をよみがえらせる、②今日の才能に生命を与える、③世界の才能を受け入れる。これによってフランスの夢をかなえる

ミッテランは、○○に文化政策を担わせ、予算の1%を文化に向けるとした。これでパリコレ、世界中の才能やバイヤーが集まり、ホテルなども潤う。

アメリカの文化政策。1930年のニューディール、TVAが有名だが、このほかに、芸術文化支援政策を実施した。フェデラルワン。芸術家を国が雇用し、そのなかから、アーサーミラーやオウエルが輩出し、米国大衆文化のソフトパワーが生まれ、冷戦崩壊の遠因となった。ハリウッド、ブロードウェイ。経済効果、民主主義の伝統。地雷のように、第二次体制後の世界に効いた。フィリップモリスのパッケージデザインなど営利企業による芸術振興。

日本では、文化政策というと、すぐにアニメなどで金儲けを考える。文化政策というのは、もっと本質的に考える必要がある。

クリエイティブシティは、アジャイルシティ、常にイノベーションが連続して起こる(野中)。クリエーティブは発散、イノベーティブは収斂とすると違うのでは??

5.イタリアの○○さん:イタリアの料理が上手い、ファッションが良いのは、何故だと思うか。それは、イタリア人は個人主義で、自分に良いものを追及するからだ。少数の友人を呼んでおいしい料理を出してもてなすのが好き、だから料理がおいしくなった、インテリアが良い・・。その地域の人が何を喜ぶかを考えるべき。→これは平田さんの同心円の話につながる。

文化力とは、人間性と「場」の力。場から切り離せられない。

6.企業メセナは、中央の大企業から、地方の中小企業に移ってきている。地方の企業は、地元の文化力が高まらないと自分たちがダメになると思っているから。

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平田オリザ『芸術立国論』

今日は、創造都市のセミナーがあり、どうせ暇なこともあり、佐々木先生や昔の知り合いに会えるかと思っていくことにした。

地域のことを考え、昨日の柳生さんの話もあり、今回いろいろと刺激的だった。平田オリザさんの話も刺激的で、何か書いたものはありませんかと聞いたら、『芸術立国論』と言われた。この本が購入しており、読んだか読んでいないか覚えていないが、今日刺激されたことも、問題意識がなければ、素通りしていたようだ。

本にも書いてあるようだが(目次)、もう一度ちゃんと読み直すことにして、今日は、気になったところをメモっておく。

1.人と人とのつながりが失われた(孤独死:臭う、隣人たちへの精神的ショック、不動産価値下がるなど良いことではない)今日、つながりを再生する必要がある。「誰かが誰かを知っている」ゆるいネットワークを作り出す。普通なら出会わない人同士が出会えるきっかけ、場所。それがアート。広場があって、そこに劇場があり、○○があり、若者とホームレスが出会ったり、ブラジル人と子育て主婦が出会うなどなど。

普段出会わない人が出会える場所やきっかけというのは良くて、誰かが誰かを知っている地域は良いと思ったのだが、そこに急にアートが出てくると(凡人の私は)そこで引いてしまう。

そこで、質問したところ、見に行く劇場ではなく、作る劇場だったり・・・とのこと。それでもまだ分からないといったら、ヨーロッパでは、劇場には、コミュニティスペースが併設されていて、そこがカフェになっていたり、PCを持っていない黒人の貧しい子供たちがネットをやりに来ていたりするという。

日本の図書館でも、最近はコミュニティスペースを併設するようになっている。先日テレビで小布施の図書館のことをやっていたが、平田さんは、図書館については日本でも始まっているとのこと。日本では、ホームレスが冷房を求めて図書館に来るので困るといった話を数年前に聞いたことがあるが、最近では変わってきているのだろうか。

これでも、まだ実際には、良く分からないのだけれど、その後の講演者の話に、ホームレスの人たちにも仮面演劇をさせている(イタリア)などという話があった。ナントがそうらしいが、このリンク資料では、そこまで書かれていないようだ。でも、人が集まり、行きかうということが書かれている。

2.東大までと東大から

これは、週刊誌で特集になったことがあるらしい。地方で勉強が出来る子供は、地方の進学校(公立)に入り、受験のことだけやるように言われ、体育とか文化とかはやらない。一方、東京の私立の高校などは、応用力を習う。永田死刑囚の本を読んで評論するのが後期の授業だったりする。さらに、裕福な家庭が多いので、音楽会に行ったり、海外に出かけたりしている。こういう子供達が東大で出会うと、地方の子供は、文化ショックで不登校になってしまう。個人の文化資産の差が一生つく。企業も応用力のある伸びる子を採用するので、地方の子供が一生懸命勉強しても取り戻せない。

3.昔の子供は重層化した社会にいられたので、逃げ場があった。スネオは、学校でいじめられる。放課後、ジャイアンにもいじめられるが、子分なので、学校でいじめられていれば、ガキ大将のジャイアンが学校でいじめた子をやり返す。ところが、今は、学校の世界しかないので、子供は逃げ場がない。

地方では書店が成り立たないので消えている、ショッピングセンター内の本やはPOSシステムで売れ行きのよい本がそういう並び方をしている。昔は、頑固おやじの店などがあり、こだわって売っていた。演劇青年などが生まれた。地方にあった文化の厚みが多様性が無くなっている。

そうかといって、広場をつくったからといって子供は集まらないし、今から演劇に凝っているカフェの親父がいても子供も忙しくて育たない。→新しい仕掛けが必要。新しい雇用。

4.失業しても孤立しない。ソーシャル・インクルーション。これを可能にするのがアートだ。こういう観点で書かれた本が『創造都市と社会包摂』らしいが、目次をみる限り、流行のタイトルに多様な論文を集めた感がある。ソーシャル・インクルージョンには、社会起業家やコミュニティビジネスと掛けたこんな本もある。

5.流行っている天満天神繁盛店(寄席)のある天神橋筋商店街・ディズニーランドは、皆、同心圏がら広がっている。地元の人が誇りに思っていて、楽しい、面白いので、リピーターになり、知人に自慢げに一緒に店に行く。ついでに外の人も楽しむ。ユニバーサル・ジャパンは地元民が行かない。金沢21世紀美術館もそう。しかもリピーターが無料でいられる場所がある(親戚の人が有料展示を見ている間)。天神橋筋は、しょうもないようなイベントをたくさんやっている。これは、寄席に来た若手芸人が地元で飲むようになり、商店主とおしゃべりしている間に、いろいろなアイデアが生まれるから。流行っているところは、皆体験型、参加型。

6.富良野のブランドイメージが高まったので、観光客も来るし、富良野とつけた商品は割高でも売れるし、高校に演劇科ができる。

7.農産物の地産地消だけでなく、ソフトの地産地消が大切(自分たちが楽しい、楽しむ)。地域には、それぞれ独自の面白い文化があったはずだが、140年間の中央集権化で、ついに食いつぶされてしまったのが今。

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木村勉強会メモ

木村さんの勉強会があり、60名での対話方式というので、いろいろな活動をしている人の話が聞けるのかと思ったが、この人数では、なかなか対話とまではいかなかった。木村さんの60分の講演に加え、東京農業大学の高野副学長、柳生博の息子さん、鎌倉市長がそれぞれ10分づつ話、あとは、3人への質問という形。興味深かった点のメモ。

1.木村さん

(1)沖縄の島で、子供と沖縄芸大が地元のイカをつかった「イカすみジューシー」という商品のパッケージをデザインして販売したら、良く売れた(18ヶ月17万ヶ、3億円)。その1%を図書購入費に充てた。地方には本屋がない、学校の図書購入費は年間15万円。

(2)子供たちが地元企業や職人さんのことを知らないだけでなく、親もしらないし、先生もしらない。先生は、東京の有名大学に入学させたことで褒められる。そうではなく、地元にリーダーとなる人材をどれだけ育てられるかが評価でなければ。東京の大学に行ってもよいが、地元の良さを知らしておけば、戻ってきて、外で鍛えられた能力を活かしてくれる。

(3)徳島では、お母さんたちが地元で取れるものをカルタにして子供たちに知ってもらう試みをしている。

(4)青森正直村は、地元産を使って割高の商品を購入してくれる人20%をターゲットにして青森全域に売り場を設けて成功している。最初7社ではじめたが入れてくれと増えている20社へ。スーパーなどにコーナーを設けている。スーパーは、価格で求めてくる客に加え、高付加価値商品を購入したいという客層を取り込むことができる。こんにゃくだけ売ったら30万円のところ、こんにゃくゼリーにすれば70万円となる。機械を買うのではなく、地元の機械でゼリーをつくれる機械を持っている工場を探し、使用料を払うがと話をもっていった。こんにゃく屋は、新たな設備投資がいらないし、設備を持っている企業にとっても、稼働率を高められるし、使用料も入る。地元にどんな設備があるのか、他に転用できるのではないかという目でチェックすることが必要(市役所職員なら可能:支援力にならないか)。

