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2012年7月

2012年7月24日 (火)

おちゃわんリサイクル エコキャップ 

ブログをさぼっていたので、話が前後します。

5月29日・30日と天ぷら油から作ったバイオディーゼルで走るバスに乗って、多治見にお茶碗リサイクルツアーに行ってきました。

これは、お茶碗リサイクルを続けてこられた「ごみ資源化市民会議」と「NPO法人エコメッセ西東京」の主催でした。詳細は、こちら

不要になったお茶碗を粉砕し、新しい原料と合わせて再利用しているなんて知りませんでした。

視察の結果、粉砕だけしている会社は、行政から委託されると粉砕費用を貰えるけど、ボランティアから茶碗が送られてきても、賃加工にならないので、赤字になってしまうとか。

少々悲しい思いで別の会社に行きましたら、こちらは、粉砕だけでなくそれを原料に混ぜて製品化しているので、ボランティアからお茶碗が送られてきても、損にはなっていないとのことでまずはホッとしました。

こんな活動を地道にやってこられているなんてすごいなぁと思いました。

ゴミ資源化などをもっと進めようと、上記2団体を含む5団体(チャリティリサイクル市民の会、ごみ資源化市民会議、キラキラ西東京、チャリティリサイクル武蔵野資源化推進委員会、エコメッセ西東京)が7月1日に「循環型社会を目指す市民団体協議会」を結成されたとのことです

回収する品目は、「おちゃわんなどの廃食器」「ペットボトルのふた」「プラスチックハンガー」「インクカートリッジ」「使用済み割り箸」「紙パック」「スチール缶のプルタブ」「アルミ缶」「廃天ぷら油」、将来的には「生ごみ」もとのこと。

西東京市は、行政でも、ゴミの分別をかなり進めているのですが、よりきめ細かく資源を再利用していこうとしています。

ペットボトルのキャップをプラスチック容器で廃棄するのではなく集めて、世界の子どもたちにワクチンを送っている団体がいるとのこと。小学校等では、既に取り組んでおられるようなので、お母さんたちはご存じなのかもれませんが、私は、知りませんでした。エクラアニマルさんの「河童のすりばち」の上映会で知ってから、私もキャップを集め始めました。

西東京市でも、廃油を回収していますが、これはインクの原料になっているらしいです。こちらでは、廃油でバイオディーゼルにする計画のようです。

今回利用したバスは、リボーンというエコツアーを専門にしている会社のバスでした。

多治見ツアーの帰りに寄った馬籠宿では、水車が回っていて、発電していることを見える化していました。

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2012年7月23日 (月)

イノベーションって難しいことではない

7月22日に、地域イノベーター養成講座の第二期が終了し、同時に第一期の同窓会を開催しました。7221


1.イノベーションって別に難しいものではない

地域イノベーター養成講座を2回やってみて、私自身が感じたこと。

それは、「イノベーション」なんて言うと、難しそうで、エジソンとか、ジョブズとか、なんだか偉い人がやり遂げるものだと思っていたけど、そうじゃないということ。

ごく普通の人が「あったらいいのに」「こうだったらもっといいのに」と思うことは、現在、誰も提供してくれていないことなので、それを実現すれば、立派な「イノベーション」になる。

2.今は、世の中が行き詰っているから、種がいっぱいある

物質文明というか、大量生産・大量消費の時代が行き詰っていて、世界中に歪が生じている。それをいわゆる偉い人(これまでの体制のなかで権力を持っている政治家だったり、学者だったり)も、解決するだけの智恵がない。

ここは、普通の人が原点に帰って、「なんかヘン」「どうしてこうならないの」と素朴に感じる疑問がおそらくもっとも正しい。

その一つひとつの疑問は、小さなことかもしれないけれど、それが意外に解決の糸口になる可能性を秘めている。

「あったらいいな」を実現するには、これまでの方法や仕組みでは無理なので、そこにちょっとだけ智恵がいる。

たとえば、視点を変えて、利用できる資源を見つけ出し、新たに組み直すだけで実現できる場合もある。

3.実現できるかどうかは、想いの強さによる

イノベーションを実現できるかどうかは、その想いを本当に実現したいと思うかどうかによる。

スティーブ・ジョブズは、おそらく、子供がおもちゃを欲しがるように、iPADが可能にした暮らしを強く求めていたのだろうと思う。「どうして聞きたくない曲が入っているCDを買わなくちゃいけないの」「欲しい曲だけ買うことはできないの」・・・・と。

第一期・第二期の受講生の「あったらいいな」に対する想いが本当に強いものかどうかは、まだ分からない。途中で挫折して、「もう、や~めた」となるかもしれない。

誰かに強制されるものではないので、本当のところ、いつ止めたって構わないのだ。

でも、養成講座の門を叩いたということは、彼ら・彼女らにとって、「あったらいいな」を実現することは、おそらく、自分の生き様のようなことに結びついており、そう簡単には、降りられないのではないかと思う。

仕事をしながらだったり、生活基盤を固めながらのことであったり、周りに支援者を見つけるのに時間がかかることだったりと、すぐには実現しないかもしれない。また、最初から100%望み通りにはならないかもしれない。