(5)主婦の活躍の場をつくるのは良いが、それなら、それを支援する仕組みもつくらなければダメ(子育てネットなど)。

(6)気づきが大切、公開されている情報から、それをどう自分のビジネスにつなげて考えられるか。設備までは公開されていなくても、創立年月日は出ている。ホテル営業マンなら、この情報を創立記念日は是非当社にと活用すべきだが、気づいていない。それは、自分のこととして情報を考えていないから、お客さんではなく、主体にならないと。

(7)農家は年収400万円くらいでなければやっていけない。だったら、ABCDと作目を複合化すべき。そうすれば跡取りが出てくる。将来食べていけるか、何が宝か、宝を活かすには、何が足りないか、何を補充すればよいか。

(8)地域内の人材を知る、既存のものを関連づけることが重要。

(9)地域活性化には、①所得、②人財、③評価(ふつうの人の価値、意味をDVDにする:記憶する)、④女性・若者・高齢者の活躍の場、⑤新産業起こしが必要。

(10)地域全体の情報を得て、全体最適になるよう問題解決を図るべき。5万人の町にどれだけの雇用を生み出す必要があるから、どういう工場をどれだけ誘致するか。

2、農業大の先生

(1)1000人くらい卒業生がいて、100人くらいが農業につく。

(2)江戸時代の人口は3000万人、これは食糧生産で食べられる限度。日本では、現在でも、自給した場合、せいぜい4000万人くらいまでしか食べさせられないのではないか。・・・どうしても、1万人の人口を維持したいなら、生産できないのだから、諸外国との安定的な関係を築くのは、自国民の安全保障のため必要。食糧輸入がなければ、4000万人なのだから

3.柳生さん

(1)ジョンレノンの歌に出てくる花→フリージャーのなかのある品種(ダブルファンタジー)。1stステージでは、この正式な品種を探した。2ndステージは、まぼろしの品種ではなくてもよいのではないか、子供たちに夢を与えたいというある先生の申し出で、福岡の小学校3年生にフリージャーを植えさせた(一人ひとり願を込めて植える)。ちゃんと育った(夢が叶う気分)、隣の小学校に分けた。さらに、地域を飛び、さらに、海外(ジョンレノンがダブルファンタジーに出会ったバミューダ)にまで。

(2)花を育てるプロジェクト:花(夢)は、一歩踏み出さないと実現しない、植えても(一歩踏み出しても)、それだけでは育たない。水をやらないと。寒さから守ってやらないと。夢(球根)は増えて、友達に分け与え、つながる。子供に育てさせるのは、良いことなのではないか。

地域活性化も、「夢」を見させることが大切なのではないか。バックワードマッピングの考え方。そのために何をするか。藤沢町の最初は、自分たちで夢を描き、その実現のために、やらなければならないこをと自らやっていった。当時の佐藤さんは、町民に夢を見させることをやった。藤沢町の今は、もう一度、町民とくに子供に夢を見させることなのかもしれない。これは、日本全体がそうなのかもしれない。

木村さんが全体最適が必要であるというのは、企業経営のように地域を経営すると考えると分かりやすいが、さらに、夢を町民が共有することが大切なのかもしれない。

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September 16, 2010

コミュニティ・ガバナンス(大内さん、その2)

第三章 現代アメリカのネイバーフッド(NH)

・アメリカのNHは、全国的に普及していないが、市によって認められた唯一の公式の近隣組織。NH議会を設置して、代表制の議決機関になっているところが多い。日本では、町内会、地域自治区、コミュニティ協議会など、一つの地域社会に種々の公式の制度が被せられている。

・行政とのパートナーシップが重視され、計画づくりなども行っている。

・前史:①ベリー(近隣住区論):都市の成長には、村の自治的細胞を人口の増大に対応した割合で再生産すべき・・対面関係を作り出すことは、公民道徳うの基盤である・・実質的に効果のある市民参加は、年に1度か2度投票するだけでなく、もっと多くの機会を必要としている・・・。②セツルメント:貧困や病気などの都市病理の解決を図る運動。③1930年代から60年代にかけてはNH組織の空白の時期で、ボランタリー・アソシエーションが中心、資産価値保全のための居住区の会など。

・60年代後半のケネディ・ジョンソン政権:コミュニティ・アクション・プログラム(CAP):連邦政府が地域に直接補助金を投下。ニクソン政権:70年代にコミュニティ開発一括補助金(CDBG)。

・70年代の草の根型近隣組織化の3つ:①アリンスキー方式:アリンスキーがシカゴの黒人居住区で住民を組織化、犯罪や暴動が起きなかった。→コミュニティ改革組織化協会(ACORN):低所得や平均的な所得の家族を全国組織化する政治団体。②ボルチモア方式:アリンスキーよりも、もっと地区密着型で生活問題の解決を主な活動とするコミュニティ運動(ハイウエイ建設反対運動、地区の環境改善に取り組む、学校問題、住宅問題→行政との協力関係を構築、経済開発の方向へ。③ボストン方式:分権を意図した自治体からの試み。住区を基礎とした参加制度で、10万人以下で直接参加が可能。議会とは異なり、参加機関と各種住民団体とが直結している。立法に純化することなく、行政執行をこまかく統制する。→実際には、少市庁の機能は、広聴と苦情処理にとどまった。

・政策づくりに一般市民の共同を得ることができるか、実践を持って研究した都市自治体(デイトン、ポートランド、。セントポール、。サンアントニオ、バーミンガム):直接対面民主主義を実行し、NHを市の制度として位置づけた。→ベリー、ボトニー、トムソンは、1985年に5都市の調査を実施。NHによる参加がより高い民主主義の目標を達成するのではないかという楽観的な期待のもと分析をしたが、参加や意思決定過程はより複合的であり、NHによる参加は、市全体のパブリック参加システムの一部でしかないという結論。→しかし、NHによる実践的民主主義は期待できる、フェース・トゥ・フェース参加やNHシステムは強い民主主義への重要なステップであるとしている。

・NHの全国会議(NUSA):コミュニティ・リーダー、市役所職員にNHを組織化して、地域社会の意思決定過程にNHを巻き込むことを奨励したり、その方法を教えたりする(小さな組織だったが、全米でコミュニティが直面する課題が増えるにつれ、相談されることが増えていった)。品質管理運動(1988年)が物の生産だけでなく、教育などサービス分野にも導入され、行政評価の導入など自治体改革が促された。PDSAサイクルなどを取り入れて、地域共同管理などがなされるようになった。シアトル、ポートランドなどは、この時期に優れた市民と制度が育った。

・前山総一郎『アメリカのコミュニティ自治』南窓者2004年:地域社会で発明された新しい仕組み①コミュニティ開発機構(CDC)と②コミュニティ市民会議:地区住民の自発的・結集的な地区組織を各自治体が条例などで公認し、市政のなかでのポジションを公式に認める。:目的は、市民の行政決定への参加と市民と市役所・議会との双方向のコミュニケーション。

・コミュニティ市民会議のメンバーは、2~3層の構造になっている地区から選挙によって選ばれる。シアトル:地区コミュニティ・マッチング基金の運営、地区コミュニティの予算の優先順位決定、NH計画の実施。専門的な仕事、時間を要する仕事は、市から派遣されたスタッフが行う。

第四章 ポートランド市のNH政策とNHシステム

・ポートランド市:人口53万人、州人口340万人の半数が住むメトロを含む自治体。地方自治政府の政体は、コミッション型:1913年に住民の投票によって採択された。6人の市長とコミッショナーと監査役が日本の制度に当てはめるなら、議員と官僚を兼務している。選挙された6人が統治と行政と準司法的な権力を併せ持つ。早くから全域をNH組織境界でカバーする政策を実施。NHの連合体である7つのディストリクトに分けられ、各ディストリクトのほとんどの地区でNHが組織化されている。

・NH参加制度と平行して、各種の市民委員会を設置している。1970年から80年代にかけてNH参加が拡張され、1986年くらいがピーク。その後低調となったが、90年代後半になると、これまでとは異なるガバナンス構造が出現した。1995年の市民ハンドブックによる。