でも、きっと何らかの形で実現に向かって半歩ずつでも、進んでいってくれるに違いないと思う。

4.実現のプロセスが楽しいともっと良い

「あったらいいな」を形にしていくにあたっては、プロセスも楽しい方がやり遂げられる可能性が高い。

養成講座の事例では、「元気なシニアがお出かけしたくなるサイト」を作るというプロジェクトにあたって、いろいろと面白い意見が出た。

その一つは、お奨めイベントを投稿した人の顔・個性が見えるようにした方が良いのではないかということ。そして、△△さんのお奨めイベントに行ったら、とっても楽しかったなどの反応があれば、その投稿した人は、またまたやる気になるという意見だ。

また、このプロジェクトを言いだした人は、多摩には2兆円ものお金を持つシニアがおり、この人たちがお金を使ってくれることが経済の活性化につながると思っている。・・・それなら、タイトルからして「多摩に眠る2兆円をもっと使おう」みたいな直接的なものにした方が良いのではないかという意見が出た。

「高幡不動のつつじが見ごろです」という情報だけでなく、その帰りに、〇〇店のランチが美味いので是非・・などとつなげたら、もっとお出かけしてお金を使うんじゃないかという訳だ。

お出かけで使ったお金がたとえば3000円だったら、ポイント3点とかして、ポイントが100点になった人は表彰されるとか、ブログに今週の上位20人などに載るなどゲーム性を高めると、参加する人も張りが出るかもしれない。

こんなふうに、同じやるなら、楽しめるやり方を考えつくと良い。

5.Facebook格差と足元へのリーチ

昔、パソコン通信黎明期の頃、役所の研究会にこれを導入してみた。すると、パソコン通信をやれる委員とそうでない委員との間に大きな情報格差が生まれてしまった。

パソコン通信ができる委員同士や事務局は、月1回の研究会の間も情報交換が出来るので、考え方も進むし、一体感も生まれるのだが、そうではない委員は、取り残されてしまうのだ。

今回もFacebookの非公開グループで、講座と講座の間も議論をしたり、貴重な情報を誰かが提供して密度の濃い情報交換をした。このため、受講生同士の仲間意識も高まった。

しかし、携帯メールだけの人は、どうしても、大量の情報をやりとりできないので、議論の流れに乗ってもらいにくかった。

一方、集客も、Facebook頼りになってしまい、Facebookつながりで、遠方からの受講生も来てくれたのだが、逆にFacebookをやっていない地元の人にほとんどリーチできなかった。ここをどうクリアしていくかは、養成講座主催者としての今後の課題である。

2012年7月22日 (日)

西東京市の「まちづくり市民ワークショップ」第一日目に参加して

1.西東京市の「まちづくり市民ワークショップ」に参加してきました

今日は、13時半から17時まで、(仮称)西東京市第二次総合計画(H26年度から10年間)策定に向けた「まちづくり市民ワークショップ」第一日目に参加してきました。

①教育・文化・スポーツ、②社会福祉、③環境・景観・ゴミ、④都市計画・上下水道・防犯防災、⑤産業全般、⑥市民参加・行政経営の6つのテーマについて、各10人ずつくらいに分かれて議論をしました。私は⑥のテーマについてでした。

今日は、それぞれのテーマについて「西東京市の良いところ」と「改善すべき点」の2つについて、参加者から付箋紙に意見を書き込んで、貼り付け、それらを集約し、来週、「良いところをもっと伸ばすにはどうするか」、あるいは「どう改善したらよいか」について、具体的に議論する予定です。

地域イノベーター養成講座関係者が、私以外に3人おられ、②社会福祉、④都市計画・上下水道・防犯防災、⑤産業全般に参加されておられました。

2.⑥市民参加・行政経営チームに参加

私の⑥のテーマに参集された方で、存じ上げている方は、お二人でしたが、皆さん、市のことを良くご存じの方だったようです。

(1)西東京市の良いところ

「西東京市の良いところ」では、ボランティアの方々が花を植えられてきれいになった、広報誌が読みやすくなった、ツイッターを使い始めたのは良い、窓口対応が親切などが挙げられていました。

(2)改善すると良いところ

一方、「改善すると良い」では、いろいろな意見が出ていました。

①表面的な広報だけで、その意味するところが書かれていない

たとえば、「広報誌が読みやすくなった」というプラスの評価がある反面、「予算がこう決まりました」と書かれているだけで、その予算の持つ意味や背景を分析していない。

たとえば、合併特例法で補助金が来て、駅前開発やらいろいろやったが、却って借金は増えていて、これからそれを返していかなければならない。しかも、人口が増えているのに、税収は横ばいで、高齢化も進むなか、厳しい財政運営が求められる。それなのに、ばらまき的な予算がシャンシャン議会で通ってしまっている・・・こうした問題点を分析して示す視点がないという意見もありました。

②表面的な窓口対応は良いが、一歩突っ込んだ話への対応がお粗末

また、「窓口対応が良い」というプラスの評価があるなかで、戸籍などを取りに行く折の窓口対応が良いのだが、東伏見コミセンの問題のように、「何故、これまでのように民間団体に委託させないのか」と一歩突っ込んだ質問をすると答えが一向に帰ってこないでイライラし、そのうち諦めてしまうような、一歩踏み込んだ質問への対応が少しもなされないという厳しい意見もありました。

③市民の声をもっと反映させる仕組みが欲しい

話の大きな流れとしては、行政なり議会がもっと住民の中に入ってきて、説明したり、今日のようなワークショップをしばしば開催するなど、もっと対話する姿勢や仕組みが欲しいというような意見でした。

このほか、今日のことも、公開して、今日ここに来れなかった人たちの意見を聴取してはどうか、そういう姿勢(情報公開や本当に市民の意見を聴こうという姿勢)がないのではないかといったご意見もありました。

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以上は、私なりの感想ですから、もっと違うポイントを感じられた参加者もおられるかもしれません。とりあえず、ご報告をしておきます。

2012年7月20日 (金)

第一期生の「あったらいいな」の具現化

1.積み残しのプロジェクト

第二期には、第一期生のうち、もう少し案を練らないと動き出せないプロジェクトがいくつかありました。一つは、AOさんのプロジェクトとSさんのプロジェクトです。もう一つが、NOさんのプロジェクトでした。

2.元気がシニアがお出かけしたくなるサイト

(1)「あったらいいな」を自分で作るはめに

AOさんは、定年退職し、地域デビュー1年目。会社人間だったAOさんは、当初、戸惑いながらも、地域のさまざまな会合に顔を出すなどしてきました。

この養成講座にも、当初はオブザーバー的に参加されていたのですが、皆の「あったらいいな」に刺激され、ご自分でも「元気なシニアがお出かけしたくなるサイト」があったらいいのにと言いだされました。

新聞などで後から知って、こんな催しがあったんだったら行きたかったのにと思うことがある。鉄道会社やいろいろな主催者が情報を発信しているけれど、あちこち探すのは大変。元気なシニアは出かけたいと思っているし、お金も暇もある。こういう人たちがもっと外に出てお金を落としたら日本経済にもプラスのはず。

そういう一覧サイトがないなら、では、自分でつくってみたらどうかと皆に言われました。チャレンジ精神のあるAOさんは、「では」、とその気になったものの、ブログまではやれるけれど・・・自分でサイトを作れるものだろうか、どうやって情報を集めたら良いのだろうと当惑してしまいました。

(2)地域情報サイトをつくりたい

Sさんは、IT企業に勤めていて、社内の事業プラン・コンペに何か案を出したいとこの講座に参加しました。皆の話を聞いているうちに、地域密着型の情報サイトを作ると良いのではないかと思い始めました。

本当は、全国展開したいけれど、地域密着型サイトをどう作ったらよいか分からないので、では、西東京市を事例にプロトタイプを作ってみようかということになりました。

そこで、では、AOさんのを手伝ってみてはどうかということで、この二人をペアにしてしまいました。

そうした中で、三鷹市在住でIT企業に勤めながら地域活動もされているKさんも、地域情報を一覧できるサイトを作りたいと思っているとの情報を得られました。

そこで、AOさんのプロジェクトを、Sさん、Kさんが支援する形でともかく、西東京市の、それもイベント情報に絞って、HPを立ち上げることができました。

それがβ版「でかけよう」です。

(3)AOさんのキャラクターをもっと出しては?

講座でこのβ版を議論するなかで、情報をくまなく探して入力する作業が大変なので、顔見知りになった人で「情報の要」になっている人にもIDを与えて、その人にも入力してもらうよう情報提供者のネットワークを構築するのが良いのでは、といった話が出てきました。

また、今は、西東京市のイベント情報の一覧を作成しましたが、情報一覧という無機質なものではなく、もっとAOさんの個性を打ち出した方が良いのではないかといった意見も出てきました。

AOさんのキャラクターをもっと打ち出したり、西東京市だけでなく、広く多摩地域にも広げて、本当にお出かけしたくなるサイトにまで成長させられるかは、これからの課題です。どのように成長していくか、とても愉しみです。411_2
                            発表者はスマイルチョコを貰えました(*^_^*)

2.「笑顔診断書(仮称)」により健康な人を増やす

(1)久し振りにあった知人に顔が変わったどこか具合が悪いのではと言われた

NOさんは、久し振りにあった知人に「顔が変わったようだ、どこか具合が悪いのではないか」と言われたという。聞き流していたら、数ヶ月後に大病を患った。

自分も奥さんも毎日顔を見ていると気づかないが、久し振りに見ると、違いが分かる経験は良くある。1

そこで、理美容の人に、顔の変化を指摘してもらう事業を考えついた。理美容の人がこれで付加価値サービスを提供できれば、商店街も活性化するだろうし、ひどい病気になる前に早めに医者に掛れば、医療費も削減されて、三方に良いのではないか。

(2)医者でない人が「診断」できるのか

NOさんの事業案は、大きく2つ我々では、判断ができないことがある。一つは、顔のむくみや顔色などでなんかヘンくらいは分かるものの、医者でもない人がどこまで判断できるのか、判断なんてしてよいのだろうか。もう一つは、理美容業が、これを付加価値サービスとして受け入れてくれるだろうか。