・NH政策は、市のONIが窓口:ミッションは、コミュニティ参加によりNHの質を高めること:ONIは、NH,ビジネス団体、市役所の他の部局、コミュニティで活動する組織、文化団体、市民活動家とともにコミュニティを作り、NHの生活の質を改善し、市民にこれらの情報を提供する。市民とNHと市役所の生きたコミュニケーションのつながりを作ることに尽くしている。ONIは、さまざまなプログラムに基づいて、7つのディストリクト連合とNH事務所とともに市民参加活動をコーディネートする。

・ポートランド市議会は、1974年に、地方政府の意思決定に市民を巻き込むことの重要性を公式に認め、NH団体が統治の過程に参加する制度的手段である条例を可決した。この条例は、NH団体をONI(当時ONA)と市庁と市民を結ぶ対話の制度として定め、ディストリクト連合をNH団体と市民にサービスを提供する制度として定めている。

・ベリー、ボトニー、トムソンの調査によれば:市民が参加のチャンネルが多様に設けられている。しかし、参加者への行政の不満は高く、またNH同士、NHと行政の対立が他都市より高い。→参加機会が複雑で、いつ、どこで、だれが決めたか不明確。ビジネスグループ、市民活動グループ、市職員などと比べてNHは政策のイニシアチブを取る力が最も弱い。参加がきめ細かくなるほど、合意の構造が拡散し、効果的な一つの声にまとまらない(日本の町内会は根回し)。直接対面関係のきめ細かい対話に立脚した市民参加システムの非集権的構造は、NH団体が新しい問題をアジェンダとして導入する力を弱める。すでに抱えている仕事が多く、新しいプログラムを開発するなどは困難。

・NH団体の役割:市のアジェンダの限度を設定したり、行政から提案されたプロジェクトの選択、政策の優先順位を決めることなどに影響を発揮。

第五章 アメリカのNHづくりに学ぶ

・ポートランド市の規約(sample bylaw)と日本の町内会モデル規約(東海自治体問題研究所町内会自治会研究部会『町内会・自治会モデル規約』1991年)の比較。→米は、合意形成、調整過程の公平性、公開性を確保しようとする手続きの規定に重きが置かれ、日は、何をどう行うかを規定。→居住者の流動性が高く、住むことにまつわる利害対立のきっかけが増している現代都市社会において、アメリカの規約は参考になる

第六章 宝塚市のコミュニティ政策と市民参加

・宝塚市:人口21.5万人。平成5年にコミュニティ政策課を設置し、市と市民活動団体、自治安芸などとの関係の見直しに着手。平成7年阪神淡路大震災で地域活動と組織化の必要性が一般市民にも強く自覚された時期。もともとの町内会・自治会(受動的)、学習グループなどが増加、ボランティアグループやNPO団体(テーマ型)が相互補完することで大きなエネルギーを発揮。

①所管課の整備、窓口の一本化

②自治会(縦関係)、NPOやボランティアなど(横関係)を小学校区単位の「まちづくり協議会」でネットワーク化:200から300世帯単位の自治会を基礎とし、人口約1万人の小学校区を中エリア、小学校区3~4ヶ所からなるブロックの3層。

③自治会-自治会連合会、社協の地区活動単位などとほぼ同じエリアによってまちづくり協議会の構成ブロックを区分

④自治会-自治会連合会、まちづく協議会-地域創造会議(ブロック単位)のほかに、公募による女性ボードや課題別100人委員会など別の参加ルートを確保

⑤これら制度運営の基本的な考え方を「まちづくり基本条例」と「市民参加条例」の制定によって、市の取り組み姿勢を普遍のものとした

⑥これらの取り組みを財政的にも裏付けた。

第七章 中山台コミュニティ

・宝塚市の1つ。11自治会。全体で2700万円くらいの予算規模。

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コミュニティ・ガバナンス(大内田鶴子さん)

上記タイトルのは、ぎょうせい、2006年刊行。副題に伝統からパブリック参加へとある。

日本の治安が世界的にみて相対的に良いのは、自治会・町内会のような地縁団体がお上の意向とは無関係に根付いているところにあるのではないかと考え、その歴史や今日的な意義、海外や国内の先進事例を参考に、さらに良くしていくための方法論を論じている。

興味深かった点を抜書きする。

第一章 日本の伝統にみる都市住民組織

・中川剛:明治政府が国民国家の構想を打ち出しても、動揺することのない安定した秩序感覚が、五人組を最末端とする地域社会のうちにたくわえられていた。契約の原理ではなく、地縁による原理で日本の社会が営まれていることに着目。『町内会-日本人の自治感覚』中公新書、昭和55年

1.江戸町火消

・最初の消防隊、1629年、武士の組織(奉書火消):大名屋敷、武家屋敷を火災から守る大名火消、所属と給金がある。

・江戸城の防火のため、1658年、旗本による定火消が設置された。与力6騎、同心30人、火消人食(臥煙:刺青)300人で一組。旗本・御家人の次三男の失業対策として、火消人足が武家屋敷に詰める専業の武家火消。

・1718年町奉行の大岡越前守が、1町から30人ずつの駆けつけ人足を出すように考案(町火消)。当初は、大店が使用人を当てたので店火消と呼ばれたが、その後、地域単位に変更し、1町内から2~5人の鳶の者を出すことになり、1730年には、いろは四八組の消防隊に編成された。(ロンドンの消防隊の創設は1776年、大阪では1634年から町民による町火消が置かれていた)

・鳶の者は、日用座(日雇い人足請負業者)の配下になっており、町火消の頭取には、日用座の座主が就任、世襲。町奉行の配下だが、頭を中心に統制が取れていた。頭の下に、組頭・組頭副・小頭がおり、そのしたに道具持ち(纏持ち、梯子持ち)、そのしたに平人(平鳶)、そのもとに、30人の人足(素人住民)が従った。→素人住民が防災に活躍する制度は、消防団として今日まで継承されっている。

・平人は、普段は公共建造物・住宅の建設修理、道路・溝渠工事、清掃などにあたる職業、大工・壁職・縄・梯子製造職など。町火消制度が整備されてから、平人は、指名抱えとなり、町費から捨銭・足止銭を支給され、法被・股引・革頭巾などが支給された。火事場への出動の際は、その度ごとに危険手当が出た。町費は、名主・家主・地主が店子の町民から徴収して、火事・取締・祭礼・防疫・上水などの費用に当てたもの。

・この時代の消防活動は人力に頼っていたので、自然と鳶の者が頼りにされ、纏持ち以上の役は、町内の吉凶慶弔には必ず招かれ、盆暮れには頭取や組頭に相当の心づけが手渡された。消化担当区域では、もめごと、喧嘩の仲裁、商家でのユスリ・タカリを働く無頼漢を追い払うことまでが仕事の一部に組み込まれ、町内の治安を守っているのは俺たちだという優越意識を生み出した。町民たちも町火消を大切にした。

・辻番・自身番:1629年、辻切りが横行したため、幕府は辻番を設置させた。武家屋敷街では、大名辻番・組合辻番・寄合辻番(旗本)、町方では自身番を置いた。町人順番で以って自身が番屋に出勤するという意味。町内ごとに街路の交差点に木戸を立て、夜間は木戸を占める。木戸の番をするのが木戸番。

・はじめは、地主自ら自身番になったが、次第に家主や雇人に代わっていった。自身番や木戸番の出勤する建物が番屋、一つの町内に木戸番屋と自身番屋があった。自身番屋は会所の役割も果たした。江戸には990か所あった。自身番は、のちに番太郎と称し、拍子木を叩いて町内を巡回し、火事防止に努めた(この習慣は今でも残る)。費用は、それぞれの町方が負担した。江戸幕府は命令を出すだけで、費用を出さないのが政策の特徴。

・このほか、橋火消、奉行所駆付(重要書類を安全な場所に担ぎ出す)という役割も(近くの髪結)。

・幕末江戸城明渡の折、官軍と幕府軍の衝突があったが、戦火を気にした勝海舟が町火消四八組に出動態勢を取らせると同時に警備を要請→無政府状態にもかかわらず、放火や盗賊が少なかったのは、彼らに負うところが大きい。

2.京都の町組と公同組合

・戦乱・戦火による消失の痛手の歴史がながく、有産者の街であったこともあり、室町時代の末期から、何百年もの年代をかけて地域自治組織を作り出してきた。

・京都の町屋は、中小商工業者が主体であり、それぞれの所有する土地や家屋が資本→裸の付き合いの江戸と異なり、「義理が守られているかどうか」である。義理とは、「いやでも他人にしなければならないこと」であり、西洋の法や契約と同様、社会の一種のルール(規則や儀礼)であり、税金のようなもの。これを納めて町内という管理社会を維持する。「管理あって交際なし」という付き合い方。江戸のような争いや喧嘩は大嫌いで、何事も「スンマヘンドスナア」とあやまってしいまう。

・京都洛中の町組は、江戸後期には、上京12町組760町、下京8町組619町、禁裏6町80町。第一代知事は、このような自治の伝統を巧みに活かして新しいまちづくりをした→町組の再編成と番組の設置。町組を行政機構の末端組織として、かつ小学校建設の学区として、それぞれが同規模の広がりと人口を持つように計画された。小学校は、教育機関のほか、町組集議の会所、府の出張所としての機能を持つ、旧町組の総合庁舎であった。小学校の建設費用は、最初に府が全額を各組に交付し、そのうち半額を10年割賦で返済させた。住民による返済は、有志の拠金により賄われた。明治2年中に64校が開校した。

・学区(番組)は、1000世帯前後、人口3000人前後。→その後、行政機能に純化される。明治15年に学校を学校教育以外に使用することが禁じられ、明治23年に小学校の管理権が市に移行し、明治30年には、各20から30町を単位とする番組を公同組合に名前を変更し、行政機能に純化させるとともに、学校運営は文部省の所轄となり、住民自治の範囲から消える。

・1940年に内務省の指示で、10世帯単位の隣組の組織を命じられ、同時に町内を町内会に改名、かつての町組(番組)単位が自治連合会となった。現代においては、スポーツなどおおきなこと線ならん時は学区単位で考える。

・家屋敷は、他町の住人にはいっさい売らないこと、その町の居住者か、もしくは転住しているものに限る、購入者としての条件が整わない場合には、町が買って町有にした(明倫学区の地域史、昭和14年)。戦前まで、室町界隈に土地と家屋を求めるものは、必ずその町内の承諾を得なければならなかった。

・町家・会所(集会所)は、鉾の収納場所、平時は寄合所、祭りの時は飾場、詰所として使用する町内所有の借家。「町あるき」をする用人を住まわせていた。

・町費:かつては、通りの表に住む人と路地に住む人とでは額が異なっていた。現代では、均一負担。1970年には、町費を毎月一戸300円、ほかに鉾の保存費200円。

・町用人:自治自警の組織のなかで、自治運営にあたった年寄の指揮命令を受け、各種の町用を行った。公儀の触れを町中に触れる、木戸の開閉など番人の指揮、観音様など会所の諸道具の預かり、会所の監督、会所への居住、火防役、年寄の共をして江戸に出るなど。床屋がやることが多い。

・京都市上京区の春日学区(21町、人口い2500人、1100世帯)では、住民福祉協議会が福祉・防災活動をやっている。公同組合と学区の現代化。かつては、明治2年に小学校の中に火の見やぐらがあった(町組税で設置運営していた)。昭和23年に自治連合会の防火委員会が出来ている。昭和48年には、春日住民福祉協議会を結成し、中にシルバー防炎隊がある。京都市による行政サービスの開始(昭和56年に自主防災組織の結成を指導)よりもずっと早く住民の手によって自主防災をしていた。

3.五人組制度

・穂積陳重『五人組制度論』大正10年:イギリスの十人組(タイシング)と江戸時代の五人組制度を比較。

・五人組は、中国古代の律令制度に定められた五保制度に由来→本邦最古の戸籍制度「正倉院文書」では、五戸のはじめの戸主に五保の字をつけている。→豊臣秀吉(十人組)→徳川幕府(五人組)の制として全国に定着させた。五人組は、国家の法制がいまだ完備しない時代において、治安担保、自治治安維持の機関として置かれ、発達してきた。

・穂積は、時代が経るにつれ、警察的というより、社会的なものになっていったという。農村においては借家人までを組織し、町場では家主と家守の戸主のみが組織された。五人組法規で規定されている内容:警察、宗教、吏員、駅伝、租税、勧農、営業、道徳、身分、節用、民事、刑事、訴訟。五人組組合員の責務と行動は、このような規定内容の相互励行であった。→(婚姻養子縁組相続遺言廃嫡等に立ち会う、幼者を後見する、耕作に助力する、破産者を援助する、外泊旅行の際には届け出る、吉凶相助け、災害相救う、喧嘩調停に加わるなどなど)遠くの親戚より近くの組合:組合員の懇親一家の如くなり。

・帳面に御大法之制限を書き記し、名を認め調印して、毎年支配所に出す(五人組帳)。一般人に良く理解させ、徹底するため、毎月一回、あるいは年に数回村民を集めて名主等が読み聞かせたり寺子屋の教科書とした。五人組帳の規定は禁止条項の羅列であり、住民の活動性向が他律的、消極的になったことは否めないが、自治精神の発達には相当の効果があった。

・五人組帳は、前書、證文、連判の三部からなり、前書には、五人組の遵守すべき法規を載せ、法規を厳守すべき請書の證文、姓名列記と押印→これは進んで服従する、マックス・ウエーバーの「正統的支配」に当たるのではないか。イギリスのタイジング制度では、名簿のみであり、法規や誓約はついていない。タイジングは、警察任務だけであった。

第二章 現代日本の町内会

1.社会福祉協議会

・社会福祉協議会:コミュニティ・オーガナイズの先駆者。町内会の源流となる消防組や隣組など他の土着の地域秩序に対して、社協は、イギリス、アメリカの地域組織化理論を導入して活動してきたところが異なる。活動領域が貧困者やハンディキャップ者支援などから出発している。

・戦前における社協の源流は3つある。①イギリスの救貧法の影響、1908年に慈善事業の組織化「中央慈善協会」設立。②民生委員の起源である方面委員。1917年の岡山県から、1936年には国の制度となる(方面:小地域を設定し、地域の民間篤志家を選任し、家庭訪問による個別救護や社会測量に基づく地域活動を組織的に展開)。③セツルメント活動。イギリスではじまったスラム改善活動。日本では1910年に片山潜創設のキングスレー館。昭和初期の恐慌時、農山漁村経済厚生運動(終戦後は、隣保館活動へ)。→戦時下ではこれらが厚生事業へと変質し、戦後は社協となった。

・連合国軍司令部は、「社会福祉の6項目提案」を示し、共同募金会と中央社会福祉協議会を立ち上げる(1951年)。母体となったのは、恩賜財団同胞援護会、全日本民生委員連盟、日本社会事業協会。連合国側は、コミュニティ・オーガニゼーション理論を背景に提案したのだが、日本側は消化できずに、社協は、既存の組織に接ぎ木され、全国組織から上位下達で市町村社協まで組織化された。

・言葉の正しい意味でのコミュニティ・オーガニゼーションは、かなり後に、市町村社協、地区社協による小地域福祉活動が盛んになってから実現した。この時には、社協は、すでに自治会・町内会としっかり手を結んでいた(社協の役員を連合自治会長が兼ねたり、民生・児童委員の選出基盤に町内会を置いたり、社協の会員募集と会費の徴収を町内会に依存しているなど)。

・宝塚市:町内会を基盤としてコミュニティ活動と社協の活動が相乗効果を発揮して優れたコミュニティを育てている。

・コミュニティワーク(ソーシャルワーク、社会福祉援助技術、コミュニティ・オーガニゼーション):コミュニティの自己決定を促し、その実態に即した自治の達成を援助するため、コミュニティワーカーの専門家参加を得て、ニーズと諸資源の調整を図るとともに、行政への住民参加を強め、コミュニティの民主化を組織する方法・・・この定義は、ハンディキャップを持つ人の分野に限定しなければ、地域自治組織化論である。

2.自治会と地方自治

・自治会の問題点:広域ボランタリー・アソシエーションなどからみると、閉鎖的・他律的・停滞的とみられる。排他的地域独占団体と批判される。旧慣墨守。組織形態や合意形成手順があまりにも旧態依然とし、時代や地域環境の変化に柔軟に対応する力を失っている。単位自治会の上に幾層もの自治連組織があり、おっぽうでは、テーマ型の地域コミュニティ組織が学区単位で林立している。

・マッカーサーが考えていた地方政府と日本が作成した地方自治法は大きく異なる。アメリカでは、ホーム・ルールの原則があり、住民自らが都市の憲法(都市憲章:チャーター)を作成し、採択する。これにより、州議会は、市町村の地方的事務処理に干渉できなくなる。日本国憲法94条では、地方公共団体は「法律の範囲内で条例を制定できる」とあるが、マッカーサー案では、「条例」ではなく、「憲章」であったはず。