後者については、受講生の仲間が自分の馴染みの理美容業者になんとなく打診してみたところ、やってみたいという前向きな意見と逆の意見と、ざっと半々くらいの反応だった。

一方、前者の問題が難しい。ネット情報や本で、「病が顔に現れる」ことは確かなようだが、それでも、何の病気かを判断するのはとても難しそうだし、医療行為をする訳にはいかない。

(3)医者や薬に依存しないで健康になろう

ここで行き詰っていた折に、ソメ研メンバーの一人が、東洋医学や人間をトータルに診療することを心がけているお医者さんが居ることを教えてくれ、さらにその先生を紹介してくれることになった。

今日お目にかかった先生は、身体の異常は、食事などの日々の暮らし方の智慧で直せることが多いというお考えだ。そういう暮らし方を正しく伝えることで、健康にもなれるし、医療費を削減することにもつながる・・・伝えることが自分の使命だと思っているとのこと。

NOさんのプロジェクト:ひどくなってから医者に掛るのではなく、顔などのシグナルから、自分の健康を考えるようになることは、とても重要なことであると評価してくれた。

これから、先生の論文等を拝見して、顔などのシグナルと病気の関係をある程度整理し、それを「あなたは病気ヨ」と暗く示すのではなく、だったら「こうしてみようか」と暮らし方を変えて健康になれるような前向きの対応に結びつく仕掛けを考えていくことになった。

道は遠いけれども、少~し灯りが見えてきた段階だ。

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このように、積み残しのプロジェクトも、いろいろな専門家のお知恵を拝借しつつ、一歩づつ、半歩づつ進み始めた。

なんとも、嬉しく、心強いイノベーター達だ!

2012年7月19日 (木)

養成講座第二期 新規受講生と第一期生プランの実現化

1.第二期は二本立て

5月はお休みして、第二期を6月7月に開催した。

第一期の卒業生には、前記事のように、自分なりに動ける段階になった人と、もう少し事業の中身を詰めないことには、動けない人とが出てきた。

そこで、前者については、必要に応じて支援することとし、後者については、第二期の事例として中身を詰めることにした。これに加えて、新たな受講生も募集。初日には、6名くらいが集まったが、結果として、最後まで残り、自分なりの「あったらいいな」を発表してくれたのは3名に留まってしまった。

本当は、第一期の事業化と新規受講生への講座は別にしたいところだが、主宰者やオブザーバーもそう時間を作れないため、一緒にしたため、両方にとって中途半端になってしまったかもしれない。

第一期は、試行錯誤的に、自在に皆が発言し、講座内容がどんどん進化していったのに比べると、第二期には、第一期の事業化に力を入れたため、自由度というか創発的な部分が少なく、新規受講生にとって、ダイナミックな対話の面白さを感じさせることが弱かったかもしれない。

2.3人のゲスト講師を招へい

今回は、私は講義するという授業らしいことはせず、講座の最初は、第一期生の事業プランを具体的にどのように進めていくかについてのディスカッションが続いた。

講師のご都合もあり、第一日目に、WEB制作をされているウィズダム・デザインの白鳥友康さんに来て頂いた。

これは、いわゆる講義で、第一期の受講生の事業化にあたり、HPを作るのがよいのか、ブログでよいのか、Facebookが良いのか、それには、どのくらいお金がかかるものか等々、非常に普段聞きづらいことを教えて頂いた。

このほか、第一期と同様、①なぜ、この事業を始めたのか、②始めてみてどうだったのか、③現在どのような課題を抱えているかをお話頂き、その後、課題について、受講生が議論するという方式も2回実施した。

一人は、ハタモク(働く目的)の與良昌弘さん、もう一方は、海外にインターンシップ派遣をしているフロムジャパンの景谷峰雄さん。2

3.第二期生の「あったらいいな」

(1)瑞穂町の魅力発見と未来を考える

瑞穂町から来てくれたDOさんは、奥様の実家のあるこの町に住むことになったが、東京都にもかかわらず、緑も多くとても良いところで大変気に入っているという。

昔は、交通の要衝で宿場町として栄えたようだが、現在は、五日市線の駅があるだけで、本数も少ないため、ちょっと不便であり、だからこそ、自然が残っているらしい。

でも、存在感がないし、若者が交通の良い地域に出て行ってしまうという課題がある。

彼は、この町の良さをアピールし、この町の未来を語れる仲間を増やしたいと考えている。まずは、現在の魅力を発見したり、朝市等をやることで住民や周辺の人たちに魅力を訴えていきたいと動き初めている。サークルMという自主的に動き出した仲間とも一緒に活動を始めているらしい。

彼のプレゼンは、もう立派に出来上がっており、講座では、単に、こうもやってみたらとか追加的な意見しか加えられなかった。彼が瑞穂町でやりたいことは、まさに、私たちも西東京市でやりたいことであり、それを一人で奮闘し始めたところがエライ。711

この講座を受講してくれたのは、そういった同志としての匂いを感じてくれたからだろう。何か西東京市とも連携したら楽しいことが起きるかもしれない。

(2)ココカラたいそう

途中参加の小平市に住むSさんは、もともと演劇をやっていて、そこで、心と身体をリラックスさせることが健康に良いことや、そこから人に声を届けられる発声法などを身に着けた。

これまでは、演劇をやるために、アルバイトをしながら、続けてきたのだが、ここらで、人生を転換させ、身に着けた健康法や発声法を普及する仕事をメインの仕事にしたいと思うようになった。

それには、自分の持つ技の意味を人に知らしめなければならないし、自営業としてやっていくには、自分を売り込まなければならない。715

彼は、演劇をやっていただけあって、人の演出はとっても上手いのだが、恥ずかしがり屋なようで自分を演出し、売り込むのは、苦手なようだ。

そこで、作成したHPの見た目や、説明の仕方が人に伝わるかどうかを我々に議論して欲しいということだった。彼のリラックス体操は、ちゃんとしているのだが、余りにも基本的なことなので、逆にうまく伝わりにくい。これをどう売り込んでいくかは、難しく、彼自身を売り込むしかないのかもしれない。

(3)安く高齢者が住める集合住宅

内装業をやってきたNAさんは、母の介護をしながら、毎週参加してくれた。

現在、有料老人ホームなどが提供されているが、年金が20万円以上ないと入居できない。法制度に合わせると、安全に等のしばりがあるために、どうしても高価格にならざるをえない。

これから、単身の高齢者が増えていくなかで、これ以下の年金で暮らしている人が安心して老後の生活を送れるようにするためには、もっと安価な集合住宅が必要であると考えている。713

もちろん一戸建てに高齢者が住み、地域が見守るというやり方もあるだろうが、それでは、介護する側が参ってしまう。そのためには、共同で住んでもらう必要があるのではないかという。

一方で、現在、西東京市だけでも空き家が8000軒もあるという。

いちから建設していたのでは、採算に乗らない。良心的な大家が居て、既存資源の上手い組み合わせができれば、可能とのこと。

彼は、既に、非常に具体的なプランを持っており、それを実行する力もある。養成講座では、我々の意見を聴いたり、ネットワークを広げたり、お尻を叩いてもらうことを期待しているようだ。

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このように、第二期の新規受講生は、自身のなかに、かなり明確なプランを持ち、それを実行624に移す気構えも持っている人たちだった。

おそらく、養成講座に集まる人たちは、皆イノベーターとしての匂いを持っており、互いに刺激し合い、くじけそうになるのを支えてもらうという仲間、場として意義があるのだろう。

 

 

 

 

第一期生の「あったらいいな」

1.故郷久留里に若者を

20代女性のDさんは、都内の区役所に勤めている。彼女は、大学4年生の折に、私の大学院の授業を聴講していたご縁で、養成講座の情報をネットで得て、遠くから通ってくれた。

勤務先の地域の活性化が目的かと思ったら、そうではなく、故郷(千葉県君津市)久留里の活性化を目指していた。

故郷が大好きなのだけれど、若者に適した就職先がないため、親も東京に行けという。でも、なんとか久留里に若者が働ける場所を増やしたり、人を呼び込んだりして、若い人が久留里に増えることを目指している。

講座終了後、早速「久留里のファンサイト」を作り、地元で久留里の活性化を目指してつくられたNPOとも連携を取ったり、先日は、お祭りに女性神輿を担いだりと動き始めた。

他の受講生も久留里が良いところのようなので、この夏応援ツアーを企画している。

仕事をしながらの故郷支援なので、何をすぐにどうこうではないが、想いを実現するためにいち早く一歩踏み出した。414

2.自分らしい死に方(この世とのお別れの仕方)

Aさんは、田無ソメ研のメンバーでもあり、既に、一期倶楽部というNPO葬を進めており、さらに、自分らしいこの世とのお別れの仕方についていろいろとアイデアを温めている。

これについては、かなりプランが煮詰まってきているようだが、企業秘密なので、ここまで。

3.ポスティング3.0を生み出す

伊勢原をベースにポスティングの事業をやっているASさん(感動・創庫)は、ネットが普及するなか、紙媒体だけで乗り切れるのだろうかとの課題を抱えて、平塚から毎週通ってきてくれた。

いろいろな受講生との議論を経て、彼は、ポスティングという人間が配布する紙媒体の可能性を再認識することになった。

与えられたチラシをただ配布するのがver1.0なら、顧客の求める反響(利益と結びつくこと)を得られるチラシを制作して配布するのがver2.0、現在がこの段階であるという。彼は、さらに、チラシを地域のソーシャルメディアに進化させることをイメージしており、これをポスティングのver3.0と呼んでいる。

顧客を企業だけでなく、NPOや行政などに広げたり、企業であっても、単に収益アップを目指すだけでなく、CSR的な企業のイメージアップなどにも広げようと考えているらしい。また、ポスティングする人も地域に住んでいる信頼できる人たちなので、チラシをただ配布するだけでなく、双方向的なコミュニケーション手段にしていきたいと考えているようだ。