・1991年に自治会・法人会は法的位置づけを得た(地方自治法第260条の2)。要件(町内会という名称ではなく、地縁による団体とする・・)を満たせば法人格を持つことが可能になった。主に、不動産の取得・保有に必要とされた。

・公益:不特定多数の者の利益を指す→町内会は、特定の区域を単位として域内の問題への活動を行うので、「公益」ではないとみなされた(民法)。→地方自治法の体系のなかで解決された。公益とは何かという本質的な議論に及ばなかった。

・日本では、法人法定主義、どのような団体も上位者(天皇または第三者)のお墨付きを得ようとする。アメリカでは、住民が一致して独立する意思と宣言があれば法人になる(法人団結主義?)。結社。

・町内会は独立の法人になることができたが、都道府県、市町村がアメリカ的な地方政府でないのと同様、統治体ではない。所有権や金銭契約の主体となれる程度。ホーム・ルールで法人になるのではなく、国の法律で法人になる。

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September 15, 2010

オウルの奇跡(ミカ・クルユさん)

上記タイトルの、新評論、2008年刊行。ちなみに、著者は、日系女性かと思ったら、男性であった。

この本は、札幌のITクラスターを考えるうえで、前から読みたいと思っていたのだが、遅くなってしまった。フィンランド人の名前が分かりにくいのが難点だ。

この本によると、オウルの奇跡は、何か一つのことや一人の人のお蔭ではなく、さまざまな偶然やさまざまな思いが集結した結果であるということが分かる。

ただ、残念ながら、札幌とは、まるで背景が違い、参考にはできないことが分かった。

というのは、これまでの産業が衰退するなかで、地域の人たちが、一生懸命地域を活性化しようと知恵や汗を流しているところだ。大学を誘致したのも地元の人たちだし、大学を卒業した人材が首都圏に流れないよう、地域に雇用の場を創出することに力を注いだのも地元の人である。それには、大学の教授たちも自らも起業するなど、一生懸命産業振興を進めた。

札幌の人たちだって、一生懸命地域活性化を願っているといえば確かにそうだが、大学もおそらく国から与えられたものだし、大学教授が地域産業活性化にそれほど熱心ではない。気持ちは熱心かもしれないが、自分の仕事とは思っていないで、相談されれば受けるといった程度だ。将来のIT産業を俯瞰し、それに必要な人材を育成しようとか、その受け皿である雇用先を設けようと自ら動いているわけではない。

めったにないチャンスであった知クラ事業についても、業界全体がまとまることはなかった。お上がやることにしぶしぶ付き合った程度だ。実際には、この事業はIT業界のなかから、IT業界を活性化させるためにもってきたのだが、お金を配分する仕組みのなかで、道や財団(電力など)が絡むことになり、多くのIT企業にとっては、主体性のない事業となってしまった。

私は、札幌のケースを失敗例として研究しようと思い、オウルと比較しようと思っていたのだが、20万都市と180万都市の違いもあるのだろうし、人々の取り組み方があまりにも違うので、比較は無理かもしれない。

・テクノポリスの運営の仕組みは、たぶん、例の「信託」なのであろうから、それと、ノーステック財団との違い。

・大学教授の立ち位置の違い。

・世界市場を考える企業の目線の違い。

・・・・何かできるだろうか?

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「できない」をできる!」に変える(木村俊昭さん)

上記タイトルのは、実務教育出版から2010年に刊行されたもの。

木村さんとは、いろいろなご縁があり、北海道で小樽職人の会を取材した折、これの影の功労者として紹介され、その後、自治学会かなにかで一度お目にかかったことがあり、MLの情報などから小樽でいろいろ活動をされることを知ってはいた。

北海道で挫折感を味わい、東京に戻り、法政大学にお世話になったところ、ある集まりで再開(内閣府の地域振興策に携わる人として)。そして、さらに、私の最初の夜間の授業のたった一人の受講生であった。後期なので、4月には受講予定であった人も、単位が取れてしまうと受けなくなる。一人でも受講生がいたら開講するという仕組みなので、木村さんのお蔭で私は、講師料を頂戴することができた。もっとも、木村さんの内閣府での事業の説明や体験談もしてもらい、どっちが先生か分からない授業でもあった。

そして、母が亡くなり、本格的に活動しようにも、漠然としていてどうしようと思っている時に、勉強会に誘って頂き、全国で地域活性化に取り組んでいる人たちの情報を得ることができている。北海道はもう見たくもない!と思っていたのに、北海道にご縁のある人に助けられている(なんと、その後の授業でも、北海道出身者が5人のうち2人もいるなど、北海道との縁が続いている!)

そんな木村さんは、今では小樽市役所を止めて、本格的に農水省の企画官となり、地域活性の汗かき人、「スーパー公務員」として著名になっている。現在では、全国から講演依頼や地域活性の相談依頼が殺到している。

最初は、木村さんが全国の人に呼ばれるのは、政府の役人で、お金を持ってきてくれるからかとうがった見方をしていたが、この本を読んでみて、そうではないことが分かった。

この本は、飾らない言葉で、とても説得力のある書き方をしていて好感が持てる。私が本を書こうとすると、もっと固まってしまうが、その面でも勉強になった。

さて、内容だが、

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日本中に閉塞感が漂っている。何をやるにしても、「どうせ、うまくいかないだろう」「何をやったてムダだよな」という無気力が蔓延している。しかし、「楽しく」なれば、人は前向きに頑張るスイッチが入る。では、「楽しく」なるには、どうしたらよいか。木村さんは、「楽しい」は、自らの手で作り出せるという。

それは「満たされなかった思いが成就すること」。

そのためには、4つのアプローチがある。

1.経済的に安定したい
2.仲間と共感したい
3.正しく評価されたい
4.理想に近づきたい

これらを通じて、「できない」と諦めていたことが「できる」に変えられると気づいた時、人は「楽しさ」を感じる。そして、楽しさを感じた時、人と場は活性化する。

「楽しいことは広がる」。誰かが楽しそうにしていると、自分もやりたいと言ってくる人が出てくる。そういう人たちをみると、(仕掛けた)自分自身も元気付けられる。

本では、上記の4つのアプローチについて、木村さん自身が係った事例を交えながら解説している。以下、納得したことを抜書き紹介する。

1.楽しいはつくりだせる

・タクシーの運転手が「なんでこんな町に来たの、何もないんだよね」と地元の悪いところばかり言うより、「この町は知られていないけど、こんな良いところがある素晴らしい町ですよ」と言ってくれた方が観光客は楽しい気分になる。

・ダメだよとか、つまんないよとか言っているとそれは伝播して、そういう人ばかり集まる。これはいける、楽しいよと言っていると、どれどれと集まってくる。

2.経済的に安定したい

・果樹園経営が悪化でくらい顔→体験型へ、加工品にして、果樹だけでなく野菜などと組み合わせて通販→自分のところだけでなく他産地と連携して販売・シンポジウムを開催するなど→年収がアップしたともなればマスコミが扱い、どんどんこうした動きの中心になる。

・農家の人たちが子供たちに農業をやめろというのか→食べていけないから→馬路村、エミュー(手がかからない)飼育など、自分の力で稼いで、誇りをもつ→楽しくやっていれば、輝いてみえれば人はやってくる。

・ボランティアでは、継続的な事業はできない。

・地域に活力を与えなければ、行政職員、地域金融機関もまちと一緒に倒れる→行政職員、商工会議所職員、農協・漁協職員、小中高校教員など一体となって取り組み、地域情報の共有が必要。

3.仲間と共感したい

・ただ単に、同じ職場で働いているだけでは淡泊な関係しか生まれない。そこに何らかの共感や一体感、賑やかで楽しいという気持ちが広まって、はじめて仲間になる。面白いことをやっているんばと思ってもらえれば、周囲の人にも味方になってもらえる。(これは「職場」だけでなく、「地域」と置き換えてもその通りだろう)

・外部の人とのつながり(いざという時必要な人材を見つけられる・得られる)。ディスカッション・パートナーをつくる(多様な年齢・背景)。言語化による気付きを得られる、企画やアイデアに多様性が生まれる、人脈が広がる(メリット)。

4.正しく評価されたい

・リストラされた友人→これまでの実績からやれることに気づく、可能性のある分野の企業についてデータを集め改革提案書を作成、会社に10分プレゼンをさせてもらうようメールを送る→リュックにPCなどプレゼン用具を持ってでかける

・キッズベンチャー塾→小学校高学年に地元の職人・金融・企業の人からレクチャー(商売って簡単ではない、職人さんてかっこいい、銀行で働く人ってすごい)→5人チームでビジネスプランを作成、役職を決める、分からないと職人さんらに聞きに行く、市役所にデータを見せてもらいに行く、商店街にポスターを張る、店を借りる→子供たちも良い経験をしたが、町の人たちが元気をもらって、やる気が出てきた。子供たちに再評価を受けて、プライドが復活した。

・炭焼きの人は、自分のやっていることが本当に人のために役立っているのかが分からなくなり、自信を失っていた。良い仕事をしていますね、多くの人に感謝されていますよが励みになる。

・岡山県真庭市勝山町の加納容子さん「お互いの商売を褒めあう」運動。

・過疎化:子供に親や先生がこのまちはダメだという。しっかり勉強して都会で働きなさい。→近所の人から、あなたのお父さんは、すごいことをやっていると言われたら子供たちはうれしくなる。

・怠けてできないと思っているのではない→周りの雰囲気もあって、「私にはできないだろうか」と取り組むことを避けていた→ほめられるうちに、やれるような気がしてきて、やってみれば出来た。

・ひとたび失われたプライドが復活すれば、その人はポテンシャルをフルに発揮し始めた。周りからの評価が消え、冷め切ってしまった思いに火をつけるのは、「褒められて楽しい」という感覚。

5.理想に近づきたい

・入りたてのころは、「市民のためになることをしたい」という意気込みを思っていたのに、職場の雰囲気に流されていくうちに(いわゆる「現実」知るうちに)、だんだんと達観を装うようになった(なんだよと不貞腐れる→上司や先輩に対する愚痴へ)。そんな時、若い職員が地域活性化の事業で盛り上がっているのをみて、忘れかけていた思いを取り戻した。

・人生の本業にしていたことが実現できると感じた時、-ひとはこのうえなくわくわくした気持ちに満たされる。理想を実現できそうなとき、多くの人がこういう状態になる。

・黒子になって上司の思いを実現すれば、上司はそれを覚えていて、今度は部下(木村氏)のライフっワークの実現を助けてくれる。

・企画書を出し続ける。失敗してもやり続ければ、誰かがみていてくれる。

6.全体の最適化を図る

多くの自治体や行政で地域を盛り上げようという取り組みがあるにも関わらず、厳しい状況を改善できていない理由の一つには、プロジェクトのデザインが極めて刹那的で中長期的に何のインパクトも残せていないという現実がある。

インパクトの大きそうな場所に絞って、スポット的に取り組もうとするあまり、全体観からすれば矛盾や干渉を招き、かえって後退してしまう。→「全体的な最適化」の視点でプロジェクトをデザインすべき。「戦略的システムデザイン・マネジメントによる地域活性化」をまとめる予定。

・A市の例:企業誘致、農業振興、温泉街活性化で人口増をめざす→工場誘致のための優遇措置、都心にアンテナショップ・物産展・ブランド化、ホタルの里イベント→3年を過ぎたころ生活は一向に改善しない、人口も税収も減、3年の減免措置が終了と人材不足で企業が撤退、誘致企業と業種がバッティングして地元企業の経営悪化、物産展に出店の10社は好調だが、広がりがない。花火やホタルなどのイベントをしても、旅館は10軒しかないので日帰り→ファミリーの移住計画→誰でも移住計画:企業、農業、温泉街などが抱えている問題を個々に解決しようとした、全体的な最適化の発想がない

どのくらいの人口規模が最適か、主たる産業は何か、主産業を活性化させるにはどうすればよいか、他の産業とどのように関連づけるのかを戦略的に考える。

・何故、その企業の誘致が必要なのか、減免制度を導入して誘致した企業が地域にどんな貢献をしてくれるのか、減免分はどのくらいの目処で回収できるのか。

・人口5万人で2万世帯のまちなのに、10社程度の会社のために、まちをあげて特産品を売っても町全体は潤わない。

・市内にホテルをはじめ、観光に携わっている人が何人いて、10%増えたら年収がどれだけ増えるのかといった試算。

・農業が主産業のまちなら、農業の所得向上の政策実現をする。

・子供たちが自分たちのまちに愛着を持てるような施策。

・若者や女性を中心にして商店街や温泉街の活性化策を一緒に考え、仕組みづくりをする。

・部分的な最適化がなされている場合は、それをできるだけつなぐことが重要。

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この本は、2つの点で私にとって重要なことが書かれている。

それは、第一に、太い赤字でしめしたところ。私も、日本中の閉塞感を破り、優れた資源である「人材(特別な人ではなく、多くの潜在能力を持つ人々、子供、女性、高齢者を含む)」を再活性化、再編集するだけで、日本は再び輝かしい国になるのではと思っており、木村さんは、それを実践しているということだ。

第二に、慶応大学大学院で宇宙工学などを手掛けてこられた狼先生のもとで地域活性化を全体最適するような仕組みについて作成中という話だ。

私も、これだけ、各地域でいろいろな人がいろいろなことをやっているのに、どうして全体としての活力に結びついていないのだろうと思い、それを「地域イノベーション論」の授業を通して考えてきた。

当初は、社会起業家に比べて、日本の町おこしなどが持続性を考えた体制作りをしてこなかったこと(そういう発想がない)や、しようにも、お金の出どころが中央官庁の補助金事業だけであることや、人材が不足していることなどを見てきた。だから、木村さんが表だってやっていること(補助金事業)には懐疑的だったのだ。

そして、昨年は、システム思考やセオリー・オブ・チェンジなどの手法を用いて、既存の仕組みを変えることから考えなければならないとか、地域全体の共通認識を形成すること(首長の思いつきでやるのではなく)などを考えてきた。

また、今年は、自分たちの地域を自分たちで何とかしようという自治の精神があるかどうかが問題なのではないかと、今、そちらに傾いた勉強をしている。

一方、木村さんは、うまく機能していない原因を全体的な最適化戦略が練られてこなかったからではないかと考えているようだ。

全体的な最適化戦略が練られてこなかったのは、実は、日本の縦割り的な中央集権体制によるもので、各省庁の補助金に依存して事業がすすめられざるをえなかったために、部分最適化になっているのだ。地方分権が本格化し、地方自治体が地方を真に経営することができるようになれば、全体最適化戦略を考えるに決まっている。

藤沢町は、おそらく、木村さんが言う全体最適化を計画し、実行してきた町のはずだ。まもなく、訪問するので、この点も検証してこよう。

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September 08, 2010

集合住宅デモクラシー(竹井隆人さん)

竹井隆人『集合住宅デモクラシー』世界思想社、2005年を読んだ。もっと簡単に集合住宅の住民自治を書いてあるのかと思ったら、随分、難しい本だった。興味深かったところを紹介する。

1.集合住宅とは

・「共同住宅」は、共同で利用する建造物、廊下、階段、集会所などを有する住宅のことで、物理的側面に着目したもの。分譲マンションでも賃貸アパートでも(権利態様に関係ない)、対象となる。

・本書で言う「集合住宅」は、物理的側面よりも、利用態様(権利態様)に着目したもの。各住宅の所有者によって共同で所有・管理する自治的形態を備えるもの。戸建ても含まれる。共有庭、街路、駐車場などを共同で所有、利用する。公営住宅や賃貸アパートのように、ひとりのオーナーが建物を一括所有するものを含まない。

2.官治がはびこり、個人が政治に関心を払わない(アパシー)を招いている。国民主権の名に値するよりよい統治のあり方が模索されている。間に私的政府が存在し、これが「民主主義の学校」が求められている。→集合住宅における私的政府に着目

3.アメリカでは、コモン(広場、公園、街路、遊歩道、湖沼、丘陵、テニスコート、プール、ゴルフコース)を有する居住区をCID(Common Interest Development)と呼ぶ。設計計画として注目されるが、むしろ、コモンを含む居住区全体を住民が共同統治するところが注目される。

4.ハワード(イギリス)の田園都市構想

3~5万の人口を収容できる土地に、同心円状の街路計画による住宅群と農耕地を含む緑豊かな共用スペースを併設する。土地を所有する田園都市株式会社は、土地をリースして、その敷地上にある住宅や農耕地から地代を徴収し、それを原資として共用の施設や生活サービスを提供する。産業革命の負の遺産である都市問題に対応するため、郊外に農村の要素を取り入れた職住近接、自給自足による自活的で自治的な都市づくりを目指した。

5.制限約款

アメリカでは、高級居住区において、居住区全体を良好に維持することを目的として制限約款が用いられてきた。イギリス起源。私有公園の保全とその良好な維持のために借家人の費用負担とを定めた。