さらに、田無ソメ研のように、老若男女が地域をよりよくしていこうと話し合えるプラットフォームを地元にも作りたいと伊勢原ソーシャルネットワーク研究会を早速立ち上げた。417

4.地域の防災を考えるSIG

養成講座に当初オブザーバー的に参加してくれていたNさんが、地域の防災の在り方について考えるSIG(スペシャル・インタレスト・グループ)を提唱し、これに共感する人たちが別途、研究会を始めた。

防災は、3.11の記憶も新しく、特に、お子さんのいる受講生にとっては、関心の高いテーマのようだ。防災ゲームなど子供たちに教育するツールについても検討したい意向のようだ。

5.病気でも自分らしく生きる仕組み

町田市から通ってくれたIさんは、ご自身も若い頃から「難病」に苦しんできた。

「難病」は、「障害者」のような制度的な支援がなく、経済的にも精神的にも厳しい状況に置かれている。「難病」と表明すると、就職や結婚に差しさわると思い、隠している人も多く、一人で悩みを抱えがちという。

彼は、これまで福祉分野で働き、人の悩みを聞いてあげたり、解決してあげたりしてきた。この経験を活かして「病気でも自分らしく生きられる仕組み」、「病気をプラスに考えられる仕掛け」をつくりたいと願っている。

彼自身、体調に波があり、毎日朝から晩までという普通の勤務が厳しくなったため、この春から、体調に合わせて仕事ができるようサラリーマンから自営業へと舵を切ったばかりだ。

このため、あれもやりたい、これもやりたいと思いつつも、自分の生活基盤も立て直し中なので、なかなか前に進めずにいる。

家族の支えもあり、養成講座としても支援したいと願っている。焦らず、息長く見守りたいプロジェクトだ。

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このほかにも、行政と市民と大学など、地域のステークホールダーが協働でまちづくりをするプラットフォームを構築したいと、まずは、子育て分野に焦点を当てて動きはじめた人、インターネットを使ったラジオやテレビで地域の人材を紹介・ネットワーク化したいという人など、それぞれの「あったらいいな」に向かって、皆、少しづつ踏み出し始めた。

第二期が終了する7月22日(日)には、第一期生の同窓会も兼ねているので、彼らの最近までの経過報告が楽しみだ。

 

2012年7月18日 (水)

地域イノベーター養成講座(「あったらいいな」を形にする)第一期

1.第一期の進め方

第一期は、おそるおそる始めたのだが、実際には、物凄い密度の濃い展開となり、主宰者も圧倒された。

1.最初に、私が①地域が注目される時代背景、②イノベーションとは何か、③先進事例、④海外の社会(ソーシャル)イノベーションで使われているツールなどについてお話した。

2.その後、受講生から、各自が持っている「もやもや」(あったらいいな)を話してもらい、それを参加者が皆で議論することによって、「もやもや」を整理するというやり方をした。

3.また、先輩起業家をゲストとして及びし(まちかど保健室の喜田さん、tadaima!の三木さん)、①その方たちが何故事業を始めたか、②やってみてどうだったか、③現在どんな課題を持っているか等のお話をうかがい、その課題について、ワークショップで受講生が議論して解決策を提示し、ゲストからコメントを頂くということもやった。

立派にみえる先輩起業家も悩みを抱えながらやっておられることが分かり、また、その方々の課題を考えるなかで、受講生は、自分でも、何かやれるのではないかという気になることができた(自信を持てた)。

また、老若(20代から80代)男女、さまざまなバックグラウンドを持つ人たちが発表者の「もやもや」をいろいろな切り口で議論することにより、発表者自身も自分の問題意識を明確にすることができるようになり、悩んでいるだけでなく、一歩踏み出したくなっていった。

自分の「もやもや(あったらいいな:でもどうやって実現するか?!)」を皆に議論してもらうことを、次第に「まな板の鯉」になると言うようになった。

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2.Facebookの非公開グループで議論を続ける

第一期には、Uストリームで配信したり(後で録画も見れる)、私が議事録概要を作成したり、発表者のパワーポイントなども出来るだけ全員が共有するようにしたりなど、仮に欠席位しても、議論に乗り遅れないよう工夫した。

また、Facebookに非公開グループを設け、講座時間内では不足している議論を続けたり、追加情報などを共有したりした。

ほぼ全員Facebookに参加できたので、これも一体感を持つのに有益だったと思う。

3.皆が「まな板の鯉」になりたがる

講座が進むなかで、オブザーバー的に参加していた人たちの中から、実は自分も「もやもや」しており、皆の意見を聞きたいという人が次から次へと現れるようになっていった。

これが主宰者にとっては、驚きだった。

こうして、ほとんど全員が「まな板の鯉」となり、8日間の間に自分でも何かやれるぞという気になって第一期が終了した。

受講生の方から、数ヶ月後に同窓会をやろう(それまでにもっと形にするぞという意気込み)と言う話が出るほどだった。

4.「まな板の鯉」、場の力、対話の力

第一期の予想以上の盛り上がりは、「場の力」、「対話の力」とでも言う働きと言えるだろう。

もっとも、今冷静に考えると、養成講座に参加しなくとも、各自、具体的にやりたいことを持っていた人が多く、ただ、もやもやしていて、この講座が開催されることに反応した人が多かったからだと思う。