田園都市構想と制限約款が結合してCIDとなった。コモンを含む集合住宅全体を住民が共同統治する社会政治システム。居住者からなる住宅所有者組合(HOA:Homeowners Association:住民自治組織)が居住者から分担金を徴収し、警備、ゴミ回収、街路の保全及び照明などの公的サービスを遂行する一方で、一連の約款、約定、規定から構成されるルールを執行して居住者を統治する。制限約款は、民事だが、最初の住宅購入者だけでなく、代々の購入者にも適用されることになっている。

ハワードの田園都市構想は、土地公有であるのに対し、CIDは、個人による土地の独占私有(個人による私的所有と田園都市のユートピアが混成されて「プライベートピア」と命名:マッケンジー)

6.CIDの権利態様

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コンドミニアムは、日本の分譲マンションと似ているが、必ずしも垂直的なものだけでなく、戸建ての場合もある。

PUD(Planned Unit Development)は、独立した戸建て住宅群やタウンハウスを含めて広大なコモンを一体的に開発した形式。購入者は、自己の住宅の所有権を買うが、自動加入となるHOAが所有管理するコモンの「利用権」を取得する。

コウオプ(Co-op)は、建物全体を法人が所有し、居住者は、その法人の株式を所有する。この株式は、個人の住宅の独占的利用と共用空間の共同利用権を含む。

コミュニティ・アパートメントは、居住者全員で集合住宅全体を共有する。

うち中心的なのは、コンドミニアムとPUDで、多くは郊外に存在する。集合住宅を長期にわたり良好に維持するために、住民自治組織(HOA)が機能している。

7.日本の住宅金融が債務者の無限責任と人的担保主義によるのに対し、アメリカの不動産金融は、対象とする不動産以外の財産には訴求しないノンリコース・ローンで、人的担保にも頼らない。このため、不動産の担保価値に対して、査定を課す。鑑定専門家による不動産の鑑定評価(現在価値のみならず、保険適用の長期にわたるリスクを考慮して、集合住宅全体の社会的魅力の見地から将来的評価も加える:住宅地の資産価値をその地域、都市の成長性、価値から総合的に予測する)。→これが中古住宅の市場流通の活発化にもつながる。

8.CID体制は、地方政府にとって、居住区の管理に対する責任や新たな道路、下水道、その他のインフラのための税支出を回避できるのでメリットがあった(デベロッパーが整備をし、HOAが管理する)。CIDの開発は、富裕層を納税者として管轄内に取り込めるので歓迎する。

9.HOA

HOAによる自治は、かつてのアメリカのタウンミーティング(自治体での政策や税制を住民が全員参加して討議する直接民主主義)への回帰としてアメリカ人に好意的に迎えられた。

全会員によって年に数回の総会を開き、たとえば1住宅に1票という等しい議決権で重要な議題を決定する。選任された理事による執行機関としての理事会が設置され、総会によって議決された事項や制限約款を失効するためにあらゆる権限が付与される。個別の業務については、管理会社に委託されることも多い。

理事会とは別に経営責任者として不動産管理者が理事会に雇われる(プロパティ・マネージャー:PM)。PMは、住民から選出された理事のような素人とは違う、集合住宅経営の専門家であって、成績が振るわなければ解雇される。

この仕組みは面白い。日本では、団地自治会を会長さんら役員が担うが、アメリカでは、株式会社の社長のように、専門家を雇う。日本では、株式会社でも、なかなか、社長を株主に委託されて運営している人と捉えにくいが、言ってみれば、地方自治体の議員や首長も住民に雇われた専門家に過ぎない。これがなかなか日本では、身体で理解できていない。どうしても、お上意識がある(住民にも議員や首長や自治体職員にも)。

HOAは、自ら規則をつくることができる私的機関である。これらの規則は、連邦憲法上の私有不動産に認められた権利の一環として大切に扱われている。HOAの集団財産権は、個人の権利と同様に論争の余地のない堅固なものであり、司法によって是認されてきた。

10.マッケンジーによるプライベートピアへの批判

ハワードの田園都市は、居住者は借地人であり、土地公有であったのに、プライベートピアは、私的所有意欲を鼓舞するものになった。ハワードは、就業機会や自給生活のための農業をするための田園であったのに、プライベートピアでは、単なるアメニティの緑や公園となった。その内部で仕事に従事するのではなく、外で仕事をする。そして、内部で働く掃除人や警備員は、外部に住んでいる。制限約款によって「望ましくない隣人」を排除している。

「成功者の離脱」:CIDを既存の公的組織である州やカウンティによる管轄から切り離す。私的政府は、新規参入者を限定し、徴収した税金を自分たちが認める特定目的に使用することを可能にする。

フロリダ州ウエストン市は、30ものCIDが集まり、法人組織の都市として1996年に独立した。

CIDは、これまで公的政府によって供給されてきた警察、消防、水道といった公的サービスを代替する。したがって居住者は、公的サービスを受けるために、既存の税金とは別に、私的政府に税金と同等の分担金を支払うというある意味二重払いをしている。→州によっては、HOAの自給によるサービスの対価として、固定資産税の一部還付により調整を許可している。

住民自治が進むとはどんな姿なのかというひとつのイメージとして、この私的政府→独立してしまうは、とても面白い。つまり、自分たちの望むサービスが提供されないなら、こうするぞと実力行使しているようなものだ。日本でも、どこかの地方自治体や自治会でここまでやれたら面白いのだが。

マッケンジーは、HOAによる住民の共同統治は、必ずしもタウンミーティングへの回帰ではないとしている。CIDの多くの住民は、直接民主主義における政治への関与を敬遠し、すべてのことを理事会や管理会社に任せる傾向がある。HOA総会への出席率は低く、理事会の活動に対する関心も理解も低調である。理事会には、一部の住民のみが献身的に従事し、大半の住民は熱心な隣人による支配に黙って服しており、これは民主主義に対する不参加の文化であると指摘する。

これは、逆な意味で面白い。日本の現在の政治状況・自治会状況と同じだ。つまり、金で解決して、あとは任せてしまう。CIDの住民がHOAを信頼し、問題が起きなければ任せておくというのは、ある意味効率的であり、日本人が政府や自治体を信頼し、任せきっているのは、ある種金持ちの対応ということだ。問題は、現在のように、問題が起きているのに、すっかり政治に関わることが退化してしまっていることだろう。

HOAが素人集団による運営であるため、管理問題などが生じた→1973年には、業界団体である全国住宅建設業協会がコミュニティ組合研究機構(CAI)を創設。この運営は、5つの利益団体(ディベロッパー、管理会社、HOA、専門家、行政職員)で共同される。CAIは、個々のHOAに対する情報提供等のサービスを通じ、CIDの運営の助言者となり、HOA体制を維持する役割を果たした。

マッケンジーは、①制限約款は個人の自由を束縛している(際限なく増幅されてきた)、②住民の責任が経済的義務の履行で充足されるのはどうか(金だけ払う)と批判している。

11.日本の田園都市との違い

ハワードは、宅地の開発利益をすべて出資者に還元するのではなく、居住区内のサービスや施設にあてることによって、居住区の長期にわたる良好な維持を念頭においていた。一方、田園調布は、デベロッパーの懐に開発利益がすべて入ってしまう原型となった。分譲住宅をその時点で売り切る(売り逃げ)宅地開発手法は、その後の土地投機やバブルの誘因となった。

このため、日本で開発された多くの戸建てからなる団地は、集合住宅ではなく、単に物理的に集合した別個に独立した住宅群に過ぎなくなってしまった。

日本にも、CID体制を模した建築協定制度がある。これは、戸建て住宅団地における私的土地利用規制を想定したもの。譲受人にも制限を適用させることができる。当初全員での合意で使いにくい、その後「一人協定」が可能に。→しかし、この制度は、HOAのような住民自治組織の存在を予定していない。→統治機構の不在。強い「制限」は設定されていないのが実情。

日本では、土地所有権が絶対性を保持してきた(公共の福祉が有効に発動されていない)。土地所有に伴う税金納付の義務を果たせば、あとはその土地利用について「制限」を受けないという考え方が支配的。キャピタルゲインを目的として土地を利用せずにただ保有しようが、所有する土地にどのような建物を建てようが勝手であると思われている。

日本では、デベロッパーは、公園や道路を作っても、それを行政に移管するのが一般的。開発許可上の行政指導や建築基準法における安全性確保を目的として住宅は公道に接しなければならないという義務が課されているから。→道路や公園については、所有権を持たないことが多い。また、住宅購入者が自主的な管理を望まないであろうとデベロッパーが判断して上地することが多い。→アメリカのようなゲーテッドコミュニティ(安全のため道を通らせないよう門を作るなど)。

逗子の披露山庭園住宅は管理組合法人を有している(集団的な保安を導入するために制限の需要とそれをコントロールする私的政府が不可欠)。←分譲マンションと同様、建物区分所有法を適用させる(管理組合法人を設立して共用施設をその所有物とすれば、自治会や建築協定制度では不可能であった住民自治組織への全員自動加入が実現し、管理組合による制限の行使が可能になる)。

12.サステナブル・コミュニティ

ブレークリー&スナイダーは、ゲーテッド・コミュニティは、実際には、安全ではないこと、個人的快楽追及の態度を社会への敵対行動と見る。そして、その対極として、サステナブル・コミュニティを礼賛する。過度な自動車依存からの脱却と自然環境の保護を基調とした、古き伝統的なタウンのように、歩行者優先で人間同士の交流の多いコンパクトな町の創造を目指す。

日本でも紹介されているが、サステナブルでもCID体制がとられていることへの紹介が少ない。通常のCIDよりも、より高度なコントロールが求められる。アワニー原則(宗教、民族、所得などの多様性による生活観、人生観の相違を受容することを目標)を掲げるコミュニティもあり、執行システムがより重要視される。

13.日本の分譲マンションのコミュニティ

・国交省は、2004年に分譲マンションがモデルとする「標準管理規約」を改正し、管理組合として実施する催事の開催費用や地域の町内会への出席費用などを管理費の支出項目に加えた。その狙いは、防犯、防災を含め、日常のトラブルを未然に防ぐほか、大規模修繕などの円滑な実施に資するための相互交流を念頭に置いたコミュニティの育成にある。

・尾崎一郎氏の調査:匿名性を求める住民が多い、住民間の交流は得てして地域性を喪失し、気の合った者同士が選択的友人関係に収斂していく一般的傾向がある。学齢期の子供のいる親同士には交流があるが、子供が巣立つとともに廃れていく傾向がある。他の住民とのかかわりを意図的に拒否する住民も一部には見られる。

・設けられている各種の共用施設も利用頻度が低く、そこで選択性にもとづく友誼的関係以上の交流が生まれているとは言い難い。友誼的関係は壊れやすい(血縁関係も一度壊れると顔もみたくなくなる)。

・個人野権利や自由が尊重され、地縁でなく、選択縁による人間交流の多層化、仕事の繁忙化、移動の激化、女性の社会進出、核家族化による家庭のベッドタウン化といった社会の進展が反転して昔に戻っていくことは到底容易なことではないだろう。

・近隣での相互交流は大切だが、一時的に構築されたとしても、持続可能性はあるのだろうか。個人による価値観や人生観の差異がますます顕著になり、地域社会の構成員の入れ替え頻度が増すので。→難問に対する回答を用意しないと、相互交流を望む声は理想主義やノスタルジアになるのでは。

14.共有地の悲劇(タダ乗り)の解決策

・トマス・ホッブズ:第三者による強制執行(被治者の合意を得ていないので、抵抗からコスト増を招く恐れあり)

・共有地の私有化

・エリノア・オストロム:共同管理(初期の合意形成、管理体制をつくりあげるコストが大きくなる):日本の入会地、消防団、町内会(集団利益にもとづく共同管理)は衰退する一方。他方でアメリカのCIDや日本の分譲マンションは共同管理の一つの形態であり、今も増え続けている。デベロッパーにより構築されたCID体制を居住者が選択するので、オストロムが懸念した初期コストを省く利点がある。

・ロバート・パットナム:社会関係資本論(ソーシャル・キャピタル):友誼的関係=恩顧・庇護主義(搾取的な要素を伴う垂直的ネットワーク)/互酬性を伴う水平的ネットワークは持続可能な関係を築く。

15.信託方式

オストロムは、ジョン・ロックの流れを汲む。ロックが重視したのは「信託」であり、CID体制は、ロックの理想とする自由民主制モデル、著者が言うところの「制限」による民主制政治システムに近づく。

社会から「信託」を受けた政府は各個人の権利を保護すると同時に「制限」を課し、その「制限」によって個人としてはなしえない利益を確保する役割を担う。そして、各個人の権利に対する「制限」に正統性を与えるのは構成員の同意である。これは、日本国憲法前文にある「信託」と同義である。

前の記事で説明したが、ここでも「信託」が出てきた。

ロックは、自由の基点として私的所有を正当化したが、その私的所有から生じる不都合を救済する手段として「制限」の執行を前提とする政府信託に求めた。

アメリカでは、信託による共同統治があらゆる自治的な統治システムに適用される。地方政府の多くが市政支配人(シティ・マネージャー)を採用する。シティ・マネージャーは、議会によって任命され、議会が決定した政策の実行や運営に関する全責任を負う。市議会議員から市長が選ばれるが、議会の議長や対外的な代表を務めるなどの儀礼的な役割に限定される。

これは、初耳だが、シティ・マネージャーは、市民に選挙で選ばれた議会から市政の執行を信託されるらしい。前述のプロパティ・マネージャーや会社の社長(CEO)と同じだ。

ハワードの田園都市は、土地信託:投資家である地権者たちは、借地人である居住者から安定した地代収入を得る、投資家の出資により設立された田園都市株式会社は、信託者(投資家)に配当金を交付するとともに、配当後の余剰分を公園、街路、学校などのコモンの整備に充てる。田園都市株式会社(受託者)は、投資家のために、分譲事業で土地を売り逃げするデベロッパーとは異なり、長期にわたって居住区を良好に維持していくことで受益の確保を図る。

プライベートピアは、土地信託ではなく、集合住宅全体をコントロールする権能をHOAに信託する仕組み。

16.ガバナンス

かつての職住一体の村落共同体にも通じる復古的で情念的なコミュニティとは異なり、職住が一体ではない人間関係の希薄な都市社会においても通用するコミュニティとは何か。

パットナムの社会関係委資本では、「規範(ノーム)」が重視される。共有地の悲劇を回避するために、多少自分に不利なことでも協調しなくてはならない「規範」である。これは、著者の言う「制限」に通じる。

「制限」について合意するための政治過程には個人の「参加」が求められる。パットナムは、市民度を測る尺度に国民投票率を上げたが、CIDも日本のマンションの管理組合も直接民主制を採用している(しかし、総会への出席率は低い)。分譲マンションでの「参加」は、総会出席や回ってくる役員をするという最低限の義務を果たすことで足りる。「制限」の合意に「参加」することがガバナンスを研鑽することになる。

17.公共性

斉藤純一氏「公共性とは同質性を求めず、公開性を有する共同性」

分譲マンションは、共同性を有するが、公共性には至らないとされるおそれがある。しかし、同質性を保持していくことは困難である(当初は富裕層対象でも、不動産価値が次第に下がれば、多様な所得層が入ることになるなど)。

「プライベートピア」でのプライヴァティゼーションは、民営化(イギリスでは、国有財産の民間への払い下げ、アメリカでは、外部委託)でもないし、丸山真男のいう「私化」(公共性に背を向ける)とも異なる。「お上意識」他律的意識とは異なり、自分たちで自分たちの生活を守るという自立化を含む。コモンを有し、私的空間を狭くする→共同管理の領域を拡大している。

近年言われる地方分権は、自立化(受益と負担の均衡)であり、CIDは、分権化の成功例として捉えられる。アメリカでは、必要ないと住民が判断すれば、地方自治体を廃止することができる。このため、アメリカには、どこの地方自治体にも属さない未法人化地域(全米の7~8割を占める)も多く存在する。

これも初耳だが、とても面白い。小滝敏之『アメリカの地方自治』第一法規出版2004年、中邨章『アメリカの地方自治』学陽書房1991年、竹下護監修『世界の地方自治制度』イマジン出版2002年。

トクヴィルがアメリカの地方自治を民主主義の学校と言ったように、著者は、集合住宅の民主主義的なガバナンスを通して自立化が養われることでより大きな課題(国防、福祉、経済政策など)に対処すべき国家や地方公共団体の集団的意思決定に参加する市民として成熟するのではないかと考えているようだ。

ここは、全く賛成だし、著者が紹介してくれたCIDの仕組みやそれが信託という考え方から成り立っているというのはとても面白い。ただ、いろいろなことに一つひとつうんちくが傾けられ、最後に言いたいことが出てくるので、読んでいると草臥れてしまう。私なら、起承転結で1章くらいで足りてしまいそうだが、専門家は、いろいろな人がいろいろ言っていることを一つひとつ論じていかないといけないのだろう。

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