この講座では、自分の「夢」や「実行までの悩み」を集まった人たちがちゃんと聞いてくれて、かつ自分一人では考え付かなかったようなアイデアも出してくれるという流れが出来たことが、参加者の心をくすぐったのだと思う。

講座のセンセイ役の私がリードするというより、その場に集まった、多様な人たちの真剣な議論が受講生一人ひとりに、大きな刺激を与え、受講生自身の頭が動きだし、心が満たされたという感じだ。集まったメンバーが変われば、また講座の雰囲気も違っていたのかもしれない。

ともかく、第一期には、この養成講座の文化(上記の太字)が形成された。Ws
ワークショップの様子4月8日(この日は、NPO法人tadaima!の三木智有さんがゲスト)

5.フューチャー・センターの先駆け:Facebook、仙人の家、地域への関心

このような成果が生まれたの背景には、①Facebookというメディア(共感によって人とつながれる)、②会場となった仙人の家の雰囲気(狭いのと、迎え入れてくれる温かさ)、③地域への関心という時代の流れが大きく影響していると思う。

先日来、「フューチャー・センター」話題だが、小さいながら、これを先取りしていると思える。

田無スマイル大学創設

1.自由な時間をどう使おうか

母の介護が終わり、いよいよ全く自由な時間が訪れました。

ところが、65歳になってみると、今更どこからも声が係りません(一緒に仕事をしようとか、本を書きませんかなどなど)。

一方で、自分の身体も、年齢相応にいろいろと痛んでいます。おそらく、頭も体もそれなりに動けるのは、10年ぐらいではないでしょうか。

人から声を掛けてもらうのを待っていては、この10年を無為に過ごしてしまいそうです。

だったら、自分で何かやるしかないという後ろから押される気持ちになりました。やってダメなら修正していけばよいとも思えるようになりました。

2.自分で自分の舞台を作るのは初めて

私は、これまでの人生、親、上司、周辺の人が、何かしら舞台を作ってくれました。その舞台の上で楽しく踊りまくってきました。

自分から何か立ち上げたのは、短大時代に落研を創設して、東大落研、都立大落研と一緒に活動したこととトイレットペーパーを学校側に入れてもらうよう1ヶ月実験的に調査するよう持ちかけ実行したこと。銀行時代に70年安保闘争に組合有志で出かけたことぐらい(これは、企業組合としては大変珍しいことでした)。

だから、自分で舞台から作るというのは、自信がまったくありませんでした。

そこで、柔らか頭のソメ研副代表の鈴木さんにやれそうか、やるとしたらどうしたら良いか相談しました。

3.地域イノベーション論

知人の好意で、北海道から戻り、母の介護をしながらも、法政大学大学院政策創造研究科で「地域イノベーション論」を1コマ受け持たせてもらってきました。

母を介護している間は、先進事例の地域にも出かけられず、受講生に迫力ある話をすることができず、忸怩たるところがありました。しかし、介護中の気分転換と研究者としてボケないために、続けさせてもらっていました。

しかし、前述のように、ようやく自由な時間が出来たので、先進地域の調査にも出かけられるようになりました。調査費用がある訳ではなく、自前で出かけていましたが、まぁ、面白いので、投資と思っていました。

ただ、折角調べても、授業は1コマ(1時間半を15日ですが、実際には、社会人が対象なので、平日夜3時間やるので8日間)なので、その材料がもったいないという気がしていました。

また、「地域」のことを教えるのに、自分が「地域」で何もやっていないことにも後ろめたい気持ちもありました。

そこで、どうせやるなら、自分が住む地域で、同じような授業をしてみたい、授業で教えているツールが使い物になるのかどうかも試してみたいと思いました。

4.田無スマイル大学創設

鈴木さんにご相談し、大学院で教えているのをそのままではなく、もっと実践的にしたらどうかとか、明日の西東京を担う若手を対象にしてはどうかなどなどのアドバイスを頂き、さらに、彼のFacebookのネットワークで募集を掛けてくれることになりました。

チラシは作りましたが、配布する力もなく、ほとんど、インターネットの「こくち~ず」と鈴木さんのFacebook、それから会場となる「仙人の家」でチラシを見て説明を受けた方々でしたが、10名くらいの方が集まってくれました。

これに、応援団として、ソメ研の人たちが参加してくれ、第一期(3月、4月)には、日曜午前というのに、いつも20人くらいが集まって、様々な視点から活発な議論をしてくれました。

田無スマイル大学のロゴは、ソメ研のマークを作ってくれたTさんが今回も魅力的なマークを作ってくれました。Smileuniv300x300

途中から、田無スマイル大学は、大きな括りとし、私の「地域イノベーター養成講座」は、その中の一つという形にしました。

田無スマイル大学の下で、「西東京のおみやげを考える講座」も開設しました。

鈴木さんも月一回ソーシャル・デザインを学ぶ勉強会を開催することになりましたが、残念ながら、そちらは、独自に「東京ソーシャルデザイン研究所」というネームになってしまいました。(でも、ローマ字のロゴがTSDなので、田無スマイル大学とも読めるんです(*^_^*))

5.田無スマイル大学とは

田無スマイル大学は、校舎の無い大学です。学び、学び合いを通して、地域に繋がりをつくるのが目的です。

ソメ研メンバー等が、何か思い立ったら、田無スマイル大学の名前の下で、いろいろな講座を作って、活用してくれたらいいなぁと思っています。

6.地域イノベーターとは

地域イノベーターとは、自分の住むまちを、自分の手でよくしていこうと、夢を実現したり、課題を解決したりする、新しいタイプのリーダーのことです。

練れた言葉ではありません。

一般的には、社会起業家:ソーシャル・イノベーションの方が知られています。社会の様々な課題をイノベーティブに解決する人たちのことです。ソーシャル・ベンチャーとも言います。

でも、一応「地域」をイノベーティブに変革しようとする志を持った人を育てたいと「地域」を頭にかぶせました。

7.地域イノベーター養成講座とは

すでに社会を変えることに挑戦している先輩起業家のお話を聞くほか、仲間とのディスカッションを通して、自分の思いを明らかにし、実行に移すためのきっかけをつくります。

また、アイデアはあるけれど、それをどのように具体化していったら分からない場合、時には、専門家のお知恵も借りて、具体的な事業に落とし込むのを手伝います。

地域で時代の先端を体感できる

1.久し振りにブログ再開です。

最後のブログが1月ですので、ずい分止まっていました。

WEB制作専門家の白鳥さんからも、ブログとFacebookは両方やると良いと言われてそうかと思ったのが6月最初、先日、知人からも、「ブログさぼってる」と言われてしまいました。

実は、書きたいことをため込んでいるのですが、田無スマイル大学を始めたことやFacebookに返信しているだけでくたびれ果ててしまうため、こちらにまで手が回りませんでした。

また、ため込んでしまったため、どこから手をつけて良いのか当惑してしまっています。

そこで、まず、先日スズキラジオに出るために、まとめたものから、書き写します。

2.ソメ研にいると新しい情報に触れられる

私は、いろいろな方の手助けで、3月から田無スマイル大学をスタートさせました。これについては、別途詳しく書くとして、これを支えてくれたのは、前に書いた田無ソーシャルメディア研究会(以下ソメ研)のメンバーです。

ソメ研には、既に、さまざまな活動をしておられる方が入っているので、その方たちから、いろいろなテーマについて、ビビッドなお話や活動を知ることができます。また、どちらかと言えば、社会の問題に感度の良い人たちが集まっていることもあり、そうした情報を捕まえてくるのに長けている方もおられます。

だから、Facebookの情報を追いかけるだけで、かなりの情報を得られたり、さらに、その最先端の人と出会うチャンスもあります。

3.中央志向:情報は、発信するところに集まる

私には、昔から、「情報を生み出す渦の場所に居たい」というミーハー的な気持ちがありました。情報を新聞で読むなんて遅い、自分が情報を作り出す位置に居たいという意味です。情報の消費者ではなく、情報の発信者にならなければという気持ちが強くありました。

このため、いわば「中央志向」だったのです。

昔の勤務先が長期の貸し出しをする銀行の調査部であったということもあり、まだ未加工の情報から、先を読んで発信すると、それが新聞や雑誌に載ったり、業界で話題になるといった具合です。そういう立ち位置にいたので、大企業の中で自分で発信すると問題になる立場の人から、発信して欲しいと、情報を頂けることも多かったのです。

中央官庁に2年ほど勤務した折には、まさに権力があるところ(制度等を作って情報発信できるところ)に情報が集まるということを体験しました。

「情報」というのは、このように、発信するところに集まるという性格があります。

だから、「都落ち」というか、「地域」にずっと居るなんて、世の中から取り残されてしまうぐらいに感じていました。

4.地域から発信できる

ところが、時代が地域に目を向けさせている(中央に頼っていては何も変わらない、自分たちで変えていかなければ)こともあるでしょうし、Facebookのようなメディアが発達したこともあり、地域に居ても、かなりの先端情報を得ることが出来るようになりました。

ソメ研のお仲間には、Facebookで凄い人を見つけるとすぐに友達になってしまう能力を持っている人もいて、そうした方々と「友達の友達」として、知り合うことも出来るのです。

また、自分たちが地域で活動したり、動き始めると、FacebookやUストリームなどを使って発信することも出来、共感を覚えた人たちが、今度は、向うからやってくることもあります。

先日、ある大手企業の若手サラリーマンらが集まる会合に出席してみましたが、同じようなテーマで地域で実施されている会合の方が一歩進んでいるなぁ(刺激が大きいなぁ)という印象を受けました。

ソメ研には、企業のサラリーマンをしながら、地域でも活動したいと入っている人も多いです。彼ら・彼女らは、少ない時間をやりくりしながらも、地域での人とのつながりや、地域で得られる刺激を楽しんでいるように思われます。

たぶん、日本中今、そんな感じなんじゃないかと思います。

要は、「地域は、情報や人の宝石箱やぁ~」(彦摩呂風に)です。

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